百鬼夜行伝奇図会

三河蕾花(筆刀斎)

天嵐国

序節 最悪の出会い

「下郎! ここが御神域と知っての狼藉か!」

 玲瓏な女の声が、樹冠の向こうから降ってきた。

 音もなく降り立ったのは、ぞっとするような麗人である。


(やっちまった)

 と思ったときには、愁慈郎しゅうじろうの眼前に、暗澹たる将来を確約した女天狗が、怜悧な目つきで立っていた。

 彼女が降り立つなり、愁慈郎はまずいと思って咄嗟に弓を捨てた。


えびらも、腰の山刀ながさも捨てろ」

「あ、ああ」

 言われたとおりにした。

 見れば女は非常に長身だ。六尺五寸(百九十五センチ)はあろう。五尺七寸(百七十一センチ)の己より、頭一つ大きい。背中の、猛禽類の翼も相まって、さながらダイダラボウのように思える。

 八尺(二百四十センチ)もの杖を手にした彼女は、杖で愁慈郎の腕を絡めるようにして巻き取り、あっという間に制圧。葉と土が織り交ぜられたそこへ、押し付けられる。


 深い山奥である。

 獲物を追っているうちに、自分は御神域の森に入ってしまったらしい。

 大うさぎに矢を射かけたまでは良かった。けれど、矢が刺さったのはまずかった。

 それを見咎められたのはもっとまずかったが――いずれにせよ、己の不注意を呪った。


 御神域で矢を射かける事自体重罪であり、それを申し開きしようが、まず、無宿人という扱いである。

 真っ当な将来は望めないだろう。

 在所がなく、家もない。泊まるところもない。となれば当然、仕事にもありつけまい。婚姻も、人並みの付き合いもできない。事実上の死罪である。


 抵抗などできるはずもないし、むろん、する気もなかった。

 ここで抵抗をすれば、余計に罪が重くなるだけだ。


「天嵐様の御庭で矢を射かけた挙げ句、赤不浄で汚すなど言語道断。問答無益、死罪である」

 女は高らかに言い放った。

 愁慈郎は言い訳をしようとするが、なにも言葉が出てこない。

 罪状はすべて正しい。御神域での粗相など、許されてはならない。そのような前例を作ることも、あってはならない。規則を緩めれば、そこからすり抜けんとする不届き者が現れよう。

 例外を作るということは、事実上、罪や不正への妥協である。


「とはいえ、ここで貴様の首を刎ねるのは本意ではない」

 女天狗は、フクロウの翼をたたみつつ、言う。

(そりゃお前も死罪になるからだわ)愁慈郎は内心毒づいた。

 女は愁慈郎を引っ立たせた。

仁嵯城にんじじょうへ連行する。よもや抵抗はすまい。馬鹿げた真似は慎むがよい」

「わかったよ。くそ」


 悪態をつくと、女は拳で愁慈郎の脇腹を突いた。

「敬語。私は神使である」

「申し訳ございません。糞アマ様」

 ゴスッ。

 今度はかなり強めに、脇腹を殴られた。

「楽しみにしているがよい。私が直々に首を刎ねてやる」


 生臭天狗め。

 という悪口を、必死に飲み込んだ。

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