『Time of Ring』(第九稿)Part.3

第三幕:開かれた未来


転移の暗闇は、これまでとは違う重さがあった。

体が意識を保ったまま、視覚だけが完全に消える。

そして光が戻った瞬間、大地の視界を埋め尽くしたのは、
文字通りの「地獄」だった。

——ドォォォォォォン……ッ!!

激しい衝撃と重力震。

NOAのメインスクリーンが外の映像を映し出した時、
青空はどこにもなかった。

大気との摩擦で燃え盛る巨大な岩塊が地平線に激突し、
周囲の大気が熱で赤黒く歪んでいる。

眼下の海は異常な引き潮を起こし、
やがて来るであろう数百メートル級の大津波の
前兆を示していた。

「現在時刻、約六千五百万年前……。」

同乗した水原が、震える声で告げた。

「巨大隕石の衝突直後よ。」

時空転移の衝撃で推進力を失ったNOAは、
海岸線に切り立った岩肌に激突し、
鈍い金属音を立てて不時着した。

ハッチをこじ開けて外に出ると、
強烈な熱風が肺を焼く。

周囲には、
熱波と降り注ぐ火の粉から逃げ惑う
小さな命があった。

小型の恐竜の幼体たちだ。

彼らは燃え盛る空に怯え、
岩陰で身を寄せ合って
甲高い悲鳴を上げている。

ただの動物だ。

歴史を変えるような知性もない。

だが、恐怖に震えながらも
互いを庇い合うように体を寄せるその姿に、
大地は病室のベッドで
チューブに繋がれていた妹の、
あの細い手を重ねていた。

「こっちだ!」

大地は駆け出し、
NOAの下部に備え付けられた
巨大なコンテナブロックのハッチを開け放った。

燃え盛る大気から彼らを守るため、
大地は怯える幼体たちを
次々とコンテナの中へと押し込んでいく。

最後の数頭を抱え込んだ、
その瞬間だった。

空を覆い尽くしていた赤黒い煙が、
さらに巨大な影によって飲み込まれた。

眼下の地平線を、
すべてを消し去る数百メートル級の
黒い大津波が迫ってきている。

「大地、早く乗って!」

水原の叫びと共にハッチを閉じた直後、
NOAの巨体は、漆黒の濁流に完全に飲み込まれた。

天地がひっくり返るような激しい振動。

濁流の中で木の葉のように揉まれ、
激しい水圧が船体を軋ませる。

NOAは海岸線の岸壁に叩きつけられ、
そのまま津波の強烈な引き波に巻き込まれ、
巨大な岩盤の「大空洞」の奥深くへと
乱暴に引きずり込まれていった。

メインスクリーンには、
暗い海底の岩肌が映し出されている。

激しい水流によって空洞の奥底に押し込められ、
機体は岩壁に挟まって
完全に身動きが取れなくなっていた。

「ダメよ、水圧と岩に挟まれて浮上できない!
このままじゃ船体が潰れる!」

警告音が鳴り響く中、
大地はコンソールの非常レバーを力強く握りしめた。

「船体を軽くする。
コンテナを切り離すぞ!」

「待って!
コンテナにはNOAの予備パーツと、
時空計算の航法データが積んであるのよ!」

「このまま全員潰れるよりマシだ!」

大地は強制パージのレバーを引いた。

激しい金属音と共に、
下部の巨大なコンテナブロックが切り離される。

拘束から解き放たれたNOAの船体は、
残された浮力を一気に取り戻し、
暗い空洞をすり抜けて
海面へと急浮上していった。

大気圏外に近い高度まで逃れ、
荒れ狂う海を見下ろす。

水原が、震える指でソナーの画面を操作し、
海中の状況を映し出した。

「……大地。」

水原の顔面から、
さーっと血の気が引いていた。

画面には、
先ほどNOAが引きずり込まれた
大空洞の入り口が映し出されている。

切り離された長方形のコンテナブロックが、
空洞の入り口にピタリと嵌まり込み、
分厚い「蓋」となっていたのだ。

さらに、津波が巻き上げた凄まじい量の海底の土砂が、
コンテナの蓋ごと大空洞を完全に覆い隠し、
分厚い地層の下へと埋め立てていく。

大地の背筋に、冷たいものが走った。

「あいつらは……あの蓋の奥に閉じ込められた。」

密閉されたコンテナと、その奥に広がる大空洞。

そして、コンテナの中に残されたNOAの航法データ。

大地は悟った。

あの中に残された幼体たちは、
外界から完全に隔離された無菌の地下空間で、
気の遠くなるような時間をかけて進化していくのだ。

敵の最大の弱点を作り出したのも、
この狂ったタイムトラベルの歴史を動かしたのも、
他でもない「自分自身の選択」だった。

パラドックスの恐ろしくも美しい円環を前に、
大地はただ、泥だらけの自分の手のひらを見つめるしかなかった。

『警告。
時空ナビゲーション制御不能。
時間軸の慣性に流されます。』

システムが無機質に告げる。

機体は激しい振動と共に、
制御不能のまま、
新たな時空の暗闇へと転がり落ちていった。

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