それは、一瞬の出来事だった。
スバルはアベルの体に咄嗟に腕を伸ばす。
「…っ?!」
(あ、まずい)
そう思った瞬間、腹部がじわりと熱くなり鈍い痛みがスバルを襲った。
「…っ、愚か者が…!」
ああ、これは助からないやつだ。そんなことを他人事のように考えていると、先程スバルが突き飛ばした男が必死にスバルの名を呼ぶ。
(敵は…よかったちゃんと捕まえてくれたのか。ああ、でもアベルの奴すごい怒ってる。でも、無事でよかった…)
すぐに敵の存在を確認するが、流石は皇帝を守る護衛なだけはあって対応は迅速だった。
「ナツキ・スバル…!貴様、何故俺を庇った?!」
ほら、やっぱり怒ってる。わかってたけどね。俺だって庇いたくて庇ったんじゃねーよ。仕方ないだろ、体が勝手に動いてたんだから。
そんな事を考えるが、言葉にできない。こうしてる間にも傷口からどんどん血が失われていく。ああ、死ぬんだ、俺。
「クソっ…貴様には守るべき仲間がいるであろう!何故俺を助けた?!答えろ、ナツキ・スバル!」
「そん、なこと…いわれても……ゴホッ…うっ……。俺だって……別に、好きで庇った、わけじゃねーよ…」
そう問われ、スバルも答えるが。アベルはやはり怒った顔でスバルを見下ろしていた。それからスバルの刺された腹部を懸命に抑え止血しようとしている。ああ、ほんとにこいつって不器用だよな。
遠くから何やら騒がしくアベルへ何事か言っている兵達の声が聞こえる。
「やめろ…どうせ、もう…助からないから…」
「黙れ……黙れ黙れ黙れ」
「──馬鹿かお前は。いや…馬鹿は俺か」
天下の皇帝様がそんな情けない面してんじゃねぇよ。
今にも泣き出しそうな顔で必死にスバルの傷口を抑えるアベルに思わず笑みが溢れる。
死に戻りはもうできない。あの日から一度も死んでいないのでほんとかどうかは分からないが、本能がそうだと理解している。
──きっとこれで最後。だから、
「…エミリアたち、怒るよなぁ…ベアトリスとかオットーとか特に…みんな優しいからなぁ」
「…それを理解していながら何故……」
「…お前は…否定したくて仕方ないかもしれないけど……おれ…お前のこと…ともだちだって……思ってたから……ダチ助けるのに、理由なんて要らないだろ…?」
「…巫山戯るな。俺は貴様とそのような関係になった覚えは無い。…貴様の主観を押し付けるな」
「はは!そう言うと思った…」
暫く止血を試みていたアベルだったが止まらない血をみてもう助からないのだと嫌でも理解したのか、止血を諦めスバルの隣に座り頭を抱える。
「もう一度聞く。何故俺を庇った」
「もう一度言うぜ、理由なんてねぇよ。…ただ考えるよりも早く…体が動いただけ」
「……馬鹿め」
「お前がそれ言う…ゴホッゴホッ!」
喋ることすらままならず段々と体が冷えていくのがわかる。視界も霞んでいき、とうとうスバルの人生が終わりを迎えようとしていた。
すると、苦しそうに咳き込むスバルの前髪をそっと掻き分け、顔を覗き込んで来たアベルの顔を見たスバルは息を呑んだ。
「…お、まえ……なけたんだ……」
「…たわけが」
意外だった。どんな時でも真剣な顔で常に片目を閉じないことを心がけ誰にも心を許さない目の前の男が、まさかスバルの死に涙を流すとは。
ああ、でも悪くない。そう思えるほどにスバルはアベルを大切な友達だと思えるようになっていたのだと知り、自分自身の気持ちの変化にも驚き、苦笑する。
それと同時に心の底から湧き上がってきた感情があった。
「なあ、アベル」
「…なんだ」
「──幸せになれよ」
「は、」
ただ幸せになって欲しい。目の前の男に。
アベルの描く幸せとスバルの描く幸せは違うのかもしれない。でもそれでもどんな時でも笑顔で過ごせればそれは幸せだと思うから、だから目一杯笑って幸せに過ごして欲しいと心の底から思った。当然仲間のみんなにもそうして過ごして欲しいと思う。それでもアベルを見て強くそう感じたのは、今までアベルの幸せそうな顔を一度も見たことがなかったからかもしれない。
そんなことを考えながらスバルはゆっくりと意識を手放した。
「っ…ならば…幸せになれなどと宣うのならば……」
「──俺を、置いていくな…スバル」
▽▲▽▲▽▲▽▲
目が覚めると知らない天井だった。
スバルは自分が今まで何をしていなのかを思い出す。
(俺、死んだのか)
死ぬ前の記憶を思い出し、苦い思いをする。
しかしすぐに状況を整理して、ここが何処なのかと体を起こそうとしたが、何故か体が動かない
「…?あぅ……?!」
それどころか声も思うように出せなかった。その事実に驚き、慌てて動く手足をばたつかせると、とんでもないことに気づく。
(手足が…小さい…?)
明らかに縮んでいる手足に困惑を隠せず暴れていると、スバルの元へと二人の見知らぬ男女が近づいてきた。
「おーどうした?そんなに暴れて」
「もしかしてお腹がすいたのかしら?」
そうして見知らぬ男女二人に上から見下ろされ、恐怖で涙が出てくる。
「う、うぁう!やー!!」
「あらあら!急にどうしたの?大丈夫よ〜」
そう言うと女の人に抱き上げられる。…抱き上げられるってなんだ?と言うよりもこんなことで泣くほど俺はビビりだっただろうか。
自分の感情の制御ができなくなっていることに気づきスバルは焦る。目の前の人達は誰で何故自分はここに居るのか。
「大丈夫よ『スバル』。お母さんが傍にいるからね」
「うぁ……」
「あら、泣き止んだ」
突然名前を呼ばれスバルの感情とは関係なく流れていた涙が引っ込む。それより今、この人はなんと言ったか。
(お母さん…?この人が?誰の?)
目の前の母親だと名乗る女の人に見覚えは無い。スバルの母親は世界にたった一人だけだ。しかし目の前の女性は嘘をついてる様には見えなかった。
そうなるとスバルの中で考えられる可能性が頭の中に一つだけ浮かぶ。
(まさか…また転生してる?!)
改めて自分の手足を見る。やはり短い。自分の顔を触ってみた。柔らかい…。心做しかすべすべしてる気がする。
そこでスバルの疑問は確信に変わった。スバルは転生したのだ。しかも今回は赤子になっている、記憶を持ったまま、また人生一からやり直しと言う訳だ。
(そんな馬鹿な…)
「泣き止んだかと思ったら今度はしょんぼりしてないか?」
「スバルはお兄ちゃんと違って感情表現豊富ね」
「……?!」
そして続く母の言葉がスバルに更なる衝撃をもたらす。兄がいるのか、俺に。前の人生では兄は疎か兄弟すらいなかったスバルに!
衝撃の事実に「あう、あう!」と小さいながらに情報を聞き出そうと母親に問いかける。
「あら?お兄ちゃんの話が気になるみたい。よしよし、スバルには双子のお兄ちゃんがいるのよ」
「ばぁ…うぅ…」
「そうだぞ〜名前は『アベル』って言うんだ」
「?!」
聞き覚えのある名前を父親に告げられ、スバルはその場に固まる。なんならスバルの感覚ではついさっきまで一緒に居た男の名前だ。しかし、この世に同じ名前のやつなど五万といる、たまたま名前が同じだけだろう。
スバルがそう自分に言い聞かせるように心の中で頷いていると、そんなスバルの心中など知りもしない両親は続けた。
「あの子はスバルと違って産まれた時以来一度も泣いたことがないから少し心配なのよね…」
「赤ちゃんとは思えないオーラを感じるよな」
「……」
「双子なのにスバルとは顔もあんまり似てないわね」
「アベルはあんまり笑ってくれないからなぁ」
「……うあ?」
聞けば聞くほどスバルの知る男に近くなっていくまだ見ぬ兄に、スバルは嫌な予感がし、直接確かめようと両親に兄の居場所を聞く。
「お兄ちゃんに会いたいの?まあ、お兄ちゃんが好きなのね〜」
「確かアベルは今、俺が読み終わったばっかの新聞を読んでたと思うけど」
(赤ちゃんが新聞を?!)
さらりととんでもない発言をする父親にスバルは目を見開く。
母親の方も特にツッコまず「そうだったわね〜」なんて呑気に答えている。いやおかしいだろ。普通赤ちゃんは新聞なんて読めねぇだろ。
しかし、赤子の状態のスバルは上手く喋れないのでツッコムことも出来なかった。
とりあえず一目見ようとハイハイで兄が居るであろうリビングに向かおうとした瞬間──
「あー!!スバルが!!スバルがハイハイを!」
「嘘!ちょっと待ってて、今カメラ取ってくるわ!」
「?!」
突然の両親の大きな声にびっくりして体が硬直する。
どうやらスバルは産まれてから今まで一度もハイハイをしたことがなかったらしい。当然、スバルとしては2本の足で歩きたいところである。
しかし、赤子の状態では無理なので仕方なくハイハイをする形になった。が、スバルを未だ赤子だと思っている両親からしてみたらそれは衝撃的な事だったらしい。
我が子が初めてハイハイした瞬間を写真やビデオに収めたいという親の気持ちも分からなくはないが、スバルは精神年齢が20歳を超えているので正直恥ずかしい。
「……」
「あ!待ってくれスバル! お母さんが帰ってくるまでそこでちょっとだけ待ってくれー!」
父親の静止の声も聞かずにそそくさと部屋を後にしたスバルは少しの罪悪感を抱えながらリビングへと向かった。
▽▲▽▲▽▲▽▲
無事両親を振り切りリビングへと着いたスバルは、目の前の光景に顔を顰めていた。
先程父親が言っていた通り、スバルの兄とやらは幼い手で赤ちゃん視点からするとかなり大きいサイズの新聞を読んでいた。真剣な顔で。
「…あう(…おい)」
「………。」
少ししてから声をかけると、兄はこちらをチラリと見たあと、目線をそのままにこちらをじっと見つめている。
それから少しの間見つめ合ってスバルは確信する。こいつはアベルだ。
しかし、それが確信できたところでアベルに記憶があるかどうかが分からない。と言うよりスバル的には無い方が良かった。
理由は単純。死ぬ前のあの記憶まで覚えられていたら困るからだ。
アベルはスバルが死ぬ直前とても怒っていた。それをスバルは死を理由に逃げた様なものだ。
正直、ビビっている。だから、出来れば記憶は無い方が助かる。後は単純に記憶さえなければあのひねくれた性格もスバルが矯正できるかもしれないし。
しかしそんなスバルの願いは儚く散る。
「あうあう、ばぁ(貴様、漸く記憶が戻ったか)」
「あぅ…やぅう(あー、そんな都合良くはいかないか)」
しっかり、アベルも前世の記憶を覚えていた。チクショウ!
アベルは一目スバルを見て記憶が戻ったことを確信すると、読んでいた新聞を机の上に置きソファからスバルを見下ろす。
「あうあう、たうたう(随分と待たせてくれたな、まさか双子に生まれ変わるとは思わなんだ)」
「あう!ばう、うあう?(俺もそれは予想外だわ! ってか待て、なんで俺はお前が言ってることがわかるんだ?)」
「あう、あうあ(知らぬわ、自分で考えろ)」
「あうあ!(お前も分からないのかよ!)」
これが大人の都合ってやつか…とスバルはため息をつく。
それにしても、双子なのに顔が全く似ていない。まるっきり別人だ。強いて似ている所と言えば髪の毛と目の色ぐらいだ。
「(なんで双子なのにこんなにも差が…)」
「(それよりも貴様、記憶が戻ったからにはわかっていような?)」
「(え)」
さっきとはまた違い、今度は目を細めこちらを睨むように見てくるアベルにスバルの肩が跳ねる。
「(よくも俺を庇って死んだな…折角の機会だ、あの時の借りを返そう)」
「(ちょ、待て待て!俺の話を…)」
いつの間にかソファから降りたアベルがスバルの目の前まで来ると、小さい拳をぎゅっと握りしめスバル目掛けてその拳を振るう。
(殴られる!)
と、咄嗟に目を閉じたスバルだったが、ぽす。という音と共に頬っぺに少しばかりの圧迫感を感じるだけで、予想していた痛みはなかった。
恐る恐る目を開けると、そこには確かにアベルの握りしめていた拳があった。──だが、所詮は赤子のパンチ。いくら精神年齢が実年齢より上だからとはいえ体は赤ちゃんなのだ。つまり今のアベルのパンチはスバルにノーダメージという訳だ。
しかし、アベルはどこか満足げな顔をしたかと思うとそのまま何事も無かったかの様に小さい体で器用にソフォに登り、ふんぞり返る。
「(え、赤ちゃんってか弱い…)」
「(当然であろうがたわけ)」
「(ってかお前俺よりも早く記憶戻ったってことだよな?いつぐらいから?)」
「(産まれた瞬間からだ)」
「(は?!嘘だろ?え、ってか俺らって今何歳なんだ?)」
「(三歳だ)」
「(まじか、結構経ってんな。つかこの世界って俺たちが居たとこじゃなくて…)」
「(漸く気づいたか。そうだ、大方貴様が言っていた貴様の故郷とやらか)」
改めて周りを見るが、生まれ変わった先はスバルが元々生まれ育った日本だった。ルグニカやヴォラキアとは建物の作りもそもそも違うし、決定的に違うのはテレビや掃除機など電化製品がある所だ。
改めてその事実を知り、スバルはそういえば…と目の前で新聞を読むアベルに目を向ける。
「(…なんでお前新聞読んでんの)」
「(ふむ、この紙切れは新聞と言うのか。赤子の体では勝手が効かず不便なのでな。興味深いことが書いてある故、これで時間を潰していた)」
「(色々ツッコミたいところはあるんだけど、そうじゃなくて。なんでこの世界の字が読めてんの?)」
「(貴様が呑気に赤子として過ごしている間に覚えた)」
「(え、覚えたってお前…この三年間で?)」
「(そうだと言っている)」
アベルのその言葉にスバルはなんとも言えない気持ちになる。
確かにアベルの事は頭のいい馬鹿だと認識しているが、まさかもう読みができるようになっているとは。スバルがあっちの世界に飛ばされた時なんて、何年も練習してやっと読めるようになったというのに。
「(天才め…)」
「(その様な目で見られても俺が優秀である事実は変わらんぞ)」
「(うぎー!ムカつく!!)」
それから暫くしてカメラを持った両親がリビングにやってきた。そしてあうあうと言い合う我が子を見て微笑ましげにビデオを構えた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
そんなこんなで月日はあっという間に過ぎていった。
最初はこいつと双子で上手くやってけるのか?という不安もあったが特に問題なく日々は過ぎていった。
小さい頃は他の子よりも大人びている俺らに両親も首を傾げていたが、特に気にした様子もなく普通に接してくれた。
後になって気づいたが、両親も相当変わりものだったらしい。
「おい、早くしろスバル」
「ちょっと待て!中々寝癖が…」
そして、俺らは今高校生になっていた。
俺は頭がそんなに良くなかったので家から近くてあまり学力が高くない高校を受験した。
「入学早々貴様のせいで遅刻は御免だぞ」
「あーもー!そんな言うなら先行けよ!」
「…ふん。早くしろ」
「は?!だから先行けって…」
アベルはスバルと違い頭がすこぶる良かった。常に学年一位でテストも毎回満点。前世のように無事イケメンに成長したアベルは小中でめっちゃモテた。クソが。
でも彼女を作るのは面倒臭いと告白は全て断っていた。クソっ、羨ましい!!
そして、そんなアベルはもちろんスバルよりも頭のいい高校に行くだろうと思っていた。しかし、そんなスバルの予想とは裏腹に、何故かアベルはスバルと同じところを受けて首席で合格していた。
なんで?
「よし、バッチリだな」
「先程と何か変わったか?」
「変わってるだろ、ほら毛先の所がさっきより……」
「どうでもいい。さっさとしろ」
「お前が聞いてきたんだよね?!」
アベルはあれからも相変わらずだが、前世よりは丸くなったように思える。それもこれも俺が密かに性格がマイルドになるように奮闘したお陰だと──
「──スバル!と、ついでにお前も。気をつけていってくるかしら!知らん奴にほいほいとついて行っちゃだめなのよ。わかったかしら?スバル」
「ベア子!ってかさすがに俺もそんな子供じゃないけどね?!」
「スバルは危なかっしいのよ。ほんとはベティがついて行ってあげたいけど…」
「貴様はまだ小学生であろう、この馬鹿のことは俺に任せてさっさと自身の学校に行け」
「…スバルは兎も角、お前がベティの兄とは認めがたいのよ」
「ふん、同感だな」
「もー、仲良くしろよお前ら…」
なんと、今世ではベアトリスもスバルの兄妹として生まれてきてくれたのだ。
最初に生まれてきたばかりのベアトリスを見た時はかなり驚いた。何せうちの両親はどっちとも黒髪黒目だ。しかし、ベアトリスは前世と変わらず金髪に勿忘草色の目に特徴的な蝶が映し出されていた。
さすがの両親もこれには驚いていたが、DNAは完全に両親のものと一致しているため、紛れもなく二人の子供だ。
「スバル、ちょっと屈むかしら」
「ん?ほい」
ベアトリスの要望通り顔が同じ高さになるように屈むとおでこにちゅとキスをされる。
「ん、今はこれで我慢してやるかしら。じゃあ気をつけて行ってくるのよ」
「全く可愛いことしてくれるな〜!うん、じゃあ行ってきます」
「………」
一見可愛らしい兄妹の戯れに見なくもないそれに、アベルは顔を顰め、先程スバルのおでこにキスをしたベアトリスを睨む。
すると、ベアトリスは挑発的な態度で舌を出しアベルを嘲笑う。
「貴様…」
「おい、早く行かないとほんとに遅刻するぞ!」
そんなベアトリスの様子に気づいていないスバルに腕を引かれ、視線を忌々しい妹から片割れであるスバルに移す。
動かないアベルを不思議に思ったのか首を傾げたスバルだったが、玄関に立てかけてある時計に映し出されている時間を見て、慌てて玄関の扉を開く。
「まじでそろそろ遅刻するぞ!アベル!早く!」
「…はあ」
「いってらっしゃいなのよ」
スバルに腕を引かれるがまま玄関の外まで来たアベルは、そのまま大人しく通学路を二人で歩く。
癪だが、スバルと二人でいる時だけは気持ちが緩む。それもこれも双子に生まれたから…という訳でもないのがアベルの頭を悩ませるのだった。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「それにしても俺たちの受けた高校、名前がルグニカ高校なんてとんだ奇跡だよな」
「やはり、貴様があの高校を選んだのは偏差値や距離だけが問題ではなかったか」
「まあ、確かにこの名前に運命感じたってところは否めないな」
何か言いたげなアベルを無視して無理やり通学路を歩く。この何十年で随分とアベルとも仲良くなったと思う。他愛のない話をする程には、アベルもスバルに気を許してくれてると思うと少し嬉しくなる。
「ってか、なんでお前まで俺と同じ高校選んだんだよ?お前の成績ならもっと上のとこでも余裕だったろ」
「貴様を一人にするとろくな事に巻き込まれんからな」
「まさかの俺のお守りとして?!」
それとこれは誤算だったのだが、アベルはスバルに対して随分と過保護に育ってしまった。
スバルのやることなすこと全てに口を挟んでくる。正直言ってこれには少々悩んでいたが、一度距離を置こう。と相談した時のアベルの顔が忘れられないのでその事についてスバルが言及することは無くなった。
「お前が未だにあの時のことを気にしてるってんなら、別に俺の事は気にせずアベルの生きたいように生きていいんだぜ?あれは俺が勝手にやった事だし」
しかし、それでもアベルが前世のことを気にしてスバルに過保護になっているんだとしたらそれは違う。あれはスバルが勝手にやったことでアベルが気負う必要など一ミリもないのだ。
「自惚れるな、大体あの時のことで、俺が貴様に負い目を感じる必要など微塵もない、貴様が言った通りあれは貴様が勝手にしでかしたことだ」
「そりゃそうだけど…いや、お前はそういう奴だったな」
どうやらあの時のことが原因でこうなった訳では無いようだ。ひとまずその事実に安心して、なら何故アベルはスバルをこれ程までに気にかけてくれるのだろうか、とやはり最初の疑問に戻ってくる。
「ん?でもならなんでアベルは俺のこと気にかけてくれんの?お前って俺の事どちらかと言うと嫌いだったよね?」
「──そうだな、どちらか問われれば貴様のことは好かん」
どストレートに肯定され自分で言っておいて傷つく。
確かに嫌われているという自覚はあったが、この世界に生まれて共に過ごしていくうちに徐々に絆のようなものが少なくとも芽生えていると思っていたのでメソメソと嘘泣きをして見せる。
「うっ…何もそんな素直に言わなくても…」
「好かん。が、今更好き嫌いの問題で離れられるほど俺と貴様の縁は薄くない」
「…?どゆこと」
「ふん、少しは自分の頭で考えろたわけ」
いちいちカチンとくる言い回しをするアベルを睨むが、アベルは気にした様子もなくそれ以上は教えてくれなかった。
なんだよ、ケチ。とアベルを罵っているといきなりアベルが立ち止まりこちらを振り返る。
「──スバル。貴様はまだあの半魔の娘が好きか」
「あ?半魔の娘って……エミリアのことか?なんだよ突然、そりゃ好きだけど。前世では俺の儚い恋も成熟しないまま死んじゃったし」
アベルの問いかけにそう答えると「儚い恋…?」と訝しげにこちらを見つめて来るが、アベルはすぐに首を横に振り話題を戻す。
「そうか、つまりあの娘も記憶持ちの場合早くて後三年か」
「え、なんの話……三年?」
「貴様とあの娘が結婚するまでの話だが」
「……結…婚?誰と誰が」
「貴様とエミリアが」
「俺と、エミリアたんが…?」
アベルの唐突な話の展開についていけないスバルは口を半開きにして固まる。しかし、そんなスバルを置いてアベルは尚も話続ける。
「貴様の死後、あの娘は貴様に想いを伝えなかったことを嘆いていた」
「え、え、え」
「なんだその顔は。ああ、そういえば貴様には伝えていなかったか。 ──これから俺たちが通う高校にはあの娘を含め、貴様と何らかの縁のあるものが複数在学している」
「え、えー?!?!」
突然のアベルの告白にスバルは目を見開く。それはつまり今から行く高校にエミリア達がいるってことか?!
スバルは情報を処理できずにどういうことかとアベルに詰め寄る。
「ふむ、何故俺がそのことを知っているのかとでも言いたげな顔だな。なに、簡単な事だ。在学中の生徒の名簿と俺らと同じく今年入学してくる生徒の名簿に目を通している時に見知った名前が目に入ってきただけだ」
「まずなんでそんな名簿をお前が持ってんだよ…」
「俺を誰と心得る」
「俺の双子の兄でただの一般人だよね?!」
「ふっ、そうだ」
今の発言のどこに嬉しい要素があったのか、アベルは機嫌良さげに鼻を鳴らすと僅かに口角をあげていた。
いや、俺が聞きたいのはそこではなくて、
「結局どうやったんだよ」
「…世の中調べようと思えば幾らでも方法はある」
「怖っ!それ大丈夫なやつ?犯罪とかじゃないよね?!」
「………」
「そこは否定して?!」
嘘だろお前…とアベルの肩を揺すると「冗談だ」と返される。…ほんとか?アベルならやりかねないのが怖い。
「心配せずともやましい事などしておらんわ。そこな校長と会って話す機会があってな、その時に名簿を貰い受けただけだ」
「え、一般人に簡単に名簿渡しちゃうようなやつが校長で大丈夫なのあの高校」
「校長とて貴様の知っている者だぞ」
「は?誰?」
「貴様のところの道化だが」
「道化…道化…。ロズワールのことか?!」
スバルがそう叫ぶとアベルは短く頷く。
校長の名前を聞き、高校の名前がルグニカなのにも納得がいく。それにしてもまさかあのロズワールが校長とは…
「想像つかねぇ…」
「…貴様の言い分はわかるが、思ったことを考えもせず口に出すのは軽率だぞ。あの道化には厄介な番犬がおるようだからな」
「なにそれ怖っ」
アベルはそう言うと暫くして「いや、番犬ではなくストーカーか?」と自問自答していたが、その言葉で何処ぞの姉様を想像してしまったスバルはイマジナリー姉様に「失礼ね、捻り潰すわよ」と睨まれ、スバルはそれ以上その件について言及はしなかった。
そこでスバルは本来聞きたかった話題から逸れに逸れまくっている事に気づき慌てて話題を戻す。
「ってか結婚の話はなんだったの?!」
「そういえばそんな話だったか」
「そうだよ!ってかエミリアたんが、おおおおおれのこと好きって……」
「顔が喧しい。気づいてないのは貴様ぐらいだぞ。どちらにせよ貴様とあの娘は結ばれる運命であろうよ」
「俺がエミリアと結ばれるって、何を根拠にそんな…」
スバルが愛しのエミリアのウェディングドレス姿を想像してしまい、あわあわと照れて取り乱しているのを鬱陶しそうに見ていたアベルが形のいい人差し指を頬にあて「そうさな」と何やら考える素振りを見せたかと思うと、スバルを見据えて答えた。
「勘だ」
「勘…?」
「根拠は無い、だが確信はある」
そう言いスバルを見つめるアベルの目にスバルはパチクリと瞬きを繰り返す。
前世からのアベルを知っているスバルはあの天下の皇帝陛下様が勘なんて不確かなモノを信じるなんて…と驚くが、なんとなくスバルの考えていることがわかるのか、アベルに「不敬であるぞ」と頭を叩かれる。
「あいたっ」
「ふん。たらればの話だ。あの学校にあの娘がいる以上避けては通れん道だ。問題ない」
「……色々言いたいことはあるけど、一先ずエミリアたちにまた会えるんだよな」
アベルが何を問題視しているかは知らないが、一先ずは仲間たちとの再会を喜ぼうとルグニカ学校にいるであろうエミリアを初めとする仲間たちの顔を思い出し自然と顔が綻ぶ。
そんなスバルを静かに眺めていたアベルだったが、腕時計を眺め少ししたあと静かにため息をつく。
「…貴様のせいで遅刻確定のようだな」
「え、もうそんな時間?!」
慌ててスバルもスマホを取り出し時間を見るとそこに映し出された時間は既に入学式が開始している時間だった。
「うわっ!ガチじゃねーか! 入学早々遅刻とか…勘弁してくれよ〜!」
「過ぎたことを嘆いていても仕方がない。あの道化の長ったらしい話を聞かなくて済んだと考えるべきだな」
「それはロズワールが可哀想な気も…」
いや、しないか。ロズワールはそういうのあんま気にしねぇやつだし。と自己解決し、大人しく遅刻を受け入れアベルとまた通学路を歩き始める。
「そういえば、なんでアベルが俺とエミリアたんが結婚する云々の話を気にしてたんだ?」
「結婚するとなれば色々とやらねばならんことがある。貴様らが子を欲しているかは知らんが、子供が居ようが居まいが三人で住むならば広い家を予め選んでおいた方がいいだろう」
「うん確かに結婚してからエミリアたんと住む家は広めの方がみんなも呼べるし俺も──待て、今なんて?」
「貴様、遂には耳まで壊れたか?」
「ああ?! じゃなくて!今三人で住むって言った?」
「言ったが。それがどうした」
「え、俺とエミリアたんと、あと一人は?」
「俺だが」
アベルの言葉にスバルは混乱する。仮にスバルとエミリアが結婚して一緒の家に暮らすのに、何故そこにアベルが入ってくるのか。
困惑してるのはスバルの方なのにアベルは何言ってんだこいつ。とでもいいたげにスバルを見てくる。やめろその顔、それ俺のセリフだから。
すると、アベルはああ。と何処か納得したように口を開く。
「ベアトリスも一緒に暮らしたいと、そういうわけか? お前がどうしてもというのであれば仕方ない…」
「違うよね?!どうしてそうなった!?」
「む、ならばなんだ。何がそんなに不満だ?」
「え、ほんとに分からないのか? なんで俺とエミリアが結婚して一緒に住むってなってんのにお前もそこにいんの?!」
「……は?」
「は? はこっちのセリフだわ!これ俺が可笑しいのかな?!違うよね?!」
スバルが素直にそう伝えると今度は物凄い剣幕でアベルに睨まれる。思わず圧に押されそうになるスバルだったが、可笑しいのは絶対アベルの方だ!とアベルを睨み返す。
「何故とは可笑しなことを聞く。逆に聞くが、何故俺がここまで譲歩してやっているのに不満なのか理解に苦しむ」
「譲歩…?お前が?何に対して?」
「まず、貴様があの娘と結婚することを許してやっている。次に俺と貴様が共に住む家にその娘を住まわせてやることも許している」
「…ぱーどぅん?」
「何故英語を…。いやいい、聞くだけ無駄か」
アベルの中では前提が違ったのか、とスバルがそこだけは納得するが…何故勝手にスバルはアベルと将来一緒に住むことになっているのか。聞いてないぞ俺は。
「アベルって俺の事嫌いなんだよな…?」
「好かぬが嫌ってはいない。何度言わせれば気が済む」
「うーんちょっと待ってくれよ…? その一緒に住むって話はいつ決まったんだ?」
「いつとは?貴様と俺が双子としてこの世に生を受けた以上離れるという選択肢はない。そも、双子としてこの十数年生きてきた俺たちが今更離れて暮らすほうが非効率的だ」
「双子だからって離れちゃだめなんてルールはないと思うけど…」
そこまで言ってふと、アベルと離れて暮らすのを想像してみる。
──確かに今更アベルと離れて暮らす姿は想像できない。何をしていてもアベルとニコイチで考えてしまう。
まさか、生まれてこの方ずっと一緒に居た弊害が今になって現れるとは…
「確かにお前の言い分も理解した。──けど、それってエミリア嫌がらない?!告白する時、好きです!結婚した時兄も一緒に付いてくるけど付き合ってください!って言わないといけないの俺?!」
「勘違いするな、付いてきているのはあの娘の方だ。俺はスバルのもので、スバルは俺のものだ」
スバルが史上最悪の告白シーンをイメトレしてるとスバルの物言いが気に入らなかったのか、アベルが不機嫌気味に異議申し立てをしてくる。スバルはアベルの若干ジャイアニズムの混ざったその発言に頬を赤くする。
「なんだ。何故その様な顔になる」
「いや、これはちがっ…! だって、お前が変なこと言ってくるから!」
「──やはり、婿にくれてやるには勿体ないか…」
「は…?!」
アベルの突然の爆弾発言にさらに顔に熱が集まっていくのを感じ、慌てて顔を逸らそうとした瞬間、アベルにガシッと顔を捕まれそのまま無理やり目を合わせられる。
「残念だったな、恨むなら自身の運のなさを恨め」
「にゃ、にゃひをいっへ」
「俺と双子に生まれた時点で貴様を逃がす気など毛頭ない。言っておくが、俺を庇って死んだ件…今更気にしてはおらぬが許したとは一言も言ってないぞ」
「そ、それは…!」
そう云えば…確かに許された覚えがない!と数年越しに気づくが、アベルはそんなスバルを嘲笑うかのように大胆不敵に笑い、言った。
「俺に幸せになって欲しいのであろう?──さあ、俺を幸せにしてみせよ。ナツキ・スバル」
アベルのその言葉に、スバルは目を丸くする。
覚えていたのか。そんなスバルの死に際の戯言を。
スバルは恥ずかしさからか、顔を真っ赤にしてアベルを睨み……
「──はっ、上等だ!幸せすぎて怖くなって逃げ出したくなったってやめてやんねぇからな!」
「…逃げたくなるのは貴様の方だろうがな」
「何ボソボソ言ってんだ?悪口か?!」
「たわけ。それは見物だな。兄上?」
「あー!こういう時だけお兄ちゃん扱いしやがって……って、おい!俺を置いて先に行こうとするな!」
終わり。
双生子就是要一辈子黏在一起的呀☺