「君、今日でクビね」
「…はい?」
「そういうことだから。今日中にデスクの上の荷物纏めてね」
皆さん初めまして。俺の名前は菜月昴。たった今職を失いニートになりました。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「ざっっっけんなよ!!あのクソハゲ上司!!なんだよ猶予もなくクビって!!今どきどこのブラック企業だよ?!」
あの後、上司に必死に理由を説明しろと詰め寄ったのだが…
『君はうちの会社にとっていてもいなくても変わんない存在だから』
と、意味のわからない理由でクビにされた。当然そんなの不当解雇だと反論したのだが、生憎スバルの働いていた会社は話の通りの超ブラック企業だ。
令和の時代には珍しい、サービス残業、休日出勤は当たり前。有給は会社が勝手に消化するし、年功序列の男尊女卑。典型的な昭和の時代の会社だ。
それでも、スバルはそんな会社で今まで見を粉にして頑張ってきたのだ。給料は良くないし残業代は出ないけど、趣味もなく友人も少ないスバルはこれといってお金を使う事もなかったので気にしていなかった。
そんなことどうでもいいのだ。お金なんてどうでもいい。スバルはスバルなりにあの会社で頑張ってきた。認められている感じはなかったけど、それでも認められようと、会社に貢献しようと日々仕事に打ち込んできたのだ。それなのに……
「いてもいなくても変わらないなんて…」
今までの努力は全て無駄だったのだと、そう真正面から言われ、スバルは今まで頑張ってきた自分自身の全てを否定されたような、そんな絶望感に苛まれていた。
この際クビにされたことはどうでもいい。今は転職時代だ。幸い貯金もあるし、次の仕事をまた見つければいい。
でも、それでも……
「──俺、今までなんのために頑張ってきたんだろ…」
思わず涙が流れる。すれ違う人達にギョッとした目で見られる。スバルはゴシゴシとスーツの袖で涙を拭い、少ない手荷物を見下ろしてため息をつく。
っていうか、クビにするなら朝の段階で言ってこいよあのハゲ。まじでクソだったなあの会社。
「──おいテメェ!!聞いてんのかよ?!」
「!?」
すると、突然怒声がスバルの耳に届く。慌てて顔を上げると、少し先のコンビニの前に三人組の不良に囲まれている黒髪の男の姿があった。
どうやら、揉め事らしい。こんな時にやめてくれよ、とスバルは周囲を見渡すが、みんな遠巻きに眺めるだけで助けに行こうとする人は誰もいない。
「………」
それはスバルとて同じだった。昔の、まだ若かった頃ならちっぽけな正義感と衝動に任せて助けに行ったかもしれないが、スバルももう子供じゃない。あんな見え見えの面倒事に首を突っ込む程馬鹿ではない。
スバルは不良達から視線を外しそのまま何事もなかったかのように歩き出す。他の人と同じように、なるべく巻き込まれないよう、自然に。
「………」
「おい。なんだよその目ぇ…」
「………」
「…っお前!ちょっと顔がいいからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」
何故何も言わないのか、喧嘩を吹っかけられている男は頑なに口を開かない。『顔がいい』という単語に反応して、スバルはチラッと逸らした視線をまた男達に戻す。
「(ほんとだ。えらく整った顔の男だな……え?)」
「………」
すると、一瞬胸倉を掴まれている男と目が合った。スバルはびっくりして慌てて顔を逸らすが、心臓は煩いほどにドクドクと嫌な音を立てて鼓動を早める。
目が合った。無視しちゃった。どうしよう。恨まれる?でも、俺だけじゃない。みんな見て見ぬフリしてる。おれは悪くない。大丈夫。大丈夫大丈夫大丈夫……
スバルは荒くなる息と頭から離れないスバルを見る男の姿に、何事もなかったかのようにコンビニの前を通り過ぎた足を止めた。
「………くそっ…」
そして、そのまま振り返り通り過ぎる前よりも早くなる鼓動を無視して、震える声で「あの…!」と振り下ろされる寸前だった不良の拳とそれを静かに眺めるイケメン男の間に割って入る。
「あ?誰だよお前」
「お、おれは…たまたま通りがかっただけというか…そ、その。何があったのか知らねぇけど、何も殴ることないんじゃねーかなって……」
「はあ?いきなり入ってきて何言ってんだこのおっさん」
「おっさ……?!」
「どけよおっさん。それともなに?おっさんが代わりに殴られてくれんの?笑」
まだ20代なのにおっさんと言われたショックはあるが、そんなことより、手の骨をポキポキと鳴らしながらニヤニヤとこちらを見据える不良達に、スバルは(やっぱり助けるんじゃなかった…)と早速後悔し始める。
「………」
それから後ろを振り返り絡まれていたイケメン男の様子を伺うが、先程と変わらず真顔のまま無言でことの成り行きを見守っている。
「……うっ…」
「おいおっさん。どうすんだよ。おっさんが殴られんの?それとも後ろのそいつ?」
「……それは…」
「おっせぇなぁ。三秒数える間に決めろよ」
「え?!ちょっ…」
「いーーーち、にーーーい……」
「あ、あわわわ」
すると、突然カウントを始める不良に、スバルはグルグルと頭を悩ませるが、そんな猶予はもはや残されていない。スバルは、焦る心で咄嗟に後ろのイケメン男の腕を掴み、不良の三というカウントが終わる前に走りだす。
「はあ?!何逃げてんだクソ野郎!!」
「ぎゃー!追いかけてくんな!!」
「おい!待て…!!」
後ろから不良達が追いかけてくる足音と怒声が聞こえてくるが、スバルはとにかく走った。走って走って走り続けた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「はあ、はあ、はあ…」
「………」
「に…にげ…ゴホッゴホッ……逃げ、きれたのか…?」
スバルはぜぇはぁと咳き込みながら、辺りをキョロキョロと確認して不良達がもう追いかけていないことを確認してからそっと胸を撫で下ろす。
「めちゃくちゃ走った…!もう、ほんとに、死ぬかと思ったぁ…」
「………」
「…あ、あの。大丈夫……ですか?」
一応歳が分からないので敬語で話しかけてみる。しかし、イケメン男はうんともすんとも言わない。
「あのー?」
「………」
「えと、じゃあ、不良もどっか行ったみたいなんで…俺も帰りますね…」
マッジで喋らないなこの野郎。助けてやったのにお礼の一つもないのかよ。と、思わなくもないし言ってやろうかと思ったが、元々見捨てる気満々だったので罪悪感で口には出さなかった。
それでもこんな不気味な男とこれ以上一緒に居たくなかったので適当に別れの挨拶を済ませて踵を返そうとした瞬間……
……ぐー。
「…え」
「………」
突然の腹の音に、スバルは驚いてバッと振り返ってしまった。すると、そこにはさっきと変わらず無表情で立ち尽くすイケメンが居て、(聞き間違いか?)と何事もなかったかのようにもう一度歩き出すと…
……ぐーー。
「………」
「………」
「…あ、あの……」
二回目は流石に聞き間違いではなかった。確かに、目の前の男のお腹から鳴っている。それなのにイケメン男は無言で、スバルはグルグルと頭の中でどうするべきが悩んだ末に、
「家で良かったら、ご飯食べていきます?」
「…ああ」
「喋った!?」
「………」
「あ、喋らなくなっちゃった…」
スバルの言葉に頷き、一言だけ声を発した男に、スバルは驚いて大きな声を出すと。イケメン男は迷惑そうに顔を顰め口を閉ざす。
スバルはそんなイケメン男の様子に不満を抱えつつも、綺麗な顔の割に身なりがみすぼらしい如何にもワケありな男を拾うのだった。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「着いたー!」
あの後、数十分歩いてるやっと我が家に帰ってきたスバルは、今日一日を振り返り、人生の中でも一二を争う厄日だなと静かにため息をつく。
スバルが玄関で靴を脱ぎ、部屋に入ると遅れて入ってきたイケメン男が不自然に立ち止まる。
「…?どうかしたのか?」
「………」
「また無言…」
これまで、我が家に帰ってくるまでに何度か交流しようと試みたのだが、結果は惨敗。何を聞いても何を話しても無視無視無視!話していくうちにスバルも敬語を外し、傍から見たら独り言を呟きながら二人で歩くヤベェやつらだったと思う。
そんなことはどうでもいい。どうしてこの男は頑なに話そうとしないんだろう。そういう病気?いや、さっき返事してたしそれは違うか。
なら何故?
「──もしかして警戒してる?」
「………」
「ま、俺とお前は赤の他人だし、その反応が普通っちゃ普通だな」
扉を開けたままこちらの様子を伺う男の姿に、スバルはそう結論づける。それと、この男の身なりを観察していてある事にも気づいた。
「あのさ、日本の人じゃないよな。お前」
「!」
「なんでわかった!って顔してるけど…普通に顔立ちが日本人ぽくないし…あとは普通にその身長と服装!」
スバルが立ち尽くす男にビシッと指を立てて指摘すると、男は顎を引きスバルの話の続きを待っているようだった。
「すっげぇボロボロだけど、お前の着てる服めちゃくちゃ高価な物だろ。それに付けてる腕時計も、海外のブランドだ。これら全てを総合すると……お前は何らかの理由で闇の組織に追われてる海外の御曹司って所か!!」
「違う」
「うそぉ!いい線いってると思ったのに……って、え?今喋っ……」
「はあ…戯言はいい。それにしても狭い家だな。これでは犬小屋と同じではないか」
「はあ?!お前っ…俺のマイホームになんちゅう暴言!…ってうお!急にズカズカ上がり込んでくるじゃん!」
「喧しい。…おい、バスルームは何処だ」
「バスルーム〜??そんな大層なもんは無いけど。風呂ならそっちの扉の奥だけど…」
スバルがお風呂の方を指さすと、男は家主のスバルを押しのけてそのまま風呂の扉を開けて服を脱ぎ始める。
スバルはその男の行動にギョッとして慌てて後を追って「ちょっと待て!!」と男の行動にストップをかけた。
「何してんだ!俺はお前がお腹空かしてたからちょっと夕飯ご馳走してやろうとしただけで、風呂まで入っていいなんて一言も…」
「器の狭い男よな。家に招いた以上おもてなしをするのが貴様の仕事であろう」
「なんでおもてなしされる側のお前がそんな偉そうなの?! 」
スバルの言葉にやれやれと何故かスバルが悪いていで話が進んでいく。何故男が急にこれほどまで遠慮が無くなったのか分からないが、スバルは別に風呂くらいなら入れてやらなくもないと思っている。
ただはいどうぞと素直に入れるのはなんか癪だった。
「まあ別にいいけどさ。一つ条件がある!」
「…なんだ」
「入る前にお前の名前くらいは教えろよな。俺だって一応赤の他人家に入れてるわけだし…お前と同じで少しは警戒してるわけ」
「……アベル」
「お?」
「アベルだ」
面倒くさそうにそう答えたアベルに、スバルはうんうんと頷きながら腕を組む。
「アベルね。俺の名前はナツキ・スバル!本名じゃなさそうだけどとりあえず名前知れてよかった。タオルとか着替え用意しといてやるから風呂入ってきていいぞ。……あ、ちなみにお前って嫌いな食べ物あったりする?」
「味に関係なく栄養の取れるものであればいい。それに、味には最初から期待していない」
「あーん?言ってくれるじゃねぇか。見とけよ!絶対美味いって言わせてやるからな!」
「そうか。期待しないでおくとしよう」
「そこは期待しとけよ!!」
そんなコントを繰り広げたあと、アベルと名乗った男は風呂の中に入って行った。スバルはそんな男の後ろ姿を見届けたあと風呂の扉を閉めてキッチンへと向かった。
誰かを家に招くなんて数年ぶりで、なんだか違和感があるが、宣言通りアベルの度肝を抜いてやるべく、冷蔵庫を開く。
「…うわぁ…」
すると、思った以上に食材が入っておらず、最近は残業続きでろくに料理をしていなかったことを思い出す。入っているのは調味料と卵、ピーマン、ナス、玉ねぎ、ひき肉が少しとその程度……
「これはあれだな。『あれ』を作るしかない」
スバルは作る料理を決め、早速料理に取り掛かるのだった。
▽▲▽▲▽▲▽▲
風呂から上がったアベルは、洗面所に用意されていたタオルで身体を拭き終えると、すぐ隣に置いてあった服を借りて着た。
少し袖が短いが、贅沢は言っていられない。アベルは濡れた髪を忌々し気に思いながらも、風呂場の扉を開けると、リビングの方から微かにいい匂いが漂ってきた。
「──お?上がったか!…って髪の毛びしょびしょじゃん!ちゃんとドライヤーで乾かせよなぁ…」
匂いにつられてリビングへと向かうと、キッチンからひょこっと顔を出したスバルがアベルの姿に目を細めながらもアベルの首にかけていたタオルでゴシゴシと拭き始める。
「やめろ。不用意に触るな」
アベルはそんなスバルの腕を叩き落とした。しかしスバルはそんなアベルの様子に特に怒ることもなく素直に手を上げた。
「うげっ、やな言い方。まあいいや。もうすぐできるからそこの机のとこ座っとけ」
「ふん」
アベルの言葉にべっ、と舌を出したスバルは、アベルに座るように指示するとそのままキッチンの方へと歩いていく。
アベルが指示通り席につくと、キッチンの方から鼻歌のようなものが聞こえてくる。アベルはそれに呆れつつも、家の中をぐるっと見渡した。
意外にも部屋は整理整頓がされており、物も必要最低限のものしかない。テレビとソファがあり、床にはカーペットが敷かれている。ごく普通の家だ。
アベルが部屋の中を観察していると、キッチンからスバルが「おまたせしました〜」と皿を持って歩いてくる。
「じゃじゃん!ナツキ・スバル特製!ふわとろオムライスだ!」
「…おむらいす」
「まさかオムライスを知らないのか?!」
「たわけ。それくらい知っている」
「ふーん。じゃあ海外ではあんまり食べないのか?」
「………」
「なんで黙る??」
スバルが席に座りながら突然無言になるアベルに眉を顰めていると、アベルは「いや…」と顎に手を添えてスバルの出したオムライスを凝視したまま片目を閉じた。
「こうして他者と雑談を交わしながら食事をしたことがない故、不思議な感覚だ」
「…ちょくちょく闇見せてくるのやめてくれる?」
「ふん…それもそうだ。本来であれば貴様に素性を明かすのもいい事とは言えない。して、ナイフとフォークは何処だ」
「俺も別に知りたかねぇけど……ってか、オムライスはスプーンで食うの!ほら、用意してあるだろ。全く…赤ちゃんかよ」
スプーンをアベルに手渡しそう叫ぶスバルに、アベルは目を細めスバルを睨む。「うわ怖っ」と口に出しつつケチャップをオムライスにかけていると、不思議そうにこちらを見るアベルの視線がうるさかったのでついでにアベルのオムライスにもケチャップをかけてやる。
「これは…」
「かけた方が美味いから。ほら、いただきます」
「…いただきます」
スバルが手を合わせてアベルへ目配せすると、アベルは特に文句も言わずにスバルと同じ言葉を繰り返した。まずスバルがオムライスを口に運んだ。我ながらいい出来だ。
続いて、それを見たアベルも若干躊躇しながらオムライスを口にする。
「どう?」
「……悪くない」
「そこは素直に美味しいって言えよ!」
アベルの反応を見るに、味は気に入ってくれたようだ。
そうしてお互い無言でオムライスを食べていると、スバルはふと、とんでもないことを思い出す。
「あ!!!」
「喧しい。食事中だぞ。慎め」
「それは悪かった!って……それどころじゃねぇ!うわぁ、色々あって忘れてたけど、俺明日からどうしよおお…」
そう。何を隠そうスバルは今日限りで今まで務めていた会社をクビになったのだ。不当な理由で。
そのことを突然思い出し、夕飯なんて食べている場合じゃなかったと思い出す。
明日からどうしよう。
当然あんなブラック企業から保証金や退職金が出るとは思えない。つまり、先月までの給料と貯金、来月入ってくる給料で何とか生きていかないといけないのだ。
「ってか、この家も会社の保険からお金免除されてるから、その分が引かれなくなるってことは……」
こんなボロアパートに住む理由が今すっかりなくなってしまった。元々住んでいたのは会社から近くて尚且つ家賃がめちゃくちゃ安いからだ。
それも、今思えばいつでも会社に出勤できるようにという会社の策略だったのかもしれないが、そんなことはもうどうでもいい。今問題なのはとっととこのアパートの契約を解除して新しい場所に移り住まないといけない点だ。
「えっと、今月の家賃分まで保険効くのか?いや、わかんねぇ…とりあえず明日新しい物件見に行って……引越し費用、今までの貯金で足りるかなぁ……」
「…引っ越すのか」
「え?うん。そうなんだよ。ああ、ごめんなこんな話。お前は気にせずご飯食べてていいから」
「貴様は?」
「おれはちょっとこの家契約した時の書類とか探さないといけないから…」
「………」
スバルが食べかけのオムライスを机の上に放置して引き出しの中をガシャガシャと漁っているのを横目に、アベルは感情の読めない瞳でそのままご飯を食べ続けた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「──って、お前いつまで居座ってんだよ!!」
「キャンキャンと喚くでない」
「喚いてないわ!!おい!もうご飯食べ終わっただろ?! とっとと出てけ!」
「今日はこの家に泊まってやる」
「はあ?!」
スバルが書類を見つけ出しそれに目を通していると、気づいたらアベルも隣でその書類を一緒に読んでいた。スバルが驚いて叫ぶと、アベルからとんでもない言葉が聞こえてきた気がする。
スバルが隣に座るアベルを何言ってんだお前という目で見ると、アベルは変わらず凛とした表情で机の上に散乱した書類から一つひょいと拾い上げる。
「ちょ…それ大事なやつだから!勝手に見るな!」
「菜月昴。二十二歳。職業は平凡な会社員。配偶者はなし。洗面所とキッチンの様子から見るに恋人も居ないな」
「なっ…!お、おま!なに人の個人情報を勝手に…!」
「他人のいる空間で危機感もなくこんな書類を置いておく方が悪い。俺でなければ情報を抜き取られ悪用されていても文句は言えぬぞ」
「うっ…確かに…なんか心許してたけどお前数時間前に会ったばっかの他人だった」
「呆れるな。…して、何故不用心にも個人情報の乗っている書類を読み漁っているのだ」
スバルがアベルの手の中から書類を奪い返し、机の上にある書類もとりあえず手の中に隠してアベルを威嚇していると、アベルがやれやれといった様子でため息をついた。
スバルはそのアベルの問いにしばらく悩むが、別に隠すようなことでもないか。と今日会社であった出来事をアベルに話した。
「──馬鹿か貴様は。何故そのような会社に何年も務めている」
「だ、だって!気づいた時にはもう遅かったというか…俺だってちょっとブラックじゃね?とは思ってたけど、それでも俺を雇ってくれた会社だったから…貢献しようって思って…」
「…馬鹿か貴様は」
「二回も言った!!」
スバルの言葉に心底呆れたようにため息をつくアベルに、スバルはやっぱり馬鹿だったんだなと自分自身を嘲笑する。
「あはは。でもアベルの言う通りだよ。馬鹿だよな…俺。必死になって働いて、会社の為だって言い聞かせてたけど、本当は全部俺の為だった。肯定したくなかったんだ。このままじゃダメだって…だから忙しさを言い訳にして考えないようにしてた」
「………」
「でも…でもさ。俺、これでもそれなりに頑張ってたつもりで…でも言われちゃったんだ『お前はいてもいいなくても変わらない』って。…ほんと、俺の三年間なんだったんだろ」
話していくうちにどんどん悔しさやら不甲斐なさが込み上げ、涙が溢れてくる。こんなこと会って数時間の相手に相談することでもないのに、一度話し出すと穴の空いた風船のようにどんどん本音が漏れだす。
「……ほんとはさ、今日不良に絡まれてるお前を助ける気なんてなかったんだ」
「だろうな」
「やっぱバレてたか」
「ならば何故だ」
「…なにが?」
「助ける気がなかったのだろう。ならばあの時何故引き返した」
アベルの問いに、スバルはカラカラと笑いながら袖で涙を拭い、意味が無いだろうが涙を誤魔化しながら答える。
「それは単純にお前と目が合ったから…」
「目が合えば貴様は誰でも助けるのか」
「そういう訳じゃなくてさ。ほら、なんか罪悪感?みたいなのが急に込み上げてきて。それで気づいたら引き返してた。だから俺は良い奴ってわけじゃない。ただ嫌われるのが怖いだけ」
「だが、あの時俺を助けようと動いたのは貴様だけだった」
スバルがアベルの言葉に訳が分からず目を丸くすると、アベルはニヤリと口の端を吊り上げて笑った。
スバルはそんなアベルに鳥肌をたてながら悪寒を感じ「急になに?怖いんだけど…」と二の腕を擦ると、アベルは視線をスバルからテーブルの上に置きっぱなしのスバルのオムライスと空になったアベルの皿に移す。
「故に、貴様は運がいい」
「何処がだよ…」
「ふん。時期にわかる。それより、早く寝床を用意しろ」
「はあ?!まじで泊まるのかよ?!」
アベルの言葉に、スバルは目を丸くしながらも、まあいいかと押し入れから布団を取り出すが、布団は一つしかない。
こういう場合、客人に布団を使わせるのが礼儀というものだが、アベルは嫌がりそうだなと偏見を抱えつつも一応声をかけてみる。
「布団一つしかないからお前寝ていいよ。俺はソファで寝るし」
「貴様にしては良い心掛けだ」
「あれ、意外だな。人の使った布団なんて汚らわしくて使えない!とか言うと思ってたのに」
「そうだな。だがそれを言うならソファも同じであろう。条件が同じであればより快適に眠れる方を選ぶ」
「汚らわしいとは思ってんのかよ!!」
「冗談だ」
すると、スバルの反応にアベルが笑った気がした。と言っても本当にちょっとだけ。それでもスバルはその反応が珍しくて、思わず目を丸くして凝視してしまう。
スバルの視線に気づいたアベルはすぐに顔を顰めて、何見てんだと言わんばかりにスバルを睨む。
それから、布団に入ったアベルとソファに寝転び掛け布団を掛けたスバルは、その後特に話すことも無く電気を消し、気づいたら意識を暗闇へと落としていた。
「…ん…」
翌朝、身体の痛みを感じながらも目を覚ましたスバルは、身体を起こして瞼を擦る。
暫くして視界が安定すると、アベルを起こしてやろうと布団に目をやって動きをとめた。
「…あの野郎」
丁寧に畳まれた布団を見つけ、アベルが出ていったことを悟る。
そのまま、何も言わずに消えたアベルにスバルは苛立ちと悲しさを感じながらソファから起き上がった。一応部屋の中を探してアベルが居ないことを確認する。
「まあそうか」
くぁ、と欠伸をして伸びをする。そのままキッチンに向かうと食パンをトーストする。
アベルがそうするであろうことはわかっていた。アベルは否定していたが、間違いなく金持ちの類だ。昨日こっそりアベルの所作を観察していたのだが、完璧に"そちら側"の人間だった。
なんでボロボロだったのかとか、どうしてノコノコスバルに着いてきたのかとか、色々聞きたいことはあったけど、アベルが聞いて欲しくなさそうだったからやめた。それにこれ以上の深入りはスバルの身を滅ぼすと知っている。
「…身体いてぇ」
それでも、お礼ぐらい言ってから出てってもよかったのに。
▽▲▽▲▽▲▽▲
あれから一週間後。そんなことなどすっかり忘れて転職活動に勤しむスバルは、なかなか次の仕事が見つからずに焦っていた。
「くそぉ…なんでどこも書類審査で落ちるんだ…?」
そう。あれからどの会社に応募しても面接にすら行かせて貰えない。
何故だ。履歴書を見返すが、特におかしなことは書いていない。昔書いた履歴書をほとんどパクって書いてるのに。
「このままじゃまずいぞ。母さんと父さんには心配かけたくねぇし、最悪オットーの家にでも転がり込……」
──ピーンポーン。
「ん?」
スバルが本気でオットーに泣き付こうかと頭を抱えた瞬間、インターホンが鳴る。スバルの家のインターホンが鳴るのは珍しい。スバルは普段インターネットで買い物もしないし、家を訪ねてくる友人などいない。
ならば誰だ?そこまで考え、どうせセールスか宗教勧誘だろ。とインターホンを無視する。
──ピーンポーン。
「………」
──ピーンポーン。ピーンポーン、ピンポンピンポンピンポン!!
「うるせぇ!!」
無視を決め込んでいたスバルだが、あまりにしつこくインターホンが鳴らされるのでキレながら玄関の扉を勢いよく開け放つ。
「誰だ!!うちはセールスとか宗教勧誘は間に合って……る…んですけど…」
「──あ、出てきましたよチシャ!この方が閣下の言ってた人ですかね?」
「──ええ。閣下から伝えられた特徴とも一致する次第。この方が例の方で間違いないかと」
「うぇ…ほんとにだれ……」
扉を開いて目の前に飛び込んできたのは青と白だった。青髪を高く一つ結びにした何故かこの季節に着物を来ているヘラヘラと笑っている男と、きっちりと白のスーツを着こなす白髪の男。
なんだ。誰だ。もしかして、ヤのつく職業の方々か。
スバルが過ぎった最悪の可能性に反射で扉を閉めようとすると、その反射に反射で対応してきた青い男が扉に足をかけてくる。
「痛っ!いきなり閉めないでくださいよ!」
「ギャー!!殺されるー!!」
「え?誰にですか?!」
「助けて!!俺まだ死にたくない!!」
「安心してください!閣下の命令なので貴方は生きて僕たちが連れていきますよ!」
「いやぁぁぁぁ!!」
「…セシルス。貴方が喋るとややこしいので下がっていなさい」
全力で閉めようとしていたのに、青い男は片手でスバルの全力を無に返した。スバルが死を悟り白目を向いて魂を口から抜けさせていると、ため息をついた白い男の人が落ち着いた声音で話しかけてくる。
「驚かせてしまい申し訳ありません。セシルスについては当方の方から閣下へ報告しておく次第」
「ええ?!僕、今回はまだ何もしてなくないですか?!」
「黙っていなさいと言ったでしょう。…スバルさん。諸々の手続きは済ませていますのでとりあえず説明は車内で致します」
「ちょ、まてまてまて!なんで俺ついて行く前提で話進んでるの?!行かないよ?!」
当然のように話がポンポンと進んでいるが、この人たちは誰で、俺はどこに連れていかれるんだ。
その説明がないと流石に着いていく訳がないだろう。こんな怪しい人達に!!
「ああ、申し遅れました。当方はチシャ・ゴールド。こっちの青いのがセシルスです」
「なんですかその雑な説明は!心外です!もっと僕のことを褒めて称えて紹介してくださいよ!」
「別に名前が聞きたい訳じゃ…」
「スバルさん。当方達は閣下…ヴィンセント・ヴォラキア様の命を受けて貴方を迎えに来ました。閣下からの伝言では『貴様は運がいいと言ったであろう』との事」
「ん…?待てよ。確か、誰かにそんなことを言われた記憶が…」
そこで、スバルはやっと1週間前に助けたアベルのことを思い出した。
言われた。確かにそんなこと言われた気がする!
「え?!でも、あいつなんも言わずに出てったんだけど?!今更なんで…」
あの日からなんの音沙汰もないし忘れていた。それなのに、何故今になって?スバルがそう言って首を傾げると、セシルスとチシャは顔を見合せてその後スバルを見た。
「閣下のお考えは当方にも推し量りかねます」
「僕にも分かりませんよ!当然!」
そう言ってあっけらかんと笑うセシルスとやれやれという顔のチシャ。スバルは二人の言葉に首を傾げようとするが、次の瞬間浮遊感を感じて身体が硬直する。
「ん?!」
「ですが!閣下の命令は絶対なので…悪いんですが絶対着いてきて貰います」
「そういうことなので、無礼をお許しください。スバルさん」
「うわああ!?降ろせ~~!!」
浮遊感はセシルスに抱えられたからだと気づくが、もう遅い。スバルより背丈の大きいセシルスはスバルを軽々と抱えるとそのまま歩き出す。
「ちょ…待って!ほんとに一回落ち着いて?!…おーい!!聞けってぇぇえ!!!」
しかし、二人はスバルの言葉に全く聞く耳を持たず、スバルは暴れるがガッチリホールドされてしまい動けなくなる。スバルを無視して閣下への報告が云々の話を始める二人に、スバルはワナワナと震えて、そして叫んだ。
「──誰でもいいから助けてくれえええ!!!」
唐突なオットーに非常に安心