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悪意は人の形をしている/Novel by 春風

悪意は人の形をしている

13,718 character(s)27 mins

一章までやりました!!
ifはやるのかどうか迷ってます。
コメントが沢山来たらやるかも──とコメント乞食をしてみます。

二作毎日投稿は無理でした。
自分の力量を見誤ってしまった。
遅筆で申し訳ないです。

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『財布、ある。ケータイ、ある。コンポタとカップ麺も無問題。ジャージとスニーカーに綻びなし。そして当然……』
ジャージの裾をめくり、首を後ろに向けてえっちらおっちらと背中を確認。腰のあたりと背中の真ん中、そのどちらにも傷跡は見当たらず、二本のナイフが生えているという非常事態も起こっていなかった。
『つまりこれはアレだな、信じ難い話だけど……』
『――死ぬたびに初期状態に戻ってる、ってことらしい』

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「……昴……」
菜穂子が涙を堪えるように顔を歪める。
昴がそこまで精神にきていなさそうに振舞っているのが余計に辛くて。
「……初期状態に……」
賢一は考える。
「……死なないまま何年も過ぎたら、一体どこまで」
それは、昴だけが知る答えなのだろう。

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『死に戻りか……なんつーか、まさに『負けて死ね』って能力だな』
『もっとまともに言うと……『時間遡行』ってやつになんのか、これ』
『時間系の魔法なんて最強パターンだから、序盤から俺が持ってるのおかしいし、そもそも時間遡行って夢ではあるけど実現は無理だろ。常識的に考えて』
『おまけに『死に戻り』してたって考えると、どうにもこれまでの不自然さの辻褄がきっちりかっちり合っちまうんだよな……』
『っていうか、俺はほんの半日程度の間に三回も死んだってことか……』
『あるいは絶望的に生きるのが下手糞だな』
『一回目と二回目の因果関係からすると……俺はたぶん二回、エルザにやられてるな』
『フェルトはあのとき蔵の中に……そこまでは確認できなかったか』
『無用の挑発でもかまして、口封じされたのかも』
『二回目はもっと単純だな。その口封じの場面に俺が居合わせただけだ』
『つか、二回も同じ相手に殺されてんだ。単純に考えて、エルザは出会ったら死亡確定の地雷キャラってことでFAだろ。それに……』
対策を講じる必要がどこにある、と胸中で冷めた自分の声をスバルは聞いた。そう、エルザと遭遇した場合のことなど考える必要がどこにあるというのか。

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「……あそこに行っちゃダメよ、昴。もう……何かを助けようなんて……そんなの、昴が傷つくだけじゃない……!」
昴が誰かを助けようと苦しむなんて見てられない。
そうした昴を、一体誰が助けてくれるのだ。
「だめ……だめなの。そこは……日本じゃないから、ずっと──」
日本でさえも命の危険はどこかしらにある。
それが異世界となれば、命の価値は恐ろしく軽いのだろう。
「昴が誰かを助けても、誰かが昴を助けてくれるなんて限らないじゃない……!だから!」
菜穂子は、昴がそんなに薄情でないことを知っていた。
見捨てられない。そうする自分を許せない。そういう、生きづらい性格をした子なのだ。あの子は。
「……行くにしても、誰かしらは頼るべきだ、昴」
全てを自分で背負おうなんてしてはいけない。
「……逃げても、いいんだぞ」
願わくば、そうして欲しい。

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『あー、やっぱ俺って現代っ子ってことなんだろうなぁ。こんな気持ち、パソコンの前じゃすっげぇバカにしてたくせによぉ』
同情とか慈悲とか馬鹿馬鹿しいと、そう振舞っていたはずだ。少なくとも、スバル自身はそれを偽ってきたと思ってはいない。自分は情が薄い人間だと思っているし、現代人は誰もがそんな感情が希薄なものだ。だからどんな事態に陥ったとしても、さほどの情動もなく淡々と受け止めると思い込んできた。知人が何人か死ぬなど、その範疇を出ていない。
『なのに、嫌なんだよ。気持ち悪ぃんだ。善人とは程遠いよ、二人とも。――でも、いっぺん知り合った奴らが殺されるって知ってて、見過ごすのは無理だな』

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「……昴……!お願い、誰かに任せて……!昴がやらなきゃいけない理由なんてないじゃない……!」
昴の善性が導いた答えに、菜穂子は耐えきれずに泣き喚く。
「昴が傷つくのはもう嫌なの……!」
出会って数時間の相手のために、一体どうしてそこまでするのだろう。
「昴……!」
菜穂子にとっては、何よりも昴の命が大切なのに。

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『もういい加減、見飽きたぜ、トン・チン・カン』
『偽サテラとフェルトにはなかなか会えねぇってのに』
毎度毎度、トンチンカンとスバルが遭遇するのは、トンチンカンが最初からスバルを標的に定めているからということらしい。だから毎回、違う路地に入ろうと場所を変えようと、彼らとはエンカウントするのだ。
『全ッ然、心ときめかない推測が成り立ったところで、どうしたいのよ、お前ら』
『さっきっからブツブツと、何を言ってんだ、あいつ』
『状況がわかってないんだろ。教えてやったらいいんじゃないか?』
トンとチンの会話もテンプレートをなぞったもので、さらにスバルの気分を沈ませるが、げんなりする反面、舐めてかかってはいけないと思う気持ちがあるのも事実だ。トンチンカンとの遭遇はクリア条件としては緩めだが、それでも百パーセント突破が可能かというとそういうわけでもない。事実、三度目の死因は彼らなわけで。
この先に高い確率ででかいイベントが控えている以上、手傷を負うのは避けたいのが本音だ。
『かといって、交渉手段の荷物を渡して逃げるのも違うしな』

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「────!」
菜穂子が息を飲む。
そして、直後に怒りを宿す。
「……絶対、許さないんだから。昴を……あんな目に遭わせて……!」
手の届かない場所にいるというのに、腹の底から激情が押し上げてくる。
「……菜穂子」
賢一が名を呼び、眉を顰める。
「……手の届かない場所でよかった」
手の届く場所なら、昴の望まないことをしていたかもしれないから。

​───────​───────​─────

『衛兵さーーーーーーーーん!!!』
予備動作なしの救命信号に、虚を突かれたトンチンカンが思わず飛び上がる。路地裏の静寂を打ち砕き、大通りの喧騒にまで間違いなく割り込んだろう声量。
『誰かーーーー!男の人呼んでーーーーーーーー!!!』
『てめ……っ。ふざけんなよ!?ここで普通、いきなり大声出すか!?』
『状況的にこっちの命令きかなきゃ痛い目見る流れだろうが!要求も聞かずにこれとかやんねーぞ、普通は!』
『黙れ!!なにが普通だ!常識外れも横道抜け道外道悪道ALL正道!お前らの相手なんぞしてられっか!こっちゃ金銀美少女とキャッキャウフフに全力傾けてんだ!』
叫びは大通りまで間違いなく届いたはずだが、そちらからのアクションは見られない。もともと、そこまで期待度の高い思いつきでもなかった。二回目の世界でトンチンカンを撃退したとき、表通りの連中はスバルが追い剥ぎにあっているのを知っていながら見過ごした雰囲気もあったし。
『やっぱ、失敗か……』

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「やっぱり、逃げなきゃだめよ昴。最悪、荷物は捨てて──命より大事なものなんてないでしょう?」
銀髪の少女を助けたいと願う昴の中にその選択肢は無いのだと思うが。

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『勘弁してくれよ。……痛いのはごめんだ』
『今まで『死に戻り』してたからって、今回もできるとは限らねぇ……』
『……つまり、傷を負ってでも逃げるのが正解ってことか』

『――そこまでだ』
『たとえどんな事情があろうと、それ以上、彼への狼藉は認めない。そこまでだ』
『ま、まさか……燃える赤髪に空色の瞳……それと、鞘に竜爪の刻まれた騎士剣……ラインハルト……『剣聖』ラインハルトか!?』
『自己紹介の必要はなさそうだ。……もっとも、その二つ名は僕にはまだ重すぎる』
『逃げるのならこの場は見逃す。そのまま通りへ向かうといい。もしも強硬手段に出るというのなら、相手になる』
『その場合は三対二だ。数の上ではそちらが有利。僕の微力がどれほど彼の救いになるかはわからないが、騎士として抗わせてもらう』
『じょ、冗談っ!わりに合わねーよ!』

『お互い無事でよかった。ケガはないかい?』

​───────​───────​─────

「……この、人は」
酷く顔の整った男が来た。
物腰も柔らかく、悪い人間には見えなかった。
「昴を、助けてくれた……?」
剣聖という呼び名から考えるに、そこそこの実力を持つことは明白。
「……頼む、昴を……助けてくれ」
賢一の呟きに、菜穂子は瞳をちらりと動かした。

​───────​───────​─────

『えーっと、ラインハルトさん……でいいんスか?』
『呼び捨てで構わないよ、スバル』
『さらっと距離縮めてくるな……えっと、改めてありがとう、ラインハルト。俺の叫びを聞きつけてくれたのはお前だけだぜ、マジ寂しい』
『あまり言いたくはないけど、仕方のない面もある。多くの人にとって、連中のような輩と反目するのはリスクが大きい。その点、衛兵を呼んだ君の判断は正しかったよ』

『珍しい髪と服装、それに名前だと思ったけど……スバルはどこから?王都ルグニカにはどんな理由できたんだい?』
『どこからかって言われると答えづらいんだよな。東の小国って設定はダメ出し食らったから……も、もっと東とかってのはどうだー』
『ルグニカより東……まさか、大瀑布の向こうって冗談かい?』

『誤魔化してるってわけでもなさそうだけど、そこはいいか。とにかく、王都の人間じゃないのは確かみたいだけど、何か理由があってきたんだろう?今のルグニカは平時よりややこしい状態にある。僕でよければ手伝うけど』

​───────​───────​─────

「平時よりややこしい状況……政治とかか?」
「わからないけど……この人は、いい人みたい」
菜穂子がその瞳に微かな光を宿す。
彼が昴を守ってくれれば、昴はもう傷つかずに済むから。
「大瀑布……」
その言葉に賢一は唸る。
情報が少なすぎて、正直何も分からないが。

​───────​───────​─────

『このあたりで白いローブ着た銀髪の女の子って見てない?』
『白いローブに、銀髪……』
『付け加えると超絶美少女。で、猫……は別に見せびらかしてるわけじゃないか。情報的にはそんなもんなんだけど、心当たりとかってない?』
『……その子を見つけて、どうするんだい?』
『落し物、この場合は探し物か?それを届けてあげたいだけだよ』
『ううん、すまない。ちょっと心当たりはないな。もしよければ探すのを手伝うけど』
『そこまで面倒はかけられねぇよ。大丈夫、あとはどうとでも探すさ』

『ともあれ、何はなくとも商い通りだな、まずは』
『行くのかい?』
『ああ、行く。ラインハルトには世話になった。この礼はいずれ。……衛兵の詰所とか行けば会えるのかな?』
『そうだね、名前を出してもらえればわかると思う。もしくは今日みたいな非番の日は、王都をうろうろしてるから』
『わざわざ男を探して町をうろつき回る趣味はねぇなぁ……乙女ゲーじゃあるまいし』
軽口で応じてシュタッと手を掲げると、ラインハルトは「気をつけて」と最後まで爽やかに見送りの言葉を向けてきた。その言葉に背中を押されるように、スバルは無傷の損害ゼロで路地裏からの脱出を果たしたのだった。――その背中を青い双眸が、値踏みするように見ていることには気付かずに。

​───────​───────​─────

「……昴……!」
一人で行動をしてしまう昴に菜穂子が唸る。
「今からあそこに行くなら……またあの女の人と会う……」
酷く妖艶な見た目をした、猟奇的な女。
「……今の目……」
賢一はラインハルトの目に引っ掛かりを覚えているようだ。
「……良い奴、だよな」
一縷の不安が、揺蕩う。

​───────​───────​─────

『あら、ごめんなさい。大丈夫かしら?』
『だいじょびだいじょび。こう見えても俺って丈夫なのが取りぇぇぇっ!』
『楽しい子ね。それで本当に大丈夫?』
『――そんなに恐がらなくても、何もしないのだけれど』
『こわ、恐がってとか、恐がってとかねぇですよ?なにを根拠にそんな俺をビビり君認定ッスか?マジ超ビビるんですけどー、そういうの凹むわー、ビビるんですけどー』
『臭い……』
『恐がってるとき、その人からは恐がってる臭いがするものよ。あなたは今、恐がっている。……それから、怒ってもいるわね。私に対して』
『……少し気にかかるのだけれど、いいわ。今は騒ぎを起こすわけにいかないから』
『お、穏当じゃない発言だな。あんましビビらせると美人が台無しですぜ?』
『あら、お上手。――敵意が隠せればもっと上出来よ』
『それじゃ、失礼するわ。また会えそうな気がするわね』

​───────​───────​─────

「……どうして、自分を殺した人に……」
そんな軽口が叩けるのだろう。
「昴……昴!」
菜穂子は恐れた。
昴が、自分の死を受け入れてしまうことを。
それを、手段として考え出すことを。

​───────​───────​─────

『俺の用件はひとつ。――お前が盗んだ徽章を、こちらで買い取りたい』

『これは確かに恐れ入ったわい。もしも儂が取り扱うなら、聖金貨で十五……いや、二十枚は下らずにさばいてみせる。それだけの価値はある』

『ちょっと待て。なんでそんなに急いでんだ?』

『この徽章は、なんだ?実はこいつには、この見た目以上の価値があるんだ。だから欲しがるんだろ?それはつまり、魔法器以上の金になる価値ってことだ』

『語るに落ちてるぜ。――関係者だってな』

『俺がそれを欲しがるのは……元の持ち主に返したいからだ』

『――開けるな!殺されるぞ!!』

『――殺すとか、そんなおっかないこと、いきなりしないわよ』

​───────​───────​─────

「……昴は嘘とかつくの苦手だもんなぁ……」
眉を下げて小さく呟く。
昴は普段の言動に比べてその実内面は繊細で正直な面がある。
「……小さい頃からそうだった」
それは、昴を取り巻く環境が変わっても変わらなかった。
口先で誤魔化す類のことは出来ても、悪意を持って騙すことが出来ないのだ。

​───────​───────​─────

『私からの要求はひとつ。――徽章を返して。あれは大切なものなの』

『お嬢ちゃん。……あんた、エルフじゃろう』
『正しくは違う。――私がエルフなのは、半分だけだから』
『ハーフエルフ……それも、銀髪!?まさか……』
『他人の空似よ!……私だって、迷惑してる』

『兄ちゃん。さてはまんまとアタシをはめたな?』
『持ち主に返す、とか言いやがるから怪しいとは思ってたんだ。路地の連中に横入りさせなかったのも作戦だろ?グルだったんじゃねーか』

『……?どういうこと?あなたたち、仲間なんじゃないの?』
『小芝居すんなよ。追い詰められてんのはこっちだ。堂々と徽章を取り返して、アタシの間抜けさでも笑うといいじゃねーか』

​───────​───────​─────

「ハーフエルフで銀髪なのがダメなのか……?それが、『嫉妬の魔女』ってやつと同じ見た目とか……か」
賢一が頭を巡らせる。
いつもなら十全に働いたそれも、焦りや動揺に塗れた脳では不十分としか言えないが。
「……このまま、逃げたら」
エルザと名乗るあの女が舞い戻る前に。

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『――パック!防げ!!』
わずかに身を伏せる偽サテラの後頭部、そこに淡く青に輝く魔法陣が展開。それが叩きつけられる刃を正面から受け止め、凶刃からその白いうなじを完全に守り通していた。
『パック……っ』
『間一髪だったね、まさに』
『なかなかどうして、紙一重のタイミングだったね。助かったよ』
『助かったのはこっちだ。あんがとよ』
『――精霊、精霊ね。ふふふ、素敵。精霊はまだ、殺したことがなかったから』

​───────​───────​─────

「あっ……!また……!」
菜穂子は唇を噛む。
「また殺されてしまう……昴が……」
大した理由もなく、なんの意味もなく。
それがどんなに酷いことか、エルザは知らないだろう。
「……あの精霊は強そうだが……時間制限があるって話だったな……」
そうなれば、エルザを撃退することも難しいように思える。
「昴……」

​───────​───────​─────

『――あなたは仕事をまっとうできなかった。切り捨てられても仕方がない』
『てめぇ、ふざけんなよ――!!』
『こんな小さいガキ、いじめて楽しんでんじゃねぇよ!腸大好きのサディスティック女が!!そもそも出現が唐突すぎんだよ、外でタイミング待ってたのか!?うまくいくかもとかぬか喜びさせやがって、超恐いんだよマジ会いたくねぇんだよ!俺がどんだけ痛くて泣きそうな思いしたと思ってやがんだ!刃物でブッスリやられるたんびに小金貰ってたら今頃俺は億万長者だ!それは言い過ぎた!』
『……なにを言ってるの、あなた』
『テンションと怒りゲージMAXでなにが言いてぇのか自分でもわかんなくなってきてんだよ!そんなお日柄ですが皆様いかがお過ごしでしょうかチャンネルはそのままでどうぞ!』
『時間稼ぎ終了――やっちまえ、パック!!』
『見事な無様さだったね。――ご期待に応えるよ』

​───────​───────​─────

「……ぁ」
菜穂子の頬の筋肉から力が抜ける。
昴の言葉は、どこか懐かしくて。
「……あぁ、変わらない。昴はずっと……」
感情的になってしまうのも、年下の子や女の子に優しくできるのも、変わらない。
「……ハーフエルフの子を捨てて逃げる……ってのが、俺はいいと思うぜ、昴」
昴がそれをしないこともわかっているが。
「昴……生きてくれよ」

​───────​───────​─────

『――備えはしておくものね。重くて嫌いだったけれど、着てきて正解』
『まさか、コート自体が重くて、脱ぐことで身軽になる感じの展開!?』
『それも面白いのだけれど、事実はもっと単純なこと。――私の外套は一度だけ、魔を払う術式で編まれていたの。命拾いしてしまったわね』
『精霊術の使い手を舐めないこと。敵に回すと、恐いんだから』
多重展開された氷の盾が、エルザの刃を易々と食い止めていた。そして、一撃を止められたエルザは即座にバク転で後ろへ回避。それを追うように地面に突き立つのは、ややサイズを小さくした氷柱の連撃。そちらの追撃は銀髪の真横、指揮者のように腕を振るうパックによるものだ。

​───────​───────​─────

「……クソ、魔法がある世界だしそういうのもあるのか……」
ゲームで言うところの防御アイテム的なものなのだろう。
「……逃げるのも、ここまで来たら難しそうだな」
ここまで派手に戦いが展開されては、二人の間を縫って昴が逃げるのは至難の業だ。
「……どうすれば、昴は」

​───────​───────​─────

『そろそろ幕引きといこうか。同じ演目も、見飽きたでしょ?』
『──足が』
エルザの足下、その右足が凍結した床に縫い付けられているのだ。砕かれた氷塊がわずかに降り積もり、彼女の足を絡め取る楔の役割を果たしている。
『……してやられたってことかしら?』
『年季の違いだと思って、素直に賞賛してくれていいとも。オヤスミ』

『嘘、だろ……』
『嘘じゃないわよ。ああ、素敵。死んじゃうかと思ったわ』
『……女の子なんだから、そういうのはボク、感心しないなぁ』
血が滴り、凍結した床の上をほのかに湯気が立つのがスバルにも見えた。血の発生源はエルザの右足だ。氷結魔法の射線上からわずかに離れ、素足で立つ彼女の右足からはおびただしい出血が見られる。それは当然だろう。なにせ、彼女の右足の底は、ばっさり削がれているのだから。

​───────​───────​─────

「……こんなの、まともじゃないわ……」
足の底を切り、恍惚と笑っている。
それは、平和な国で暴力的な思想を持たずに生きてきた菜穂子たちにとっては、吐き気を催す類のもので。
「見てるだけで、痛い……」
菜穂子が顔を顰める。
「……まじ、かよ」
賢一も呆気にとられる。
昴は、この世界で生きていかなければならないのだ。
人の形をした悪意が、潜めく世界で。

​───────​───────​─────

『お、おい、兄ちゃん……』
『よく聞け、リッスンミー。いいか、フェルト。俺は今から、討ち死にしたロム爺とおんなじ感じで時間を稼ぐ。どうにか隙の一個でも作ってみせっから、その間にお前は逃げろ。わき目も振らずに入口から全力疾走。エスケープだ、いいか?』
『――!よくねーよ!なんだそりゃ、アタシにケツまくって逃げろってのか!?』
『そうだ、ケツまくって尻尾巻いて逃げちまえ。本当なら俺がそれやりてぇんだぜ。こんな暴力空間、一秒だって長居したくねぇよ』
『お前は十五で、俺は十八。たぶん、お前が一番年下ってことになる。したら、お前が生きる確率が一番高いとこを選ぶのが当たり前だ。当たり前なんだよ』

​───────​───────​─────

「……そうだな。子供は守らなきゃならねぇ。……だけど、お前もまだ子供だろう……」
賢一は何となく気づいていた。
この世界では、昴をまだ庇護されるべき子供として守ってくれるやつはいないんだろうと。

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『狙いは上々。でも、殺気が出過ぎてて見え見えなのが残念』
『殺気か!それの制御方法は知らねぇや!』
『今だ!いけよ、フェルト――!!』
『行かせると思う?』
それを真横から阻むのは、エルザが懐から抜き放った投げナイフだ。シンプルな装飾のそれは真っ直ぐに、逃走するフェルトの背中を狙い撃っている。
『行かせてほしいなってのが願いだ!!』
真横にあったテーブルを蹴り上げて、スバルはそのナイフの進路を阻んだ。

​───────​───────​─────

「あぁ……昴……!」
菜穂子が心配そうに青い顔をする。
銀髪の少女が魔法を駆使していることから最悪の事態は免れる──と思いたいが。
「このままじゃ終わらねぇ……なにか決定打がないと……」
触れられない距離が恨めしい。
昴の肩を引いて逃げろと言えたら、どんなによかっただろうか。

​───────​───────​─────

『おふざけはもうけっこうよ。踊りを始めましょう。ちゃんとついてきてね』
『お前の方こそ、早々に沈むんじゃねぇぜ。右投げ左打ち、舐めんなよ』
豪風は横殴りにエルザに襲いかかり、その側頭部を吹き飛ばしにかかる。致死性の高い打撃に対し、しかしエルザは慣れた動きでさらに姿勢を低くし、それこそ地を舐めるような移動でこれを回避してきた。
『蜘蛛女が――!』
『糸に絡め取られたのは間違いないけれどね』
伸び上がってくる刃が見えて、とっさに体を後ろへ倒す。が、追ってくる刃の攻撃範囲からはまるで逃れられていない。瞬きすら忘れそうになる刹那の瞬間、スバルの脳裏をよぎったのは自分が初めて二本の足で畳みの上に立ち、両親が「この子は天才かもしれない」と手を叩いた記憶。
『走馬灯な上に今の状況顧みると申し訳なくなることこの上ない思い出――!!』

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「……ぅ」
幼き頃の昴が記憶として映し出される。
それに息を詰まらせ、涙を堪える。
菜穂子は、一瞬おぞましい想像をした。
「……もし、昴が」
それを口にすることはなく、飲み込んだが──もし昴が今以上に凄惨な、想像もできないような死に方をしたら。
その時、昴が魔法で姿を変えられたりしたら。
菜穂子は、正気を保てるだろうか。

​───────​───────​─────

『――そこまでだ』
『危ないところだったようだけど、間に合ってなによりだ。さあ――』
『お、お前は……』
『舞台の幕を引くとしようか――!』

『……ラインハルト、か?』
『そうだよ、スバル。さっきぶりだね。遅れてすまない』
『黒髪に黒い装束。そしてくの字に折れた北国特有の刀剣――それだけ特徴があれば見間違えたりはしない。君は『腸狩り』だね』
『なんだその超物騒な異名……』
『その殺し方の特徴的なところからついた異名だよ。危険人物として、王都でも名前が上がっている有名人だ。ただの傭兵という話ではあるけど』

​───────​───────​─────

「腸狩り……」
その言葉に、賢一は眉を顰める。
「傭兵ってことは……戦闘慣れしてたのも、そのせいか」
その艶かしい見た目に釣り合わず、酷く暴力的な動きをしていた。
鍛えているとは推測していたが。
「危険人物……」
菜穂子は瞳を伏せて小さく呟く。
「……やっぱり」
逃げて欲しかった。

​───────​───────​─────

『仕方ない。スバル、少し離れていて。できればあの老人を安全圏へ。そのあとはあの方の側にいてくれると助かる』
『かしこまり。……化け物みてぇな女だから、油断しないでな?』
『幸いなことに、怪物狩りは僕の専売特許でもあるんだ』
鋭い呼気を放ち、エルザが手にしたククリナイフを首目掛けて一閃。
『女性相手に、あまり乱暴はしたくないんですが……失礼』
踏み込みで床が破裂し、衝撃波が発生するほどの蹴りがエルザを吹き飛ばしていた。

​───────​───────​─────

「……まじかよ」
賢一がそう口から零していた。
踏み込みで床が破裂するなど、賢一でもなかった。
「……剣聖、ってやつは恐ろしいな」
それと出逢えた昴の豪運を称えるべきかとも思うが。

​───────​───────​─────

『すまないが――飛び道具は僕には届かない』
『矢避けの加護――!』
『生まれながらに与えられたものでね……不公平とは思わないでほしい』

『武器を失ったのなら、投降をお勧めします』
『二本目があるぞ、ラインハルト!』
『よくわかったわね』
『実体験があったんでな!』

『ただし、牙は二本だけではないの。……仕切り直しに付き合っていただける?』
『全ての武器を切り落とせば、満足してもらえるかな』
『牙がなくなれば爪で。爪がなくなれば歯で。歯がなくなれば骨で。骨がなくなるのならば命で。――それが戦闘狂というものよ』
『それなら、その看板を折らせてもらうとするよ』

​───────​───────​─────

「矢避けの……?」
菜穂子が首を捻る。
加護というくらいだから、神様から与えられた力なのだろうか。
「……魔法だけじゃなくて、たくさんよく分からないことがあるみたい……」
こんな世界に放り込まれた昴のことを思うと、気が気でない。

​───────​───────​─────

『――ラインハルト!よくわからんが、やっちまえ!』
『――なにを見せてくれるの?』
『アストレア家の剣撃を――』
『『腸狩り』エルザ・グランヒルテ』
『――『剣聖』の家系、ラインハルト・ヴァン・アストレア』
極光が屋根を失った盗品蔵を引き裂き、空間ごと真っ二つに切り裂いた。世界がずれたとしか思えない光景、放たれた極光は一瞬の間、室内を白く塗り潰していたが、光が晴れた直後に世界が激変する。
ずれた空間が元に戻ろうと収束を始め、大気が歪曲するほどの威力の余波が部屋の中を暴風となって荒れ狂う。逆巻く風が盗品を、家財を、廃材を巻き込んで暴れ回り、その二次災害からスバルは必死で偽サテラとロム爺の巨体を守り切る。
『なにが化け物狩りは自分の領分だ。お前のが十分、化け物じゃねぇか!』
『そう言われると、さすがに僕も傷付くよ、スバル』

​───────​───────​─────

「……えっ、えっ、?」
菜穂子が困惑し、賢一も思わず呆ける。
人間が扱うとは思えないほどに、圧倒的な力を纏う剣技であった。
「……こんなのが何人もいたら、一溜りもねえぞ」
流石に高みに至った人間であると思いたいが、これがデフォルトの世界なら昴があまりにも──。

​───────​───────​─────

『――スバル!』
廃材が跳ね上げられ、その下から黒い影が出現する。影は黒髪を躍らせて、血を滴らせながらも力強く足を踏み出し、加速を得る。ひしゃげたククリナイフを握りしめ、無言で疾走するのは流血するエルザだ。
『てめぇ――ッ!』
『狙いは腹狙いは腹狙いは腹ぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
『この子はまた邪魔を――』
『そこまでだ、エルザ!』
『いずれ、この場にいる全員の腹を切り開いてあげる。それまではせいぜい、腸を可愛がっておいて』
廃材を足場に、エルザが跳躍する時間を稼ぐには十分だった。屋根を踏み、身軽に建物を飛び越える細身を追うのは骨が折れる。この場において、これ以上の戦闘を望まないラインハルトはあえて、その背を追うことをしなかった。遠ざかる背中を見送って、ラインハルトは銀髪の少女に駆け寄る。
『ご無事ですか――』
『私のことはどうでもいいでしょう!?それより……』

​───────​───────​─────

「昴!」
昴が、思い切り吹き飛ばされてしまった。
骨が折れたりしていないだろうか。
「昴……また無茶してっ……!」
菜穂子の瞳から震えたように雫が伝う。
「昴……!」
賢一が名を呼ぶ。
願わくば、これ以上傷つくことはありませんように──と。

​───────​───────​─────

『俺の名前はナツキ・スバル!色々と言いたいことも聞きたいことも山ほどあるのはわかっちゃいるが、それらはとりあえずうっちゃってまず聞こう!』
『な、なによ……』
『俺ってば、今まさに君を凶刃から守り抜いた命の恩人!ここまでオーケー!?』
『おーけー?』
『よろしいですかの意。ってなわけで、オーケー!?』
OとKを上半身の動きで表現するスバルに、銀髪の少女はひきつりながらも、「お、おーけー」と応じる。
『命の恩人、レスキュー俺。そしてそれに助けられたヒロインお前、そんなら相応の礼があってもいいんじゃないか?ないか!?』
『……わかってるわよ。私にできることなら、って条件付きだけど』
『なぁらぁ、俺の願いはオンリーワン、ただ一個だけだ』
『そう、俺の願いは――』
『うん』
『君の名前を教えてほしい』

​───────​───────​─────

「……えっ」
菜穂子は驚く。
「あれだけ傷ついたのに……本当にそれでいいの?」
お金や、もっと色々な要求をしても非難されないだろう。
「……無欲とか、そういう次元じゃねぇな……」
昴は本当にそれを望んだのだろうが、リスクと釣り合わなすぎる。
「苦労するぜ、昴……」

​───────​───────​─────

『──エミリア』
『え……』
『私の名前はエミリア。ただのエミリアよ。ありがとう、スバル。私を助けてくれて』
通算して三回、刃傷沙汰で命を落として辿り着いた結末。あれだけ傷付いて、あれだけ嘆いて、あれだけ痛い思いをして、あれだけ命懸けで戦い抜いて、その報酬が彼女の名前と笑顔ひとつ。ああ、なんと――。
『ああ、まったく、わりに合わねぇ』

​───────​───────​─────

「エミリア……」
その名前を口にして、菜穂子は漸く微笑む。
「……良かったね、昴」
手放しで笑うことは少し難しいが。
「……まず、第一関門突破……ってとこか?」
賢一が、そう息を吐き。

​───────​───────​─────

『それにしてもスバル、よく無事だったね』
『そいつでとっさにガードしたかんな。それがなきゃ、今頃は胴体真っ二つだ』
『そうだね。これがなければ――』
あっけらかんとスバルは笑う。それに追従するように笑いながら、ラインハルトは何気なく落ちていた棍棒を拾い、
『あれ』
その手の中で、棍棒は滑らかな切断面をさらして鈍い音を立てて落ちた。ゆっくりと、ラインハルトがスバルの方を切なげな目で見た。スバルもその視線に従って、嫌な予感を感じつつもジャージの裾をまくる。胴体は先ほどと同じ、真紫の打撲で超変色状態だが、そこに変化が生まれた。――ふいに、横一線に赤い筋が引かれたのだ。
『あ、やばい、これ、俺にも先が読めた』
鋭い痛みが先鋒として訪れる。そして次の瞬間――スバルの腹部が横一文字に裂け、大量に鮮血が噴出。
『――ちょ、スバル!?』

​───────​───────​─────

「……えっ、昴……!?」
菜穂子が慌てて立ち上がる。
「昴……!」
賢一が口を開けば、突如として空間に僅かな揺れが訪れる。

「……第一幕は終了です。続いて、休憩の後……第二幕です」

「第二って……待って!」
菜穂子が手を伸ばそうとするが、音は消え、スクリーンは虚空を映すのみであった。
「菜穂子……」
賢一が悔しそうに名を呼ぶ。
スクリーンがもう何も映さないことをどこかで願いながら。

Comments

  • Apollo

    この人天才でしょ

    Apr 13th
  • 名乗るようなものじゃありません

    やっぱりアヤマツとか ご両親が見たらどうなるのか気になる!

    January 27, 2025
  • アラタ

    これで兎見たら発狂して死ぬんじゃねぇか…?

    December 16, 2024
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