2026年5月2日(土)発売の、石井仁蔵さん『北京沸騰 天安門秘聞』。
『エヴァーグリーン・ゲーム』『コンフィデンシャル・ゲーム』などで注目の新鋭の最新作は、中国最大のタブー〈天安門事件〉を題材に、若者たちの闘いとその背後に隠された巨大な陰謀を描く、歴史青春エンターテインメント小説です。
取材に訪れた彼の地で、石井さんは何を見て、何を感じたのか。是非ご一読ください。
石井仁蔵『北京沸騰 天安門秘聞』刊行記念寄稿
北京で見たもの・考えたこと
歴史ものの小説を、というご依頼を受けて僕が選んだ舞台は中国だった。前作『コンフィデンシャル・ゲーム』で欧米の国々を描いたので、次は中国の小説を書きたいと思っていたのだ。物語にするには明や清の時代、あるいは古代のほうがポピュラーだが、僕の興味は現代に向いており、1989年の北京で起きた天安門事件を題材にしようと決めた。経済の面で日本と強く結びつく一方、政治の面では何かと緊張関係にある国、中華人民共和国。かの国を揺るがせた事件とはいかなるものかと、僕は資料を探り始めた。ご存じの方も多かろうが、中国ではあの事件の存在自体がタブーだ。中国人の方に協力を仰いでも、名前を出した時点でシャットアウト。そんな題材の小説を書けば、日本在住の日本人たる僕も、当局から睨まれてしまうことだろう。心配だ。でも、仕方がない。
我が日本が誇る言論の自由、表現の自由を存分に行使させてもらおう。
そう決めて資料を紐解くも、現地の様子を知らずには書けそうにないと気づく。事件のあった六月四日前後の北京がどんな空気なのかを肌で感じてみないことには始まらないのだ。僕は迷わず、飛行機の予約サイトを開いた。
徹頭徹尾、一人旅である。現地ガイドの依頼も検討したが、相手にリスクを負わせるのは避けたかった。小説が出版されれば、僕を案内した人間がなんらかの疑いを掛けられる可能性もゼロではない。小説について一切知らせずにいたとしてもだ。微に入り細を穿つ監視技術が金の流れを余さず洗い出し、街に張り巡らされたカメラの記録は容易に個人を特定するだろう。五月下旬という時期に一人で北京を訪れた僕を、空港の検査官はあまり歓迎してくれなかった。天安門事件の小説を書くので取材に来ました、などと言ったら即アウトなので、観光ですとお定まりの答えを返したものの、市内のどこを見て回るのかと細かく尋ねられ、無愛想な調子でゲートを通された。
市内の移動ではタクシーや地下鉄も活用したが、自転車が強い味方だった。シェアサイクルが身近な交通インフラとして機能しているのだ。街のそこかしこには青や黄色、青緑色の自転車が並んでおり、Alipay(支付宝)やWeChat(微信)のアプリを使うことでレンタルできる。少額で借りることができ、随所にある駐輪スポットで自由に乗り捨てられる。自転車にまたがって疾走すると、街に溶け込めたようで嬉しかった。「海外に行く楽しさのひとつは、子供の頃に戻れることにある」という話を後に聞き、なるほどなと今にして思う。周りは知らないものだらけで土地勘もないから、どこに行っても探検するような気分を味わえるのだ。
北京の中心部は、都市の設計としてとても面白い。紫禁城が街の中心にどんと構え、その目の前には天安門広場がある(広場は世界遺産の一部でもある)。そして広場のすぐ横には日本の国会議事堂にあたる人民大会堂が威容を誇り、大通りを隔てた先には国家の行政府にして中国共産党の本丸、中南海が紅緋の壁に守られている。近くの路地に一歩入れば昔ながらの住宅街・胡同で老人たちがシャンチーを楽しみ、そこを抜けた先の繁華街をコスプレ女子が闊歩する。武警や公安の車が停めてある脇で、渋滞の車がクラクションを鳴らしまくり、その隙間をノーヘルの二人乗りバイクが颯爽と抜けていく。
異世界探訪を楽しんでいた僕であるが、楽しいことばかりではない。
その二日目、身の引き締まる出来事に遭遇した。
ある場所に自転車を停めたときのことだ。街の風景をスマホで撮影していたら、一人の青年に話しかけられた。黒いポロシャツを着た短髪の青年だった。しかしあいにく、こちらは中国語がわからない。観光客だと面白がって話しかけてきたのかな、くらいに思っていたらどうも雲行きが怪しい。立ち去ろうとするのを強い調子で制される。もう一人の青年が姿を現すがまるで要領を得ず、困っていたら三人目がやってきた。先の二人と異なり、小柄でショートヘアの可愛らしい女性だった。二十代半ばと思しき彼女は英語が堪能らしく、何を撮影していたの? 写真はどれ? 目的は? 職業は? と矢継ぎ早に質問を重ねた。でっぷりと腹の出たおじさんも登場し、お次は坊主頭で骨ばった顔のおじさんが来た。眼鏡の男性や上品なマダム風の女性も現れ、いつしか七人の男女に囲まれた僕は、よくわからない建物の門前に連れていかれた。パスポートとスマホを取り上げられ、いかつい坊主に見張られながら、顔をしかめて話し込む集団をただ怯えて見つめていた。
要するに、僕の撮影していた地域が問題だった。天安門事件に深く関わる場所なのだ。制服こそ着ていなかったが、彼らは警察の職員だった。僕は偶然にも警察の建物をカメラに収めてしまったらしく、記者の類いではないのかと、彼らの想像力に火をつけてしまったようなのだ。その場で撮った写真はすべて消せと言われ、速やかに削除した。持ち物を返されてなんとか解放され、僕は身を縮こめながらそそくさと逃げ出した(その地域が事件と結びつく場所だと知ってはいたが、もちろん知らないふりをしてやり過ごした)。
振り返ってみればありがたい経験だった。迂闊な行動を取らないようにと、慎重に街を見て回るようになった。油断して中南海の写真などをぱしゃぱしゃ撮っていたら、さらに厄介な事態に陥ったかもしれないのだ。彼らがぴりついていたのは、天安門事件の日付に近かったことも多分に作用しているだろう。虎の尾を踏まぬように気をつけつつ、僕は再び街の観察を始めた。
伝統と進化。静謐と猥雑。洗練と粗野。近代性と土着性。解放感と警戒感。
カオティックな都市が自身の成長ぶりに追いつき切れていないような面も、端々に見え隠れしていた。自動車の増加に駐車場の整備が追いついておらず、高級車が胡同の細道を塞ぐように縦列で停めてあった。エリート風の身綺麗な女性が風を切って歩く横で、よれよれのタンクトップを着たおじさんが豪快に喉を鳴らして痰を吐いていた。
印象的な光景を目にしたのは、ビル街を歩いていたときのことだ。綺麗なビルが建ち並ぶ金融街の一角に公衆トイレがあった(トイレは街の至る所にあった。周囲に異臭が漏れていることも少なくなかった)。男女に分かれたトイレのあいだに見慣れぬ狭い部屋があり、そこでは若い女の子が屈葬のような格好でベッドに横たわっていて、中年男性が椅子に腰掛けて煙草を吹かしていた。どうやら清掃員の待機場所らしかった。「格差」という言葉がいやでも頭に浮かぶ。清掃員の給与がどんなものかはわからないし、案外多くもらっている可能性もないではない。けれど、日差しを受けて光り輝く高層ビルの足下で、トイレ掃除のために小部屋で時を過ごす女性がいるのは、市場経済の現実を象徴するような光景に思えたのだ。女の子はどんな気持ちであの部屋にいたのだろうと、しばし思いを馳せてしまった。
大きな格差を孕みながらなおも発展を続ける国の首都では、一風変わった光景も見られた。とりわけ興味深かったのは、街角で踊る人たちの姿だ。「広場舞」と呼ばれるそのダンスは、当局による規制をはねのけて、大衆の娯楽として根付いているようなのだ。バラバラな踊りではなく、アップテンポな曲に合わせた斉一な振り付けである。中年女性の一団をよく見かけたが、老若男女の混成隊もいた。十代、二十代と思しき女子たちに五十代くらいの薄毛のおじさんが交じり、数十人規模で踊っている様も見受けられた。
六月四日の夜、中国美術館の前に広がっていたその光景を見るにつけ、僕は中国共産党の「勝利」をあらためて実感した。いびつさを抱え込みながらも、首都の街は大きな発展を遂げ、人々は政治のことなど考えずに日々の楽しみを見つけている。活き活きと暮らしを営んでいるのだ。
僕は中国共産党を批判するために小説を書いたわけではないし、もちろん称揚するつもりもない。ただ、今日までの中国を捉えたとき、天安門広場を巡るあの出来事は、ひとつの起点たり得るように思う。
天安門事件のあった1989年、日本は平成の世を迎えた。ドイツではベルリンの壁が崩れ、アメリカとソ連は冷戦を終わらせ、世界各地で民主化の流れが進んでいた。一方、中国はどうか。為政者たる共産党は、市民運動に対する容赦ない弾圧を選択した。あのとき、党は覚悟を決めたのだろう。この体制を維持したうえで、なんとしても世界と張り合うのだと。不満を抱えた市民が暴動や反乱を目論むことがないよう、なんとしても豊かな民を増やすのだと。
その選択は正しかった、と、党の政治家たちは心から思っているに違いない。
長年に亘る政治的安定と経済的発展。かの国への好悪とは別に、国家として飛躍的な成長を遂げた事実を、僕は認めねばならない。鄧小平が生きていれば、今の中国を見てこう言うに違いない。見るがいい、あのときの判断は正しかったじゃないかと。
僕は天安門広場に立ち、かつてその場所を埋め尽くした人々に思いを巡らせた。
奮闘した学生や市民は敗北を喫した。では、彼らの運動はまるきり無駄だったのか。そうは言い切れない。当局はその風化を図りつつも事件を絶えず意識している。事件を思わせる単語がネット上に見つかれば慌てて削除に取り掛かり、毎年六月四日が迫るたびに警戒レベルを引き上げる。中国の若者は事件の存在自体を知らないというが、当局はいつまでも忘れられずにいるのだ。民主化運動への「恐怖」を、人民は確かに与えた。権力に対し、永久に忘れ得ぬ一撃を食らわせたのだ。そこには間違いなく、歴史的な意義がある。
天安門事件は37年も前の、海の向こうの出来事。しかし、現代の日本を考えるときにも決して無縁ではない。日本は自由かつ民主的な社会であるけれど、政治的な発言を控えたほうがいいという空気は拭いがたく存在する。そんな空気を感じながらふと思う。
政治への意見は避けようと口をつぐむとき、知らないうちに、現在の中国共産党の態度を肯定してはいないか。デモで社会は変わらないと吐き捨てるとき、知らないうちに、当時の中国共産党の側に立ってはいないか。政治的な無力感を植え付け、強権で支配する中国共産党はもしかすると、権力者にとって憧れの対象なのではないか。
僕たちは中国のような国を望むのか。それとも、自由を尊ぶ社会を守るのか。
他国のありようを眺めることは自ずと、自国を捉える機会になる。
今を生きる人の姿を、歴史は克明に照らし出す。
羽田空港に近づく飛行機の窓から東京の街を眺め、僕はたとえばそんなことを考えた。
作品紹介
書 名:北京沸騰 天安門秘聞
著 者:石井仁蔵
発売日:2026年05月02日
1989年、天安門。怒った。語らった。恋をした。自由に生きたいと思った
なびかせる、という行為に潜む暴力性を描き出すには、この歴史的題材と向き合わねばならなかった。
安易になびかされない自分を作るための、革命の書だ。
――吉田大助(書評家)
国家が本気で国民を押し潰そうとしてきたら、絶対に勝ち目はない。
でも闘うのだ。たとえ戦車に踏みつぶされても。
国がどうした。単なる制度じゃないか。
――杉江松恋(書評家)
1989年。前総書記・胡耀邦の死で揺れる北京。フラフラと過ごす失業中の青年・雷勇強は、天安門広場でデモを行う学生らと知り合う。中国は変わるべきだと語り、報道の自由などを求める彼らだが、勇強はピンとこず、タイプの女子学生・鄭静が気になるだけ。しかし、「あたし、殺される」――知人女性からの電話をきっかけに、共産党の暗部に触れ、デモに参加することに。一党独裁、官僚の腐敗、自由化への弾圧。己の国について初めて思いを巡らすが、その裏には巨大な陰謀が――。
保守派、改革派、学生、第三勢力......それぞれの思惑が交錯しながら、中華人民共和国の建設以降、最大の騒擾〈天安門事件〉へと向かっていく。
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