「あなたのために」と言われるほど、息が詰まることはない。
「あなたのために」と言われるほど、息が詰まることはない。
理想の自分を追いかけるのは、自由だ。
でも、誰かの理想を生きるのは、不自由だ。
── ヒミビズ から、今日も。人口4万人の港町で、毎日5件以上、年間1,200件の経営の相談を受けている、荒川健生です。
今回は、事業の話ではなく、もう少し手前の話。
「自分は何を求めているのか」について。
■ 誰の望みを生きているのか
先日、ある相談者がこう言った。
「親が喜ぶと思って継いだ。でも、10年経って、何のためにやっているかわからなくなった。」
これは珍しい話ではない。
親の望み。配偶者の期待。
友人の評価。取引先の顔色。
気づけば、自分の人生なのに、周りの人の「こうあってほしい」を生きている。
悪気はない。
むしろ、優しい人ほどこうなる。
相手を大切にしたいから、合わせる。
合わせているうちに、自分が何を望んでいたのか、わからなくなる。
でも、はっきり言う。
人からよく見られようと思って動いた判断は、多くの場合、後悔する。
なぜか。
それは「自分の判断」ではないからだ。
自分で決めていないことには、責任を取れない。
責任を取れないことには、本気になれない。
■ 自問自答という習慣
自分の理想を追求する。
これは「わがままに生きろ」という話ではない。
自分が何を求めているか、知っているか?
この問いに、すぐ答えられる人は少ない。
なぜなら、普段やっていないからだ。
自分に問いかけること。
自分と対話すること。これは、習慣がなければできない。
経営相談でも同じことが起きる。
「売上を上げたい」と言う人に、「何のために?」と聞く。
答えに詰まる。
詰まった先に、本当の望みがある。
自己対話とは、その「詰まり」に自分で気づく技術だ。
■ 4つの問いで、自分と対話する
難しく考えなくていい。
問いは、4つだけでいい。
「自分は今、何を求めているか。」
「そのために、今は何をしているか。」
「それは、効果的なのか。」
「もっといい方法があるなら、挑戦できるか。」
これを、朝でも夜でも、静かな時間に自分に聞く。
答えは変わっていい。昨日と違っていい。
大事なのは、問い続けることだ。
問いを持たない人は、流される。
周りの声が大きければ、そっちに行く。
自分の声が小さいから、聞こえない。
でも、問いを持っている人は、立ち止まれる。
「これは、本当に自分が望んでいることか?」と。
■ 理想は「追いかける」ものであって、「背負う」ものではない
理想の自分を追いかけるのは、楽しいことだ。
でも、誰かの理想を背負うのは、しんどい。
追いかけるものと、背負わされたもの。
この2つは、見た目が似ている。
どちらも「頑張っている」ように見える。
違いは、1つだけ。
夜、布団に入ったとき、充実しているか、疲弊しているか。
もし今、疲弊しているなら。
それは、誰かの望みを生きているサインかもしれない。
自分に聞いてみてほしい。
「これは、自分が求めていることか?」
答えが「はい」なら、そのまま進めばいい。
答えが曖昧なら、立ち止まっていい。
立ち止まることは、後退ではない。
自分に戻ることだ。
あなたの理想は、あなたの中にしかない。
誰かに決めてもらうものでも、誰かに認めてもらうものでもない。
■ それでも、誰かの望みを生きている人へ
ここまで読んで、
「それができれば苦労しない」と思った人がいるかもしれない。
その通りだと思う。
人は1人で生きていない。
親の介護がある。
家族を養っている。
子どもの将来がある。
「自分の理想」より先に、守らなければいけないものがある。
それは、弱さではない。
誰かの望みを引き受けて生きているのは、その人なりの覚悟だ。
そして、その状況を簡単に変えられないから、今そうなっている。
それを否定する気は、まったくない。
もっとやりたい仕事があった。
でも、子どものことを考えて、降りた。
何を求めているかなんて、とっくにわかっている。
わかっているから、考えると苦しくなる。
だから、もう考えないようにしている。
そういう人に、「理想を追え」なんて言えない。
ただ、こういう人を何人も見てきて、1つだけ思うことがある。
考えないようにしている、ということは、まだそこにあるということだ。
本当に手放したものは、考えないようにする必要すらない。
それでいい。
今は、そっとしておいていい。
でも、あなたが降りたあの判断は、何も持っていない人にはできない。
自分の望みがわかっていたから、それを置いてでも子どものために動けた。
理想を追いかけなかったんじゃない。
理想を持っている人間が、今日を選んだ。
だから、しんどい日があっても、あなたは間違っていない。
■ それでも、1つだけやってみてほしいこと
大きく動かなくていい。
理想を引っ張り出さなくていい。
ただ、1日のどこかで、5分だけ、自分のためだけの時間を取ってほしい。
朝、家族が起きる前の台所でもいい。
夜、子どもが寝た後のリビングでもいい。
通勤の電車で、イヤホンを外した5分でもいい。
その5分で、何かをしなくていい。
ただ、「今日、自分はどうだったか」と、自分に聞くだけでいい。
答えなんか出なくていい。
「疲れたな」でいい。
「まあまあだったな」でいい。
これは、理想を追いかける行為ではない。
自分を見失わないための、たった5分だ。
誰かのために走り続けている人ほど、自分の声が聞こえなくなる。
聞こえなくなると、ある日、なぜ走っているのかもわからなくなる。
5分だけ、立ち止まる。
それだけで、明日また走れる自分に戻れる。
理想は、今はそっとしておいていい。
でも、そっとしている自分のことだけは、見捨てないでほしい。
追伸
偉そうに書いているけれど、自分もずっと揺れていた。
銀行を辞めて富山に戻ったとき、
自分の中には漠然と「地方の事業者の力になりたい」という気持ちがあった。
でも、自分が選択したのは、多くの人の健康をサポートする、薬局の仕事だった。
家族は「戻ってきてくれてありがとう」と言ってくれた。
その言葉が嬉しかった。
嬉しかったから、自分の望みを口に出せなくなった。
毎日、目の前のことに向き合いながら、どうやったら更なる拡大、展開ができるのか。
そして、自分の人生についても、いろいろなことを考えていた。
今思えば、頭のどこかでずっと別のことを考えていたのだと思う。
でも、考えるたびに少し後ろめたい気持ちもあった。
「せっかく帰ってきて、一致団結して、家族が喜んでくれているのに、自分は何を贅沢なことを言っているんだ」と。
誰かの望みを引き受けた人間が、自分の望みを持つことに罪悪感を覚える。 あの感覚は、経験した人にしかわからないと思う。
結局、何年もかかった。
目の前の仕事を続けながら、少しずつ、経営の相談に関わる道を探った。
一直線ではなかった。ずっと揺れていた。
だから、今揺れている人の気持ちは、少しだけわかるつもりでいる。
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