4.邪教の誕生①
この章は、十九世紀スコットランドの牧師、アレクサンダー・ヒスロップの『二つのバビロン』におもに拠っています。
ニムロデとセミラミス
邪神の原型は、旧約聖書にも登場するニムロデです。
そして現在までつづく邪教のひな形を構築したのは、ニムロデの妻セミラミスです。見出しの画像の人です。
ニムロデはノアの三男ハムの子孫で、大洪水の数世紀後、エチオピアで生まれました。バベルの塔を建設したことで有名です。
伝承によると、ニムロデは帝国を築くため、まずメソポタミアの征服に着手しました。
南のシュメリアにはバベル、ウルク、アッカド、カルネという都市があり、アッシリアにはレホヴォト、カラフ、レセンという都市がありました。ニムロデはこれら七つの都市を征服し、ニネヴェを建国しました。
聖書は、洪水後はじめて王になった人物がニムロデである、と述べています。
また創世記十章では、ニムロデを「主の御前に立つ力強い狩人」と表現しています。これは褒めているのではなく、冷酷さと権力欲を意味しています。御前に立つのは神と敵対するためです。
聖書の真実性
聖書はただの物語、と思われているかもしれませんので、少し脱線します。
「神が大洪水で天罰を下した」という神話は世界中で見られます。
もし世界規模の大洪水が実際に起きていなかったとしたら、洪水はなにかの象徴表現、ということになります。
そこで「なぜ人類は洪水というメタファーを選んだのか」などと心理学的なアプローチを取るわけですが、心理学は無意味なので除外します。
大洪水についての「科学」的な調査も、もちろん行われています。ですが進化論というバイアスがかかっているので、誤った方向に向かいがちです。下の層が古い、というルールの元で行うゲームなので、どうしても大洪水の否定が前提になります。
「聖書は正しかった」という結論はウケないのです。トンデモ学者のレッテルは貼られたくありません。所詮は人間のやることです。
また、聖書が「信じる者は救われる」程度の教訓話だったとしたら、何千年も受け継がれるはずがありません。
素直に「神が大洪水で天罰を下した」と考えるほうが人として自然でしょう。なぜそこまでして聖書を否定するのか、が「科学」の歴史です。科学はかつて魔術と呼ばれていました。
ピンとこないかもしれませんが、人間は信仰する動物です。無宗教の日本人も、アイドルや学者などを崇拝しています。「憧れの先輩」の超巨大バージョンが神です。
人間は地に縛りつけられた、制限のある動物です。人間が真に自由で無限の可能性を秘めているのなら、食べなくても生きていけるはずです。
歴史はそういった制限のある人間が積み重ねてきたものですので、信仰という人間性の一部を排除したら、そもそも歴史を学ぶ意味がありません。
なので聖書は事実だと考えてください。
ニムロデとセミラミスは夫婦なのか
聖書の正典には、セミラミスについての記述はありません。ですが一部の人たちは、ニムロデとセミラミスの夫婦が悪魔崇拝、サタン崇拝を発明したと信じています。
この説の論拠となっているのが、アレクサンダー・ヒスロップの『二つのバビロン』です。
ウィキペディアでは断言口調で否定されているので、著者は逆に「信じて」います。
もちろん「セミラミスがニムロドと結婚してタンムーズを産んだ」などという、荒唐無稽な「バビロニア神話」は存在しない。
創世記十章は、「ノアの子セム、ハム、ヤペテの系図は次のとおりである」からはじまり、ひたすら名前を連ねていくのですが、ニムロデだけは「世の権力者となった最初の人である」と注がついています。「かれ(ニムロデ)の最初の王国はシナルの地のバベル、エレク、アカド、カルネであった」
バベルもアッカドも実在しましたので、ニムロデなる者も実在したのでしょう。名前はなんであれ、最初の王、唯一神に反抗した男がいたのです。
一部では、ニムロデはアッシリアの王ニノスと同一視されています。
ローマ帝国時代の歴史家ユスティヌスは、『Epitome of Pompeius Trogus』の中で当時のアッシリアの様子を記しています。
元来、国や部族の統治は王の手に委ねられていた。……当時、民はいかなる法律にも縛られておらず、王たちの意志が法律の代わりであった。かれらの習慣は、国の境界を広げることよりも、むしろ守ることだった。それぞれの領土は自国内に限られていた。
支配したいという欲望に駆られ、古代の穏やかな風俗を一変させた最初の王子は、アッシリアの王ニノスであった。かれは隣国に対して戦争を行った最初の人物であり、アッシリアからリビアに至るすべての国々を征服した。
ニノスの妻はセミラミスです。また、アッシリアの首都はニネヴェです。ニネヴェの遺跡の主要部分はニムルドと呼ばれています。
ですがニノスとセミラミスもまた、伝説上の人物と見なされています。
ニノスと同定できる実在の人物は、トゥクルティ・ニヌルタ一世が最も可能性が高いといわれています。紀元前十三世紀に中アッシリア帝国を統治した人です。
紀元前一世紀の古代ギリシャの歴史家、シケリアのディオドロスは、『歴史叢書』の中でセミラミスの生涯について記しています。
ニノスはこの都市を建国したのち、バクトリアナへの遠征を行い、そこでセミラミスと結婚したが、セミラミスは記録に残っている女性の中で最も有名な女性である。
ディオドロスの記述は紀元前四世紀の歴史家クテシアスの『ペルシャ史』に負っているのですが、クテシアスはほかの古代の作家たちから記述が不正確だといわれていました。
しかもディオドロスは、話をおもしろくするためにいろいろと「盛って」います(インド遠征のくだりはアレクサンドロス大王のエピソードとそっくりです)。
伝承によると、セミラミスはアッシリアの女王で、王ニノスの死後、バビロニアに都市を建設し、レンガとアスファルトで城壁をこしらえました。
実在するアッシリアの女性統治者は、サンムラマートという地元のスーパーのような名前の人だけです。なのでセミラミスと同一視されていますが、時代がちがいます(サンムラマートは紀元前九世紀の人なので新しい)。
このように歴史家といわれる人たちも、ニムロデの時代についてはよくわかっていません。わからないどころか、ディオドロスのような人が楽しく伝説を著し、後世の人間に残しています。
以前のノートでも書きましたが、ヒストリーとストーリーは語源が同じです。
なので時の歴史家などは、そもそも正確に記録を残そうと考えていませんでした。
セミラミスは実在し、そして本当にニムロデの妻だったのでしょうか。
フリギアの大地母神キュベレーが手がかりになりそうです。
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コメント
2博識に方に物申すことは避けなくてはならないのですが、ティアマトが登場したならばと思い、コメントをさせていただきます。ご存じのことと思いますが、ティアマトはシュメル人にとって、あまたの神々を表象する竜神です。マルドゥク神と戦って敗れたとされているのは、シュメルの都市国家群が滅ぼされたことを表しています。
つまらないこばかり書きますが、ニムロデ王が建てた高塔にバベルと名付けたのは旧約聖書を著述したヘブライ人だと思います。バベルは混乱を意味します。言語が異なることをさしていっているのだろうと思っています。のちのネブカドネザル王の建てた高塔もバベルの塔と呼ばれました。旧約聖書は、それまでのユーラシア大陸の文明を否定す意図があって書かれたと個人的に思っています。「神に選ばれし民」とするためには、どの王もあしざまに書く必要があったかと思います。肉食をするためには、すべての生き物が人間に与えられている記述が必要です。聖書を信仰をしている人々は、何がなんでも、「神に選ばれし善人」であることが必須だったと愚考します。非礼をお詫びいたします。
コメントをいただけるとは思わなかったので驚いています。ありがとうございます。
旧約聖書については、たしかにそうだったのかもしれませんね。