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研磨されていく心/Novel by 春風

研磨されていく心

11,327 character(s)22 mins

スバルくんはちゃんとあの人の息子だなあと思える時が多々ありますよね。
コミュ力に関してはあれでも大事なとこでキメれたり扇動者っぽいとこは遺伝かなあと思ったり。

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『じゃあ、打ち合わせ通りの時間稼ぎを頼むな』
『それは構いませんが、エミリア様の行き先は当てがあるんですか?時間稼ぎしてる間に、ナツキさんとエミリア様が合流できなかったら、僕らが何をしていようが全部無駄に終わってしまうんですが……』
『そこは抜かりなく、とは言い難いな。そこ抜かったせいで今の状況だし。ただまぁ、心配はいらねぇよ』
『エミリアの居場所には心当たりがある。正直、いなくなったって聞かされて情けねぇことにてんぱっちまったが……落ち着きゃ、ここしかねぇなって話だ』
『そう、ですか。ちなみにそれは……いえ、聞かないことにしておきます』
『そうか?別に話して、俺の推理を賞賛する役目を引き受けてもいいんだぜ?』
『やめておきますよ。ナツキさんの太鼓持ちするのは気が進みませんし、時間稼ぎの果てにガーフィールに捕まって、僕が何でもかんでもぽろぽろ喋っても困るでしょう?』
『まぁ、お前の口から洩れるんだとしたら、そりゃもうしょうがねぇと思うしかねぇけどな』

********************

「……ほんと、とんでもない殺し文句ですよ。あんな風に全霊の信頼を寄せられて、誰があの人を裏切れるかって話です」
「スバルがあんなこと言わなくても、オットーくんはスバルのためにすごーく頑張ってくれたんでしょう?オットーくんってすごーくお人好しね」
「エミリア様ほどではないですけどね……」

********************

『信じろ信じろ。オットーは時間稼ぎに徹するって話だ。ガーフィールに捕まったら、すぐに種明かしするようには言ってあるし……アーラム村の人たちだって、余計なことは知らせてねぇんだから襲われる対象にはならねぇはずだ』
『オットーの話じゃ、ラムの協力は取り付けられたって話だしな。最悪、よっぽど切羽詰ってない限りは、あいつがラムに手を上げることはないはず……』
『信じてるぜ、姉様。オットーがいかに頼りなくても、話は聞いてくれよ』
『じゃ、こっちはこっちで、役割を果たすとしますかね』
気合いを入れるように頬を張り、スバルは頭を振ってから満を持して進み出す。
正面、ぽっかりと口を開けた入口へと足を踏み入れた瞬間、スバルはまるで宙を落下するような浮遊感――内臓が浮かび上がるような不快感を全身に味わった。
口元に手を当てて、スバルは込み上げる嘔吐感を無理やりに飲み下して前に踏み出す。
消えない浮遊感。足を踏みしめるごとに段階を踏んで内臓を掻き乱していく感覚。血液が逆流し、眼球が空気に舐め回されるような圧倒的な不快感。
世界がナツキ・スバルを全霊で拒むような拒絶感を味わいながら、スバルは深呼吸を繰り返し、壁に手をついて顔を蒼白にしながら足を引きずって進む。
『そんな、つれなくすんなよ……傷付くんだぜ、俺だってさぁ……』
胃の中身は、これを予期して先に空っぽにしておいた。それでも、内臓を絞り上げるような吐気は口の端から胃液を溢れさせることを要求している。
それをねじ伏せ、目を押し開き、暗がりの中をスバルは懸命に必死に這うように歩く。
『ああ、よかった。――やっと見つけた』
『すば、る……?』
『じゃぁ――話をしようか、エミリアたん』

********************

「……言われなくても、ラムはしなければならないことは務めるわ。頼りなかったのも決して首を横には振れないけれど」
「酷い言い様じゃないですかねえ……」
「……こんなに拒否反応が酷かったなんて……」
エミリアは戦慄する。
「……スバル……」

********************

『それにしても、考えたね、エミリアたん』
『…………』
『確かにここなら、誰にも見つからないで一人でこもれる。そもそも、入れる奴が限られてるし、入れる奴らは揃って入りたがらない奴でもあるからね』
『――隣、座ってもいい?立ってんの、実は結構しんどくてさ』
『…………』
『沈黙は俺の地元じゃ肯定扱いだぜ。んじゃ、失礼して』
『────』
『────』
『スバルは……』
『────』
『どうして、ここに……いるの?』
『どうしてかって言われると、難しいね。俺がエミリアたんのことずっと考えてて、見事に君のいる場所を見つけ出したから、かな』
『違う。違うの、スバル。どうしてここにきたかじゃなくて……どうやって……ここは、資格のある人以外は入れないはずなんじゃ』
『エミリアたんの方こそ、忘れてんの?俺は初日、中でぶっ倒れたエミリアたんを連れ出すためにこの中に踏み込んでんだぜ。ロズワールみたいによっぽど魔女に嫌われてると、入るだけで体が弾けそうになるみたいだけど、俺はそこまではならねぇ。エレベーター到着寸前の浮遊感が延々続くだけ。我慢できないレベルじゃねぇさ』
『……そう、なんだ』

********************

「求められてる答えはそれじゃないってわかってるのにはぐらかすの、スバルきゅんの悪い癖だよネ」
「……この場合は、エミリア様の精神状態を鑑みても、正しい判断じゃないのかと思うがね」

********************

『どうして……私がここにいるって、わかったの?』
『……スバル?』
『ああ、ごめんごめん。ここにいると思った理由っつーと、あれだな。俺にエミリアたんのことでわからないことなんてないって、そういうことだな』
『嘘つき』
『そんな風に言われたって、誤魔化されない。――私にだって、私のことよくわからないのに。スバルにわかられるなんて、そんなのない』
『案外、自分のことって見えてないもんさ。人の方がよっぽど、自分の足元まできっちり見ててくれることもある』

********************

「……スバル殿の言う通り、己の視界では拾いきれなかったものを出会ったばかりの誰かが指摘してくれるのはよくあることです。そのような誰かと出会うことが、最も難しいのですがな」

********************

『エミリアたんがここにいるかどうかってのは、半分信じてて半分願ってた』
『半分、半分……』
『集落の中を走り回って、なかなか見つからなかったから。エミリアたんがどこに行ったのかよりも、なんでどこかに行ったのかの方を一生懸命考えた。そしたら、ここだろうなって思ったんだよ。見つかって、心底ホッとしたぜ』
『……安心、しただけ?』
『ん?』
『私をここで見つけて、安心しただけだった?……怒ったり、してない?』
『なんだよ、エミリアたん。まさか、俺に怒られるの怖がってんの?』
『怒っちゃいないよ。焦りもしたし、正直超大慌てだったけど、怒りはしてない。ここで見つけられたことも含めて、よかったと思ってる』
『……そっか』

********************

「人間叱られているうちが花……とスバル様が口にされたことがありましたが……エミリア様が言いたいのは、そういうことなのかもしれませんわね」
「……?どういうッことだァ?」
「怒られないのは、相手に期待されていないからだと……そう思っているのでしょう」

********************

『怒って、ないんだ』
『──エミリア?』
『スバル、私のこと、怒ってないんだ。――怒っても、くれないんだ』
『どうして、怒ってくれないの』
『エミリ──』
『私、勝手なことしたでしょう?困らせること、したでしょう。黙っていなくなって、心配させたりしたでしょ?逃げ出したりしたんじゃないかって、不安にさせたりとか……そういうことを、したじゃない。そんなことされたら、怒りたくなるでしょ?スバルだって、そうじゃないの?』
『どうして怒ってくれないの……?怒らないのは、き、期待してないからじゃないの?失敗する私を見て、それでも優しくしてくれるのは……失望してないからじゃないの?うまくいかないって、そう思ってるからじゃ……ないの?』

********************

「……これは……なんと答えるのが、正解なのでしょうか」
「正解なんてないんですよ、クルシュ様。エミリア様を苛むのは不安……それを取り除く行動を、スバルきゅんはしないとダメにゃんですけど」

********************

『違う、エミリア。俺はそんな風に思っちゃいない』
『俺が君に怒ったりできないのは、そんな風に思ってるからなんかじゃなくて……っ』
『それなら……っ!どうして!どうして……約束、守ってくれなかったの……?』
『朝まで、手を握っててってお願いしたのに!スバルも、わかったって約束してくれたのに……どうして、手を離したの?どうして、約束守ってくれなかったの……?』
『す、スバルも……パックも、約束……破って、どこかいっちゃう。私を置いて、どこかにいっちゃうの……嘘つき。スバルの嘘つき。パックの嘘つき……嘘つき、嘘つき……嘘つきぃ……っ』
『や、約束は大事だって……前にも、前にも言ったのに!精霊術師にとって、私にとって約束は大事で……だから、守ってほしいって……守れなかったこと、スバルは謝ってくれたはずなのに……なのにまた、約束、破った……』
『……エミリア』
『約束を破るのは、ダメ……嘘は、ダメなの……約束は守らなきゃ……だって、そうじゃなきゃ……そうじゃなきゃ、私……母様やジュースに……』
『嘘は、ダメぇ……ダメなの……っ』

********************

「……嘘、か」
ロズワールが静かに口にする。
「……さて、君はどんな言葉でエミリア様を慰めるんだろうかね」

********************

『エミリア。――俺は、君が好きだよ』
『……え?』

********************

「い、今……なのよ?」
ベアトリスが呆気にとられたような顔をする。
「……ほう、これが……君の選択か」
右目を少し伏せ、ロズワールが笑う。
「……何を、言って」
ラムが珍しく驚きを前面に出した顔をする。
「ナツキさん、らしいですけど……」
オットーが微かに眉を下げる。
「告白……ですの?今?」
「大将……!何かすげェ事考えてるに違いねェ!」

********************

『毎夜毎夜、同じ『試練』に何度も何度も突っかかりやがって。『試練』がなんだ。たかが過去だろうが。過ぎたことに、いつまでもウジウジ引っかかってんじゃねぇ』
『……あ、う』
『代わりにやってやろうってすりゃ、私がやらなきゃいけないことだから、とか言い出して意地張りやがって。それでクリアできるってんならともかく、結果が同じじゃ口先ばっかりじゃねぇか。何度も負け倒す姿を見せられる方の気にもなってみろってんだ』
『す、すばる……』
『挙句にはペット兼保護者がいなくなったら、自分一人じゃまともに立って歩くのもできねぇのか。大泣きしてみんなに心配かけて、役目も放り出してベッドで不貞寝か。めでてぇな、いい加減、付き合いきれねぇよ』
『そ……だよね。す、スバルだって……わ、私のこと、そう思って、当然で……』
『────』
『ひどいこと、言われても仕方ないことばっかり……だもの。私、『聖域』にきてから……ううん、ずっと前から……迷惑かけて、ばっかりで……だから、私は……』
『そうだな。『聖域』きてから、正直いいとこ一個もないな。俺も人のこと言えた話じゃないけど、それにしたって酷すぎだ。フォローのしようもねぇ』
『だから、私は……パックにも、スバルにも……み、見放されて、当然で……』
『確かに。こんだけ色々とやらかした後で、それでも改善の兆しも見えねぇ。どうにかしてやろうって気持ちより、どうにでもなっちまえって気持ちの方が強くなるのも至極当然ってもんだ』
『──けど』
『俺は、君が好きだよ。――エミリア』

********************

「相手の自己嫌悪を肯定した上での、告白……スバル殿、あなたは……」
ヴィルヘルムが薄く笑う。
「まあ、及第点と言ったところね」
ラムが髪をいじる。
「……みんなに見られるのは、すごーく恥ずかしいんだけど……」
エミリアが顔を赤く染めて頬を膨らす。

********************

『俺は、君が好きだよ。好きで好きで好きで、どうしようもないぐらい好きだ』
『な、何を……急に、言い出して……』
『超綺麗なその銀髪も好きだし、潤んでて宝石みたいな紫紺の瞳も好きだし、聞くだけで夢見心地になれる声も超好きだし、すらっと長い手足とか色白の肌とか、身長差とか理想的すぎてたまらないし、一緒にいるだけでドキドキが止まらなくて好きでもうヤバい』
『────』
『ちょっと抜けてるとこも好きだし、何事にも一生懸命なとこ可愛いし、誰かのために必死になれるとことか尊敬してるし、自分のこと蔑ろにしちゃうとことか放っておけないと思うし、君の全部の表情を、君の全部の感動を、隣でずっと一緒に感じられたら最高だって……俺は、ずっと思ってる』
『こんなときに……ふざけないでよ!』

********************

「……これは……」
ユリウスが驚きと感嘆を織り交ぜた色を滲ませる。
「……流石だね、スバル」

********************

『なんでそんなこと急に言い出すの!そんな話をしてたんじゃないじゃない!す、スバルは私がてんでダメだって、全然足りないんだって、そんな風に言ったじゃない!もう付き合ってられないって、見てられないって……わ、私なんかって、そう……』
『ああ、そうだな。あんだけダメダメなとこ見せられて、口ばっかりだってため息つきたくなるような結果ばっかで、俺はただでさえ気が短いんだから、とっくに愛想が尽きちまうところさ。それが、エミリアでないんなら』
『どうして!!』
『ダメなのも救えないのも、全部、私でしょう!?なのに、どうしてそれを見過ごそうとするの。どうしてそれを許しちゃうの。どうして……』
『その答えだけなら、もう何度も言ってる。俺が、君を、好きだからだよ!』
『俺は君が好きだ。だから、どんな残念なとこ見せられても、エミリアの新たな一面を発見ってな感じに思うし、力足りないとこばっかでもここが頑張りどころだぜって応援しちまうし、君が自分にどれだけ嫌気が差しても、俺は君を嫌ってやらない』
『君が自分の不甲斐なさや情けなさが嫌になって、周りにもおんなじように否定されるような評価をされるべきだって思い悩んでも……俺は君に期待し続けるし、君の弱さを理由にして見放したり、見限ったりなんかしてやらない』
『俺は君にぞっこんだ。エミリアのいいところが全部、俺には輝いて見える。もちろん、いいとこばっかじゃないことぐらい俺だってわかってる。君は……君は天使でも、女神でもない、普通の女の子だ。辛いことや苦しいことには泣きたくもなるし、嫌なことは避けて通りたくもなるし、楽で楽しいことばっかりを選べるならそうしたいって気持ちは君にだってある』
『でも、そんな弱いところとか、醜いって言えるところまで含めて、俺はエミリアって存在が丸ごと好きだ。だから……今も俺は君に、失望したりなんかしてない』

********************

「弱いところとか、醜いって言えるところまで含めて……」
ラインハルトが目を開く。
「……そうか、スバルは……うん、そうだったね」
青い双眸が笑みという形で細められる。
「スバルは、エミリアに幻想を見てるわけじゃないのよ。エミリアが弱くて人間らしいところがあるのもわかっていて……その上で、エミリアに立つように言って」
「……これは」
ラムが瞳を揺らす。
虫食いのような記憶の中から奪われたが、スバルの記憶の中には確かに生きている少女のこと。
「……王都で、レムが」
スバルの記憶を通して見た、愛おしい妹の言葉のようで。

********************

『――ッ!そんなの!か、勝手すぎるじゃない!』
『あんな風に否定して、ダメだってたくさん言ったくせに、それでも好きだなんて……し、信じられるわけない!スバルがどうして、私をそんな風に信じられるのか、そんなの……私には、全然わからないもの!』
『違う!頭っから間違ってんだよ!何がどうだから信じられる、だから好きだ。――そうじゃねぇんだ。俺はお前が好きだ。だから、信じられる。こうだ!』
『好きってだけで、信じる理由になんてならない!』
『――!好きってだけで信じられねぇんなら、誰が好き好んでお前みたいな面倒な女のために、こんな苦しい思いまでして助けにこなきゃならねぇんだ!』

********************

「面倒な女……」
ロズワールが目を見開く。
「……まさか、この場でそんなことを言うとは」
「スバルきゅん!?告白してたのに、面倒な女とか……えぇ!?」
フェリスが驚きを口にすれば、ヴィルヘルムが口角を上げる。
「……大事なことです。永く共にいるなら、不満をぶつけ合うことが」

********************

『お前が好きだ!頭がおかしくなるぐらい、死んでもいいぐらいお前が好きだ!だから痛いのも苦しいのも我慢して、今も吐きそうなのにお前の前に立ってんだ!』
『そんなこと!私、お願いしてない!勝手なことばっかり言って……スバルこそ、私の気持ちなんて何も考えてくれてない!そうやって……スバルが私のせいで矢面に立って、いつも傷付いてるの……どんな気持ちで見てるか、全然わかってない!』
『わかるもんかよ、考えもしてねぇ!俺が考えてんのは、お前の前でかっこつける方法ばっかだ!どうすりゃお前の目に一番いいように映るか、どうすりゃお前が一番喜ぶ結果になるか……人があれこれ苦労してんだ、少しは思い通りに可愛い顔しろよ!』
『お人形みたいに言わないで!喜ばせようとか、そんな風に思ってくれてるなら……な、なんで約束を破ったりするの!お願いしたこと、守ってくれたらそれでいいのに!なんで、それはしてくれないの!私のこと、本当は嫌いなんでしょう!』
『好きだ!!』
『嘘つきぃ!!』

********************

「……まるで子供の喧嘩なのよ」
「そうですわね……でも、いつも気を遣ってばかりではいつか崩れてしまいますわ。ぶつかり合うことが……大切なのかもしれませんわね」
「……私、こんなこと言ってた?必死で叫んでたから、全然覚えてない……」

********************

『嘘じゃねぇ!お前が好きだ!お前の方こそ、俺のことどう思ってんだ!思わせぶりな態度ばっかり取りやがって!お前が可愛い顔して脈あるみたいな態度するたびに、俺がどんだけ心揺らされてると思ってやがんだ!ふざけんな!』
『ふ、ふざけてないもん!普通にしてるのに、変なこと言わないで!今、考えることがたくさんあって大変なのに、スバルをどう思ってるかなんて……そんなの考えてられない!やめてよ!私を困らせないで!』
『困らせてんのはどっちだ!俺で!お前だ!』
『スバルで!私でしょう!?』

********************

「……これ、惚気じゃにゃい?」
「当人たちにはそのつもりは無いのだと思いますが……」
「友人の惚気を聞くというのは……すごく、不思議な気分だね」

********************

『もう何を言われても信じられない!スバルは嘘つきだもの!約束を破って、それでも平気で私の前に顔を出して……き、気付いてないと思ってたんでしょう!ちゃんと見てたんだから!スバルが私との約束を守ってくれるかどうか、ちゃんと見てたんだから!』
『性格悪いことしてんじゃねぇよ!弱ったふりして人を試すような真似して、恥ずかしいと思わねぇのか!』
『約束破った嘘つきに、そんなこと言われる筋合いない!』
『俺が約束を破ったことと、このこととは話が別だ!』
『どうして……どうして、約束を破ったの……?』
『……約束を破ったことは、悪いと思ってる。お前の手を握ったまま、朝まで一緒にいてやりたいと、そう思ってたのは本当だ』
『そんなこと聞いてない。――どうして、約束を破ったの』
『……言えねぇ』

********************

「……手紙を書くため、ですね」
オットーが軽く息を吐く。
「ほんと、不器用な人達なんですから……」

********************

『約束は守ってくれない。破った理由も、教えてくれない。……それで、どうしろって私に言うの。好きだって、そう言ってくれるんなら……ちゃんと、そうしてよ!じゃなきゃ私……信じられない……っ』
『エミリア』
『約束を守って、朝まで一緒にいてくれたら! きっと私、スバルを信じられた!スバルを信じて、きっと全部を預けられた!なのに、スバルは約束を破って……だから私、もうダメなんだって……スバルもパックも、私を置いていくんだって……』
『パックがいなくなって、頭の中に浮かぶ景色があるの。……私の頭の中に、知らない景色が、覚えのない会話が、どんどん溢れてくる……』
『これまでも、ちゃんと覚えてるつもりだったのに、出てくる記憶は知らないことばっかりで……でも、それは確かに私の記憶で……思い出すたびに、あったはずなのに忘れていたことが出てくるたびに、不安になるの……っ』
『私がパックに寄り掛かって、色んなことから逃げてたことにやっと気付いた……パックはきっと、これを私に教えるためにいなくなったんだって。でも、恐い。恐いの。パックがいなくて、本当の思い出が溢れて……私が、私でなくなってくみたいで』
『この思い出が全部、溢れたとき……私、きっと違う私になる。今の私は、本当の思い出とは違う思い出を、自分の始まりだと思い込んでて……でも、本当の始まりを思い出したら……ここまで歩いてきた私、きっと消えちゃう……』

『――大事なのは最初でも途中でもなくて、最後なんだから』

ふいに、脳裏に響いた声があった。
聞き慣れたはずの遠い声は、スバルにとっては身近で、でももう会えない人の声。
別れ際の最後の最後、宿題としてスバルに差し出された言葉。

********************

「……大事なのは、最初じゃなくて最後……」
ラインハルトがその言葉に頬を緩める。
「……凄くずるくて……すごく、優しい言葉だね」
「……ああ、スバルはずっと、あの暖かい日の下で愛されて生きてきたのだろうね」

********************

『エミリアがどんな思い出を思い出しても、何も変わらないよ。俺は、お前が好きだ。ずっと、好きなまんまだ』
『――っ。信じ、られない。スバルが好きだって、そう言ってくれる私……い、いなくなっても、まだ、そんな風に……』
『言える。たとえ何がどうだろうと、君はいなくならない。俺は、君が好きだ』
『……嘘つきの、くせに。し、信じさせて、くれなかった……くせに……』
『――なら、信じさせてやる』

********************

「信じさせてやるって……!?」
フェリスが口元を押えて騒ぐ。
「いけェ!大将!漢を見せろォ!」
ガーフィールが声を張り上げる。
「……この大画面で……」
オットーだけは、今から起こることをこの人数に見られるスバルとエミリアの心境を按じていた。

********************

『すば……』
『嫌なら、よけろ』
息がかかるほどの距離――否、息すら二人の間を遮れないほどの距離。
エミリアの肩に手を伸ばし、スバルは彼女に顔を寄せる。近付くスバルを見て、エミリアは瞳に戸惑いを浮かべ、体を硬直させた。
一秒、待つ。
振りほどかれるなら、そこまでだ。
でも、エミリアは目を閉じた。
それが諦めだったのか、迷った末だったのか、スバルにはわからない。
互いの息遣いが絡み合い、エミリアが息を詰め、スバルが痛みに眉を寄せる。
小さく音が鳴ったのは、勢いで歯がぶつかり合ったためだ。疼くようなかすかな痛みを最初に味わい、しかしそれはすぐに強烈な熱の前に頭の片隅からすらも消え去る。
柔らかい唇。触れ合うだけの口づけ。
エミリアにとっては初めてで、スバルにとっては彼女と二度目の口づけ。
冷たい、『死』の味がした一度目とは違う。二度目のキスは、熱い『命』の味がした。

********************

黄色い歓声が上がり、フロアが湧く。
耳が劈くほどの高音が重なる。
フェリスとガーフィール、クルシュやフレデリカが特に騒いだ。
「……スバルきゅんやるじゃん……」
「大将……!!!」
「……みんなに見られるのはちょっと……すごーく恥ずかしいんだけど……」
エミリアが耳まで真っ赤にする。
二人きりならまだしも、人前でこういうのはあまりエミリアの趣味では無い。
「……ナツキさん……覚悟決まってますね」
「……いやーぁ、この大画面で彼とエミリア様の接吻姿を見ることになるとーはぁ」
「……なんと……スバル殿」

********************

『お前が好きだ』
『────』
『どんなにダメなとこ見ても、こうやって言い合いになっても、それでも俺は変わらずエミリアのことが好きなままだ。それは何があっても変わらないし――だから俺は、君のことをずっと信じてる。どうしてかっていうなら』
『好き、だから……』
『知らない記憶が溢れてきて、不安に思う気持ちがあるのは当たり前だ。知らない自分が出てきそうで、恐い気持ちになるのもわかる。でも、それでエミリアが歩いてきた道が消えるわけでも、想いが変わるわけでもきっとない』
『どうして、そんな風に……言えるの……?』
『大事なのは最初じゃない。最後だからだ。――俺の、世界一尊敬する女の人が言ってた』

********************

「世界一尊敬する……やはり、あなたはすごい人だ……スバル殿」
ヴィルヘルムがその瞳に慈愛を滲ませて。
「……大事なのは……最後」
ラムがその言葉を噛み締める。
「……ラムも、そう思うわ」

********************

『大丈夫だよ、エミリア。たとえ何を思い出しても、俺はお前の味方だ。忘れてたこと何でも思い出したらいい。それでもまだ恐いなら、見つけよう』
『見つける……って、何を……』
『俺がエミリアを好きな気持ちで突っ走れるみたいに、エミリアも周りのこと気にしないで突っ走れるようになる、大事な気持ちをだよ』
『その大事な気持ちが、俺に向けられるのを期待したいとこだけどね』
『私の……大事な、気持ち……』
『この記憶を、全部取り戻したその中に……あるのかな、私の、大事な気持ち』
『ああ。きっとあるぜ。歩き続ける理由が』
『────』
『──スバル?』
『何でもない……って強がりたいとこだけど、何でもある。今、結構ヤバい。とりあえず、言い合いでも話し合いでも、続けるんなら外でやりたいかな』
『もう……そんなつもりないくせに』
『俺は、俺のやるべきことを、やり切らなきゃな』

********************

「……やっぱり、スバルはすごーく優しい。私の大事な気持ちも……もうすぐ、見つかる気がするから」
「……ナツキさん……」
スバルの心の声を聞いて、オットーは思う。
あの状態をファーストキスとカウントするのは、些か自罰心が過ぎないかと。

Comments

  • レイラ
    Mar 30th
  • a

    本当にこのシーンスバルがかっこいいっ、うちもキスされたい!こんなキスえろ過ぎる!!!

    December 3, 2025
  • あさ

    数話前までも地獄はなんだったんだってぐらいこの話やかましい

    August 16, 2025
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