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悪夢は覚めない/Novel by テンチャ

悪夢は覚めない

40,426 character(s)1 hr 20 mins

どんでん返しが好きだから書いたけど、難しい。あと長い。そしてアベルの愛が重い。

どんな手段を使ってでもスバルを手に入れたいアベルと何も知らないスバルくん。 ちょっとだけユリスバ
スバル愛され気味だけど基本的にずっとアベスバ。

細かい所の設定はあまり凝ってませんが、アベルの意図を知った後にもう一回本編の最後の方のアベスバの会話みると節々にアベルのドロドロ具合が垣間見えるようにはなってる…と思う。

(2025/07/14)修正

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「スバル…!」

相棒の呼び掛けに、急いで振り返るが。次の瞬間、迫り来る魔法を避けきれず黒い霧のようなものがスバルの周りを覆い尽くす。

「う、わ!」

スバルは纏わりついてくる霧を振り払おうと手をバタバタさせるが一向に霧が薄まる気配がない。 有毒なモノが混じっているかもしれないと口を手で覆うが。人間、酸素がないと死んでしまう手前、多少霧を吸ってしまうのが現実だ。

「っフーラ!」

すると、遠くから聞き馴染みのある声で詠唱が唱えられ、スバルの近くに暴風が発生する。それに吹き飛ばされないようになんとか持ち堪え、霧が晴れたのを確認して大きく息を吸い込む。

「助かったぜ姉様」

「はっ、バルスの無様は見慣れているけれど、慎みなさい。レムが悲しむわ」

「ああ、わかってる。それよりも敵は?」

すると、スバルの質問にラムは口ではなく目線で状況を指す。
スバルは素直に視線を移すと、そこにはエミリアに頭以外全て氷漬けにされている呪術師の姿があった。

「流石エミリアたんだな…」

「そうね。 それよりバルス、体調はどうなの?あの黒い霧を吸い込んでいたでしょう」

「え、なに。心配してくれてんの?」

「…チッ。バルスの心配なんてするわけないでしょう。バルスに何かあれば、エミリア様やベアトリス様が黙っていないからよ」

スバルの軽口にトゲトゲとした口調と軽蔑の眼差しでスバルを見つめるラムに、スバルは自分の身体を触って異常がないか確認してみる。

「うーん。特に今のところは別に…遅効性の可能性もあるにはあるけど」

「…嘘ではないようね。いいわ、ラムは疲れたから後処理はバルスがやりなさい」

「はいはい、姉様の仰せのままに」

それだけ言い残すとスバルの元を去っていくラムだが、少しは面倒だからという気持ちもあるだろうが、実際人よりも数倍消耗が激しいのも事実だ。
恐らくスバルに気負わせないように、敢えてそういう物言いをした姉様の心遣いを暴くのは無粋だろう。
スバルはそのまま、エミリアとベアトリスが尋問しているであろう呪術師の元まで歩く。

「エミリアたん、ベアトリス、大丈夫か?」

「スバル!ええ、私達は大丈夫。それよりスバルの方が心配だわ。なんだか危なそうな霧に覆われてたけど…」

スバルに気付き、こちらを振り返るエミリアが心配そうにスバルに駆け寄ってきてくれる。そんなエミリアたんも可愛らしくてつい頬が緩む。
そして、ベアトリスも同様にスバルの隣に並んできたかと思えば、手を握られる。

「マナの流れに異常はないのよ。でも、何か引っかかるかしら」

「え?!それって大丈夫なの?」

「え、俺別に痛みとか違和感とかないんだけど…」

スバルに引っ付いたまま静かに目を閉じるベアトリスに、エミリアとスバルは唾を飲む。

「…呪われているのはわかるのに、原因がさっぱりかしら。でも、スバルの命に関わるようなものじゃないのは確かなのよ」

ベアトリスのその言葉に、二人して肩を撫で下ろす。

「そう言えば術師は?」

「それが…」

「──自害したのよ」

エミリアの言葉に被せるようにベアトリスが顎をしゃくる。
スバルは呪術師に視線を向ける。そこには頭がだらんと下を向いてる呪術師の姿があった。
恐らく舌を噛みちぎったのだろう、口から絶え間なく血が流れている。

「それにしても、目的はなんだったんだ?」

「いきなり襲われるなんて。でも王都に着いてから襲われなくて良かったわ。街のみんなに迷惑がかかっちゃうもの」

エミリアの言葉にスバルもベアトリスも頷く。

時は数刻前、スバル達が用事で王都へ向かっている道中、いきなり乗っていた竜車が襲われたのだ。
いきなりの出来事に、しかし即座に対応したエミリアとベアトリスのお陰で幸い怪我人は出なかった。
しかし、考えてみればこんな白昼堂々、仲間も連れずに一人で数人が乗っている竜車を襲撃するのはあまり得策とは言えない。

「こいつ、スバルが呪いに掛かったのを見て笑っていたかしら」

「え?」

「恐らく狙いはエミリアじゃなくスバルのよ。…本当に身体になんの異常もないかしら?」

ベアトリスの疑いの眼差しに両手を上げて首を横に振る。

「いやいやいや!全然ほんとになんともないんだって! さっきベアトリスも命に関わるようなものじゃないって言ってただろ?」

「それはあくまで推測に過ぎないかしら。いつ呪いが悪化するのか分からないのよ」

「そんな大袈裟な…」

ベアトリスに詰め寄られ、どうしようかとエミリアに助けを求めるが…

「うん。ベアトリスの言う通り、スバルはすぐに無茶しちゃうから」

「エミリアたんまで!」

「日頃の行いなのよ」

結局二人は数分ほどスバルを尋問し、必死に弁明するスバルに渋々納得した様子でラムの休んでいる竜車へと一緒に向かった。

──しかし、事件はそこで起こる。

竜車に戻るとそこには静かに目を閉じるラムの姿があった。
三人は休んでいるんだろうとなるべく静かに竜車に入るが、それに気付いたラムが目を開けた。

「ごめんなさい、起こしちゃった?」

「いえ、少し目を閉じて休んでいただけです。それよりそちらの方は……」

そこまで言いかけると、ラムは目を見開きスバルを凝視していた。
何故突然ラムが言葉を中断したのか疑問に思い、エミリアとベアトリスの様子を確認するが、二人ともスバル同様頭を傾げていた。

「ラム? 急にどうし──」

「ロズワール様…?」

「え?!」

ラムの言葉に、エミリアは慌ててラムの目線の先を追う。
ベアトリスもその言葉に顔を顰めながら、視線を移す。
しかし、スバルだけが事の異常さを理解していた。だって、ラムが誰を見てそう口にしたのかは明白で……

「何故ロズワール様が此処に? 今日は屋敷に居られるはずでは?」

「……ラム、何を言ってるの? 貴方が話しかけてるのはロズワールじゃなくてスバルよ?」

そう、ラムはスバルを見つめながらそう言ったのだ。
ラムはエミリアの言葉に怪訝な顔をし、今一度スバルに視線を移す。

「エミリア様こそ何を仰っているんですか? ラムがバルスとロズワール様を見間違えるとでも?」

「いや、ラムじゃなくてもスバルとロズワールは見分けられると思うけど…」

エミリアの言葉は最もだが、論点はそこではない。
ラムが嘘をついているようには見えない。しかし、だとすればスバル今ロズワールに見えている訳だが…

「ベアトリス、俺がロズワールに見えるか?」

「全く。どう見てもいつも通りのスバルなのよ」

「…本当にバルスなの?」

ベアトリスとスバルの会話に目を見開いて固まるラムに、スバルは頷く。

「確認だけど、嘘でも冗談でもなく、本当にラムには俺がロズワールに見えてるのか?」

「ええ。見えているも何も、ロズワール様そのものだわ」

その言葉に何故ラムが先程驚いていたのか察する。確かに、ロズワールはこんな口調で喋らないしな。
それにしても、何が起きているんだ?何故急にラムはスバルがロズワールに見えてしまうよになったのだろうか。考えられる原因を挙げるとすれば…

「さっきの呪術か?」

「十中八九そうなのよ」

ベアトリスとの意見の合致に頷く。
しかし、理由が分かったとしても何故ロズワールに見えてしまうのか、その原因が分からない。
もし、万が一、局所的すぎるが、呪術がスバルをロズワールに見せる物だったとしよう。しかし、それだと何故ベアトリスやエミリアがスバルをそのままのスバルだと認識出来ているのか分からない。

「やっぱりスバル、また身体がヘンテコになっちゃってるの?」

「ヘンテコってきょうび聞かねぇなぁ」

「……ロズワール様の姿で話すのをやめなさい」

「ええ?!それは理不尽じゃね?!」

ラムは眉を顰めてそうしたスバルの言動を複雑な顔で見ていた。
確かにラム視点だと、ロズワールの顔した俺が喋ってるんだよな…それってめっちゃシュールじゃね?

「とにかく!王都に着いたらまずフェリスに診てもらいましょう?」

「別にそこまでしなくても…」

「スバル、診てもらうのよ。いい?」

「は、はい」

エミリアの圧に押され、スバルは首を縦に振るしかなかった。


▽▲▽▲▽▲▽▲


王都に着くなり、エミリアとベアトリスに引っ張られながら騎士団を訪れる。
ラムは待っていると言っていたので置いてきた。それに、あんなあからさまに嫌そうな顔をされてはスバルも多少は心が痛む。今は原因がわかるまでこれが最善だ。
騎士団に事情を説明し、フェリスを呼んでもらっている間、三人は待合室で大人しくフェリスを待っていた。

すると、廊下から見覚えのある顔が二人歩いてくる。
スバルはその存在に気付き、顔をしかめる。

「げっ…」

「げ、とは随分な挨拶だな」

「久しぶりスバル。それにエミリア様とベアトリス様も、騎士団に何か御用ですか?」

こちらの存在に気付き近づいてきたのは騎士団の中での数少ないスバルの友人、ラインハルトとユリウスの二人だ。
相変わらずキザな物言いなユリウスについ悪態をついてしまうのはいつもの癖だ。
ラインハルトもそれをわかっているから敢えて言及はしてこない。

「二人とも久しぶりね。今日はフェリスにお願いがあって、今呼んでもらってて」

「フェリスに?何処か怪我でも?」

「えっと、私じゃなくて…」

エミリアが困ったように視線をスバルに移すと、二人もそれに釣られてスバルに目線を動かす。
すると、二人は何を誤解したのか、ユリウスは溜息を吐き、ラインハルトは心配そうにスバルの手を取る。

「スバル、君はまたどうせ無茶を…」

「はあ?! 無茶なんてしてねぇし、仮にしてたとしてもお前にとやかく言われる筋合いねぇだろ!」

「スバル、何処か怪我をしたのかい?」

「え?い、いや。怪我したとかそういうんじゃないけど…」

ユリウスとラインハルトの言及に、そうだ!とスバルは二人に向かって己を指さし問うた。

「二人とも、俺ことロズワールに見えるか?」

二人はスバルの質問に一瞬ぽかんとしていたが、次の瞬間には二人揃って頭を傾げていた。

「スバルがロズワール卿に?……見えないが」

「僕もユリウスと同じだ。なんでいきなりそんな質問を?」

その二人の言葉に、スバルはエミリアとベアトリスの方を見る。
スバルの視線に二人は首を振る。やはりスバルがロズワールに見えるなんて異常は起きていないらしい。

「いや、ごめん。特に深い意味とかなくて、ただちょっと確認したいことがあっただけ」

スバルがそう言うとユリウスとラインハルトは顔を見合せ首を傾げる。
まあ、そう焦らずともフェリスが来ればスバルの身に何が起きているのか直ぐにわかるか、と自分に言い聞かせる。

しかし、そうして心を落ち着かせようとした瞬間、誰かに肩を掴まれる。

「──サーシャ?!」

「うわ…!?」

突然の事に何が起きたのか分からず慌てて振り返るとそこには会ったこともなければ見たこともない、恐らく騎士団の一員である男の人に肩を掴まれていた。
突然の事に驚いたのはスバルだけではなく、他の四人も驚いてスバルの肩を掴む男を慌てて引き離す。

「ベティのスバルに許可なく触るんじゃないのよ」

「まっ、待ってください!話をさせて下さい!」

しかし、引き離された男は尚も食い下がり、スバルに手を伸ばす。
それをユリウスとラインハルトが庇い、スバルの前に出る。同じ騎士団員とはいえ、取り乱した様子の男は明らかに正気ではない。

「君。どのような理由があろうと、いきなり掴みかかるのはあまりいい行いとは言えない」

「サーシャ!俺に会いに来てくれたんだろ? お願いだ!あの時の事は謝る!だからもう一度俺にチャンスをくれないか?!」

「…何?」

男の言葉にその場の全員に衝撃が走る。
男はスバルを『サーシャ』と呼んでいる。それも何か訳ありな様子だ。
しかし、そんなことは問題ではない、今エミリアとベアトリスとスバルはその男の発言に既視感を覚える。

「ラムの時と一緒だわ」

「やっぱり、エミリアたんもそう思う?」

とにかく今は少しでも多く情報を手に入れる必要がありそうだ。
スバルは未だに置いてけぼりを食らっているラインハルトとユリウスに断り男の前まで歩く。

「サーシャ…」

「ごめん。俺はそのサーシャって人じゃないんだけど、一つ確認していいか?」

「え、え?! サーシャじゃない…?そ、そんな。だってその姿はサーシャそのものだ…」

「…ラムと大方言ってることは似てるか」

これもラムの時と一緒だ。
スバルはその共通点に眉を顰める。

「ラムは俺がロズワールに見えてて、エミリアやベアトリス、ユリウス達は特に変化なし。でもこの人にも俺が別人に見えてる」

一体スバルの身体に何が起きているんだ?
そこまで考えるが、結局答えは出ない。

そんなスバルの様子にユリウスが痺れを切らしたかのように声を上げる。

「スバル、そろそろ私達にも説明してもらえるだろうか」

その言葉にラインハルトも同意し、スバルは渋々これまでの経緯を話した。

「──そんな事が…」

「そうなんだ。それで原因が分からないからこうしてフェリスを訪ねに来たんだよ」

「あ、ラインハルトは何かわかったりしない?」

エミリアの言葉に名指しされたラインハルトがスバルをじっと見据える。
スバルは緊張で唾を飲み、他のみんなにも緊迫した空気が流れ始める。

「…そうですね。僕の力ではスバルが具体的にどんな呪いにかけられているのかまでは…」

「そう…」

「お力になれず申し訳ありません」

「ううん。全然いいのよ。協力してくれてありがとう」

申し訳なさそうに頭を下げるラインハルトにエミリアがぱっと明るく顔を上げる。
やっぱりラインハルトでも分からないか、と何となくラインハルトに視線を向けるとバチンと目が合う。
そのまま不自然に見つめられ、不思議に思い首を傾げるとラインハルトは「ですが」と続けた。

「もしかしたらですが、共通点がわかったかもしれません」

「本当? 凄いわラインハルト!それでその共通点って?」

「それが…」

「…どうしたんだよ。なんか都合悪いのか?」

ラインハルトは何故かその先は言わずに口ごもる。
そんなラインハルトの様子は珍しく、エミリアやユリウスも驚いている。
すると、隣に居たベアトリスが「まさか…」と何かに気付いた様子で顎に手を添える。

「どうしたのベアトリス? ラインハルトもなんで何も言わないの?」

「…剣聖。ベティの認識に間違いが無ければ、お前もベティと同じなの?」

「……はい。そうです」

「ラインハルトもベアトリス様も何を…?」

混乱するエミリアとユリウスを余所に、ベアトリスが深い溜息をつく。
ラインハルトも困った様な顔で笑っている。そんなこんなで場が膠着状態になっていた時、遠くから「あ!いたいた!」と聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「──なんか騒いでると思ったらユリウスとラインハルトも一緒になって何してるの………ってクルシュ様?!なな、なんでここに?!」

「はあ?クルシュさんなんて何処に…」

「うにゃー!クルシュ様!その喋り方、どうされたんですか?!まるでスバルきゅんみたい…」

「え?」

フェリスの言葉にその場に居た全員が固まる。
その瞬間、スバルの中である仮説が生まれる。しかし、これはありえない事で、あっていたら困るというかどうすればいいのか分からなくなってしまうというか…

「この娘の反応で疑問が確信に変わったのよ」

「ベアトリスもスバルに掛かってる呪いが何かわかったの?」

「かもしれない。というだけでまだ正確とは言い難いけれど、恐らくスバルにかけられているのは"対象者の姿を、それを見た第三者の最も好きな人物、または好感を抱いている人物に見せる呪い"だと思うのよ」

「最も…」

「好きな人?」

ベアトリスの言葉を復唱したエミリアとユリウス、そしてその言葉を聞いたスバルとフェリスは各々が多種多様な反応を見せた。

「確かに、そう言われてみたら納得かも。ラムもスバルの事がロズワールに見えてたし」

「え、え、なになに?何の話?」

「私はスバルのことを…?」

「ちょちょちょっと待て! 落ち着け!まだそうだって決まったわけじゃないし…」

スバルは混乱していた。
その理屈で行くと今まで顔を合わせた知り合いの6分の4がスバルを好きだと思ってくれていることになる。
この際ユリウスやラインハルトの件に突っ込むのはなんだかフラグな気がするので放っておくが、エミリアは別だ。

「でもそれならあんまり支障ないんじゃないかしら?スバルの周りにはスバルを大切に思ってくれる人がいっぱいいるもの」

「え、エミリアたん?!何言ってんの?!」

「ん?だって事実でしょ?」

エミリアの言葉にスバルは顔を真っ赤にしながら首を横に振り買い被りすぎだとその言葉を否定する。
しかし、ベアトリスやラインハルトから否定の言葉は帰ってこない所かベアトリスには呆れたように溜息をつかれ、ラインハルトには「そんなことないよ」と励まされる。
そんな様子にフェリスは事情を瞬時に察し、未だに思考が停止しているユリウスの背中をバシバシ叩きながら楽しそうに笑う。

「ちょっとユリウス! こんな面白そうなことフェリちゃんが見逃してあげるわけないでしょ!こうなったらとことん付き合ってあげる!」

「フェリス、背中を叩くのはやめてくれ。それに私はまだ混乱していて…」

「はいはい、さっさと認めちゃえばいいのにそうやって言い訳して逃げ続けるからこんな事になってるんでしょ。っていうかフェリちゃんとっくに気付いてたから」

「なっ、それはどういう…」

驚いた顔でフェリスの肩を掴むユリウスに「これ以上は教えてあげにゃーい」と手を上げるフェリスを横目にエミリアは。

「ふふ、やっぱりスバルってば愛されてるわね」

「うーん、エミリアたんの勘違いだと思うけど可愛いからなんでもいいや」


▽▲▽▲▽▲▽▲


「──それで?具体的にどんな呪いにかかってるのかわかるか?」

「うーん。なんかよくわかんにゃいんだよね。呪いにかけられてるのはわかるんだけど」

別室に移動させられたスバル達はフェリスの診察を受けていた。
ユリウスやラインハルトはまだ騎士団の仕事が残っているらしく途中で別れることになった。
フェリスはそんなもの後回しにしてしまえと言っていたがラインハルトが申し訳なさそうに断っていた。
ユリウスは終始ブツブツ呟いてた。

「結局手詰まりなのよ」

「俺は別に命に関わるもんでもないから自然治癒するまで待ってもいいけど」

「ダメよ!呪いって何があるか分からないんだから! 」

エミリアの言葉にフェリスも頷く。

「そうそう。エミリア様の言う通りだよ。今は何ともなくても時間が経つにつれてどんどん症状が悪化していく呪いなんて珍しくないの」

「そうは言っても…治すって言ったってそもそも何の呪いにかけられてるのかも分からないんだろ?」

その言葉にフェリスも頭を悩ませる。
実際に何の情報もなく、かけた本人である術師も死んでいるこの状況はお手上げだ。
王国一の治療術士であるフェリスですら分からないのなら他にどうすることも出来ない。

「はあ、現状このまま様子を見るしかないのよ」

「そうですね。でもその呪いにかけられたまま王都を出歩くのは控えてもらってもいい?フェリちゃんだってまだクルシュ様がスバルきゅんの口調で喋ってる様に見えてて凄い違和感なんだから」

「確かに…こんな状態で王都歩き回りたくねえ」

最も好きな人というのがその人にとってどんな人かなんて人それぞれだが、知り合いだと勘違いされて声をかけられる度に呪いのことを説明するのは面倒くさそうだ。

そうなれば一旦スバルとベアトリスは屋敷に帰りそのまま様子を見るしかないかと話していると、エミリアが「ちょっと待って」と声を上げる。

「ん?どったのエミリアたん」

「私いいこと思いついちゃった! 居るじゃない、呪術に詳しい人!」

「え?そんな奴王国に居たっけ?」

スバルと同様ベアトリスやフェリスも首を傾げる。
王国にフェリス以上に優秀な治癒術師など居ないはずだ。
それどころか呪術に詳しい人なんて…そこまで考えてスバルは一人だけ呪術に詳しい知り合いを思い出す。

「ううん。王国の人じゃないわ」

すると、エミリアはそんなスバルの予想を肯定するかのように続ける。

「──グルービーよ!確かすっごく呪術に詳しいのよね?それならスバルの呪いについてもきっと何か知ってると思うの!」


▽▲▽▲▽▲▽▲


そんなこんなで舞台は帝国へ移り、スバルは今、帝国で最も嫌いな男が目の前の玉座で無駄に長い脚を組み、こちらを見下ろしている状況に内心で舌打ちをする。

「──ヴィンセント・ヴォラキア皇帝陛下にご挨拶申し上げます」

何時もとは違い礼服に身を包んだエミリアは礼儀作法に乗っ取りちゃんとした言葉遣いで皇帝に頭を下げる。
普段とはまた違ったエミリアの姿に、スバルは思わず見惚れてしまうが、すぐにエミリア同様膝をつき頭を下げる。

「よい、頭を上げよ」

その言葉に素直に従えば、皇帝は何時もと変わらぬ顔でエミリア達を見下ろす。
すると、黙ってこちらを観察していた皇帝と不意に目が合う。
スバルは慌てて目を逸らすが、未だに視線の圧を感じ、胃がキリキリと痛むのを感じる。

(クソっ…やっぱ来るんじゃなかった)

──あの後、一度屋敷に帰ったスバル達は他の仲間たちに事情を説明し、スバルは一時的な混乱を防ぐために認識阻害の魔法がかかったフードを被って過ごすことになった。

エミリアは本当に帝国に行くつもりだったらしく、瞬く間に仲間たちを説得し、スバルの静止を振り切ってアベルに事の詳細を綴った手紙を送ってしまったのだ。
しかし、スバルはそんなエミリアを見てもかなり余裕の心構えで日々を過ごしていた。
それもそのはず、当然そんな私的なお願いはアベルが却下してくれるだろうと考えていたからだ。

ところがどっこい、何故かアベルから帰ってきたのわかったとの返事。
どういう風の吹き回しかと思えば、大災の時の借りがどうのこうのと書かれていた。
エミリアの話によると呪いにかかったのがスバルだとは伝えていないらしい。そこはスバルに配慮してくれたのだが、本音を言えばまず手紙を出すのもやめて欲しかったな……

「──皇帝陛下、早速本題に入らせて頂いても宜しいですか?」

「…ああ、続けろ」

「…?私の友人が原因不明の呪いにかかってしまい、その件で帝国の呪具師の力を借りたいの…です」

若干敬語が崩れてきているエミリアに咎めるでもなく、アベルはただじっとこちらを見据える。

「え、えっと。……ねぇ、どうしましょう。なんだかアベルの様子が変じゃない?」

すると、エミリアが小声でそんなことを耳打ちしてくる。
確かに今日のアベルの様子はちょっとおかしい。スバルとユリウスはエミリアの言葉に同意し首を縦に振る。
ちなみにユリウスは俺が顔を見せられない関係で一時的にエミリアの護衛として同行してくれている。よくもまあアナスタシアさんが許したなと思ったが、フェリスの話では事情を聞いたアナスタシアさんが「なんや面白…大変なことに巻き込まれとるんやないの。一つ貸しやで?」と二つ返事だったらしい。その件がまたオットーの胃を痛めていたが…まあオットーだしいいか。

スバルとしてはユリウスがエミリアの騎士になるなど一秒だって許せないがこうなってしまった以上文句を言ってられる立場ではないので今回の件は大目に見ている。
それとベア子を連れてくるとバレるので今回はお留守番して貰っている。出る前から凄い不機嫌だったから何かお土産を買っていこう。

話を戻すがエミリアの問に無言を貫き通しているアベルの様子が先程からおかしい。 というのもずっとスバル(認識阻害ローブ着)をじっと見ているのだ。
もしかして部外者が居るから不審がってるのか?

「エミリア、もしかして俺を警戒してるんじゃないか?ほら、今は顔を隠してるから…」

「あ、確かにそうかも。……コホン。陛下、この子は別に怪しい人じゃなくて…私の大切な人なの」

「…ああ、わかっている」

「え?なんで知ってるの?」

結局エミリアの口調は戻ってしまっていた。 その態度に帝国兵がザワつくがアベルが右手を上げて制すれば一瞬にしてそれが止まる。

「グルービーに伝えておく。大災から帝国を救った礼だ、貴様達を正式に客人として案内させよう」

「ほんと?ありがとうアベル!」

「……呼び方には気をつけろ。次はないぞ」

「あ、ごめんなさい」

その言葉を最後にアベルは玉座を後にする。
それからすぐに使用人がエミリアに部屋に案内します。と声を掛けてくる。恐らくアベルの指示だろう、最初から協力するつもりだったらしい。
いちいち回りくどいが、まあ偉い人達は建前が必要なのかもな。

そのまま使用人に案内された部屋に案内されたスバル達は使用人の人から、アベルの命令でエミリア達が帝国に留まる間最大限のもてなしがされるのだと説明された。
流石に、こちらが頼み事をしにきた立場なので断ったのだが、使用人の人は「命令ですので」と言い残しご丁寧にスバルとユリウスの個室の鍵まで渡してくれた。

「お客様の安全は閣下の名のもとに保証されています。……ですが、『ここは帝国である事を努努忘れぬように』と閣下からの言伝でございます」

それだけ言い残すと、使用人は一礼して部屋から出ていってしまう。
取り残されたスバル達はお互い顔を見合わせる。

「つまり、一応アベルの方から牽制してるけどそれでも襲ってくるやつは襲ってくるから気をつけろって話か?」

「大方その認識で間違いないだろう。だがここは皇帝のお膝元だ、そのような無謀を犯す愚か者がいるならの話だろう」

「まあ、一応警戒するに超したことは無いってことだろ」

使用人が出ていったので遠慮なくフードを外して長旅で凝り固まった身体を解すように腕を伸ばす。長時間の竜車移動は中々腰に来るのだ。

「それにしてもスバルとユリウスの部屋も別々なんて、アベルったら太っ腹ね」

「はは、エミリアたんのその可愛らしい表現がアベルにアンマッチすぎて笑っちゃう」

「あんまっち…」

「似合わないって意味」

ユリウスがスバルの言葉に疑問符を浮かべるので優しいスバルが意味を教えてやる。
それにしても確かにこんなに手厚いおもてなしをされるとは、お願いを聞いてもらった上にここまでされるとなんだかそれはそれで申し訳ないような気もするが…

「ま、貰えるもんは貰っといて損ないしな」

「──でも、スバルは一人で大丈夫かしら。私の部屋に泊まる?」

「ええ?!それはちょっと色んな意味で死んじゃうかも!」

エミリアの言葉に驚いて大声でそう言い放つスバルをユリウスは軽蔑の眼差しで見つめる。
冗談に決まってんだろ馬鹿野郎。

「エミリア様…その場合は私の部屋に泊めますのでご安心ください」

「はあ?!お前とは死んでもやだ! ってか、別に個別で部屋が用意されてんだから各々自分の部屋で過ごせばいいじゃん」

何故エミリアもユリウスもスバルを自分の部屋に泊めようとしているのか分からずに頭を傾げれば、二人してそんなスバルに呆れたように溜息をつかれる。

「スバル、君は先程の話の意味を理解していないのか?」

「はあ?さっきの話ってどれ?」

「だから、アベルが万が一のこともあるから気をつけてって言ってたでしょ?私もユリウスも強いからへっちゃらだけど…」

言いにくそうにするエミリアに、やっと二人の言いたい事の意味を理解したスバルは余りの情けなさに顔を覆い隠す。

「ぐっ…ユリウスならまだしもエミリアたんにまで心配されるなんて。情けねぇ」

「あ…!全然私はそのままのスバルが大好きよ?ただちょっと、帝国は危ないからもしもの事があったらいけないと思って…私は一人でも大丈夫だからユリウスに守ってもらう?」

「うぐっ」

悲しいことにこの三人の中ではスバルだけが非戦闘員扱いだ。ベアトリスが居ればまだ少しはマシになるが、単体のスバルは弱い。
それにエミリアはこの場の誰よりも強い。エミリア自身もそれを自覚してるし、スバルもユリウスもエミリアの強さを知っている。

「スバル、君の魅力は単純な強さでは無いと私達は知っている。だからその事実を恥じる必要は無い」

「…なんだよ、別にお前に慰められても嬉しくねぇぞ」

「ふっ、私は事実を言っただけで慰めたつもりはないのだがね」

いつものようなキザな言い回しだが、そこにはユリウスの優しさが隠れているのだとスバルは知っている。
スバルを傷つけないようにあわあわしていたエミリアもユリウスの言葉に勢いよく頷いていた。

「…わかった。じゃあユリウスの部屋に泊まるよ」

「ええ!その方が私も安心できるわ。ユリウス、スバルのことお願いね?」

「はい。お任せ下さい」

エミリアを守るはずのユリウスがスバルを守るようにエミリアからお願いされているのはなんだか変な光景だが、仕方ない。

そのままエミリアも荷解きをしなければならないだろう、とスバルとユリウスはエミリアの部屋を出ることにした。
結局ユリウスとは同じ部屋で過ごす事になるので、スバルの個室は用無しになってしまう。
そのことを先程の使用人の人に伝えに行こうと言う話になり、スバルはユリウスと廊下を一緒に歩く羽目になった。

「それにしても、はた迷惑な呪いだぜ」

「その通りだ。しかしスバル、君も常日頃から騎士らしくもっと警戒を…」

「あーあー、聞こえねー!」

ユリウスがお説教モードに入ったので耳を塞いで聞こえないふりをする。
大抵の場合ユリウスの正論はこうして聴き流せばユリウスは呆れたように溜息をついて諦めてくれる。

しかし、今回は何故かそれが通用しなかった。

「スバル、真面目に聞け」

「はいはい、わかったわかった」

「スバル」

「…?なんだよ、わかったってば」

執拗にこちらに反省を促すユリウスにスバルは首を傾げる。すると、何故か怒っているユリウスと目が合う。
いつもは強気に出られるが、ユリウスが怒っている時は大体スバルが悪い場合が多いのでそういう時スバルは何も言えなくなるのだが、今回は何故こんなに怒ってるのかわからない。

だってユリウスは普段からあんな感じだが、スバルに対してこの様に怒ってくるのは珍しい事だ。
ユリウスに出会って今まで本気で怒られたことなど片手で数えられる程度のはずなのに。

「な、なんでそんなに怒ってんだよ。ごめんってば」

「…怒っている?誰が」

「はあ?そんなのお前に決まってるだろ」

しかし、ユリウスは驚いたように目を見開く。
何故ユリウスが驚いているのか分からない、もしかして怒ってなかったのか?余計なこと口にしたかな。

「怒っている?私が?」

「もしかしたら俺の勘違いだったかも。いや、勘違いだな。忘れてくれ」

この話おしまい!と手を叩くが、どうやらユリウスは終わらせてくれないらしい。
「待て」と一言声をかけられ、スバルは今度こそ顔を顰める。

今でこそ普通だが、王国を発つ前に顔を合わした時のユリウスもなんだか様子がおかしかったような気がする。
何かに悩んでいるような、そんな顔でこちらを見ていたユリウスがやけに印象に残っているのだ。

「そうだ。私は怒っている」

「なんで」

「──それは、君のことが…」

ユリウスが何か言いかけるが、突然後ろから「あー!!」と大声が聞こえて、スバルは慌ててフードを深く被る。
すると、ユリウスもスバルを庇うように前に出ると突然大声を出した人物に振り返る。

「──セシルス、うるさい」

「だって、見てください!あそこにいるのって最優の騎士さんではありませんか!」

「誰?」

するとそこに居たのは興奮したようにこちらに手を振るセシルスとその隣で迷惑そうに顔を顰めるアラキアだった。

「セシルス殿。お久しぶりです」

「どうもどうも! こんなところでお会いするなんて凄い偶然……おや?なんだか僕、歓迎されていないような?」

「セシルス、誰。侵入者?」

スバルから見て、ユリウスはセシルスの登場をよく思っていないように見えた。(珍しいな。こいつが人前でこんなあからさまな顔するの)なんて思いながらも、まあセシルスだしなの一言で済ませられるのだからセシルスは自覚を持った方がいい。

続いてセシルスの後に着いてきたアラキアが、こちらに殺意を向けてくる。
スバルは驚きユリウスの裾を引っ張り弁明しろと訴える。

「アラキア嬢もお久しぶりです。陛下から何も聞いていませんか?」

「聞いてないけど……貴方、見た事ある。大災の時に見た」

「まさか覚えておられるとは、光栄です」

「閣下からは何も聞いてない。お客さん?」

「扱いとしてはそうだと陛下は仰っていました」

そうとわかるとアラキアは殺意を引っ込めて興味なさげに黙り込む。

「へえ!どんな用事ですか?少しでもお時間があれば手合わせしませんか!折角の機会ですし、それがいいです!」

久しぶりに会ったがセシルスは相変わらずの様だ。
ユリウスはセシルスの押しに若干たじろぐが、すぐに咳払いをし、一瞬視線をスバルに移す。

「申し訳無いのですが、今回は急ぎの予定がありますので、またの機会に。ス………行こう」

振り返りスバルの名を呼ぼうとしたユリウスがすんでのところで口を閉じる。
確かにここでスバルの名前を口にすれば好奇心旺盛なセシルスはスバルにも声をかけてくるだろう。それは面倒臭い。

スバルは無言で頷くと、脚を進めようと一歩踏み出す。しかし…

「──待ってください」

何故かセシルスに腕を掴まれスバルは足を止める。
突然の事に叫びそうになるがぐっと堪える。それに気づいたユリウスも驚いた様にセシルスからスバルを引き剥がそうとする。

何故セシルスは突然そんな奇行に出たのか、もしかしてスバルだとバレたのか?いや、認識阻害のフードを被っているんだぞ、そんなことは無いはず。なら単に警戒して?

「セシルス殿、いきなり何を…」

「──ボス?」

「っ…」

やっぱりバレてる! 認識阻害をしている筈なのに、何故セシルスは俺だとわかった?
ユリウスも思わずその言葉に目を丸くする。その反応でセシルスの疑問は確信に変わってしまった。

そもそも、認識阻害云々の前にスバルには呪いがかけられている訳だが、なんだかまた嫌な予感が…

「やっぱりボスじゃありませんか!なんでこんな変なフードを被っているんですか?」

すると、セシルスは容赦なくスバルの被っていたフードを剥いでくる。
その行為に声にならない悲鳴を上げたスバルだったが、次の瞬間、今まで黙ってセシルスの暴挙を傍観していたアラキアが勢いよくセシルスを突き飛ばした。

「え?」

「おわっ!?」

突然の事にスバルもセシルスもユリウスも驚き、慌ててアラキアに目を向けるが、その顔には見覚えがあった。
確か、初めてアラキアに会った時に…

「──姫様!」

「…また面倒臭いことになった」

アラキアに勢いよく抱きしめられて、スバルは思い出す。
そうだ、確か初対面で殺されそうになった時、アラキアは助けに来たプリシラを見つめてこんな顔をしていたような気がする。
アラキアの反応に、呪いが未だ健在だと思い知らされる。それと、抱き締められているせいで身体が悲鳴をあげている。

「いたたたた!痛い!離してくれ!」

「姫様っ…!姫様姫様姫様…!」

「全然話聞いてくれない!」

押し潰される!と唸っていると「こらこら」とセシルスがアラキアを引き剥がしてくれた。
アラキアはそんなセシルスをとんでもない形相で睨んでいたが、セシルスは頭を傾げてアラキアに視線を向ける。

「姫様?何を言ってるんですかアラキア。どう見てもボスですよ?」

「煩い…姫様が私を迎えに来てくれたんだ。だから、邪魔しないで…!」

「ユリウス!なんかヤバそうなんだけど?!ぼーっと見てないで助けろよ!!」

二人のすれ違いは仕方の無いことだ。だがここ数日で同じような会話を何度も見てきたスバルは説明するのも面倒くさくなり、引き剥がされたフードを深く被り直し、ユリウスに丸投げする。
呆れたような顔をしたユリウスだったが、なんだかんだで分かりやすく説明してくれた。

「──という訳でして。お二人から見たスバルが違う人物に見えるのはその所為かと」

「えー?僕は普通にボスに見えるのになあ。アーニャには違う人に見えてるなんて…摩訶不思議!」

「……本当に姫様じゃないの?」

「うん。……あんなに喜んで貰っといて悪い」

プリシラを失ったアラキアの心にまた傷をつけてしまった。と、スバルは帝国で最も思い出したくない過去の記憶を思い出す。

ユリウスは、見えている人がその人にとって最も大切な人である可能性が高いことを敢えて口にしていなかった。
スバルもそれが正しいと思う。だって実際そんなわけが無いと思っているから。これはエミリアとの話し合いでも結構意見が割れたが、真実はグルービーに会えば全てわかることだ。

スバルが無言で考え事をしていれば、ふとアラキアが傍に近づいてくる。
もしかしてまだスバルをプリシラだと信じているのだろうか?心が痛いが、このままではアラキアの為にもならないと思い口を開こうとした瞬間……

「──言わなくてもわかってる。貴方は姫様じゃない。でも、見た目も声もそっくりだから……もう少しだけ、傍にいさせて」

「…えっと」

「お願い…姫様には、もう会えないから」

そういうとアラキアは甘えるようにスバルに寄り添ってくる。それにスバルは黙り込み、受け入れることしかできなかった。すると、アラキアが声も出さずにポロポロと泣き始める。
驚いて目を丸くするスバルは、どうにかしろ、とセシルスに視線で訴える。

「あらあら、まだまだ子供ですね。アーニャは」

「いやいや…!そんなこと言ってないで助けろよ…!」

そういえば、セシルスはアラキアに甘い節があるのを忘れていた。
すると、アラキアはスバルの裾をくいっと引っ張り気を引いた。

「──ねえ、いい子って言って」

「はあ?!いや、流石にそれは……」

「…お願い」

「うっ…い、いや、ダメだ!俺がプリシラに殺される…!」

捨てられた子犬のようなアラキアに、スバルはただでさえこの状態も半殺しぐらいなのに…と申し訳無いがアラキアを引き離す。
しかし、それでも尚悲しそうな顔をするアラキアを見てられず、悩みに悩んだ末「…一回だけだぞ」と口にしてしまう。

「スバル…」

「だってあんな顔されたら仕方ないだろ!」

「いいから、早く」

「うう、俺あの世でも殺されるんだろうな…。──えっと…いい子だな。アラキア」

「………」

「無言にならないで!?」

やっといてなんだが恥ずかしい。
しかし、アラキアは目を輝かせて喜んでいるようだった。

「姫様…私、わたし…もっと姫様と一緒にいたかった…!」

「……うん。そうだな」

「スバル…これ以上は…」

「ん…そうだな。──アラキア。俺たちそろそろ行かなきゃだから……あ、あれ?おーい、アラキア?え?聞いてる?」

「………」

スバルが呼びかけるが、アラキアからの返事は無い。身体を揺すっても反応がない。それなら、と申し訳ないが無理やり身体を引き離そうとするがビクともしない。それどころか余計に締め付きが増してスバルは軋む骨の音に悲鳴をあげる。
まずい、こいつ離れる気がない。と気付いたが時すでに遅し。スバルが引き剥がそうとしてもビクともしないし、ユリウスは女性に無体は働けないと首を横に振る。

困った…とスバルが頭を悩ませていると、一連の流れを興味なさげに眺めていたセシルスと目が合う。

「ん?なんです?」

「いや、そろそろ離して欲しいんだけど…ちょっとセシルスの方から言ってくれない?」

「えー?嫌ですよ。満足するまでそのままでいいんじゃないですか?」

と、面倒くさそうに答えるセシルスにスバルは若干苛立つが、すぐに深呼吸して帝国にいた短い間で得たセシルスの手懐け方を思い出しながら冷静に口を開く。

「じゃあこうしよう。もし、セシルスが協力してくれるってんならなんか一つお前の望みを叶えてやる!」

「え!ホントですか!? ならまたボスの故郷の話が聞きたいです!」

「そんなことでいいのか?!いや、お前がいいならいいけど……ってか早くアラキア引き剥がして!俺の腹がそろそろへし折れそう!!」

「ばっちぐーです!では、その話はまた今度ゆっくり王国に行った時にでも聞かせていただきますね!」

「セシルス殿、王国に来る際はちゃんと申請してくださいね。いつも音速で国境を越えられては困ります」

そんなセシルスに手を挙げて横槍を入れてくるユリウスに、セシルスは不思議そうに首を傾げる。

「何故です?そんなめんどくさい事しなくても通れるのに」

「あのな!一応セシルスは他国から見て脅威なんだよ。強すぎんの。だからそんなホイホイ国境越えられたら王国のお偉いさんが黙ってないし、アベルに迷惑かかるだろ?」

「ふむ。──つまり、バレなければいいんですね」

そういう事じゃないんだけどな。 呆れた様子のユリウスはセシルスへの説得を諦め、頭を抱えていた。
スバルもセシルスが自分のやり方や意見を曲げないことを知っていたのでせめて「バレないようにな」とだけ念を押す。

「陛下にはバレると思うが…」

「だろうな。でもセシルスは一回本気で怒られるべきだろ」

「ん?僕の話してます?」

「いや?」

こんな性格のセシルスだがその実力は本物だ。
まさに九神将の『壱』に相応しいだけの強さを有した実は凄い奴なのだ。
ただ、性格に難アリだが。

「アーニャー?ってことなので、ボスから離れてあげてください」

「……やだ」

「我儘言わないでくださいよ〜。ほら、もう力ずくで離しちゃいますよ?」

そういうと、スバルに張り付くアラキアを引き離そうとしたセシルスだったが、アラキアに触れようとした瞬間手を叩き落とされる。
「いてて」と手を撫でるセシルスが「アーニャの方を動かすのは無理そうですね〜」と今度はスバルの背後に周り、抱きついてきたかと思えば次の瞬間凄い強さで引っ張られる。

「──ぎゃああああ!?いたっ、おま、痛い!裂ける!身体が裂ける~!!」

「姫様が痛がってる。離して」

「ならアーニャが離してください~!」

「ちょ?!引っ張ったまま喧嘩しな……だだだだ!ち、千切れる!!俺の身体真っ二つになる!!!」

「…姫様にベタベタしないで」

「おっと!やれやれ、危ないですね。それに姫様じゃなくてボスですよ」

「煩い。──死んで、セシルス」

全くスバルの話など聞いていないのか、二人の空気はまさに一触即発。そんな二人の様子に構っていられないほどの痛みに悲鳴を上げ続けていると、急にぱっと手を離されスバルの身体が開放される。
何が起こった?と顔を上げると同時にユリウスの顔が至近距離にあることに気づき驚く。

「──スバル! ここを離れよう!」

「え、え?あいつらは?ってか俺伸びてない?大丈夫?」

「あの二人の戦いに巻き込まれないように逃げるのだ!安心してくれ。君の身体は伸びてないし外傷もない。それよりも流石の私でも君を守りながらあの二人を止めるのは無理だ。さあ、早く!」

「あっ、ちょ、おま、引っ張んなくても自分で走れるわ!!」

そういうとユリウスはスバルの腕を強引に掴み走り出す。何が何だか分からないスバルだが、ユリウスに主導権があるのが気に食わずに思わず噛みつく。

後ろでは、広がる業火の匂いと轟く雷鳴の音が鳴り響いていた。あの二人のお守りはスバル達には荷が重い。あーあ、ありゃアベルに怒られるな。


── 暫く走ると、さっきスバル達を部屋に案内してくれた使用人の人が廊下の角で誰かと話しているのが見えた。相手はどうやら角を曲がった先にいるらしく、姿が見えないが、ちょうどいいので部屋の件を相談しようとユリウスに伝える。
スバルの言葉にユリウスも頷き、スバルのフードを一撫でする。

「スバルは私の後ろで静かにしていてくれ」

「…頭撫でる必要あった?」

「ああ、丁度いい位置にあったのでつい」

ホントにムカつく野郎だなとスバルが声を上げようとすると、こちらの存在に気づいた使用人の人が驚いた顔でユリウスとスバルを見ていた。

「お客様。何故ここに?」

「お話中申し訳ありません。実は個室の件でお話が…」

「──なんだ。何か気に入らない所があったか」

聞き覚えのある声が廊下の角の向こう側から聞こえ、ユリウスもスバルも驚いて硬直する。
すると、使用人が一歩下がり、その声の人物がユリウスとスバルの前に出てくる。

「陛下……何故此処に?」

「おかしな事を聞く。この城は余の物だ。故に余が何処に居ようが何ら不思議なことではなかろう」

「…その通りです。どうか無礼をお許しください」

「よい。だが二度目はないぞ」

アベルの態度はムカつく程に傲慢不敵だが、この国の王なんだからそれは今更言っても仕方ないことだ。
最も、アベルの場合は生まれ持った性格も多少なり関係していそうだが。

「それで?個室の件がどうした。 何か不手際があったのか?」

その言葉にアベルの後ろにいる使用人の肩が跳ねる。

「………」

帝国の在り方にとやかくいうつもりは無いが、皇帝としてのアベルはスバルも苦手だ。何を考えてるのかわかんないし、いっつも不機嫌な顔をしている気がする。多分あれがアベルのディフォルトなんだろうけど。
でも、ここで個室の件を話せばおそらくアベルは理由を聞いてくる筈だ。だけど理由を素直に答えるのはスバルのプライドが許さなかった。

ここで個室の件を話して、何とか誤魔化すのも悪くは無いが、無駄に使用人に心労をかけるのも忍びない。
それにスバルは権能もあるし、もし万が一が起こるのであればその時は黙ってユリウスの部屋に泊めて貰えばいいだけの事だ。
スバルはユリウスの裾を引っ張ると首を横に振る。
それだけでスバルの言いたいことを正しく理解したユリウスが頷く。

「いえ、偶然お見かけしたので個室の件でお礼を伝えておこうと思いまして」

ユリウスの完璧で違和感のないセリフに使用人はほっとしたような顔になる。
しかし、アベルは顎に手を添え、ユリウスの瞳をじっと見据える。

「どうかされましたか?」

「いや…そうか。礼には及ばない、貴様らは客人だからな」

「陛下の寛大な対応に心より感謝申し上げます」

「ああ。俺は仕事に戻る」

それだけ言い残すとアベルは長い廊下の奥に消えていく。
続いて使用人も一礼をしてから仕事に戻って行った。

「──ああ〜、ビックリした。まさかアベルと話してたとは思わなかったな」

「ああ、同感だ」

「それよりもよく俺の言いたいことがわかったな」

「当然だろう。私とスバルの仲だ」

何故かドヤ顔でそんなことを言ってくるユリウスに、なんか機嫌いいなこいつ…と思いながらも、今日のところは一先ず部屋まで帰ることにした。


▽▲▽▲▽▲▽▲


夕飯もご馳走になり、エミリアは先に大浴場へと案内されたためスバルとユリウスは個室に戻り二人寛いでいた。

「──すげぇ豪華なご飯だったな~。ここまでもてなされると逆に怖い」

「スバル、思っていてもそういう事は口にしない方がいい。仮にもここは帝国の領地なのだからそのような発言は……」

「はいはい、気を付けますよーだ」

暇さえあればこうして小言を口にするユリウスに、スバルはげっそりと肩を落とす。
ユリウスのそれがスバルを思っての発言であると知ってはいるが、未だにスバルはユリウスに素直になれない節がある。

「全く君は…」

仕方がないなんて言いながらも満更でもない顔をするユリウスに、そういえばさっき、廊下で何か言いかけていたな…と思い出す。

「そういえばさっき廊下でなんか言いかけてたけど、あれなんだったんだ?」

「ああ、それは…」

すると、ユリウスの顔色が一気に険しくなる。
急にどうしたんだよ、と素直に心配して声をかければ、「大丈夫だ」とだけ帰ってくる。
全く大丈夫には見えないが、ユリウスは珍しく緊張した顔つきでスバルの目をじっと見つめる。

「…何?もしかして言い難いことなのか?」

「否定はしないが、これは私の心の問題…と言った方が正しいかもしれない」

「ふーん?よくわかんねぇけど言いたくないなら別にいい」

何となく気になっただけで、別に無理に聞き出そうと思ったわけではないのでスバルはそのまま自分の荷解きを再開する。
すると、ユリウスは慌てた様子で「いや」とスバルを引き止める。忙しいヤツだな、なんて思いながら再度身体をユリウスに向ける。

「なんだよ?やっぱり伝える気になったのか?」

「ああ。その…あまり深く考えずに聞いて欲しいのだが」

そこで言葉を区切ると、ユリウスはかしこまった姿勢で続けた。

「──私は、君のことが好きなのだろうか?」

「は……?」

何言ってんだこいつ。
と口に出さなかっただけ褒めて欲しい。でも本当に何を言ってるのか分からない。

──ユリウスがスバルのことを好き?

「一応聞くけど、友達として?」

「……」

「そっちね。 それってお前には俺が普通に見えてるから?」

「ああ」

「なら違うだろ。あれはエミリアとベアトリスが勝手に言ってるだけで俺はそうは思ってない」

スバルの言葉を、ユリウスは静かに聞いている。
なんとも馬鹿真面目な男だ。もしかして今までスバルに対してぎこちない接し方をしていたのはこれが原因か?

「あのな?第一エミリアやベアトリスが言ってることが本当なら俺めっちゃ好かれてることになるだろ」

「…?そうだろう?」

「は?」

今度はユリウスが何を言って…?みたいな顔でスバルを凝視している。
いやいや、話を聞いていなかったのかユリウスは。

「話聞いてた?」

「もちろん。その上での発言だ」

「馬鹿か、俺は自意識過剰じゃねぇんだよ。そんな誰も彼も俺のことが好きとか普通に有り得ないし」

「いや、私の目から見て君に好意を寄せている人達は多いと思うが」

「…お前も見ただろ?ラインハルトとかセシルスとかにも俺が普通に見えてたじゃねえか。あれはどう説明するんだよ」

「あの二人は君に好意を寄せているだろう?」

「……なんだって?」

ちょっと待て。その話俺知らないんだけど?
ど、どういうことだ?レムやベアトリスならまだ分からなくもないがラインハルトやセシルスも?
いや、落ち着けナツキ・スバル。まだ反論の余地がある。

「待て!ラインハルトとかセシルスに普通に見えてたようにガーフィールとかオットーとかペトラにも俺は普通に見えてたぜ」

「そうだろうとも。エミリア様が言っていだろう?"最も大切な人"に見えると。オットーやペトラ嬢がスバルへ向けるの気持ちは分からないが、ガーフィールのそれは尊敬や憧れの意味での大切だ」

ユリウスが言いたいのは、大切な人が必ずしも恋愛感情を含めた意味ではないということだろうか。

「確かに…今までの相手があれだっただけで、大切な人って一概に恋愛感情だけじゃないのか。よく考えてみれば、フェリスとかアラキアも別にそれぞれに恋愛感情抱いてるような感じじゃないもんな」

そうか。ならエミリアやベアトリスの仮説はあながち間違いではないのかもしれない。
でも、そう考えてるとスバルは案外色んな人の大切な人になれているのか。 なんだか照れてしまう。

そんな様子で照れているスバルに、ユリウスはスバルの場合は恋愛的な意味で好かれている人の方が多いのでは…と思うが敢えて言及はしなかった。

「そっか、えへへ」

「……スバル、喜んでいる所すまないが、最初の私の質問に答えて貰えるだろうか?」

「ん?なんだっけ?」

スバルの顔は緩みきっていて、騎士としてだらしないが、そんなスバルの表情すら可愛いと感じてしまう時点で……

「──いや…スバル。私は君のことが好きみたいだ」

「なんだよ改まって。そりゃあ、俺も友達としてお前のことは悪くないなって……」

「スバル、私のこの気持ちは友情からくる好意では無い」

「ん…?」

…なんだ?今ユリウスから告白されてる気がする。
最初は照れ臭くて何となくで聞いていたが、よくよく聞いてみるととんでもないことを言われてないか?

「──スバル」

名前を呼ばれ、ユリウスの視線とスバルの視線が絡み合う。

──あ、これはマジなやつだ。

「な、なにを……」

何故だ?最初のユリウスの疑問はユリウス自身で解決していたでは無いか。
ユリウスがスバルをスバルとして認識できるのは友としてスバルを…………

待て、待て待て待て。この様子からして、ユリウスは呪いの効果をずっと前から正しく理解していたはず。
それをわかっていて最初の質問が出てくるのがまずおかしい。

──こいつ、もしかして最初から理解した上で…

「ユリウスお前、確信犯だろ!」

「酷いな、ただの照れ隠しだ」

「はあー?何が照れ隠しだ!…いや、確かにちょっと様子は変だったか?」

「面と向かって誰かに好意を告げるのは初めてでね」

「お前の恋愛事情とか死ぬほど興味ねぇ!」

恥ずかしさを紛らわす様に首を横に振り今すぐここから逃げ出したい気持ちをぐっと堪える。
なんで逃げないか?答えはここが俺の部屋だから。
ユリウスはさっきまで緊張してた癖にスバルの反応にすっかり通常運転に戻っている。

「それで、返事を聞かせて貰っても?」

「もちろんノーだ!俺はエミリアたん一筋なの!」

「そうか…」

スバルが迷いなくそう告げれば、ユリウスは少し悲しそうに微笑んだ。
その顔にスバルは少し罪悪感を覚える。ユリウスだからとはいえ、ユリウスは真面目にスバルに告白してくれたのに、その気持ちを少しも考えていなかったかもしれない。

「あ…えと、別にお前のことが嫌いなんじゃなくて。俺はエミリアが好きだからお前の気持ちには応えられない。けど、お前のことは友達としてすごい好きだし。──あっ!お前顔は無駄にカッコイイんだから俺なんかじゃなくて他に可愛い女の子とか……」

「スバル」

すると、ユリウスが突然そんなスバルを制する様に言葉を遮る。
なんだよ、と顔を上げると凄く怒った顔で此方を見ているユリウスと目が合う。スバルは俯いていてユリウスの反応に遅れて気づく。

なんで怒っているのか、何が気に触ったのか分からずスバルは言葉を詰まらせる。

「ご、ごめ…」

「何故謝る」

「え?だ、だって怒ってるから」

「何故私が怒っているのか君はわかっているのか?」

「…わかんない」

スバルの言葉にユリウスは大きなため息を吐く。
スバルはユリウスの反応に肩をビクつかせる。
なんで、もしかして告白を断ったから?…いや、ユリウスはそんなことで怒ったりするやつじゃない。

なら、なんでだ…?

「スバル。君は自分を低く見積もりすぎだ」

「え?」

「俺なんか、なんて言葉で、私の好きな人を悪くいうのはやめてくれ」

「……は?」

ユリウスの言葉を聞き、暫くどういう意味か考えていたスバルが、その言葉の真意に気づき顔を赤く染める。
すると、そんなスバルに構うことなくユリウスは続けた。

「君はとても魅力的だ。目つきの悪さも見慣れれば野良猫のようで可愛らしいし、寝る前に前髪を下ろした姿も普段とは違い幼さを感じられるし、君の無防備な姿を見ると心を許してくれていると分かってとても嬉しく思う」

「な…!」

「それに、優れた洞察力と指揮力。怠惰の大罪司教討伐の時の事は今でも印象深い。 そして、本当は優しいのに照れ隠しでつい悪態をついてしまう癖も、君の魅力の一つだ。ああ、それと…」

「まっ、待て待て!ちょっと待ってくれ!」

「む…なんだ?」

「なんだ?じゃないだろ!その口一回閉じてろ!」

ユリウスはスバルの言葉に若干不満そうではあったが、言われた通りに口を閉じた。
スバルは素直なユリウスに、恥ずかしさで爆発してしまいそうな思考を整理する。
ユリウスってこんな奴だったっけ?もっとこう、口うるさくて礼儀正しくて、いつもスバルを見つけると嬉しそうに駆け寄ってき……

そこまで考え、スバルははっとする。
なんだ今の回想は、そんなのまるでユリウスがスバルを特別だと思っているみたいで…

「ユリウスが俺の事を好き……?」

「ああ」

意識して口に出した言葉ではなかったが、ユリウスはそんなスバルの質問に即答してきた。

スバルの見立てが正しいのならユリウスは随分前からスバルが好きだということになる。
だって、今思い返して見れば、ユリウスがスバルに向ける視線はスバルがエミリアに向ける視線にそっくりだったから。
スバルは、あの視線の意味を誰よりも理解出来てしまうのだから。

「スバル」

すると、ユリウスが優しくスバルの名前を呼ぶ。
それはまるで…愛してる人の名前を呼ぶかの様な甘い優しい声で、スバルは思わず顔を逸らす。

自分が今、情けない顔をしているのが手に取るようにわかる。わかるから、できるだけ見られたくなくて無駄だとわかっていても顔を逸らしてしまう。

「スバル」

「……」

「──もう、顔も見たくないほど嫌いか?」

そんな言い方をされたら、顔を上げざる得ないじゃないか。
スバルはゆっくりユリウスに視線を合わせる。 …合わせて、後悔する。

「お、お前…!」

ゆっくり視線を上げると、今にも笑いだしそうに口元を押え、スバルを見つめるユリウスと目が合う。

「ふふ…すまない。スバルの反応が余りに可愛らしくて」

「っもういい!俺の優しさを弄びやがって!出てけ!もうお前俺の部屋出禁!!」

スバルは勢いに任せてユリウスを引っ張り部屋から追い出す。ユリウスはスバルに何か弁明の言葉を口にしていたが、今はキャパオーバーで何も受け付けられないので無視して背中押し続けた。

「俺はこのまま部屋の風呂入って寝るから!お前は大浴場行って頭冷やしてこい!!」

「す、スバル…まだ話が…」

「言い訳は聞かん!!」

有無を言わさず扉を勢いよく閉めて鍵をかける。
そのままベッドにダイブして今自分が置かれている状況を整理する。

友達だと思ってた相手に告白されるなんて、しかも男に。
別に同性愛に偏見を持っている訳では無いけど、いざ自分がその立場になるとどうすればいのか分からなくなってしまう。
一応スバルは女の子が好きなんだと思う。というのも男を好きになったことがないので自分が同性を恋愛対象に見れるのか分からない。

「…でも」

不思議とユリウスからの告白に嫌悪感は抱かなかった。
それっておかしいことなのか?こういう経験がないスバルは他と比べようがないのでどうすることも出来ない。
恐れ多いことに、スバルを好きだと言ってくれる人はこれまでにも何人か居た。でも、その人たちはみんな女の人で、スバルはエミリアが好きだからとお断りしている。

スバル自身、エミリアに恋する身だ。
自分の気持ちを相手に打ち明けることがどれだけ勇気のいることか、痛いほど理解している。
その気持ちを拒絶することに、罪悪感を覚えてしまうのは、スバルの治さなければならない所だ。だって、中途半端に期待を持たせることの方が、気持ちを伝えてくれた人に対して失礼だと思うから。

「…失礼だと思ってるんだけど」

というのも、スバルがエミリアが好きであることは周知の事実であり、きっとスバルの仲間の中でそれを知らない者はいないだろう。
ここで問題なのはエミリアが好きだと伝えても諦めずにスバルにアタックしてくるタイプかどうかだ。

スバルを初めて好きになってくれた子はそんなタイプだ。
いつでも何処でもスバルを褒めてくれるし優しくしてくれる。でも、肝心な時はビシッとスバルの背中を押してくれる、そんな子だ。

「まあレムはちょっと変わってるけど…」

スバルは非常に押しに弱いのだ。だからこそスバルを好きになってくれた人に申し訳なく感じてしまう。
もちろん、エミリアが世界で一番で、愛してる人なのには変わらないけど。

そんな事を長々と考えていれば、スバルの部屋の扉を誰かがノックする音でハッとする。

「誰だろ」

こんな時間に来客なんて一体誰だ?
そもそもスバルの存在を知っている人が帝国では限られているので、恐らくユリウスが忘れ物でも取りに帰ってきたとかそんなところだろう。
スバルがもたもたしていたからか、再度催促のノックがされる。

「はいはい!今開けるってば」

そのまま小走りで扉の前まで行き、部屋の鍵を開ける。
すると、それを待っていたかのように外側から扉が強引に開かれる。

「えっ、は?」

スバルは突然の事に反応出来ず、扉はスバルの意図せず全開になる。
何故こんなことを、と思った所でスバルはふと疑問に思った。

(ユリウスならスペアの鍵渡してたし、なんでわざわざノックなんてしてきたんだ…?)

そんな疑問に答えを求めるかのように扉の前に立って居た人物に目を向け、スバルは唖然と口を開く。

「?!」

「……」

そこには、居るはずのない…居てはいけないはずの人物が立っていた。
スバルは慌てて両手で顔を隠して一歩後退る。

(マズイ…!)

「おい」

その声にビクッと肩を跳ねらせ、無言を貫き通す。

そんなスバルの様子に、扉の前に立っていた人物──アベルは不満そうに眉を顰めた。

「聞いているのか」

「………」

「…はあ」

スバルにも聞こえる様にため息を吐いたアベルが、一歩スバルに近づいてくる気配がして、それに合わせるようにスバルも一歩後退る。
すると、「…チッ」とアベルが舌打ちし、少し苛立った口調でスバルに続けた。

「何の真似だ」

「ぁ……」

「ほう、答えぬと?」

スバルは混乱で今自分がどうすればいいのか分からずにいた。
一瞬ではあったがアベルはスバルの顔をバッチリ見ている。つまり、アベルには今、スバルがアベルにとって大切な人に見えているはず。
今ここでスバルが声を上げればアベルは疑問を抱くだろうし、だからといってこのまま黙っていてもアベルを怒らせるだけ…つまり八方塞がりだ。

それに、この部屋で追いかけっこをするには逃げ道が少なすぎる。
そうこうしている内に、いつの間にか後ろに逃げ場は無く、壁にぶつかる。
すると、後ろの壁に気を取られていたスバルの腕を掴んだアベルが顔を隠していた腕を強引に引っ張った。

「うわっ!」

「何故逃げる。答えろ、ナツキ・スバル」

「これには訳が…って、え?今なんて言った?」

「聴覚までやられたか?」

「やられてねぇよ!失礼だな!」

スバルの反応に先程まで眉を顰め、不機嫌を露わにしていたアベルからその雰囲気が無くなり、代わりにいつものようにスバルを見下す視線に変わっている。
そんなアベルに一言言ってやりたい気持ちもあるが、今はそれどころでは無い。

アベルの先程の言葉、聞き間違いでなければスバルがスバルに見えていることになる。そんな訳がないが、一応、聞き返しておこう。

「お前、俺がナツキ・スバルに見えてるのか?」

「………」

アベルはスバルの質問に答えはしなかったものの、何を言ってるんだこいつという顔でスバルを見ていた。
スバルはまさかすぎる答えに、様々な感情が行き交い、最後に思わず溜息が出てしまう。

「おい、不敬であるぞ」

「だって…お前もなの?」

「何がだ」

何故こうなってしまうのか、今はユリウスのことで頭がいっぱいなのに、新たな悩みの種を増やさないでくれ、まじで。

アベルを無視して勝手に落ち込むスバルを見つめたアベルは、突然スバルの胸倉を掴み壁にスバルを叩きつける。

「痛っ!」

「おい。何があったのか一から説明しろ」

「わ、わかった!わかったから手離せ!」

「ダメだ。言うまで離さん」

「だからこのままだと話せないから…!」

スバルが必死にそう伝えると、身体を押さえつける力が少しだけ弱まる。
依然として押さえつけられたままではあるが、仕方がないのでこのまま事情を説明するしかない。

「──だから、呪いの影響で俺を見た人は俺の見た目だけ一番大切な人に見えるようになってる…らしい」

「………」

最初から今に至るまで、できるだけ正確に今わかっていることだけを纏めて話した。
最初は誤魔化そうかとも思ったが、アベル相手では下手な誤魔化しは逆効果である。

「……わかったなら手、離してくんない?」

一向にアベルから反応が帰ってこないので、少し嫌な予感がするが、とりあえず言われた通りに全て正直に話したのだから解放して欲しい。
すると、アベルはスバルの指示通りにすっと腕を離した。
スバルが掴まれていた服のシワを直していると、アベルは無言で顎に手を添えた。これはアベルが何か考え事をする時にするポーズだ。

「謁見の場で貴様が顔を隠していたのはその為か」

「うん…ってお前、あの時から気づいてたのか?」

「…ああ、俺に誤魔化しは通じぬ」

「…怖ァ」

そんな前からバレていたとは、セシルスといいアベルといい勘が鋭い。
それにしても一目見てスバルだと見破るとは、素直に喜ぶべきか?そんな事を考えていれば、不意にアベルの口角が上がる。

「──大切、か」

意味深に呟くアベルを横目に、スバルはアベルの言葉を否定する。

「あー、特に深い意味はないからな。お前以外にも結構俺の事普通に認識してる奴居るし、案外呪いが効かないやつもいるんじゃね?あはは……」

「──貴様、さては最優に告白でもされたか」

「えっっ」

何故バレた。いやいや、今のスバルの発言で何故そんな質問に辿り着く?!
混乱の余り固まっていると、アベルは「やはりな」と不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「先程廊下で最優とすれ違った。やけに機嫌がいいかと思えば…そういう事か」

「ばっ!違っ…俺は別にまだ何にも!」

「反応でわかる。貴様は言動に出過ぎだ。答えが全て顔に書いてあるぞ」

「嘘だろ?!」

はっとして口を閉じる。 今のは答えを言っているようなものだった。
こんなの誘導尋問じゃないか!とアベルを睨むと感情の読めない視線で見つめ返される。

「して、なんと答えた?」

「は?」

「告白の返事は」

「なっ、なんでアベルにそんな事教えてやらないといけないんだよ!」

「わからぬか?」

アベルはいつもと変わらぬ無表情を貼り付けた顔で、しかし、少しばかりの愉悦を宿した表情でスバルにそう問いかける。
スバルはアベルの反応に寒気を感じて、唾を飲み込む。
答えを聞いてはいけない気がする。 というより、もうスバルは理解してしまった。

「いい…やっぱ言わなくていい」

「何故だ?」

「なんでって…だって…」

そこで口ごもってしまう。
アベルはそんなスバルの反応に、心底愉快そうに顔を歪めて笑った。
数時間前までのスバルでは理解できなかっただろう。でも、今のスバルは知ってしまった。

そもそも、何故アベルがスバルのことを?
どちらかと言うと嫌われている方だと自覚はしていたのだが。考えれば考えるほど分からない。アベルがスバルを好きになる理由なんて一つも……

「人を愛すことに理由が必要なのか?」

「えっ…必要じゃ、ないと思うけど…」

「では、俺が貴様を好いていることの何がそんなに不満なのだ」

「だってお前、誰かを一人を好きになるとかそういうタイプじゃないし。第一俺は男だし」

「貴様は同性に嫌悪感を抱くのか?」

アベルの疑問にスバルは押し黙る。
その疑問を解明するために、先程スバルは頭を悩ませていたところなのに、アベルが部屋に来たせいでお預けになったのではないか。

「…俺が好きなのはずっとエミリアだよ」

「知っている。が、それは先程の俺の質問の答えになっていない」

「だって、わかんないし…」

スバルはアベルの真っ直ぐな瞳に居心地が悪くなり俯く。
正直、ユリウスもアベルも何故スバルなんかを好きになるのか理解できない。
二人ともイケメンだし、カッコイイんだから何もしなくても女の子が放っておかないだろうに。

「…痛ッ!」

すると、突然アベルに頬をつねられる。
そのまま顔を引っ張られ上を向かされる。痛いしやめて欲しいのだが、アベルはいつも通りの顔でじっとスバルを見下ろしている。

「ひゃなへよ」

「余計なことは考えるな。俺は貴様の気持ちを聞いている」

「んぇ?」

アベルにしては珍しく、優しい声色だった。
それにも驚いたが、もっと驚いたのはアベルが今までに見たこともないほど嬉しそうな顔をしていたことだ。

そして、アベルはスバルの頬から手を離すとそのまま客室のベッドの端に腰掛ける。

「それに、誰彼構わず誑かす貴様には言われたくない」

「は?」

「ふん」

誰が誰を誑かしたって?全く身に覚えにない。冤罪だ。
しかし、スバルの異議申し立てはアベルには受け入れて貰えないだろう。アベルって自分の意見曲げないし。

「そんなことより、皇帝って暇なのか?こんな所居ていいのかよ」

「たわけ。今日の皇帝としての責務は全て片付けてきた。余を誰と心得るか」

「はいはい。天下の皇帝陛下様だろ」

実際その通りだ。場が場ならスバルは今頃皇帝陛下侮辱罪で死刑だろう。
しかし、アベルはスバルの不敬を咎めることをしない。恐らく旅路の中でのスバルの印象が強いから慣れたのか…

「おい」

スバルがもう一つの可能性に顔を顰めていると、アベルが短くスバルの意識を引く。
「なんだよ」と視線をアベルの方へ向けるとアベルは片目を閉じて顎を引いた。

「話が脱線しすぎた。先程の俺の問いに答えろ」

「まだその話続いてたのか? さっきも言ったけど、わかんないんだってば。俺女の子しか好きになったことないし」

呆れたスバルは溜息をつきながら再度アベルの質問に『わからない』と答える。
するとアベルは顎に手を添え、無駄に長い脚を組み数秒思考した後、視線をスバルに戻し口を開いた。

「来い」

「え?」

「いいから傍に来い」

アベルの言葉に一瞬理解の遅れたスバルだったが、もう一度具体的に言葉を重ねられ、一体なんなんだよ…とアベルの傍まで足を進めた。

「で?なんだよ」

言われた通りにアベルの目の前まで来たはいいが、こうしてアベルを見下ろすのは何気に初めてかもしれない。
アベルより視線が上だとなんかちょっと変な感じがする。
何も言わないアベルを不思議に思っていると不意に右腕を掴まれ、そのままアベルの方へ引き寄せられる。

「うっ…わ!」

当然身構えていなかったスバルは反応出来ずにアベルに抱え込まれる。
一体何が目的なのか分からないが、引き寄せる前にせめて一言何か声をかけろよ!と、アベルから身体を離してそう伝えようとする。

「おい!危な……」

しかし、離れたと思っていた身体は案外まだ密着していて、アベルの顔が目と鼻の先にある。
それに驚きスバルは動きを止める。アベルの顔は依然 として変わらず、美しいままだ。

アベルの顔は男のスバルでも見惚れてしまうほどの美しさで、カッコイイとか可愛いとかそういうタイプではなく、一言美人という言葉がピッタリの顔だ。
切れ長のまつ毛も儚げな目元も、理不尽な程に整った顔のパーツも。全てがアベルの美しさを引き立てている。
そんなアベルの顔が、今目の前にある。思わず見惚れてしまったのは言うまでもない。

時間が止まったかのようにゆっくりに感じた、そんなスローモーションな世界で、不意にアベルの手がスバルの頬に添えられる。

「…?」

しかし、スバルの思考は尚も止まっていて、アベルのその行為になんの疑問も抱けない。
そしてそのまま、スバルはアベルの美貌がゆっくり近づいてくるのを見ているとこしかできなかった。

「──は?」

ゼロ距離にアベルの顔がある。おかしい。だって、こんなに近づいてしまったら…

そこでやっと、スバルの凍りついていた思考が動き出す。
身動きが取れない。アベルに顔を固定され右腕を掴まれているからだ。
息が苦しい。口を、何かがスバルの口を塞いでいるから。

「?!」

そこで漸くアベルにキスされていることに気づいたスバルは頬を紅く染める。
なんで突然、いやアベルのスバルに向ける気持ちを考えればおかしい事ではない。 でも、前の話と今スバルがされている行為には何の関連性もなく、脈拍もない。

スバルが混乱で目を白黒させていれば、アベルは顔の角度をずらし、強引にスバルの口内に侵入してくる。

「な…?!むぐ…?!」

スバルはここに来て初めて危機感を感じ、掴まれていない左手でアベルの胸を押す。
しかし、悲しいことにビクともしなかった。それどころか、スバルの抵抗が気に入らなかったのか更に引き寄せられる。
スバルは未知の感覚にだんだん背中の方がゾワゾワするのを感じながら身体の力が徐々に抜けていく。

「あべ…あべる! んん…っ!」

初めての感覚に怖くなり必死にアベルに縋り付く。すると、アベルの口が一瞬だけ離れたかと思えばすぐにまた戻ってくる。

「はっ」

「ちょ?!…はあ、ふ……し、しぬ…!!」

どうやらただの息継ぎだったようだ。しかし、スバルはアベルのように上手く息継ぎができず、酸欠で段々と視界が霞んでいく。
キスはエミリアと一度だけしたことがある。でも、それは触れるだけのキスで一瞬だった。
それでも好きな人とするキスは気持ちよくて幸せな気持ちでいっぱいだった。

ならアベルとのキスは?
唇と唇が触れ合うだけのキスとは違いこのまま食い尽くされてしまうのではないかという恐怖と、それとは別の、感じたことの無い感覚に襲われる。
怖いのに気持ちいい。ずっとこうして触れ合っていたい。
そんな気持ちに従うかのように、スバルはアベルの胸を押していたはずの左腕でギュッとアベルの服を掴む。
すると、スバルが意識を手放す一歩手前でアベルが顔を離す。

「はっ…はあ、はあ…」

スバルは暫く、必死に酸素を取り込むことだけに集中してぜぇ、はぁ、と深呼吸する。
暫くして、身体に残った余韻がスバルに倦怠感を覚えさせる。

「成程…」

すると、こちらを興味深そうに観察していたアベルが口を開く。
何が成程だこのクソ野郎。そう言ってやりたいが、生憎今は上手く呂律が回らない。

「スバル。最優にはどこまで許した」

「は……?」

アベルの問いの意味が分からずにスバルは眉を顰める。
それよりも、今名前を……

「キスはしたのか」

「……なんで、そんなこと」

「いいから答えろ」

アベルがスバルの腕を掴む力を強める。
スバルはその痛みに思わず目をぎゅっと閉じる。

何故だか分からないがアベルの機嫌がまた悪い。ここは大人しく従った方が良さそうだ。

「してない!してないから。手、離せよ…」

「そうか。それは何よりだ」

「は?」

おかしい。何がおかしいのかは分からないが兎に角おかしい。
──違和感を感じる。いつものアベルではない。不機嫌なオーラが消えたアベルは無表情だ。いつも通り、なのに変だ。

「──スバルが呪いにかけられたのは幸運だった」

「は…?なに…言ってんだよ…」

「機会がなかったからだ。何故ならスバルと俺とでは立場が違いすぎる」

どういう意味だ。目の前にいる男は本当にスバルの知るアベルなのか?
アベルの表情は変わらず、淡々とした物言いで続ける。

「エミリアの騎士だろうと、王国の英雄だろうと関係ない。スバルは俺の星だ」

「星…?な、何言ってんだよお前、さっきからなんか変だぞ…?」

スバルは目の前の男が怖くなり、掴まれていた腕を強引に振りほどく。
すると、アベルの腕は呆気なく解けてスバルは晴れて自由の身だ。

何故アベルの様子がおかしくなったのかは分からないが、今はまともに話し合える状況では無い。今は一度この部屋を出てエミリアの部屋に匿ってもらうしかない。
そう思い、スバルは部屋の扉まで走り出す。

──この呪いにかかってから災難続きだ。
一体あいつは何の目的でスバルに呪いをかけたのか、一つ言えるのはろくな理由では無いということだ。
すぐに扉の前まで辿り着き、スバルはドアノブに手をかける。

「?!」

しかし、扉が開かない。
なんで…鍵なんて掛けていないはずなのに。

「………」

そこで思い出す。最後に扉に触れたのはアベルだと。
あの時扉の鍵を閉められていた?あの一瞬で?
それに、鍵を掛けたのがアベルだとすると、アベルは最初から……

「──スバル」

「…!? あ、アベル……」

いつの間にか背後まで迫っていたアベルに気づきスバルが振り返る。
すると、そこには今にも泣き出してしまいそうな顔のアベルが居た。 スバルはそんなアベルの姿に驚き目を見開く。

「なっ、どうし…」

「俺を拒むな。俺を、置いていくな」

「え…?」

「──今でも夢を見る」

「夢?」

スバルがそう聞き返すと、アベルはスバルの身体に凭れ掛かる様にして自身の身体をスバルに預けた。
そして、スバルの胸に顔を埋めたアベルは震える声で答えた。

「──チシャが、死んだ時の夢だ」

スバルはその言葉に息を呑む。
チシャとは、確かアベルの代わりに皇帝になりすまし、大災の幕開けと共に命を落としたとされる人のことだろう。

スバルはその人のことを名前ぐらいしか知らないが、アベルがチシャさんの死を悲しみ涙を流していたことを知っている。
だからこそ、今目の前で震える男にどんな言葉を掛ければいいのか分からない。

「チシャと俺とのことを知っている者は多くない」

「……」

「今でも毎晩あの日のことを夢に見る。友を目の前で失い、そうなるとわかっていて、俺は動けない」

「……」

「もう二度とあんな光景は見たくない。二度もあんな苦行は、耐えられない」

「…っ」

…らしくない、こんなこと、普段のアベルなら…ヴィンセント・ヴォラキアなら絶対に言わない。
でも、例えアベルがヴォラキア帝国の皇帝でも、一人の人間なのに変わりない。
友達が死ねば悲しむし、理不尽を嘆くことだって不思議じゃない。むしろアベルは異常なまでにそれらを隠すのが上手すぎるくらいだ。

すると、突然アベルはスバルから離れる。そのままアベルは目を伏せ、自傷気味に笑った。
スバルはそんなアベルの姿があまりに辛そうで、思わず先程感じていた恐怖すら忘れてしまう。

「軽率だった。先程のことは全て忘れろ。貴様の気持ちを考えれば俺の気持ちなど迷惑そのものだと云うのに」

「そんなこと…」

「無理をするな。俺の事を気にする必要はない。貴様は自分の幸せだけを考えろ」

そう言ったアベルの顔は柄にもなく笑っていて、それが無理に作った笑顔だとすぐに気づく。
スバルが何か言う前にアベルがスバルの横を通り抜け扉の方へ歩いていく。

このままアベルを見送れば今日のことはなかったことになるのかもしれない。

「……っ」

──でも、あんな顔であんな事を言われて、放っておけるわけがないだろ!

「──待て!」

スバルは勢いのままにアベルの腕を掴んだ。
アベルは「離せ」と短くスバルに命令する。しかし、それを聞いてやる義理などスバルにはない。

「うるせえ!散々振り回しといて言い逃げとか許すわけねぇだろ!それに、勝手に迷惑とか決めつけんな! 少なくとも、俺は嬉しかった」

「嘘をつくな。貴様は俺を拒絶したではないか」

「は?なんの事だよ」

スバルは思い当たる節のないことを言われ首を傾げる。
確かに、エミリアが一番だとは伝えたが、アベルの気持ちを貶したり拒絶したりはしていないと思うのだが…

「接吻の時、貴様は嫌がっていたであろう」

「っ…!あ、あれは!その…」

あの時の感覚を思い出し、スバルは思わず口ごもる。
そんなスバルの無言を肯定と取ったのか、アベルはスバルの腕を振りほどく。
スバルはそんなアベルに慌てて恥ずかしさを飲み込み、正直な気持ちを叫ぶ。

「あれは…!お前を拒絶してたんじゃない!えっと…俺、あんなキスが初めてだったから、怖くて…」

「怖い、か」

「っ…じゃなくて!気持ちよすぎて怖かったんだよ! だって俺、あんな激しいの…経験したことないし…だから、あれは拒絶してたんじゃなくて、助けて欲しくて…」

「…俺に縋っていたのか?」

「………」

スバルはアベルの問いに静かに頷く。
こんなことを素直に認めるのは恥ずかしすぎるが、背に腹はかえられない。そんなスバルの反応に、アベルは暫く無言で立ち尽くす。
スバルも何も言えない。そんな空気を壊したのはアベルの方だった。
アベルは静かにこちらを振り返り、スバルの瞳を見つめた。

「──先程の話には一つ誤りがある」

「誤り?」

「ああ、夢に見るのはチシャの死では無い」

アベルはそこで言葉を区切ると両目を閉じた。
何かに耐えるような姿はスバルの不安を煽る。
暫くして両目を開けたアベルは柄にもなく不安そうに瞳を揺らし口を開いた。

「──俺が見るのは、貴様が死ぬ夢だ。スバル」

「…ぁ」

「その光景はやけに現実味があり、最近では夢かどうかも分からない」

スバルはアベルの言葉に血の気が引いていく。
アベルの夢の中でスバルは死ぬ。そんなことは有り得ない。ありえないとわかっているのに、最悪の可能性がスバルの中で過ぎる。

──もし、スバルの死に戻りの光景がアベルの夢の中で流れていたら?

「……」

「夢は夢だ。現実に起こりえないことは理解している。だが…」

何も言えないスバルに構うことなくアベルは続ける。
先程まで部屋を立ち去ろうとしていたアベルはスバルの掴んでいた腕を握り返し祈るように両手で包み込む。

「あんな苦痛は、もう味わいたくない」

「アベル…」

アベルの辛そうな顔が見ていられず、思わずスバルが泣きそうになる。
アベルはスバルのせいで苦しんでいる。悪夢がスバルの死に戻りと関係しているのかは分からないが、それでもその事実は覆らない。
何かスバルにできることは無いか、考えてみるが思いつかない。

「ど、どうすればアベルは辛くなくなる?」

そんな事しか言えない自分が不甲斐ない。
こんなことを言っても何の解決にもならないのはわかっている。だけど、今目の前で苦しんでいるアベルを無視することなんて出来ない。

「──ならば、傍に居ろ」

「え?」

「俺の傍で、悪夢は悪夢でしかないと証明し続けろ。それが出来ないのなら、二度と俺に近付くな」

「そんな…」

アベルを選ぶか、見捨てるか。スバルにはそのどちらも選べない。
エミリアを諦めることなんてできないし、アベルを見捨てることもしたくない。
運命はいつだって、スバルに究極の選択を強いてくる。

──それでも、スバルは決断し続けなければならないのだ。

「俺は…」

「………」

「エミリアが、好きだ」

「……そうか」

アベルは短くそう告げる。
しかし、その視線は尚もスバルの瞳を見つめていて、何かスバルに期待しているような、そんな眼差しだった。
スバルはそんなアベルに応えるかのように口を開く。

「でも…」

「…なんだ」

「でも、俺はお前を見捨てたくない。だから、エミリア達を説得してなんとかお前の悪夢が覚めるまで傍に居られるようにする。 それで少しでも、アベルの苦痛を和らげられるなら」

結局スバルはどちらも選べなかった。
スバルの選択にアベルがどのような反応をするのか分からない。
でも、もしこの条件が呑めないなら、スバルはアベルを諦めるしかなくなってしまう。

するとアベルは、スバルの手首を掴むとそのままスバルを引き寄せた。

「──ああ、悪夢が覚めるまで、貴様は俺のモノだ」

「……別に、お前のモノになった覚えはないけど」

抱き寄せられていたせいでアベルの表情は見えなかったが、声音からして納得してくれたらしい。

スバルはスバルで気恥しさから、そんな軽口を言えば、今まで感じていた緊張が一気に解けたような気がした。
アベルに抱きしめられながら、ほっと肩を撫で下ろす。
今更ながら、勝手にスバル一人で選択してしまったが、エミリア達の反応が今から怖い。
特にオットーやベアトリスなんかには凄い怒られそう。

「スバル」

「…なんだよ」

「好きだ」

未だにアベルに抱きしめられているスバルだが、愛おしそうに名前を呼ばれれば、離せなんて言えなくなってしまう。
それに、こんなド直球に告白されて照れないわけが無い。だからこそ、今アベルに抱きしめられていてよかった。

──絶対、顔が真っ赤になっているから。




終わり……?



▽▲▽▲▽▲▽▲

(注意。この先創作、アベルのキャラ崩壊が凄いです。苦手な方はここで作品を閉じることをおすすめします)




──アベルは自分を特別な存在だと思ったことがない。

賢帝なんて呼ばれているが、アベルは自分を特別賢いと思ったことがない。アベルはただ、己に課せられた役割を全うしているだけなのだから。

皇帝としてヴォラキア帝国の玉座に座り、国を守るために必要な事は何でもしてきた。

──知恵を磨いた。いずれ来る大災に向けて策を練れるように。
──九神将を復活させた。いずれ来る大災に襲われた帝国の矛とするために。
──覚悟を決めた。いずれ来る大災の幕開けと共に命を落とす、覚悟を。

なのに、運命はいつも、アベルの思い通りには動いてくれなかった。

アベルが長い年月を掛けて立てた計画は唯一信用していた部下に裏切られたことで破綻した。
アベルは生き延び、アベルの代わりに帝国を治める筈だった友人は死んだ。
その事実は自身の死にばかり執着していたアベルにとって耐え難い苦痛となった。

そのやり場のない憤りを、アベルはある男にぶつけてしまった。
その男はアベルにとって、友とも他人とも呼べぬ中途半端な関係の男だ。
ただ、男はアベルの忌み嫌う星詠みと似たところが多かった。だから、アベルはその男を信じ、同時に酷い嫌悪感を抱いていた。

『何故、忌み嫌った俺を生かし、チシャを死なせた、ナツキ・スバル』

初めてだった。感情に任せて言葉を口にしたのは。
あの時の事は今でもよく覚えている。忘れるはずもない。
アベルは男の言葉に耳を貸さずに決めつけ、怒鳴り散らかし、八つ当たりをしていた。
そんなアベルの事なんて無視して見捨てることだって出来たはずの男は、それでもアベルの八つ当たりに最後まで付き合った。

アベルはその時初めて、その男を忌み嫌う星詠みではなく、一人の少年として見た。
そこにはアベルと同じく、運命に抗う一人の少年がいた。その少年は、アベルが友人の死を嘆く時間と機会をくれた。たったそれだけの事だ。それでも、アベルの心を揺するにはたったそれだけで充分だった。


──そんなスバルを、アベルが意識するのにそう時間はかからなかった。

始まりは単純な興味からだった。
その後、大災が終戦を迎える頃には、興味は明確な好意に変わっていて、アベル自身それを自覚していた。

生まれて初めてだった、こんなにも心から欲しいと切望するモノは。
どうしても欲しい。どんな手を使ってで手に入れたい。
人はこれを愛と呼ぶのだろうか?ああ、きっとそうに違いない。だって、こんなにも恋焦がれているのだから。

しかし、スバルはそう簡単には手に入らなかった。
アベルの立場とスバルの立場を考えれば、当然と言えば当然だった。 だから、アベルはまずスバルを知り尽くすことにした。
だが、それすらも簡単にはいかなかった。

『…何だと?』

『はい…先程も申し上げた通り、ナツキ・スバルという名の戸籍は何処の国にもありませんでした。それどころか、ナツキ・スバルの過去に関して、一切の記録も残っていません』

戸籍がない上に数年前にエミリアに拾われるまでの素性が分からない。
どこで生まれ誰に育てられたのか、スバルはその一切が謎に包まれていた。

最悪、家族を利用して手に入れる作戦も立てていたが、根本から考え直す必要があるようだ。
手が届きそうで届かない。そんな歯痒さを味わい、アベルは密かに口角を上げる。
簡単に手に入れてしまってはつまらない。狩りは獲物を狩る過程も楽しむものだ。そうして仕留めた獲物は、どんな顔を見せてくれるだろうか。


………
…………


そして、そんな獲物は今、目の前にいる。
追い詰める前に少々可愛がってしまったせいで、今は酷く警戒されている。このまま閉じ込めて、アベルのモノにするのも悪くはない。
でも、アベルは全てが欲しいのだ。スバルの身も心も、その全てがアベルは欲しい。

だから罠を張った。正直この作戦は賭けだった。
どっちに転ぶか…しかし、アベルは確信していた。ナツキ・スバルなら自ら罠に嵌ってくると。

『軽率だった。先程のことは全て忘れろ。貴様の気持ちを考えれば俺の気持ちなど迷惑そのものだと云うのに』

──思ってもない事だ。こんなにもスラスラと虚言を吐ける自身に恐れ入る。

『無理をするな。俺の事を気にする必要はない。貴様は自分の幸せだけを考えろ』

──許すはずがない。この男がアベル以外の人間と幸せになることなんて。

しかし、そんな想いは飲み込み、アベルは部屋の扉に向かい足を動かす。アベルはスバルがどんな表情をしているのか見ることが出来ない。
さあ、賭けはここからだ。

──来い。

一歩、足を進める。

──来い、来い来い。

もうすぐ扉の目の前だ。平静を装い、ドアノブに手を掛けようとした瞬間…

『──待て!』

アベルを呼び止める声と同時に、後ろから腕を引かれる。

──ああ、堕ちてきた…!



………
…………


「──閣下ってば、大人気ないですねえ」

「…何故ここにいる。セシルス」

「折角ボスが帝国に居るので遊んでもらおうかと」

スバルの招かれた客室を出たアベルは目の前の壁にもたれ掛かり、ヘラヘラと話すセシルスの様子に目を細める。

「生憎だが、スバルには貴様と戯れるだけの余裕はないぞ」

「知ってますよ。聞いてましたから」

当然のように盗聴を認めたセシルスにアベルは溜息を吐き、腕を組む。

「何用だ」

「あれ、さっきも言いましたよ?ボスと遊びに……」

「セシルス」

「…そんな顔で睨まなでください。ちゃんと話しますよ」

降参とばかりに肩を竦めるセシルスは「実はですね」と話し始める。

「先程廊下でユリウスさんとすれ違ったんですよ。そこでボスにかけられた呪いの詳細について伺ったんです」

「それがどうした」

アベルはセシルスの言葉を特に気にすることも無く続けさせる。

「それがですね。前に閣下を訪ねてきた呪術師が居ましたよね? ボク、城の中で一度見かけたんですよ。それで、ユリウスさんから聞いた呪術師の特徴とその時に見た呪術師の特徴が見事に一緒なんです!」

セシルスの言葉にアベルは否定も肯定もしない。

「──これって、とっても凄い"偶然"だと思いませんか?」

「…そうだな」

偶然なんて、そんなわけが無いことを理解した上でセシルスはアベルとの会話を楽しんでいる。
普段であればセシルスの態度に顔を顰めるアベルだが、今宵は機嫌がいいので全ての不敬を聞き流し、そのまま歩き出す。
歩き出したアベルに続き、セシルスも後をついてくる。

「それにしても閣下って意外と演技派なんですね! 花形役者である僕の目から見てもなかなかの名演技でしたよ!」

「くだらんな。演技など目的を遂げるための手段に過ぎん。常日頃から好き好んであれをやっている貴様の考えは理解に苦しむ」

「理解してもらわなくて結構!僕にとっての舞台はこの世界であり、その事実は僕だけが知っていればそれでいいんですよ」

「ふん。貴様のその不敬な物言いは何度言っても変わらんな」

「僕は僕ですからね」

皇帝にも遠慮せず思ったことを口にできる者などアベルの知る限る片手で数える程度だ。
本来であれば極刑であるが、それらを許している者はみな、それだけの不敬を笑い飛ばす価値のある者という訳だ。

セシルスもその内の一人だ。
ただ、セシルスの不敬は留まることを知らず、その名声と悪名は帝国全土に広まっているほどだ。

「それにしても、悪夢なんて本当に見たんですか?」

不意に、セシルスが不思議そうにそんな事を聞いてくる。

「戯け。余は夢など滅多に見ない。あんなものハッタリに決まっている」

「そうですよね。だって閣下、寝てる時ですら片目は開いてますから。…ん?それって寝てるって言うんですかね?」

セシルスのそんな質問に、アベルはある日の事を思い出す。
それはいつも通り、眠りにつこうとしていた時のことだ。 その日はやけに瞼が重く、アベルはもう何年振りかも忘れてしまったが、珍しく夢を見たのだ。

「……嘘には、少しの真実を混ぜると信憑性が増すらしい」

「え?」

「不愉快な夢だった。だが、あの不快感の見返りで余の星を堕とせるのなら安いものだ」

「星?なにかの比喩ですか?…ふむ、この会話の流れから察するにボスですね?」

「ああ。スバルは余の星だ」

見える距離にあるのに遠く、手が届きそうで届かない。ナツキ・スバルはそんな男だった。
だからこそアベルはそんなスバルを堕としたかった。大勢の人に愛され、光り輝くその星は、両手を血で染めたアベルには眩しすぎる。
だから、アベルは考えたのだ。

──アベルがスバルの土俵に上がれないなら、スバルをアベルの土俵まで引きずり堕とせばいい。

結果、アベルの作戦は無事に成功し、恋焦がれた星がアベルのものになるのにそう時間はかからないだろう。

「ふっ。今日は気分が良い。セシルス、一杯付き合え」

「え!閣下から晩酌のお誘いなんて初めてでは?! 閣下の奢りなら喜んで!」

「当たり前だ。余を誰と心得える」

「閣下バンザーイ!」

アベルの言葉に歓喜の声を上げたセシルスはそのままルンルンでアベルの隣を歩く。
相変わらず現金なやつだなとアベルはご機嫌なセシルスに鼻を鳴らした。
すると、セシルスは「そういえば」とアベルに視線を合わせる。

「閣下は夢を見ない訳ですが、ボスとの約束はどうなるんですか?」

「ふん、愚問だな」

「と、言いますと?」

「悪夢は覚めない。──永遠にな」



終わり。

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#10 -----

Comments

  • ふふ

    スバルって善逸みたい。鬱陶しいところ、不幸なところ、一途で好きな人がいるところ、自己肯定感が低いところ、優しいところ、愛に飢えてるところ。

    Apr 27th
  • Lu
    August 19, 2025
  • 芥川うな
    July 19, 2025
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