「俺はエミリアが好きだ」
静まり返る部屋にスバルの言葉が木霊する。少しの沈黙の後、再び書類に筆を走らせる音だけが部屋の中に響く。スバルは片手に持っていた紅茶の入ったティーカップを机に置き、チラ、と視線を何事も無かったかのように書類作業を進めるアベルに向けた。
「俺はエミリアが好きだ」
「………」
「なあ、この意味分かるよな?」
アベルから返事は帰ってこない。スバルは、小さくため息をつく。 きっと、ため息を付きたいのはアベルの方だ。今、スバルがアベルにとって都合の悪いことを言っている自覚だってある。でも、だからこそ言わないといけない。
「わからぬ」
「…なにが」
「貴様が言いたい事の意味も、何故それを伝えるのかも、何もかもだ」
すると、今まで沈黙を守っていたアベルが不機嫌な声でスバルを睨んだ。スバルはその視線に眉を顰め、目を逸らす。
わかるはずだ。頭のいいアベルなら、わかるはずなのだ。この、言葉の意味を。
「ナツキ・スバル」
すると、アベルは筆を置き、立ち上がった。スバルはその気配を感じて必死にやめてくれと心の中で懇願する。
「ナツキ・スバル」
「…やめろ」
「スバル」
「頼む、アベル。やめてくれ…」
スバルはみんなが言うほど鈍感ではない。知らないフリをして逃げて、相手を傷つける勇気もなく、自分が傷つくことを恐れてるだけ。
だから、アベルは、頭のいいアベルはお互いが傷つかない方法がわかっている筈なのに……
「わからぬ」
「…なんでっ!」
「残酷な男だ。互いに気持ちを押し殺し、無かったことにする事が本当に最善だと思ってるのなら、貴様のそれは傲慢以外の何物でもない」
「それはっ…」
スバルが思わず顔を上げて反論しようとすると、アベルと目が合う。合って、スバルは後悔した。…こんな、こんな顔させたかったわけじゃない。
「スバル。…貴様が好きだ」
「…っ」
「無かったことにするな。逃げることも許さない」
わかっていたはずだ。スバルがアベルの気持ちに応えられない事も。スバルには想い人が他にいること。だから、アベルの気持ちに応えられないスバルはアベルが傷つかないように忠告した筈だ。
それなのに、アベルは口に出して、もう取り返しがつかない。スバルがアベルの気持ちに答えられる日は来ない。だから、今からスバルはアベルが傷つく言葉を口にしないといけない。
「なんで、俺なんだ…馬鹿だよ、お前は」
「貴様にだけは言われたくないな」
「わかってただろ。傷つくだけだ、お互い」
スバルがそう口にした瞬間、アベルに頬を鷲掴みにされ、無理やり上を向かされる。そこには、怒りを含んだ瞳のアベルが居て、スバルはまた怒らせるようなことを言ったのだと気づく。
「貴様は何もわかっていない」
「は…?」
「お互いが傷つく? 勝手に傷ついているのは貴様だけだ」
「な、何言って…」
「そもそも、貴様の畏怖する全てのことは想定済みだ。その上で今一度言うぞ。…俺は、貴様を愛している」
「なっ…なんで?わかってるのに、なんでお前は…」
混乱するスバルを、何故か上機嫌で見下ろすアベルに、スバルはダラダラと嫌な汗を流す。まずい、気がする。これはヤバいやつだ。
「舐められたものだ。断られた程度で、この俺が諦めるとでも思ったか?」
「え?」
「貴様が誰を好きであろうと俺には関係ない。一度の失敗で諦め切れる程、俺の愛は軽くないぞ」
これは……厄介な男に火をつけてしまった。目の前の男を、ヴィンセント・ヴォラキアを舐めていた。到底、スバルの尺度で測れる男ではなかった。それでも、今更何を言っても後の祭り。焚き付けた火は簡単には消えないだろう。
……それに。
「ああ、一つ言い忘れていた」
「?」
スバルが顔を顰めていると、不意にアベルがスバルから手を離して自身の顎に手を添えた。スバルがアベルの言葉の続きを待っていると、暫くスバルをじっと見つめていたアベルは、口角を上げてスバルの顎を擽った。
「己に好意を持っているとわかった上で、その相手と密室で二人きりになる行為の意味を、貴様は理解しているのか?」
「……?……なっ?!」
「…まあ、今更気づいても遅いことだがな」
そのまま近づいてくるアベルの顔にスバルは絶叫するが、当然助けは来ないし、スバルはこの先一生自分の軽率な行動を後悔し続けることだろう。
その後、二人の間に何があったのかについては神のみぞ……いや、皇帝のみぞ知るのであった。
うわーーー大好き