雲仙・普賢岳の大火砕流から35年、中学生だった遺族「父の年を超えてしまったが」…変わらぬ思い抱え慰霊
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主なヤフコメは?
- 報道関係者が避難勧告を無視して危険区域に立ち入ったことが、消防団員やタクシー運転手を巻き込む結果となり、メディアの責任が問われるべきだと感じています
- 火砕流の恐ろしさを目の当たりにし、その教訓が全国の火山地域での防災に役立っているという意見もあります
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- 報道関係者
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コメント268件
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犠牲者の半数近くが報道関係者です。 これにはスクープや決定的瞬間をモノにしようと 報道関係者がなかなか避難しないことで 巻き添えになったタクシー運転手も含まれます。 また、避難したはずの消防団員の方たちの中には、 報道関係者が居座るせいで引き返し、犠牲になった方もいます。 この記事はそういった事実に一切触れず、 まるで避けようのなかった自然災害の話にすり替えているように思えます。 ただでさえ普段から偏向報道ばかりしているところへきて こういうところからも、メディアへの不信感が高まります。
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マスコミがルールを守って取材してれば、消防団が巻き込まれることがなかったわけで、報道の自由を盾に暴走したマスコミによる人災だったと言っても過言ではないだろう。 あの当時は溶岩ドームが崩壊するタイプの火砕流は、火山の専門家でもほとんど見たことない幻の災害で、世界初となる貴重な映像を収めようと報道合戦が加熱してた。 それで避難区域となってた定点と呼ばれる場所に、マスコミは専門家の警告も聞かずに立ち入っただけでなく、民家に勝手に入って電気まで盗用したりと犯罪行為まで堂々と行ってた。 そのため消防団や警察が見回りせざるをえず、またマスコミを送り迎えするタクシー運転手も待機しないといけず、結果的に巻き込まれてしまった。 つまりマスコミが一般市民の命を奪ったも同然なのに、当時の報道ではマスコミばかり英雄扱いで追悼して、巻き込まれた消防団員のことはノータッチに近いぐらいだった。
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島原市が避難勧告を出し、九大火山観測所の所長も大変危険だと警告を繰り返していたにも関わらず、火砕流の先端部分までマスコミが居座り、それに付き合わされた消防団や防災担当者、タクシー運転手まで翌週の大火砕流に巻き込まれてしまった。 この頃からそうだったのかもしれんが、マスコミって自分たちの失策を本当に振り返らないよな。ご遺族の動向以外にも省みて伝えるべきことあるだろうが。
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正しい伝承をお願いします。これら犠牲になった方々の多くは、立ち入り禁止規制をしているエリア内に、誤った報道の自由の名の下、警告を無視して立ち入った報道関係者の巻き添いで尊い命を落とした、警察・消防・消防団の方々です。マスコミが規制を守ってさえいれば、犠牲にならなかった方が多くいらっしゃいます。その点を正しく報道・伝承することが必要だと思います。
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当時中学生くらいで連日報道が加熱するのを見ていました。犠牲者の多くが報道関係者ですが、避難しろと言われているのになかなか避難しなかったことが犠牲を多くしましたね。 島原のがまだすドームに行きましたが、あの火砕流がどれほどの威力があり、どれほど恐ろしいものだったのかを実物やジオラマで再現していて、本当に恐ろしいことだと感じました。 そして当時天皇陛下だった上皇陛下が避難所を訪れた際、住民に膝を折って同じ目線でお話をされる姿を見て衝撃を受けたことを強く記憶しています。 島原鉄道は今も一部路線が埋まっていますが、もう再開は無いでしょうね。
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テレビのニュースで見たあの凄まじい光景が今も忘れられないです。 火砕流に遭遇し全身灰だらけで命からがら逃げてきた地元の消防団の人が、唸り声とも叫び声とも言えない声を上げながらその辺の道端にうずくまっていた。 その時は全然分からなかったけれど、火砕流の熱で気管支を火傷して声が出なかったこと、その後お亡くなりになられたことを知り本当にショックでした。今では絶対にテレビの映像で流すことはできないです。 火砕流の恐ろしさを思い知りました。
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すさまじい噴火と火砕流の威力、怖さを十分に感じたのを思い出します。 自衛隊も装甲車をもって避難活動などに参加しました。 多くの方が犠牲になりましたが、この噴火の教訓は全国の火山を抱える地域での教訓となっていると思います。 犠牲者のご冥福をあらためてお祈りするとともに、今後の火山活動に伴う犠牲者が少しでも少なくなるよう期待します。
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火砕流では知人が何人か亡くなり、呆然としました。住民1万人が長い間避難しましたね。やがて普賢岳の近くへ行く自動車道が通れるようになり、山頂近くの山腹に出来た溶岩ドームを眺めました。 巨大なナメクジ型をしたカルメ焼きみたいな生成物で、言うに言われぬ本能的な恐怖を感じました。ピンク色がかった噴煙が上がっており、桜島とは色が違うので、溶岩の成分が違うのだなと思いました(粘度が高く、だからドーム状になるのですね)。ドームは日を追って成長し、今では平成新山と呼ばれています。新しく山が出来る過程を初めて見ました。いつかは富士山も激しい活動をして、大きく姿を変えてしまうのでしょうか。 私は宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」が好きですが、あれは数十の活火山がある架空の地方で、「火山局」の技師たちが命をかけ、噴火の危険と戦う話です。一種のSFですが、環太平洋火山帯で生きる現実とも深く関わっています。
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高校の修学旅行で、雲仙・普賢岳の被害が遺構として残されている場所にいきました。住宅が土石流で半分近く埋もれていて、テレビでは被害映像を見ていましたが、論より証拠のようなもので、間近で見た時に被害に驚き、実際現場に行かないと本当のことはわからないな。と感じたものです。その日は快晴で火山ドームがよく見え大雨で崩れたら大変な被害になると地元の観光施設の方が話されていました。火砕流や土石流なんて雲仙・普賢岳の被害前は聞いたことがなかったのですが、火砕流や土石流という新たな災害も知る機会になりました。
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4月に長崎を訪れ、普賢岳の火砕流被災地を見学してきたばかりで、この記事を読みコメントを書きました。 火砕流の被災地跡は綺麗に町が整備され、道の駅がありその奥に『がまだすドーム』と言う雲仙岳災害記念館がありました。 普賢岳の噴火による火砕流で被災した家屋が、今もそのまま綺麗に保存されており、火砕流の凄まじさを目の当たりにしてきました。 もう35年も前になるんですね。犠牲になられた被災者の方々のご冥福をお祈り申し上げます。
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