第八節 岩見砦の戦い
馬出を制圧するまでに、すでに多田隊は六名の脱落者を出している。
城兵の数が倍近いとするならば、数の利は働くまい。むしろ、寄手のほうが寡兵ともいえる。
「押せ! 押せ!
多田も歩鳥から降りて愛槍を槍持から受け取り、穂鞘を払った。
衆寡敵せずとはいうが、戦とは数〝だけ〟ではない。
数を頼む側はどうしても「俺がやらんでも誰かが代わりにやる」と油断するもの。敵首を獲っても、かわりに自分の腕を落とされては割に合わない。
しかし、寡兵側は「このままでは負ける、いっそ、死に物狂いで価値を見出す」と気概を燃やす。
そうなると不思議なもので、大軍が少勢に打ち破られるということもあるのだ。
「押せ、押し込め!」
多田も勢に加わり押し込む。
「山岸三左衛門、一番乗りだ!」
そう叫んだ足軽が、門の中に食い込み、大音声を上げた。
一番乗り――勇気あるものでなければできない、剛毅な行いである。
「三左衛門め! 一番槍を譲るな!」「首は俺のだ!」「くそ〜っ、いけ、いけーっ!」
足軽らが怒号をあげた。太平の世、滅多にない戦だ。賊に乗っ取られた砦の奪還とはいえ、首を獲れば、報奨と出世の機会を得られる。
「お前らの武勇、わしが見守る! それいけ! 銭と褒美が門の向こうに転がっとるぞ!」
足軽大将(物頭)多田が怒鳴ると、足軽らが、地鳴りのような怒号を上げて更に門を押し込んでいく。
その時だ、山岸が「ぎゃあ!」と悲鳴を上げて、門の向こうで血しぶきを上げた。
敵の槍に串刺され、とどめの一突きを浴びている。
「三左! くそっ、仇討ちじゃゴラァ!」
若い足軽が開いた門から押し入った。それを皮切りに、多田の軍勢八十がどうと押し込んでいく。
朽梨もその軍勢の一人だ。
ふと、右から死が吹き荒れた。
ダンッ、ドンドンッ! と銃声が三回。
敵の鉄砲だ。武器庫から持ってきたのだろう、士筒を手にした賊が三人、鉄砲を斉射。
朽梨は一歩遅れたおかげで餌食にはならなかったが、命中弾を浴びたのは二人いた。
一人は弾丸が肩をかすっただけで、肉が薄く裂けた程度である。すぐに「舐め腐りやがって!」と怒鳴り、相手に組み付いている。
もう一人は悲惨だ。
胴鎧が破裂したように割れており、弾丸が腹にめり込んだと見える。血を吐いていることから、
こうなるともう助けられない。
朽梨は馬手差しを抜いて、その足軽に寄る。
「辞世は」
「子供に、妻に、平穏あれ」
血を吐いて、しかし最後まで妻子を思うその者に、朽梨は迷わずとどめを刺した。
本来天狗は血の気を極度に嫌うが、彼女は鬼の血も入っているため、不浄沙汰には耐性があった。
馬手差しの血を払うと鞘に納め、奇声を上げて槍を振り下ろす敵の一撃を、右に転がってかわす。
右足を軸に制動し、八尺杖を振り上げた。相手の槍が再び降ってくる。
朽梨は相手の槍の太刀打ちを石突で払うと、左手で敵槍の柄を握り込んだ。
「この生臭天狗!」
「黙れ」
右の杖を、ぐんと押し出した。
相手の喉を突いて、のけぞらせ、杖の長柄で左肩をしたたかに打つ。
「ぎゃあ!」
狙いが僅かに内側にそれたが、それでも構わない。鎖骨が砕けたのだろう、相手はだらりと腕を垂らし、苦鳴を漏らしてうずくまる。
こいつはもう戦えまい。
朽梨は己を狙う敵をすでに把握している。
火薬の匂いだ。
颯と頭を下げると、頭上を、弾丸が過ぎ去っていった。
四人目の撃ち手が櫓の上にいる。
「なかなか上手い」
感嘆しつつも、朽梨はすばやく飛翔。フクロウの翼を広げるやいなや、猛禽の足で大地を蹴って櫓へ突っ込む。
櫓は狭く、杖を振り回すには向かない。だが、刺突する分には十分。
朽梨は突っ込んでいく。相手は鉄砲を捨てて、すばやく脇差しを抜いていた。
両者が激突。
朽梨はやや上方から、屋根と竹束の間を狙って翼を畳んで突撃。
杖の石突が相手の右肩を狙う。
が、敵はさっと見を開いてそれを躱した。
朽梨はおもわず竹束の内側に突っ込んだ。勢いが凄まじく、櫓に激震が走る。
敵は「うおっ」と驚き、踏ん張った。朽梨は翼を丸めて身を包み、衝撃を殺していたが――。
(胃が腹の中を回るようだ。稽古と実戦とではまるで違う)
その事実に歯噛みした。己の力不足、経験不足が恨めしい。
揺れが収まる頃、朽梨はどうにか痛みを噛み殺して立ち上がった。
「ちょーしくれんな!」
着流しに篭手と脚絆の賊が、脇差しを突き出した。
暴力的で直情的だが、実践的な介者剣術である。
朽梨はそれを杖柄でそらしつつ、杖の中程を握り、杖先と杖尻を交互に繰り出しつつ、牽制。
狭い櫓で、奇妙な白兵戦が繰り広げられる。
竹束の際まで追い詰められた敵は、おそらくは咄嗟の判断だったのだろう。
「――!」
朽梨の羽織の襟を掴んで、櫓の向こうへと引っ張り、放り投げた。
さらによろけた彼女の背を、敵は足で蹴りつけて落とす。
「貴様っ、ぐるぁああ!」朽梨は猛禽の咆哮を上げ、敵の鎖骨のくぼみに指をかけて、ともに落下。
空中でもみ合い、相手を下にして、地面に激突する。高さ五丈(十五メートル)からの落下である。
下敷きにされた賊は無惨な骸に変じ、朽梨は飛散した血やら理由のわからない汁で赤黒く汚れた。
「これが戦か……」
たまったもんじゃない。こんなのが、昔はあちこちで日常的に起きていたのか。
「武勲とは……こんなことの果てにあるのか」
胸の奥で、虚しさが吹きすさぶのを禁じ得なかった。
そのとき、ダンッ、という銃声がした。
だれかが弾込めを済ませて撃ったのだろう。
誰が撃たれたのか。
「あ、が――」
右の肩のあたりが熱い。
「いっ、あ、ぐ」
激痛。今までにない凄まじい痛みが肩から広がる。
杖を落とし、思わず膝をついた。
「神使様を殺すとあとが怖い。まァ、楽しむ分には構わねえな」
筒先から青い煙を上げる鉄砲を握る男が近づいてきた。
顔には、粗野で下劣な笑みが浮かんでいる。
「下郎が!」
「吠えてな。すぐに雌の声で鳴かせ、がっ――」
男の胸から、菊池槍の穂先が生えた。
「がはっ」
血を吐いた男からその菊池槍を、持槍と呼ばれる寸法のそれを引き抜いたのは。
「愁、慈郎……」
「退くぞ」
「捨て置け、私のことなど」
「できるか! 仲間だぞ」
愁慈郎はやりを捨てて朽梨を担ぐやいなや、離脱し始めた。
この戦には
「弾が……あたった、撃たれたのだ」
「血は吐いたか?」愁慈郎が冷静に聞いた。
馬出を出たところで彼女をうつ伏せに寝かせる。
「吐いては、おらん」
「不相応な口調なんかいい。お前の、本当の喋り方でいい」
愁慈郎は見抜いていたのだ。
朽梨が、無理して武士めいた口調で喋っていたことを。
「……死にたくない。怖いよ」
「ああ。死なない。死なせるもんか。すこし荒療治なる」
愁慈郎が朽梨の肩口に、馬手差しの刃を入れて、袖を切り取った。
傷口ははっきり見える。
「弾が抜けた様子はない。骨に当たって止まったんだろうな」
「どうするの」
「切開して、弾をえぐり出す」
こういうとき、清潔な刃物があればよいのだが。
それに。
激痛で暴れられたら、手元が狂い、余計に傷口を広げてしまう。
「俺が押さえとくわ。愁慈郎、この小刀使えや」
「……多少乱暴なくらいでいい、ぐっと押さえろ」
銀夜が何故戻ってきたのかとか、逃げたんじゃないかとか、どうでもよかった。
以前彼は、仲間を見捨てないと、そう言っていた。
それが義だと。
ただ、その義を通しただけ。ならば、愁慈郎は己の持つ知恵と技術で応えるだけだ。
小刀で切開すると、血がどばどばと溢れ出す。
朽梨が激しく力んで暴れ始めるが、銀夜が意外な剛力で抑え込んだ。
「はよしろ! ええい朽梨、お前っ、死によったらただじゃ済まさんぞボケが!」
「だ、黙れっ、ひとが、苦しんでるときにっ!」
愁慈郎はいいぞと思った。朽梨の気を散らしてくれと。
「あった」
案の定、弾丸は骨で止まっていた。
酒で清めた手指を切り開いた肉に突っ込み、弾をつまみ出す。
糸を引く鉛玉をつまんで、抜いた。
「このあとは紫根薬がいるが……手元にはない」
「俺が持っとる。薬のたぐいは持ち歩いとるわ」
「変わる、俺が押さえる」
朽梨は痛みに耐えているが、それでも反射的に跳ねる体はどうにもならない。
砦からは剣戟、銃声が聞こえてくる。
しかし、こちらはこちらで激闘だ。
傷口に紫根薬を塗り、銀夜は愁慈郎の指示で、晒し布を使って朽梨の傷を固く縛り、結ぶ。
「ひょっとしたら膿んでくるかもしれんが、悪いもんを出そうとする正しい反応だ」
「都度、包帯は替えなあかんな。ったくひやひやさせよって。おう、生きとるか朽梨」
「うるさい、生きてるわよ!」
「ありゃ、随分かわいい喋りやん」
「こっちが素なの! っていうか、私はあんたたちを……」
愁慈郎は手を布で拭った。
それから、
「正直なんで俺がこんなことまでしてんのかは、俺にもわからないんだよ。ひょっとしたら、戦の熱に当てられて興奮してんのかもしれない」
「俺は……俺もようわからん。けどそんなもんやろ。やることなすこと理由つけられへんねん。そこまで賢い妖怪でもなし」
「おい見ろ、あんときの糞餓鬼だぞ」
「俺の手首に串を指した猫もいるじゃねえかよおい」
土塁の上から声がした。そこには物見の際、愁慈郎と銀夜に因縁を生起させた鬼と化け狸がいる。
「愁慈郎、お前、武器あらへんやん」
「あるんだよ」
「山刀か?」
「男はいつだってその身一つが最強の武器だろ」
愁慈郎がそう言うと、銀夜がニヤリと笑った。
「違いない」
小さな砦の、戦。
その外様で、二人の若者の対決――その火蓋が落とされようとしていた。
「糞餓鬼が、今度こそケリつけてやる」
鬼の男はそう言って、腰から長ドスを抜く。しかし鞘から抜かないのが不思議である。
「俺の名は正八。博徒の正八。てめえも名乗れや」
愁慈郎は
「獣篠――いや、獣狩の愁慈郎」
「鉄砲は使わねえ、男らしく喧嘩といこうや!」
いうなり、正八はドスを鞘ごと放り、喧嘩の構えを取った。徒手の、殴り合いのそれ。
愁慈郎は応える義理などないが、お互いに生粋の鬼である。
鬼に横道なし。
愁慈郎は山刀を地面に投げ刺し、雄叫びを上げ、抱きつくようにして突っ込んでいった。
凄まじい突進をしかける愁慈郎。正八はそれを両手で、怒る愁慈郎の肩を押さえるようにして握り込み、踏ん張る。
愁慈郎は相手の前腕に己の腕を絡めた。がっぷり四つ。マワシではないが、互いの腕を掴みあう。
愁慈郎のほうが頭が下に回っている。しめたものだと、愁慈郎は瞬時に、後頭部を振り上げた。
「がっ」
ゴッ、と頭蓋骨が相手の顎を打つ。
拘束が僅かに緩む。愁慈郎はその間隙を縫って、相手の腰に組み付くと、そのまま猛突進。
正八の背中を大樹に叩きつける。愁慈郎の三日月型の二本の角が、正八の分厚い腹筋を、薄く裂いた。
「舐めるなゴラ!」
正八はすかさず膝蹴りを繰り出した。愁慈郎の脾腹に膝頭がめり込む。肝臓に鈍い痛みが走り、口からよだれが溢れた。
負けじと愁慈郎も左の拳を相手の脇腹に打ち付けた。一度や二度ではない。五回、六回と殴り続ける。
膝蹴りも繰り返される。こと、次の一撃は、胃の腑にめり込んだ。
一瞬、視界から色が失せた気がする。
「ごぅっ、あ」
げぼっ、と吐瀉物を吐いて、愁慈郎は崩れ落ちた。
正八は愁慈郎の襟を掴むと、無理矢理に立たせた。
「調子くれやがって、この餓鬼ゃァ!」
恐ろしい勢いで愁慈郎を大樹に打ち付ける。襟を掴んだまま、二回、三回とガンガン叩きつける。
愁慈郎はこのままでは本当に殺されると思い、ほとんど本能的に、
「るせえ、っ、らぁぁ!」
相手の唇を左手でめくり上げ、爪を差し込み、えぐった。
「がっ、ぎぁ」
さらに怯んだ正八の左耳に噛みついて、食いちぎる。
「ぎゃああああああああッ!」
愁慈郎は木の幹を背に、ずるずると崩れ落ちる。
だが、のろのろしていてはまた同じ目に遭う。
さっと立ち上がると、口と左耳を押さえて悶絶する正八の股間を、野良袴越しに思い切り蹴り上げる。
「ぎゃっ!」と短い悲鳴が上がり、たまらずといった様子で、その場に膝から崩れ落ちた。
愁慈郎はべっ、と口の中に残っていた正八の耳を吐き出した。
数日前の仕返しは、これで終わりだ。
無理に殺さずとも、どのみち、城主が遣わした侍たちが処罰するのだ。
一方の銀夜は、化け狸・
大ぶりではなく、手首をひねり、返し、曲げて繰り出す小刻みな斬撃である。
おそらくは霧島流の刀術、小太刀術であろう。
一見地味で静かだが、忍びの仕事としては理にかなっており、音もなく素早く太い血の管を刈ったり、骨の間を刺し貫く技だといえる。
定吉はこれを、痩せた刀で捌いていく。
そして左手ででっぷりとした腹を叩き、口から、圧縮した空気砲を放つのだ。
〈
風の弾丸は土砂を舞い上げて炸裂する。凄まじい威力である。焙烙玉(今で言う手投げ爆弾)を飛ばしているようなものだ。
(くそ、こいつ意外とやりよるぞ)
刀術は右腕一本ながら、巧いし捌き方だ。銀夜の速度についてくるわけではない。手数、技量はいずれも銀夜が上。
しかし、あと一歩で刀を絡め弾き飛ばせるという頃合いで、〈
この塩梅が巧みであり、実に、賢い。
(獲れる、と慢心した瞬間を狙いよる。いちいち小賢しいやっちゃ)
銀夜は左手を胴乱に突っ込み、銑鋧を手挟むと、二本飛ばす。
定吉はこれを刀の鎬で受けて弾いた。
間を詰める。銀夜は、〈
(あの風圧、自分も巻き添え食うやろ)
見立ては正しかったようで、定吉は、忌々しげに舌を打つ。
銀夜は相手の刀に、小太刀をヘビのように絡めた。
そうして手首、肘をうねらせて振動を生み、
「破ッ!」
発声による振動を加えて、相手の刀を折った。
「な――」
「霧島流〈
何が起きたのか――。
これは、端的に言えば振動剣の一種である。
相手の刀剣の材質を見抜き、それに適した振動と発声振動を持ち、割り砕くのである。
「俺は愁慈郎ほど甘くないぞ」
「よ、よせ――」
「取首一つくらいもらっとかんとな」
そう言って、銀夜は健在である己の小太刀で、定吉の首を刎ねた。
新谷岳の岩見砦の戦いは、多田隊に八名の死者と、十三名の負傷者を出したものの、砦を占拠していた賊軍を排除。三十二の首を挙げ、残り三十人を虜囚として確保した。
このような暴挙に出た賊軍の正体は、かつて一国として存在し、
彼らは
「問答無益、試し切りにし、骸を晒して鳥に食ませよ」
と冷徹に処罰を決定。
処刑は即時行われた。
玄命八年の三月二十九日、新谷岳の岩見河畔にて、試し切りを兼ねた斬首刑が執行された。
この残酷にも思える行いは、しかし現代とは価値基準が違うゆえに、見世物同然だ。
竹矢来で囲われた刑場は人でごった返し、わめく浪人らを打ち捨てる様子を絵にする絵師もいたほど。
なお、このとき「首を八つ落としても切れ味が鈍らなかった」逸話を得た刀がある。
二尺四寸、身幅の広い、がっちりとした頑健な刀だ。
そして、その「山颪守八岐落とし」は、旅の
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