『ToR - Promise Horizon -』(第八稿)Part.7

第七幕:宇宙意志

時空艦NOA2が実体化した先は、
すべての歴史の最果てだった。

分厚いハッチが開き、
大地たちが足を踏み出したその場所は、
かつての地球の面影を
微塵も残していなかった。

空の半分を、
赤色巨星と化して膨張した太陽が
不気味に覆い尽くしている。

地表は煮えたぎるマグマの海となり、
その中に、
天を突くほど巨大な「水晶の森」が
どこまでも広がっていた。

「ここが、一億年後……。」

大地は、熱波に耐えながら
水晶の森の奥へと歩みを進めた。

探索するうち、
大地は足元に生える巨大な水晶の柱に違和感を覚えた。

ただの鉱物ではない。

水晶の表面に触れると、
微弱な熱と共に、
言葉にならない「記憶の波」が流れ込んできたのだ。

暗い地下空洞で、
NOAの残骸を
何世代もかけて解析しようとする
恐竜の末裔たちの執念。

プラチナの都市で、
隣の個体と不器用に思考を繋ぎ合わせ、
新しいエネルギー循環を計算する
グレイたちの熱。

火星の荒野で、
泥にまみれながら
巨大なドームを建設する
アヌンナキと原始人類の汗。

「……これは」

「宇宙に生きるすべての命の、
意識のネットワークだよ。」

不意に、透き通るような声が響いた。

水晶の森の奥から、
一人の人物が歩み出てくる。

白く透き通るような肌と、色素の薄い髪。

転移の暗闇の中で、
大地を常に次の時代へと導いてきた
夢の中の案内人——シグルだった。

「よくここまで辿り着いたね、大地。
そして水原、航。」

シグルは、穏やかな微笑みを浮かべて
一行を出迎えた。

「我々は『ノルディック』。

君たちが過去の時代で『切り捨て』を否定し、
命の繋がりを守ったことで、
感情を失わずに到達できた
人類の最終進化形態だ。」

「あんたが……
時間管理局を作った黒幕か。」

大地はハンドガンを抜き、
シグルに銃口を向けた。

「俺を夢で誘導し、
各時代でエラーを修正させた。

だが、その結果AIが暴走して
世界を消し始めたぞ。
どういうつもりだ。」

「暴走ではない。
あれは、歴史の『最終最適化』だ。」

シグルは銃口を向けられても動じることなく、
周囲の水晶を愛おしそうに撫でた。

「この水晶は、異なる時代、
異なる場所に生きるすべての意識が共有されている
巨大な情報網だ。

タイムマシンの基礎理論も、
我々がゼロから作ったわけではない。

過去のすべての種族が、
この意識の海で無意識に影響を与え合い、
醸成されてきたものなのだよ。」

シグルは、静かに大地を見つめた。

「だが、ネットワークが広がりすぎれば、
矛盾(パラドックス)という負荷が生まれる。

その負荷を最も強く受けているのが、
時空の特異点となってしまった君の妹……あかりだ。」

あかりの名前が出た瞬間、
大地の銃口がわずかに揺れた。

「我々は、我々を救ってくれた君の妹を助けたかった。」

シグルの声には、確かな悲哀が混じっていた。

「だから時間管理局を作り、
不要な歴史(ノイズ)を削除して、
最も美しく矛盾のない
『完璧な歴史』だけを残そうとした。

君が我々のプラン通りに動けば、
時空は安定し、
あかりは無事に目覚めるはずだった。」

シグルは手を差し出した。

「だが君は、すべての時代で我々の最適化を壊し、
無駄な命を救ってエラーを増やした。

……大地。今からでも遅くはない。

我々の管理システムを受け入れろ。

そうすれば、宇宙の負荷は消え、
あかりは助かる。」

完璧な歴史の管理者による、完全なる救済の提案。

それを受け入れれば、妹は助かる。

だが、大地は水晶から手を離し、
静かに銃を下ろした。

そして、シグルの顔を真っ直ぐに見据えた。

「……断る。」

「なぜだ!
君は妹を救うためにここまで来たのだろう!」

シグルが初めて感情を露わにして叫んだ。

「お前らがやろうとしてることは、
中世で空気を独占したトカゲや、
数字で命を切り捨てたAIと
何も変わらないからだ。」

大地は、周囲の水晶の森を指差した。

「このネットワークは、
誰か一人が管理していいもんじゃない。

過去の奴らは、失敗して、泥水すすって、
それでも自分たちで考えて隣の奴と手を組んだ。

その『無駄』があったから、
お前らノルディックはここにいるんだろうが!」

「我々は、歴史の痛みをなくしたいのだ!」

「痛みをなくすために、
他人の選択の自由まで奪うな!」

大地は腰のEMP(電磁パルス)発生器を起動し、
ノルディックのネットワーク中枢である、
一際巨大な『中央管理の水晶塔』に向かって歩き出した。

「お前らが『理想』とか『宇宙のため』とか言って
他人の人生をコントロールしようとするから、バグるんだ。

あかりの脳を焼き切っているのは、
お前らが数百万年かけて繰り返してきた
『身勝手な歴史介入の負荷』そのものだ!」

「やめろ、大地!
その端末を破壊すれば、
我々の介入プログラムは
すべてリセットされる!

タイムマシンも、時間管理局も……
歴史そのものが
不確定な海に投げ出されるぞ!」

「誰かの指示を待つ歴史なんて、
ここで終わりにしてやる!」

大地は、EMP発生器を中央管理の水晶塔に叩きつけた。

強烈な電磁パルスが炸裂し、
一億年後の水晶の森に、
ガラスが砕け散るような甲高い音が響き渡る。

管理システムが破壊された瞬間、
ノルディックによるすべての強制的介入プログラムが
リセットされた。

赤い太陽の光が歪み、
一億年後の世界が、
そして時空艦NOA2の船体が、
光の粒子となって分解され始める。

「……親父」

崩壊していく船のハッチで、
息子の航が笑っていた。

彼の足元もすでに透け始めている。

歴史の介入がリセットされたことで、
「時間管理局の危機を救うためにやってきた息子」
という存在の因果も消滅しようとしていたのだ。

「航……!」

大地が手を伸ばすが、航は首を横に振った。

「いいんだ。
親父が選んだのは、誰にも管理されない、
俺たち自身で作る未来だ。
……次は、普通の歴史で会おう。」

航は最後に不器用な敬礼を残し、
光の中に溶けて消えた。

「……ああ。
必ず、自分たちの足で迎えに行く。」

大地は水原の手を強く握りしめた。

タイムマシンという「宇宙のバグ」が、
すべての時代から消え去っていく。

介入というノイズが消滅し、
宇宙の歴史は、
本来あるべき自然な姿へと収束していった。

最終幕:約束の地平

消毒液の匂いと、静かな心拍モニターの電子音。

大地が目を開けると、
そこは2026年の、
国立医療センターの
プラスチック製の椅子の上だった。

窓の外には、見慣れた冬の青空が広がっている。

赤い太陽も、鉛色のスモッグも、
空を割る巨大な箱舟も存在しない。

時間管理局も、タイムマシンも、
初めからこの世界には存在していなかったかのように、
完璧な日常がそこにあった。

「……お兄ちゃん」

ガラス越しの無菌室。

かすれた、しかし確かな声が聞こえた。

大地は弾かれたように立ち上がり、
ガラスに駆け寄った。

ベッドの上で、
三週間以上目を閉じていたあかりが、
ゆっくりとまぶたを開けていた。

数百万年にわたる歴史介入の負荷(ノイズ)から
解放された彼女の脳は、
細胞崩壊を完全に停止し、
正常な機能を取り戻していたのだ。

医師たちが慌ただしく病室に駆け込み、検査を始める。

「信じられない、自然治癒だ」

という驚きの声が漏れる。

落ち着きを取り戻した数時間後。

防護服を着て病室に入った大地は、
あかりの細い手を両手で強く握りしめた。

「……ひどい顔だね、お兄ちゃん。
何日徹夜したの?」

あかりが、少しだけ口角を上げて笑った。

「一ヶ月以上、
色んなところを飛び回ってた気がするよ。」

大地は、込み上げてくるものを
必死に飲み込みながら答えた。

「そっか……。私もね、すごく長くて、
不思議な夢を見てた気がする。」

あかりは、窓の外の青空を眩しそうに見つめた。

「いろんな時代の、いろんな人たちが……
最初はケンカして、
自分だけ助かろうとしてたんだけど。
最後はみんなで力を合わせて、
一つのものを作ろうとしてる夢。」

宇宙との直接の通信も、
神のような存在からの祝福もない。

ただ、異なる時代、
異なる場所に生きた命たちが、
同じ宇宙の中で不器用に影響を与え合い、
互いに手を取り合ったという「事実」だけが、
彼女の記憶の底に暖かく残っていた。

「……ああ。いい夢だったな。」

大地は、ポケットの中に手を入れた。

そこには何も入っていない。

未来からの証拠も、超常的な力もない。

あるのは、誰かに管理されることなく、
自分たちの手で選び、
痛みを伴いながら進んでいく世界だけだ。

「さあ、帰ろう。あかり。」

無限に広がる新しい地平線を前に、
大地の静かで、しかし確かな日常が、
再び動き始めた。

(了)

いいなと思ったら応援しよう!

コメント

コメントするには、 ログイン または 会員登録 をお願いします。
小ぶりなプログラムを試しに作っているんですが、 ここではその説明書きをしていこうと思います。 こういう機能をつけてみてほしいだとか要望、 コメント欄か、Xのリプライ欄に書いてみて下さい。 ひまをみて対応します。 (未管理著作物裁定制度に定められた問い合わせも受付中。)
『ToR - Promise Horizon -』(第八稿)Part.7|古井和雄
word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word

mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1