第六節 双方、備え

 幾日かの後である。

 玄命八年の三月二十二日、時刻は巳の正刻(午前十時頃)。

 新谷宿にいだにしゅくの旅籠を数軒借りた一行がいた。


 足軽小頭八名と、それを指揮する物頭一名の徒侍である。さらに小頭麾下十名ずつ、つまり八十名の足軽もいる。

 合計して八十九名。

 新谷城から派兵されてきた、多田ただ隊であった。


 旗指には城主の梟福殿志郎兵衛――すなわち、梟福殿家の家紋である、フクロウの羽を五枚、花弁のように配した「五梟羽根いつつふくろうばね」の家紋。

 宿の主人には相場の倍近くを払う代わりに、飯炊きと湯沸かしを厳命。

 それから、軍議の際には宿から離れよと命令している。居丈高にも思われるが、主人も倍額をもらっているから文句を言えず――そもそも領主、つまりお殿様である志郎兵衛に逆らえるはずがない――、黙って言う通りにしていた。



「この短筒は……」

 足軽隊を率いてきた物頭(足軽大将)、多田十兵衛は、愁慈郎が持ち帰った馬上筒を受け取ると、眉をしかめた。

 台(銃床)には二枚重ねの扇の家紋――その銀細工が取り付けられている。

「どこでこれを」

「へい。賊が持っておりました。逃げ出す際に、何かの糸口になると思い、持ち出した次第です」

 愁慈郎はそういった。

 相手は立派な侍である。言葉遣いは正さねばならない。

 足軽という枕詞のつく小頭、そして物頭だが、彼らは立派な侍だ。特に、物頭に至っては騎乗の身分である。

 無礼など怖くてできない。獣狩とはいえ、社人の身分とはいえ、騎乗の侍との身分は雲泥だ。


「深川という同輩がいた。……あの岩見砦の砦番だったのだ」

 多田はそういった。

 砦番深川の鉄砲を、賊が握っていた。

 つまり、そういうことだろう。深川はもう、この世のものではあるまい。


 多田は怒りに震える吐息を熱く吐き、それから大きく息を吸った。

 幾度か繰り返した彼は、落ち着きを取り戻す。

 地図を指差した。質の良い紙である。漉き返しではなかろう。


「銀夜、敵数が三十八というのはまことか」

「事実です。伏兵を山に潜ませとる可能性も否定できません。しかし、そこまで手の込んだ事をするとも思えません――根拠もあります」

「話せ」

「兵糧庫の備蓄を考えると、せいぜい、四十人を養うのが限度やと思われます。兵糧攻め、水の手を切るなりしても、まあ、二月ふたつきは耐えるでしょう。しかし、裏を返せば、一ヶ月を目安にすれば倍数を揃えられることにもなるかと」


 山間の砦だが、灌漑した水路が地下で通じており、井戸がある。

 そこから取水しているから、水の手を切るとなると、山を登っていって、灌漑の途中を埋める形の土木普請が必要となろう。あるいは金堀衆らを使って、別の井手(水路)を作ってしまうか。

 堅実な手を取るならばその渇き攻め、兵糧攻めが最良だが。


「さすがに、兵糧庫に火は放てなんだか」

「勝手な真似して、蜂の巣をつつくような騒ぎにもできません。朽梨くちなしからの指示はあくまで物見でしたし」

 銀夜が朽梨を見る。彼女は頷いた。

「多田殿、二人を動かしたのは私です。責は私が」

「それについては殿より働かせて結果を出させろとの御下知を頂いておるゆえな。無論、わしはお主の出自なぞ勘案には入れぬ。あくまで、小頭格として扱うぞ」

「ありがたいお言葉」朽梨は心からそう思っているのだろう。


「問題は、馬出うまだしやな。丸馬出やった。土居で、出入りは左右から。けど、盛り上がった土塁で築いとるから、寄手は向こうが見えんやろう……」そこまで喋って、敬語ではないことに気付いたに違いない。銀夜は咄嗟に、「なあ愁慈郎、どう思う?」と機転を利かせた。

 多田も、気づかぬふりをして、

「愁慈郎、聞かれておるぞ」

 と、大人の対応をした。


「多田殿、砦兵は鉄砲を如何ほど」

「砦の備品を込みで五丁」

「撃ち合いは避けられない、と思います」


 馬出付近で、まず斉射をされると見ていい。

 しかしそれを訥々と、門外漢に指摘されるのも侍の面目が潰れるだろう。

 愁慈郎は考えあぐねるふりをする。


「櫓の上から撃ち手が狙ってこような。そこには、上手い者が置かれると見て良い」多田は、すぐに戦略地図に書き記す。

「残り四丁は斉射に回すやろうと思います」

 銀夜が、顎を撫でつつ言った。猫の耳が揺れている。

「おいまてこら!」

 そのとき、銀夜が怒鳴り、窓から飛び出した。

 何事と周囲が色めき立つ。

「落ち着け! 敵方の間者だ。こちらの草が追っておる」



 窓から飛び出した銀夜は、盗み聞きしていた体裁の山童やまわろの男の襟を掴んだ。

 山童は毛深い壮年である。一つ目で、媚びたように「へへ」と笑っている。

「何が可笑しいねん。おい、多田隊の足軽が寄るなって触れ回ったの、知らんとは言わさんぞゴラ」

「い、いやあ。なにかうまい話かな、って、おもって。それで」

「賊に話の内容を売れば、確かに美味いもん食う銭はもらえるやろう」

「冗談よしてくだせえよ。おっかねえこと、しねえでください」


 そこへ、直槍すやりを手にした足軽が二人と、多田がやってくる。

「貴様……ええい、ひっ捕らえい!」多田が命じると、足軽の一人が寄っていった。

 が、山童は素早い動きで銀夜の袂に手を突っ込む。

 そうして銑鋧を一本抜き取ると、銀夜の鼻を突こうとした。

 咄嗟に後ろにのけぞり、銀夜はこれを躱す。


 そこへ、愁慈郎が駆けつけた。手には、火挟みに火縄を挟んである短筒が握られているではないか。


「大人しくしろ」

 愁慈郎が低い声で言った。

 山童は「糞」と悪態をつき、槍足軽に捕らえられていく。


「やるやん」

「いや……」

 愁慈郎は、引き金を引いたが、かちんと空撃ちするだけであった。

弾薬たまぐすりも玉も入ってないんだな、これが」

「はあ? お前、やりよったな……まあ、火薬の臭いせえへんし、怪しいとは思ったけど」


 これには多田も目を丸くしていた。

「大見栄を切ったのか……なかなか肝のすわった若者よ」

「申し訳ございません。勝手に、朋輩様の大切な短筒を……」

「いや、よい。先の物見も含め、朽梨の仲間でなければわしの手勢にしたいくらいよ」

 多田は豪快に、莞爾かんじと笑む。


「多田殿。あの男の尋問を任せていただきたく」

 朽梨がそのように申し出た。

「任せよう。何ぞ、聞き出してくれ」

「はっ」

 神使といえど、この場では小頭格。上役には従う。

 それは、天狗という種族にとってはやや屈辱だが、朽梨は必要なことだと理解していた。

 そもそも、彼女は気位が高いと言うだけで、別に他人を支配したいというおかしな欲望は持っていないのだ。


「愁慈郎、銀夜、尋問に使う場所を確保してほしい。人が寄らんところがいい」

 何をする気だ、と愁慈郎は思ったが、――すぐに察した。知りたくないので頷いて、了承した。

 察しの良い銀夜は、「空き家か、使ってへん蔵でええやろ」と、取り返した銑鋧を指の股でくるくる回しつつ言った。

「それでいい」

 朽梨が満足げに頷く。


 そしてその「尋問」が半刻ほど行われた後、賊がすでに防戦の準備を整えていることが明らかになるのだった。

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