あの取組の中の人#2:県道・県有地・文化財規制。がんじがらめの登山道をどう動かす?「一歩ずつ紐解く文化財保存と活用」のリアル
全国の自治体で、「せっかく多額の予算や時間をかけて作った計画が、実行されずに眠っている」「文化財保護法や自然公園法の規制、複雑な土地の権利関係のせいで、地域の資源整備が遅々として進まない」という課題に頭を悩ませている担当者は多いのではないでしょうか。
世界文化遺産・富士山の麓にある山梨県富士吉田市も、まさにその複雑な行政課題の真っ只中にあります。
多くの観光客が車で「五合目から」山頂を目指すようになった現代、麓から続く歴史的な「吉田口登山道(富士道)」は、人の目が届きにくくなり、倒壊する山小屋跡の処理など多くの課題を抱えていました。
この現状を打破するため、富士吉田市教育委員会 歴史文化課の澤柳幸司氏は、令和6年度に10年間の保存と活用のための活動計画を策定。過去の「計画だけで終わってしまった」という反省を活かし、関係者を巻き込む連絡協議会を立ち上げるとともに、スポーツブランド「サロモン」との民間連携など、着実な一歩を踏み出しています。
「行政だけで抱え込まず、次の世代へ地域の核となる文化財をどう残すか」。全国の地域振興・文化財担当者のヒントになる、リアルな試行錯誤と挑戦の舞台裏を伺いました。
富士吉田市というと、富士山や吉田の火祭り、新倉山浅間公園から見える景色を思い浮かべる方が多いかもしれません。けれど、歴史文化課で仕事をしていると、このまちの根っこには、もっと長い時間をかけて積み重なってきた「富士山とともにある暮らし」があると感じます。
私が今関わっているのは、吉田口登山道をどう保存し、どう次の世代につないでいくかという取組です。富士山を五合目から登るだけではなく、麓のまちから歩き、歴史や信仰、自然を感じながら山頂へ向かう。その価値を、もう一度きちんと見直したいと思っています。
五合目の手前に眠る、富士山信仰の入口
吉田口登山道は、北口本宮冨士浅間神社の登山門から山頂まで、麓から途切れることなく続く登山道です。世界文化遺産「富士山」の構成資産でもあり、富士吉田のまちが、かつて登山者を迎え入れる宿坊のまちとして栄えた歴史を今に伝える場所でもあります。
ただ、昭和39年に富士スバルラインが開通してからは、多くの人が車で五合目まで向かうようになりました。便利になった一方で、五合目より下の登山道や山小屋跡は、少しずつ人の目が届きにくくなりました。今も麓から五合目の間には、神社や石碑、かつての山小屋跡などが残っていますが、倒壊した建物や、整備が難しい場所もあります。
ここは、ただの古い道ではありません。登っていくと、森の雰囲気が変わり、火山としての富士山の表情も変わっていきます。信仰の道であり、自然を感じる道であり、富士吉田というまちの成り立ちを知る道なんです。
計画をつくることは、止まっていた時間を動かすこと
この登山道をどうしていくかを考えるため、富士吉田市では令和6年度に計画書を作成しました。世界遺産登録から10年ほどが経ち、改めて吉田口登山道に目を向けるタイミングでもありました。
とはいえ、計画をつくればすぐに工事ができる、という場所ではありません。登山道は県道で、周辺には県有地があり、さらに借用関係などの権利も重なっています。史跡や名勝としての指定、自然公園法の規制もあります。木を一本切るにも、建物を復元するにも、文化財としての考え方、自然環境、土地や建物の権利関係を一つずつ整理しなければなりません。
だからこそ、まず関係者が同じ方向を向ける計画が必要でした。計画づくりでは、行政、県、神社、関係団体など、さまざまな立場の方と話し合いました。以前にも似たような計画はあったようですが、作って終わってしまった面もありました。今回は、計画後も情報共有を続けるため、吉田口登山道の連絡協議会も立ち上げています。
資金面では、市独自の取組として寄付金も活用しながら進めています。文化財の保存活用には、補助金や交付金の仕組みが使える場面もありますが、まずは市として必要な調査と整理を進めていければと考えています。
少しずつ変わり始めた「麓から登る富士山」
成果は、派手に見えるものばかりではありません。でも、確実に動き始めています。
たとえば、一合目の鈴原社の建物については、昨年度に解体調査を行い、現在は更地の状態になっています。今後は市で発掘調査を行い、かつてどのような建物があったのかを確認し、復元に向けた基礎資料にしていく予定です。倒壊した建物の資材を現場から運び出す作業も進めています。
民間との連携も生まれています。サロモンさんとの取組では、「富士道」に焦点を当てたマップのようなツールも生まれました。市だけでは届きにくい層にも、麓から歩く富士山の魅力を伝えられるのは大きいです。歴史が好きな人だけでなく、歩くこと、走ること、自然を感じることが好きな人にも、吉田口登山道を知ってもらえるきっかけになると思います。
一方で、ただ人がたくさん来ればよいとは思っていません。本町通りなどでも、観光客が増えることで課題が出ています。大切なのは、文化財や自然を次の世代に残しながら、まちの活性化にもつなげること。そのバランスを取りながら進める必要があります。
合言葉は「継続」。文化財を、まちの未来につなげる
私がこの取組で一番大事だと思っているのは、継続することです。計画を作ることはゴールではなく、スタートです。どんなに良い計画でも、一回きりで終わってしまえば、現場は変わりません。
歴史文化課としては、文化財をきちんと調査し、価値を残すことが役割です。一方で、観光部門である富士山課などとも連携しながら、活用の形も考えていかなければなりません。保存と活用は別々ではなく、両方があって初めて、文化財は生きたものになると思います。
富士吉田市は、河口湖と山中湖の間にあり、観光地に囲まれているように見られることもあります。でも実際には、コンパクトで暮らしやすく、富士山を背負ったまちとして、浅間神社、御師住宅、火祭り、吉田口登山道など、たくさんの歴史文化資源があります。地元の人ほど、身近すぎて気づきにくい魅力もあるのかもしれません。
これからは、吉田口登山道を「ただ通れる道」ではなく、富士山の歴史と信仰、自然、そして富士吉田のまちの成り立ちを感じられる道として育てていきたいです。歩く人が増えることだけが目的ではありません。訪れた人がこの道の価値を知り、地元の人も改めて誇りを持てる。そんな形で、富士山を麓から未来へつないでいけたらと思っています。



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