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霞みゆく星々を見つめて/Novel by 春風

霞みゆく星々を見つめて

17,417 character(s)34 mins

長くなっちゃったなぁ。
三章は死なないけど辛いターンが多いからわりと端折るかもしれないです。
昴が辛いところはちゃんと映しますけども。
早く六章やりてぇ……!!!

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『まさか即死できなくてちょっと意識あるとか……ついてねぇとか言う次元じゃねぇぞ』
『もう、自分から死ぬなんざ絶対にごめんだ。死んでもやらねぇ』
『戻って、きたぜ……』
『姉様、姉様。お客様ったらまだ寝ぼけていらっしゃるみたいです』
『レム、レム。お客様ったらだいぶ若くからボケてるみたいだわ』

『俺はお前らを信じてるから、仲良くやろーぜ』

​───────​───────​─────

菜穂子は、スクリーンを静かに見つめていた。
昴が身投げをして、その後数秒間の映像が流れた。
死体など見たくもなかったが、流れたのはそれ以上に嫌なものだった。
脊髄を持っていかれ体を動かせない昴が、節々を不自然に曲げられた状態で血反吐を吐いて呻いていたのだ。
「……悪趣味、すぎるわ……」
双子のメイドがつく悪態すらも、菜穂子の耳には届かなかった。
それほどまでに、それは鮮烈だった。
「信じてる……」
賢一は、昴が言ったその言葉に眉根を寄せた。
「……昴は、本気で言ったんだろうな」
でも、そうだとしても、賢一には昴の心が砕かれる未来が見えてしまう。
「……どうすれば、いいんだろうなぁ」

​───────​───────​─────

『グッモーニング!今日も晴天、洗濯物に絶好調!俺によーし、お前によーし、みんなによーし!グッドスマイル!』
『朝からホントに元気よね……』
『元気も元気、超元気!俺の元気がみんなの勇気、アイラブユーラブウィーラブ!張りきっていこうぜ!』

​───────​───────​─────

「昴……」
菜穂子は一瞬目を伏せて、それから微かに引き攣る口元を懸命に抑えようとした。
「無理しないで……」

「……昴」
額を押えて、痛みを堪えるように声を絞り出す。
「────」
溺れ苦しむような、声が。

​───────​───────​─────

『お、ラムちー!今の見たか!?俺の包丁さばきってば、たったの一日でかなり洗練されてきてね!?才能が開花したか!?』
『レムりん、見て見て!この繊細な細工を可能とする技量――今、俺の指先にはまさしく奇跡が宿っている!アップリケ!』
『エミリアたんてば会うたび見かけるたびに俺の心を掻き乱すな!マジ罪作りすぎてギルティってるよ!』

​───────​───────​─────

一見、明るく振る舞う昴。
だが、菜穂子たちのいる空間には心の声が流れるのだ。
「昴……」
菜穂子が立ち上がった時、正面ではなく横に置かれたスピーカーが揺れた。
『――気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。』
息が詰まる。
道化の仮面をつけたように笑う昴の顔と今にも崩れそうな心の悲鳴はアンバランスなようで調和が取れているようにも感じられて、菜穂子の心を追い詰める。
「す、ばる」
菜穂子がスピーカーの方を向く。
心の声は絶え間なく聞こえ続ける。
あれほど聞きたかった声を、聞きたくないと思う自分に辟易した。
「……不幸にならないで……」
泣き崩れる菜穂子に賢一が歩み寄った時、またスピーカーが揺れた。
『――失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない。』
その直後、鼓膜を切り裂くような音が鳴り響いた。
恐らくは、昴の精神が不安定になったことを表しているのだろうが。
「昴……!」
賢一が名を呼ぶ。
画面の中にいる彼は、依然軽薄な笑みを浮かべて無邪気に振舞っていた。
そして、僅かに歪んだ口元から嫌悪感を具現化した吐瀉物を吐き出した。
「……」
息が詰まるように、上手く言葉が出なかった。
ただ、昴が追い詰められていくことだけはわかったから。
「……どうするのが、最善なんだ、?」
そう、零すしか。

​───────​───────​─────

『スバル、きなさい』
そう言って、道化の仮面は天使の指によって剥がされる。

『特別、だからね』
エミリアの美しい太ももの上に、スバルの頭が乗る。
そうして、虚勢はもう意味をなさない。

​───────​───────​─────

スピーカーから音が止まる。
恐らくは、昴の精神状態が変化したから。
「……傷つか、ないで」
涙で溺れそうになりながら、菜穂子はそう呟いた。
そう、傷つかないで欲しい。
そして、エミリアがそれを出来るなら、そうして欲しかった。
優しい昴がエミリアを助けたいと願うように、エミリアもそう思ってくれたら、と。
「勝手すぎる……かしらね」
菜穂子の言葉に、賢一は首を振る。
「……そうでもないさ。人間みんな、そう思うもんだ」

​───────​───────​─────

『言ってたでしょ、スバル。疲れ切ったら膝枕してって。だからしてあげる。いつもってわけにはいかないけど、今日は特別』
『特別もなにも、まだ二日目ですよ?これで疲労困憊のグロッキーに見えたってんなら、俺ってば古今無双の虚弱体質……』
『打ちのめされてるの、見てればわかるもの。詳しい事情は、きっと話してくれないんでしょ?こんなことで楽になるだなんて思わないけど……こんなことしかできないから』

​───────​───────​─────

それはまさしく、慈愛のようで。
「……そっか」
菜穂子は、静かに頷いた。
エミリアは、先のレムが死んだ世界でなお、昴を信じてくれていた。
「……エミリアちゃんは、昴を信じて」
支えてくれているのだ。
彼女も、やらなければならない事があるのに。
「……よかった」
と、そう思うことは傲慢だろうか。
もしくは強欲か。

​───────​───────​─────

『――大変、だったね』
それは、シンプルで、原始的な、人間の欲する言葉だった。
『大変……だった。すっげぇ、辛かった。すげぇ恐かった。めちゃくちゃ悲しかった。死ぬかと思うぐらい、痛かったんだよ……!』
『俺、頑張ったんだよ。頑張ってたんだよ。必死だった。必死で色々、全部よくしようって頑張ったんだよ……!ホントだ。ホントのホントに、今までこんな頑張ったことなんてなかったってぐらい!』
『好きだったからさぁ、この場所が……大事だと、思えてたからさぁ、この場所が……!だから、取り戻したいって必死だったんだよ。恐かったよ。すげぇ恐かったよ。また、あの目で、見られたらって……そう思う自分が、嫌で嫌で仕方なかったよ……ッ』

​───────​───────​─────

「すばるっ……!」
菜穂子が立ち上がる。
昴の吐き出す弱音が、腹の底から引き出された本音が、彼女の心を強く揺らす。
「……当たり前じゃない……!あんな目にあって……怖かったに決まってる……!」
首を振り、涙ながらに叫ぶ。
「……そんなに、強くなくてもいいのよ……!昴は、昴のままで……」
そのままでは殺されてしまうということも、理解していた。
それでも、
「無理しないで欲しい……傷つかないで欲しい……!」
そう思うのは、愚かだろうか。

​───────​───────​─────

『少しでも休めたんならそれでいいの。それに、スバルはわかってないんだから』
『へ?』
『ゴメンって何度も言われるより、こういうときはありがとうって一回言ってくれたら相手は満足するの。謝ってほしくてしたわけじゃないし、してあげたくてしたことなんだから』

​───────​───────​─────

エミリアの銀玲の声に、菜穂子は顔を上げる。
「……そう、ね。確かに、そうだわ」
菜穂子の中で、エミリアという存在に対しての好感度が上昇する。
「ありがとうって言われた方が、嬉しいわよね」
そう言って、笑う。

「……立ち直ったみたいでよかった」
賢一が緩く笑う。
「……いい事なのかは、分からないけどなぁ」
昴の心を巣食う絶望が消えたとしても、現実が劇的に変わる訳では無い。
それに、
「……死が、手段にならなきゃいいが」

​───────​───────​─────

『……呪術師について詳しく知りたい?』

『んじゃさ、聞きたいんだけど……呪いって、どうやったら防げんだ?』

『一度、発動した呪術を防ぐ方法は存在しないのよ。呪術はその効力を発揮し、対象への呪を果たし切るまで消えることはないかしら』

『さっきも言った通り、一度発動した呪術を防ぐ手段はないかしら。ただし、発動前の呪術ならば妨害はできるのよ。発動前は呪術ではなく単なる術式でしかないから、解呪はある程度の実力がある存在なら簡単にできるかしら』

『――呪術を行う対象との接触。これが必須条件なのよ』

​───────​───────​─────

「対象との接触……」
賢一が眉根を寄せる。
レムが衰弱死していたことを鑑みると、屋敷内に呪術師がいるとは考えにくい。
つまり、
「村か……遅効性って線もあるが、それならメイドの子が呪われた理由に繋がらないからな……」
そして、村で昴と接触したのは、
「子供と……犬か」
「……子供って可能性は考えれないかも……あんな小さい子でも呪術が使えるとは思えないし……」
「そうだなぁ……となると、犬か……?」
「分からないけど……でも、それくらいしか居ないわよねぇ……?」
「だなぁ……」

​───────​───────​─────

『ベア子。――魔女って、知ってるか?』
『世界を飲み干すモノ。影の城の女王。――嫉妬の魔女』
『この世界で、魔女という言葉が示すのはたったひとりの存在だけなのよ。そして、それは口にすることすら禁忌とされた存在のことでもあるかしら』
『嫉妬の魔女『サテラ』。――かつて存在した大罪の名を冠する六人の魔女を全て喰らい、世界の半分を滅ぼした、最悪の災厄なのよ』
『いわく、彼女は夜を支配していた。いわく、彼女には人の言葉が通じない。いわく、彼女はこの世の全てを妬んでいた。いわく、彼女の顔を見て生き残れたものはいない。いわく、その身は永遠に朽ちず、衰えず、果てることがない。いわく、竜と英雄と賢者の力を持って封印させられしも、その身を滅ぼすこと叶わず』
『――その身は、銀髪のハーフエルフであった』

​───────​───────​─────

「銀髪の、ハーフエルフ……?」
菜穂子が眉根を寄せる。
そして、瞳を開く。
「エミリアちゃん……」
彼女がそれを気にしているような素振りを見せたのは、彼女の見た目が忌み嫌われるそれと合致していたからなのだろう。
「そんな、それだけで……」
「世界の半分を飲み込んだ……そんなやつに、昴はどうして好かれてるんだ……?」

​───────​───────​─────

『動いちゃダメ。体中のマナを出し切っちゃったんだから、大人しくしてること。――ひょっとしたら、今日もお仕事できないかも』
『――それは困る!』
『ちょっと、無理したらダメだってば』
『今が無理のしどころなんだよ。今やらなきゃマジ悔やんでも悔やみ切れねぇ……』

​───────​───────​─────

「無理しちゃだめよ昴!確かに、頑張らなきゃメイドの子に殺されちゃうかもしれないけど……」
「頑張ったら頑張ったで怪しまれそうなのもなぁ……」
目を瞑って慌てたように手を振る菜穂子と首を捻る賢一が各々の反応を見せる。
「気をつけてね、昴!あんまり近づかないようにして!」

​───────​───────​─────

『実は村に行ってみたいんだ。近くにあんだろ?買い出しの予定とかあったりしないか?』
『確か香辛料が心許ないので、明日にでも村に行こうと思っていましたけど……』
『じゃ、その予定ずらして今日とかどうよ。なくなりそうなら早いことに越したこたないし、スパイス切れてお隣さんにお味噌借りにいくとか簡単にできる環境でもねぇだろ?』
『いいんじゃないの、それぐらい』
『姉様?』
『買い出しには行かなきゃならないのだし、急ぎの用事もない。バルスという荷物運びもいるし、この機会にこき使えばいいわ』

​───────​───────​─────

「村に行くのか……まぁ、呪いの原因つきとめないといけないしな」
「危なくないかしら?呪術師に攻撃されちゃったりとかっ……」
「メイドの子がいるなら守って……くれる、か?」
「守ってくれなさそうな気がするけど……」
「戦力的には不安だなぁ……」

​───────​───────​─────

『さっきの庭園での魔法だけど……』
『ああ、無様で悪かった。とても使い物にならねぇ。ありゃしばらく封印するわ。具体的には使いこなすのに二十年かかるらしいぞ』
『無様なのもそうだけど、あまりレムを刺激しないで』
『──?』
『庭園の一角で、エミリア様を含めた周囲をシャマクで撹乱――レムを止めたラムに、バルスは感謝の踊りを捧げていいくらいだわ』
『あ……あーあー、あー、そーねそーよね』

​───────​───────​─────

「そういえばエミリアちゃんって王様候補なんだよな……そんな子の周囲に錯乱魔法かけたってなったら……警戒されるなぁ……」
「あのメイドの子の警戒心が強すぎるだけな気もするけど……」
「このラムって子はわりと態度が甘い気がするな。口は悪いけど」
「そうねぇ……」

​───────​───────​─────

『ちょっと俺が呪われてると思うんだけど、確かめてくれない?』
『……お前はなにを言ってるのかしら』
『ちょっと俺が呪われてると思うんだけど、確かめてくれない?』
『誰が同じこと二回言えって言ったのかしら!呪術師の詳しい話をして半日しか経ってないのよ!影響されやすいにも限度が……』
『術式の気配がある……お前、本当に呪われているのよ』

『今から、術式の刻まれた呪印を破壊するのよ。呪術師が直接触れた箇所だから、せいぜい参考にするかしら』

犬に噛まれた場所から、黒い靄が。

​───────​───────​─────

「やっぱあの犬だったのか……!」
「じゃあ、あの犬を何とかしないといけないのよね?でも、どうすれば……」
「戦力的に言えばエミリアちゃんかベア子ちゃんが良さそうだが……エミリアちゃんは身分的に多分ダメだし、ベア子ちゃんも屋敷から離れたら弱体化する系と見た」
「……じゃあ、あのメイドの子だけ、ね」

​───────​───────​─────

『――ラム!レム!話がある!』
『悪いがこれから村に行く。止めても無駄だし、止められても行くが、伝えないで行くのも混乱させると思ったんでな』

『押し問答してる時間も惜しいから、単刀直入に言うぜ。――あの村に悪い魔法使いがいる。そいつの正体がわかったから、行かなきゃいけねぇ』

『俺はこれから村に行く。怪しむってんならついてきて構わない。俺を見極めろ。ただし、エミリアたんをひとり残しては行けねぇ。ついてくるなら片方だけだ』

『ああ、ないとも。夕方のロズっちの命令を守るってだけならな。けど、ロズっちから出てる俺への命令はそれだけか?』
『わかったわ、バルス。あなたの独断行動を認める』

『――癪な話だけど、さっきのバルスの申し出に乗るしかない。ラムが屋敷に残る。レムがバルスについていく。怪しい真似をすれば……それが条件』

​───────​───────​─────

「行けるのか……!」
「でも、やっぱり危ないわ……!昴、気をつけて……!」
菜穂子が胸の前で手を繋ぐ。
「……レムちゃんと共闘なんて、出来るのかしら……」
「暴走しやすい性格なのは間違いないが、流石に主からの命令に背くほど考え無しとは思いたくねぇな……」
「……そうね」

​───────​───────​─────

『それで、詳しい話が聞きたいんですが……』
『呪術師が村にいる。ベアトリスに解呪してもらったけど、俺も呪いをかけられてたぐらいだ。――下手すると、村が壊滅するかもわからねぇ』

『実は、村の子どもが何人か見当たらなくてですね。暗くなる前まで遊んでいたのはわかってるんですが、そのあとが……』

『俺は先に森に入る。あんたはみんなに伝えてくれ。子どもたちは森だ!』

『わかるんだよ。森の奥で、ひとりぼっちで鳴いてたのをみっけたって、俺は二回も聞いてたんだから――』

​───────​───────​─────

「子供たちがいないって……」
菜穂子が驚愕を滲ませた顔で首を捻る。
「どうして……」
「あの犬を探しに行ったからだ……!それに、森の中に入られたら探すのに骨が折れるぞ……!」
「犬を探しに……じゃあ、子供たちも呪われちゃうかもしれないってこと……?」
「そうなるな……これは、まずい」

​───────​───────​─────

『――結界が、切れてる』

『『魔獣』が境界線を踏み越えてきてしまいます。だからこそ、結界の維持の確認は村人の義務なのに……!』

『魔獣は、魔力を持つ人類の外敵……です。人類に仇為すため、魔女が生み出した……と言い伝えられています』

『ガキ共が可愛がってた犬だ。犬っぽいアレが犬じゃなくて、噛みつく相手を片っ端から呪ってたとすればどうだ』

​───────​───────​─────

「結界……じゃあ、やっぱり人間が関わってそうだな……昴の知り合いじゃなければいいが」
「……確かに、こんなタイミングでなんて変よね……屋敷の……ロズワールって人がいなくなるのを狙ったみたいに……」
「嫌な偶然が重なった、って可能性もあるが……エミリアちゃんは敵が多いみたいだし、なくはないかもな」

​───────​───────​─────

『レム、行こう。俺たちで、どうにかしてやるしかない』
『どうしてそこまで……スバルくんに、この村がどれほど関係が……』

『関係ないなんてことあるかよ。俺はあいつらの顔も名前も、明日やりたいことも知ってんだ』

『レムの命じられている仕事は、スバルくんの監視ですから。ここでスバルくんをひとりで行かせてしまっては、それが果たせないでしょう?』

『ええ、そうします。――だから、行きましょうか』

​───────​───────​─────

「……表情が柔らかく……」
菜穂子が眉根を寄せる。
レムが根っからの悪人には見えない。
ただ、人とは減点方式の評価をしてしまうものだ。
「……悪い子じゃ、ないのよね……」
それでも、簡単に消化はできない。

「……昴もあれでいてお人好しだからなぁ」
賢一が眉を下げて苦く笑う。
「確かにそうだ、昴。顔も名前も、目指してる夢も知ってるやつを見捨てるなんてできねぇよな」
ただ、それが原因で死んでしまうのは避けて欲しいと思う。

​───────​───────​─────

『子どもたちだ!』

『今はまだ息がありますが、衰弱が酷すぎます。このままじゃ……』

『とにかく、気休めでも癒しの魔法をかけます。少しでも体力を戻さないと』

『ひとり、奥……まだ……奥に』

『昼の、あの場所にいた面子が行方不明のガキ共なら……ああ、チクショウ、マジだ。あのお下げの子が見当たらねぇ』

『質問だ、レム。子どもたちに癒しの魔法をかけっ放しにすれば、制限時間を延ばすことはできるか?』
『……現状は、可能です。でも、本当にそれはただの時間稼ぎにしかなりません。レムもこの場にかかりっきりになってしまいます』

​───────​───────​─────

「メイドの子がかかりっきりになれば、昴が戦うしかなくなるが……」
「……奥にいる子を連れ戻して、魔獣とも戦わないといけないなんて……そんなの、すごく難しいんじゃないかしら?」
「あぁ……それに、レムちゃんが魔法を使うってことは、あの子も体力を少なからず削ることになるんじゃねぇか?その上で魔獣討伐を頼むとなるときつい気がするな……」
「……昴……」

​───────​───────​─────

『鼻、自信あんだろ?そんでもって、俺ってば実はかなり鼻につく臭いを発してるとか、LりんとかV子あたりに何度か指摘されてんだぜ』
『他の誰も気付かなくても、お前だけは俺の臭いに気付く。俺の身にまとう悪臭に、咎人の残り香に――そうだろ?』

​───────​───────​─────

「昴……」
菜穂子が瞳を僅かに揺らす。
「咎人の残り香……」
その言葉が心に引っかかったのか。
「……それが、嫉妬の魔女のもの……?」
エミリアが迫害される原因であり、昴がレムに警戒された原因。
「……わからない」
どうしてレムがそれに気づけるのか。
そして、昴がそれを纏う理由が。

​───────​───────​─────

『俺はレムりんを信じてるよ。だから、レムりんに信じてもらえるように俺も行動したい。そのための約束を、今しよう』
『約束、しましたよ。――本当に、色々と聞かせてもらいますからね』

​───────​───────​─────

「……信じてる……」
それを、いとも簡単なことのように昴は口にした。
「……やっぱり、昴は変わらないわねぇ」
菜穂子の表情が、ふわりと和らぐ。
「……私は、その子を信じられないけど……」
ひと息吸って、口にする。
「昴が、信じたんだから……」
信じなければ、ならない。

​───────​───────​─────

『──う』
少女の、細い声がした。
『おい、やめろ……』
魔獣が、倒れる少女を見る。
『……おいおい、おいおいおいおいおいおい、バカなこと考えてんぞ、俺』
上着を脱ぎ、あちこちほつれた執事服をぐるりと左腕に巻く。外れないようにきつく締め上げ、血を拭って前を向き、怒声を張り上げ、草木を蹴り飛ばし、魔獣が身構える一角へ飛び込む。

​───────​───────​─────

「昴!」
反射的に名前を呼ぶ。
スクリーンの中で、昴が魔獣の胴体を蹴り飛ばす。
「……避けた……!」
息が詰まるように、呼吸を忘れるように、画面に見入る。

「……無理するなよ、昴……!」
魔獣の体を抱え込み、倒木へ振り下ろして顔面を砕く。
そんな様子を見て、賢一は息を飲む。
「……足も怪我が酷いな……!早く、あの子と合流出来ればいいが」

​───────​───────​─────

『おいおい、嘘だろ……』
夜の森を煌々と切り裂く赤い双眸――その光点が数えきれないほど、正面の木々の群れの向こうから覗くのが見えた。数えるのも嫌になるそれは、おそらくは両手両足の指を足してもまだ足りない。
『――死んだな、これ』
ただスバルにできたことは、いまだ意識のない少女を背後に庇い、両手を広げて立ちはだかることで、己の意地を示すことだけだった。――絶叫が、森の空に高く高く尾を引いていく。

​───────​───────​─────

「……嘘、まだこんなに……!」
「そうか……!魔獣が一匹なわけねぇよな……」
「……あんなに強いのを、こんなに倒さないといけないの……?」
「レムちゃんが戻ってくればまだマシだけどな……」
「……後ろに女の子がいるから、あの子も守らないといけない……!」

​───────​───────​─────

『遅くなりましたが――間に合ってよかったです』
モーニングスターを振り回し、レムが魔獣を撲殺。
『スバルくんのひどい体臭を追いかけて、さらに人目をはばからない奇声に急いで駆けつけてみればこの有様。碌な状態じゃありませんね』

『レム、道がわかんねぇ!』
『真っ直ぐ、正面です。結界を抜ければ勝負がつきます。それまで、方向を見失わないでください!』

『レム──!』
『走ってください!……レムが、レムがまだレムでいられる内に!』

​───────​───────​─────

「……やっぱり強い……」
鉄球を軽々と振り回す姿は、女の子とはとても思えないほどで。
「……?だが、何か……」
賢一が眉根を寄せる。
レムの言葉には、違和感があった。
「レムでいられるうち……」
きっとそれは、いい意味ではなく。

​───────​───────​─────

『レム、バカ野郎!お前、こんな……俺は、これじゃ……!』
ゆっくりと、倒れていたレムの体が起き上がっていた。そして見た、スバルは見た。ぐるりと、周囲を睥睨するレムの、その理性の消失した瞳を。返り血にまみれた形相を恍惚の笑みに歪め、なにより――その髪飾りが外れた頭部から、白い角を生やした彼女の姿を。

​───────​───────​─────

「……なんだ……!?」
レムが、魔獣の項を踏み潰すが、その姿は先程までとは似ても似つかなかった。
「……考えて動いてない……野生動物みてぇに……」
ただ、目の前の魔獣を殺すことだけに支配されていた。
モーニングスターで魔獣を次々と殺していく。
「……あの角……」
菜穂子が眉根を寄せる。
「……鬼……?」
白いツノだけが、鮮血に染る画面の中で存在感を放っていた。

​───────​───────​─────

小さな子犬にマナが集まる。
それを対処しようとしたレムの背中に、大量の魔獣が。
それを、突き飛ばして。
『――がああああああ!!!』
噛み砕かれた左腕の激痛に、スバルの喉が張り裂けそうな絶叫を上げる。
全身から、血が、臓物が。
『スバルくん――!!』
『死なないで、死なないで、死なないで――!』

​───────​───────​─────

「昴……血が……!」
魔獣に全身を噛まれてしまった。
そして、悪い予感が背筋をなぞる。
「……魔獣に噛まれたら呪われるのよね……?」
つまり、全身を噛まれた昴は。
「莫大な量の、呪いが……」
菜穂子の瞳が揺れる。
「大丈夫なの……?」

「……この量の傷を一気に……」
賢一が眉根を寄せる。
「……芳しくないな」

​───────​───────​─────

『――あと半日もしない内に、お前は死ぬのよ』

『……自分の死に方ぐらい知っておいてもいいのよ。簡単な話かしら。――かけられた呪いが重なりすぎて、複雑になりすぎてしまっているのよ』

『ウルガルムの呪いは、『離れた対象からマナを奪う』といった点に突出してるかしら。そして魔獣の食事は主にマナ……ともなれば、呪いを行う理由も自ずと想像がつくはずなのよ』

​───────​───────​─────

「……あの量に噛まれたら、どれが呪ってきたやつかなんて分からねぇよな……」
「傷はふさがっても、呪いが生きてる……そんなの、どうしたら」
「魔獣ってやつを全滅させるしか無さそうだが……それも厳しそうだな」
「……じゃあ、また……?」
「……考えたくないけどな」

​───────​───────​─────

『――レムは、どこだ?』

『――見えない。そんな、まさかレム、結界の向こう!?』

『複雑に絡んだ魔獣の呪いを解くために、術者であるウルガルムの群れを殲滅しに森に入ったのよ。――そこのニンゲンもお前の妹も、どちらも助かる可能性がある方法かしら。ただし、目は限りなく小さい』

​───────​───────​─────

「……森に、一人でか……!?」
レムが強いことは今までの映像で何となくわかっている。
モーニングスターを振り回して魔獣を撲殺できるのだから、相応の強さはあるのだろう。
だが、
「一掃するなんて無理だ……!」

「……昴を、助けるために……?」
菜穂子の中で、意思が揺らぐ。
「昴のことを、殺して……」
それでも、昴を救うために体を張っている。
「どっちが本当のあなたなの……?」
その問への答えは、もう知っていた。

​───────​───────​─────

ラムとスバルが森へはいる。
『バルス、また少し待って。――千里眼、開眼』

『――バルス、なにかがこっちを見てるわ』

『肝心なときに、なにを遊んでいるの』

『言ったでしょう、風の魔法が少し使えると。風の刃で四肢の腱を切って、喉を塞いで絶息させただけよ。――長く苦しませるつもりはないもの』

​───────​───────​─────

「……風の魔法ってもっと柔らかいもんだと思ってたんだがなぁ」
「……血が……」
菜穂子が顔を青くする。
「千里眼は魔法じゃなさそうだが……鬼の特性みたいなもんなのか?」
「レムちゃんが強いのも鬼なのが関係してるみたいだし、そうかもしれないわ」

​───────​───────​─────

『なにをしたの、バルス』

『風が乱れて……獣臭が近づいてくる。それも、すごい数』

『レムの目的は森の中の魔獣を狩り尽くすことだぞ。――俺がいる限り、奴らは俺って獲物目掛けて食いついてくる。だからその内、レムもここにこざるを得ない』

『魔女の残り香、だ』

​───────​───────​─────

「魔獣は魔女に生み出されたって話だったよな……なら狙われてもおかしくねぇ……!」
「……そんな……!」
賢一が眉根を寄せて、菜穂子は瞳を揺らす。
「……あの子と合流出来るのかしら……?」
「……あの子は魔女の匂いってやつに過剰に反応してたし来そうな気はするがな……」
だが、レムが匂いを嗅ぎつけられないほど遠くで戦っていたならまずい。
「……昴……」

​───────​───────​─────

『バルス――!レムがいたわ!』
『ここからそう遠くない位置で、レムの影を別の視界が捉えたわ。タイミングが悪くてレム自身の視界は掴めなかったけど、こちらへ向かっていたはず』
話している途中で、崖に突き刺した剣が折れる。
『――これは高くつくわよ、バルス!!――エル・フーラ!!』
窮地は脱したが、魔法の使用によってラムが意識を落とす。
『おいおい、嘘だろ』
そして、崖の上から、血濡れた鉄球を手にこちらを見下ろす鬼が。

​───────​───────​─────

「……!意識が……」
「体力が心許ないって話だったからな……魔法使って磨り減ったんだろう……」
スクリーンが動き、レムがモーニングスターを振り回して魔獣を撲滅する。
昴にも当たりそうな距離で。
ラムを取り戻そうと動いているのが見て取れるが、それ以上に圧倒的な暴力を認めていた。
「鬼化になるタイミングも切れるタイミングもわからねぇからな……今は逃げるべきか?でも、そうしたら魔獣がな……」

​───────​───────​─────

『──角よ』

『レムを鬼たらしめているのは、あの角だから……一発、強烈なのを叩き込めば……それで、戻ってくる……』

​───────​───────​─────

「角……」
菜穂子が顔を上げる。
「……でも、それって……」
「……あぁ、あの状態のレムちゃんに近づいて角を殴るなんてほぼ無理じゃねぇか……」
「……でも、そうするしかないのよね……」

​───────​───────​─────

『無理くさくねぇ?』
『知恵と勇気を振り絞って、どうにかしなさい』
『知恵と勇気を振り絞れば届きそうな方法は、実は思い浮かんでんだけど』
『でも、きっとお前は怒るし』
『それで妹が正気に戻るならラムは怒ったりしないわ』
『本当に?』
『本当の本当に』
『ロズっちに誓って?』
『……そこを選ぶとは命知らずね。ええ、ロズワール様に誓って』
──ラムを、レムの方へ投げる。

​───────​───────​─────

「……えっ」
菜穂子が、顔を驚きに染める。
「投げて……」
直後、ラムを抱きとめたレムの表情が酷く柔らかくなったことに気づく。
「……そうか、隙が……」
賢一が目を僅かに開く。
昴は、奇襲を仕掛けたのだと気づいた──が、
「失敗したらまずいぞ、昴……!」
レムに接近して、角を殴りそこねたら。

​───────​───────​─────

振り切られた刃が欠けた先端分、力強い踏み込みがビビった一歩分、ギリッギリの状況下で角を捉えるのにわずかに失敗した。
『ビビっちまったぁ!あと一歩、勇気が足りんかったぁ!!』
足下の地面が爆発し、発生した土砂流がスバルの体を大きく吹っ飛ばしていた。
空中で、体を捻り、ちょうど真下にレムの頭部が。
『笑え、レム。――今日の俺は、鬼より鬼がかってるぜ』
放たれる刃、真っ直ぐに、剣閃は白い角を目掛けてほとばしり――。

​───────​───────​─────

「昴!」
名を呼ぶ。
レムの角に剣が命中し、レムの意識が落ちるのを見た。
「……よかった……」
「にしても、奇跡だな……今のは」
「えぇ……あ、でも」
菜穂子が顔を青くする。
「……魔獣は、未だ倒せてない……!」

​───────​───────​─────

『どうして、放っておいてくれなかったんですか?』
『姉様と、スバルくんがきてしまっては意味がない。レムが……レムがひとりでやらなきゃ……傷付くのは、レムだけで十分で……』
『レムの、レムのせいなんです。レムが昨晩、躊躇したから……だから責任はレムがとらなくちゃ……そうでなきゃ、レムは姉様に、スバルくんに……』
『レムがスバルくんに手を差し伸べるのを躊躇ったから、スバルくんは死にかけたんです。そして、あまりに多くの呪いを一身に浴びてしまった。だから――』

​───────​───────​─────

「躊躇……」
「……魔女の匂いか……」
鬼化が解けてまもなかったレムが手を取るのを躊躇ったのは、恐らくそれだろう。
そして、菜穂子は眉を下げて泣きそうな顔をする。
「……だから、自分が危ない目にあってでも昴を助けようと……」
唇を噛んで、下を向く。
「……昴……」
どうすればいいのか、わからない。

​───────​───────​─────

『レムをラムに突き飛ばし、俺はひとりで結界の彼方まで無情にも逃げ去る――というシナリオはどうだ?』
『魔女の臭いでウルガルムを引きつける囮になるから、その間にレムを連れてラムたちに逃げろと。わかったわ』

『スバルくんは、なんでそこまで……』
『俺の人生初デートの相手だ。見捨てるような薄情はできねぇな』

​───────​───────​─────

菜穂子は、大きく目を見開く。
「薄情、なんて……」
昴は、少々責任感が強すぎると思う。
ついでに、自己犠牲も。

「どうにか出来るのか?昴……」
賢一が険しい顔で口に出す。
「……魔獣を、あの量だろ……」
少し厳しいな、と思う。

​───────​───────​─────

『美少女姉妹より俺狙いとか、趣味の悪さが鬼がかってんぜ、お前ら』
『あとは、パックを信じる……!』
『――スバルくん!!』
『――シャマク!!』

​───────​───────​─────

「この魔法っ……!」
菜穂子ががたりと立ち上がる。
庭園で昴が誤作動を起こした魔法。
「……でも、これは目くらましの魔法って……」
スクリーンを、見つめる。
「昴……」

​───────​───────​─────

『――ウルゴーア』

『いやいやぁ、しぃかし考えたものだねぇ。本来は目くらましとして使うシャマクを、敢えて目印として利用するとは』
『あはぁ。ずぅいぶんと、ひぃどい有様だ』
『くんの超絶遅ぇよ、ロズっち。俺がなんべん死を覚悟したと思ってやがる』

​───────​───────​─────

「……この人……!」
菜穂子が、脱力したように椅子へ腰掛ける。
「……肝心な時に居ないんだから……」
「……まぁ、ギリギリセーフ……ってとこか」
スクリーン内で炎が燃え盛る。
「……これで、大丈夫、ね」

​───────​───────​─────

『――スバルくん!』
『レム、今は、体の、あちこちが……あ、意識とか』
『生きてる。生きててくれてる。スバルくん、スバルくん』
『今は眠るといい。目が覚めたとき、君がしてくれたことへの御礼は尽くそうじゃぁないか。――少なくとも、君を脅かすものの排除は約束する』

​───────​───────​─────

「昴……!痛そう……大丈夫なの?」
菜穂子がはらはらと心配そうな顔をする。
「……ロズワールって人が戻ってきたみたいだし、呪いについては心配いらなそうだけどな」
「……確かに、そうよね」
賢一も苦々しい顔をするものだから、菜穂子も不安そうな顔をしてしまう。

​───────​───────​─────

『――起きて、くれましたか』

『んじゃ、とりあえず俺の呪いに関しては』
『術者の死亡により、発動の心配はありません。すでに呪いの効力が失われたことはロズワール様も、ベアトリス様も大精霊様もご確認済みです』

​───────​───────​─────

「よかった……!」
菜穂子が頬を緩める。
「ベア子ちゃんも猫精霊も確認したなら本当っぽいな」
「……にしても、ロズワールって奴は本当に強いんだなぁ」
賢一が、椅子に体重をかける。

​───────​───────​─────

『ごめんなさい、スバルくん』
『頭上げろよ、レムりん。体の調子とか別に悪くねぇぜ?外れてた肩は入ってるし、体の各所も別に痛むところもねぇ。完調だよ、完調』
『そんなことは、ありません。確かに目立つ傷は治療が終わっていますし、日常生活に支障をきたす後遺症が残る心配も幸いありません。でも――』
『傷跡は残ります。体はもちろん、心にだって。それに、幾度も治療を重ねたことが原因で、スバルくんの体の中のマナは枯渇寸前です』

​───────​───────​─────

「……思った以上に酷い状態なんだな」
「……心については、本当にそうね。この世界にも、カウンセリングとかあるのかしら」
「そこら辺はエミリアちゃんが優しく励ましてくれるのに期待したいが……傷跡はどうにも出来ねぇな」
「……そうね」
菜穂子が、眉を下げる。

​───────​───────​─────

『お前がいなきゃ、俺は今頃はきっと犬にガブられてお陀仏だ。お前がいたおかげで助かりました。今もこうして生きてます。姉様だけじゃなくて、お前のおかげだ』
『……本当の、姉様なら、もっとうまく』
『かもしれなかったな。――でも、いてくれたのはお前だ』
『レムがいてくれてよかったよ。ありがとう』

​───────​───────​─────

「……あ」
菜穂子が、その鋭い目を僅かに見開く。
「……そうねぇ」
そして、少しだけ悲しそうに、それから何かに納得したように笑って。
「……レムちゃんの、おかげだわ」
それは、消化しきれなかった感情に、確かな答えをつけるために。
「うん、昴がそう言えるんだもの。間違いないわ」
そう、笑う。

​───────​───────​─────

『笑えよ、レム。しけた面してないで、笑え。笑いながら、未来の話をしよう。お前がこれまで後ろ向いてたもったいない分を、今後は前向いてお話しようぜ。とりあえずは、明日のことからでも』
『……明日の、こと』
『そう、明日のこと。なんでもいいぜ?たとえば、明日の朝食のメニューは和食にするか洋食にするか、靴下は右足から履くか左足から履くかなんてくだらないんでもいい。どんなつまらねぇ話でも、明日があるからできる明日の話だよ』

​───────​───────​─────

「そうだな、明日の話は……明日がないと出来ねぇ」
賢一が眉を下げて、菜穂子も寂しそうに笑う。
そして、何かを口にしようとして、それを強靭な意思で止める。
「……昴」

​───────​───────​─────

『レムは、とても弱いです。ですからきっと、寄りかかってしまいますよ』
『いいんじゃん?俺も弱くて頭悪くて目つき悪くて空気読めなくて自分で言ってて我ながら凹むけど、そこらへんは周りにフォロー期待しながら他力本願で生きてっからさぁ。お互いに寄りかかって進めばいいよ』

​───────​───────​─────

「……そんなに自分を卑下することないと思うけど」
「まぁ、あれは昴の癖みたいなものだからなぁ……俺も昴はダメなんかじゃないと思うけどな」
「でも、周りの人を頼るのはすごく大事よね。無理せず、頼りすぎるくらいがちょうどいいと思うわ」
「だなぁ」

​───────​───────​─────

『笑いながら肩組んで、明日って未来の話をしよう。俺、鬼と笑いながら来年の話すんの、夢だったんだよ』
『……鬼がかってますね』
『だろ?』

​───────​───────​─────

ひゅぅ、と風が頬を撫でた気がした。
「……やっぱり」
菜穂子が、優しく微笑む。
賢一の方を見て、その先は口にしなかったが。
「鬼がかってる……いい響きねぇ」

​───────​───────​─────

『エミリアたんもご褒美とかくれちゃう系?』
『……現金なんだから。言っておくけど、私にできることだけよ。……そう言ったら前は名前聞いたのよね』
『ふふん、欲深な俺を舐めちゃいけねぇ。今度の俺はそんな甘さとは無縁さ。貪欲、強欲、渦巻くリビドーが俺を突き動かす!』
『じゃあ、俺とデートしようぜ、エミリアたん』

『……そんなことでいいの?』
『そんなことが、いいのさ』

​───────​───────​─────

「全く、昴ったらもう少し欲張りになった方がいいんじゃないかしら?」
菜穂子が軽く首を捻る。
「しょうがねぇさ、我儘いうのが苦手なやつだからな」
賢一がそう笑えば、菜穂子も口角を上げる。

と、その時。
「──ナツキ・スバルの人生上映会第二幕は終了です。続いて、休憩の後に第三幕へ移ります」

「……第、三幕」
菜穂子が、目を開く。
「……大丈夫、よね?」
そうしてスクリーンを見る顔に、僅かな──

Comments

  • Ark

    次は第3章になるのか、てっきりこのまま粛清王√かと思った。

    December 20, 2024
  • あーる

    テッテレー!両親からのレムりんへの信頼度かわ上がった!

    December 19, 2024
  • たぬき
    December 19, 2024
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