別件で検索していた時に引っかかったのだが、まさか2020年代にもなって日本政府ドメインで『マンガ嫌韓流』関係を肯定的な資料として見ることになるとは思わなかった。
ファイナンス 2025年1月号 No.710
引用しているのは財務官僚としてキャリアをつんで、第二次安倍晋三政権で内閣府事務次官になってアベノミクス策定にくわわった、国家公務員共済理事長の松元崇氏だ。
「日本語と日本人」という連載記事の第10回において、韓国はさまざまなことに起源を主張して、それに同調する日本人がいるという話として、山野氏と呉善花氏との対談を引いている*1。
なお、韓国と論争になると、理屈抜きに韓国を擁護する日本人がいることには留意が必要である。漫画家の山野車輪氏によると、韓国人が相撲や空手、歌舞伎、うどんなどの日本起源としか考えられないものを朝鮮半島起源だと理不尽な主張をすると、日本人に同調する人が出てくるのだという*45。
*41) 日本人には無理と言われそうだが、大阪弁の掛け合い漫才の間合いを考えれば十分に可能と考えられる(本稿第2回参照)。*42) 泣き女の伝統は中国も同じである(「中国農村の現在」田原史起、2024、p30)。それが日本の伝統と異なることについて、芥川龍之介「手巾(ハン*43) 呉善花、2022、p79*44) 「宿命の子、上」船橋洋一、文芸春秋、2024、p341−395*45) “「韓流」は日本文化の盗用だ-『マンガ嫌韓流』こそ真の日韓相互理解に貢献できる”山野車輪・呉善花、Voice、2005.5、(PHP研究所)、p164‐173
厳密には『マンガ嫌韓流』そのものではなく、PHP研究所の雑誌『Voice』での対談記事から引いているのだが、それでも韓国のなんらかの問題を批判したいならば別の資料をつかうべきとしか思えない。
たとえ記事の内容が事実だとしても20年以上古い内容と考えるべきで、そのまま現在の出来事のように記述するべきではあるまい。
一方で日本にしても、現在の漫画の起源が鳥獣戯画にあるという主張のように、愛着を持っている自国文化の源流をできるだけ国内から見いだそうとする発想は普遍的なものだ。
実際には外国で発達した漫画や、映画もふくめたさまざまな技法が合流して現在の日本の漫画が成立している。下記の大塚英志氏の著作がくわしい。
松元氏自身も、複数の地域の文化が合流して形成されたとされる空手を、単純に日本起源と断定してしまっている。
そして松元氏が体験した「理不尽」はというと、日本のTVで韓国のドラマが放映されているように韓国のTVでも日本のドラマを放映すべきという主張が反論されたことだったという。
筆者も、かつて言論NPOというNPO法人が行った日韓対話において、日本のTVで韓流ドラマが放映されているのに、韓国で日本のドラマがTV放映されていない状況を改善すべきではないかという質問を行ったことがあるが、それに反論したのは韓国からの参加者ではなく日本の学者だった。今やネットでいくらでも日本のドラマを見られるのだから、そんなことを問題にすべきではないというのであった。筆者は、退官後、韓国でアベノミクスについての講演を頼まれて訪韓したことがあるが、その際に出会った韓国人はみな素晴らしい人たちだった。それらの人たちが言っていたのは、徴用工問題にしても慰安婦問題にしても、最初は全て日本人が韓国に言ってきたことだったとのことだった。
しかし松元氏の証言が事実だとして、徴用工問題や慰安婦問題を日本人が最初にいってきたという主張が事実かは疑わしい。
そもそも日本の、それも右派政権の経済政策を参考にしたいという立場からすれば、日本の歴史的加害を問題視する動きは矮小化したいところだろう。
何より松元氏は同じ頁で前後して、日韓を夫婦にたとえて徴用工問題などを内輪の話と主張し、それを国連にもちださない対応が日本人の感覚では当然だと主張している。
夫婦喧嘩が路上に出て行われるのが韓国だという。内輪の話を「世間」には持ち出さないという日本人の感覚では考えられないことだ。日本人の感覚から、日韓関係を夫婦関係と同様に大切なものだと考えれば、徴用工問題などを国連といった場に持ち出さないのが当然の対応ということになるのだが、そのような感覚は韓国では理解されない。「世間」に持ち出さないのは、日本の主張に根拠がないからだと受け止められてしまう。
内輪の問題を対外的に認めたのは日本人ではなかったのか。
仮に日韓関係が夫婦関係のように大切だとして、一方的な加害に不満をもって外部にうったえるべきではないという感覚は、いっそう現代の国際社会に通用すまい。
それでも内輪の暴力を世間から隠すのが日本人の感覚だというなら、なるほど最近になっても家庭内暴力で辞任した野球監督を復帰させようとする署名が10万人以上もあつまるわけである*2。
そして松元氏は、否認したい動機がある日本の加害史だけでなく、歴史全般について最低限の見識が欠けていることもあらわにする。
さらに、日本人の感覚で考えられないことは、葬儀において泣き女の伝統*42をもつ韓国では、日本からの「謝罪」は、日本の首相が何度も繰り返して土下座をして涙を流すというような外形的なアクションがないと本当の謝罪とは受け取られないということである*43。
*42) 泣き女の伝統は中国も同じである(「中国農村の現在」田原史起、2024、p30)。それが日本の伝統と異なることについて、芥川龍之介「手巾(ハンケチ)」(本稿第8回)参照
*43) 呉善花、2022、p79
葬儀で冷淡に見える人物が泣いていた描写がある小説ひとつだけを根拠に*3、泣き女の伝統が日本に存在しないかのような認識で、どうして歴史を語ることができるのか。
泣き女(なきめ)とは? 意味や使い方 - コトバンク
少し度を超えて儀礼的に、あるいは頼まれて泣くために加わる人をいう。『古事記』『日本書紀』にはキジやセキレイを哭女(なきめ)としたという記事があり、中国や朝鮮半島には哀号の習俗がある。日本で近年まで行われ、地名を示すことのできるものは35例ほどで、全国に散在するが、いくらか海岸部に多い。
もちろん感情を表に出さない文化は韓国でもある。
たとえば、かつてインターネットで逆の意味にとらえられていた「火病」などが一例だろう。1983年に米国で発表された論文を根拠に、精神科医の風野春樹氏が2005年に指摘していた。
サイコドクターぶらり旅 - 光が遅い , SF作家って、どれくらい稼いでるの? , 火病(2) 症例報告
ネット上で一般的に使われている「ファビョン」はというと、追い詰められると突然怒り出して逆切れする、といった性格特徴だと思うのだけれど、この症例だけをみても、現実のHwa-Byungとネット上での「ファビョン」とはだいぶ違うことがわかるだろう。Hwa-Byungはむしろ、逆切れしようにもできない人がかかる病気なのである。
*1:ノンブル27頁。
*2:児童相談所への通報をうながしたのならば、生成AIは今回だけは何一つ絶対に間違っていないのでは? - 法華狼の日記
*3:一応、詳細は以前の連載に書いているという形式ではあるが。