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竹鶴酒造 広島県 広島県竹原市

風土と歴史を醸し「食をおいしくする」 本質を極める酒蔵の矜持

取材日 2026年02月
うま味が豊かできれ味よく、熟成や燗で花開く純米酒。 竹鶴酒造は竹原の風土を背景に「食をおいしくする」酒を醸してきた。 また製塩業で培われた「本物を造る」という精神も彼らの酒造りを支え続けている。 同蔵がたどってきた足跡、そして酒造りの根底に流れる理念は、現代の日本酒業界において多くの示唆に富んでいる。

小味の効いた魚の味を引き出す食中酒

瀬戸内のおだやかな海に面する広島県竹原市は、中世より戦国武将・小早川氏の外港として発展した町である。1650年には現在の兵庫県赤穂市から製塩技術を導入し、潮の満ち引きを利用した入浜式塩田を開始。全国の生産量の8割を誇った瀬戸内海沿岸部の中でも潮の干満差が極めて大きい竹原の地形を生かして作られた塩は、その品質の高さから全国屈指の産地として名を馳せた。

竹原市は製塩業とともに発展を遂げた町として知られる。竹鶴酒造は往時の景観を今に残す竹原市竹原地区伝統的建造物群保存地区の一角にたたずむ。

大潮時およそ4mにも及ぶ干満差と島々の間を通る速い潮流とが相まった竹原の漁場では、身が引き締まり濃厚な旨みをたたえた魚が育まれる。代表的なところでは、小イワシやメバル。また、かつて製塩を生業とする商人の間で食された「魚飯(ぎょはん)」は、地元で上がった魚介の深い味わいと、北前船で北海道からもたらされた昆布のうま味の共演によって生まれた郷土食として、同じ製塩業を前身に持つ竹鶴酒造が大切に受け継いできたという。

1733年創業の竹鶴酒造は、こうした豊かな竹原の風土や食文化に寄り添いながら酒を醸してきた。とりわけ重きを置くのが、瀬戸内の魚介の“小味の効いた味”を引き出すうま味。麹は総破精に仕上げるだけでなく、麹歩合を23%前後まで高めることで増幅させ、素材の味わいと相乗することで「食をおいしくする」のが狙いだ。

麹は大吟醸酒から純米酒まですべて総破精。しっかりと育てることで「うま味」「きれ味」「酸味」にすぐれた味わいを生み出す。23%前後と高めの麹歩合もうま味に寄与。

さらには、蔵の敷地内の地下126mから湧き出る水も銘酒「竹鶴」がもたらすうま味に寄与していると、代表取締役の竹鶴敏夫氏は説明する。

「この井戸の最大の特徴は、海水が1/300ほど入っていること。海水に含まれる塩化物イオンは麹内部のさまざまな酵素の醪への溶出を促し、その結果タンパク質からアミノ酸への分解が一段と進み、うま味成分が多くなるのです」。

仕込水には深さ126mの井戸から湧き出る清浄な軟水を使う。海水由来の塩化物イオンやナトリウムイオンが含まれており、竹鶴の豊かなうま味を生み出している。

今でこそ地酒は地域から全国へ、そして世界で消費されるようになったが、「30年ほど前まではほとんど竹原でしか飲まれていませんでした」と竹鶴氏。原料の産地ではなく消費地に酒蔵がある日本酒だからこそ、「竹鶴酒造が広島県竹原市にある理由を考えて酒造りをしなければならない」と考えている。

ゆえに、深い味わいの魚が育つ風土と食文化に慣れ親しんできた竹原の人たちの味覚に応える酒造りをしてきたのであって、うま味を追求する酒造りの理念は昔も今も変わらない。「風土は酒の味わいに表れるだけでなく、蔵の方針や考え方をも育んでゆくのです」。そう説いた竹鶴氏の言葉からは、この地で酒を造り続ける矜持が見て取れた。

竹鶴の酒造りに宿る塩作りの精神と誇り

竹原の風土を映し「食をおいしくする」竹鶴の酒は、単にうま味を追求するだけでなく、理にかなった技術や製法があればそれを取り入れ、味や品質を高めてきた。

たとえば2004年から取り組む生酛造りは、兵庫・灘で確立された技術を忠実に再現することで、竹鶴の酒を懐の深い味わいへと昇華。2016年には竹鶴の酒質を象徴するうま味を活かすため、広島県で戦後初めて全量純米酒蔵となった。

2009年に再興した木桶仕込みも、木の表面に生息する微生物が複雑で重層的な味わいをもたらすことから、竹鶴の酒にさらなる味幅を与えるうえで不可欠な製法の一つになっている。木桶は衛生管理に労力を要する半面、お燗や熟成することで一層味が引き立ち、食をさらにおいしくするのだ。

木桶の表面に生息する乳酸菌などの微生物は「熟成やお燗に向いた成分を作る」と竹鶴氏。保温性が高い木桶は微生物の活動を促すため、味わいも複雑で重層的になるという。

こうしたこだわりは、かつて塩作りを生業としてきた彼らの「本物を目指す」精神とともに息づいている。

古くから塩の産地として知られる竹原では、多くの酒蔵が兼業で製塩に携わっていた。瀬戸内海各所で作られた塩の3~5割が大阪の塩商人経由で東日本へと流通する中、竹原の作り手は赤穂に次ぐ製塩の歴史を持つ老舗として高級塩を製造。子供や若者への教育を惜しまぬ高い文化水準と相まって、優れた価値観を醸成してきた町である。

竹原の町を歩くと、製塩業を基盤に酒造業や廻船業などの多角経営で繁栄した竹原の歴史や文化、高級な塩づくりにこだわった町の人たちの息遣いを感じることができる。

一方、安土桃山から江戸中期にかけて竹原に隣接する現在の三原市が四大酒どころの一つに数えられていた広島藩では、地元の酒蔵を保護する目的から他藩で造られた日本酒の輸入がたびたび禁じられてきた。だが、その間に日本酒業界では、それまでの“甘口”から“甘くない酒”へと潮流が変化。幕末から明治期には、流行の最先端を走っていた灘の酒と広島の酒との間に大きな品質の格差が生じてしまったのだ。

危機感を募らせた広島の酒蔵は1888年、竹原をはじめとする酒造家が中心となり、県下初となる酒造組合(賀茂郡南部酒造組合=現在の広島県酒造組合)を結成。灘の酒に対抗しうる酒質の向上を目標に、20年近くの歳月をかけて酒造技術の研鑽を積んだ。

竹原や安芸津を中心に結成された広島県初の酒造組合では、酒質向上の一環として衛生面を強化。風通しがよい蔵の屋根上に洗い場が設けられるようになったそうだ。

そして迎えた第一回全国清酒品評会(1907年)では、広島の酒蔵が上位を独占。竹鶴氏は、塩作りを通じて高級品をつくることが当たり前だった竹原の人たちの信念と高い教育水準によって磨かれた教養が背景にあったからこそ、灘を上回る酒質の向上が図られたのではないかとみている。

「酒造りの根底に塩作りあり。そういう精神が竹原の酒の伝統なのです」と竹鶴氏が話すように、先達から受け継いだ「本物を造る」という信条は、竹鶴の酒に新たな軌跡を重ねながら次の世代へと伝統を紡いでいくのだろう。

そういう意味で、竹鶴酒造が2022酒造年度に新たに手掛けた酒は、同蔵の酒造りの今後を示唆するものになるかもしれない。それが、日本醸造協会系の酵母とは種類が異なる「蔵付酵母」で醸した、木桶仕込みの生酛純米大吟醸酒である。

「竹鶴」という歴史的文脈がもたらす、明日への指針

蔵を訪れた今年2月、我々は木桶で発酵中の蔵付酵母のもろみと対面する幸運に恵まれた。「蔵付酵母のもろみは面白いですよ」と竹鶴氏が見せてくれたそれは見るからにねっとりとしていて、木桶の周りには熟れた南国フルーツを思わせる甘くて濃厚な香りが広がっていた。

酛場は蔵の2階にあり生酛の酛摺りもここで行われる。以前は奥が倉庫で手前の部屋と壁で仕切られていたが、現在は壁が取り払われて広々とした空間に。

実はこの蔵付酵母、竹鶴酒造が2004年の復活当初から酵母を添加せず行ってきた生酛造りの過程で偶然見出されたものだそうだ。酵母無添加といっても、その多くは日本醸造協会が頒布する酵母の系統である。にもかかわらず、竹鶴酒造ではそれらとは明らかに異なる発酵経路や香りを呈することがあり、不思議に思っていたというのだ。

気になって調べたところ、日本醸造協会系の酵母とは別の性質を持つ酵母だったことが判明。蔵付酵母の特性と竹鶴の酒造りとの親和性がとても高いことにも気付いたという。

熱に強い特徴を持つ蔵付酵母は、日本醸造協会系の酵母とは異なり、生酛造りの終盤に火落菌や腐造乳酸菌を淘汰する目的で行う「温み取り」で死滅することがない。熱に強いということは保温性に優れ、もろみの品温が約25℃に達することもある木桶での仕込みにも適している。また、人工的に冷却する必要がないため、木桶らしさを醸し出す木桶表層の微生物の活動を妨げることもない。

蔵付酵母がどのような経緯で蔵に棲みついたのかは不明だが、竹鶴の酒造りに有意な特性を持つこの酵母が偶然の産物であるとは到底思えない。もしもこの蔵付酵母が長年にわたって同蔵に流れる酒造りの文脈によって与えられた恵みだとしたら、竹鶴酒造の酒造りに今後どんな可能性をもたらすのだろうか。

竹鶴氏は「熱に強い特性を持つ蔵付酵母はもろみを人工的に冷却する必要がない。環境負荷を軽減でき、温暖化が進むこれからの酒造りに適している」と現代的な可能性に言及。「これからの造り酒屋にはこのような環境問題への意識が必要だ」として、活用の機会を増やしていきたいと考えている。

一方で経営者としては「蔵付酵母で醸した酒が嗜好品として消費者に長く受け入れられるかどうか」も課題だと話す。環境に配慮した酒造りと「食をおいしくする」竹鶴の酒。その両輪を果たす酒造りが、蔵の将来を左右する道しるべになるのかもしれない。

伝統と現実の狭間に立ち
たどりついた境地

日本酒という伝統産業を代々担ってきた地酒蔵の誇りと、それを支える竹原の歴史風土。竹鶴酒造の取材を通じてあらためて学んだのは、歴史ある酒蔵のあるべき姿であった。好調な輸出や酒質の多様化、日本酒の製造技術をベースに造られた新ジャンルの台頭……。日本酒を取り巻く環境が目まぐるしく変化しても、製塩業で培った同蔵の「本物を目指す」姿勢が変わることはない。むしろ「食をおいしくする」酒造りを貫き、温暖化という課題に醸造家として正面から向き合う姿に共感を覚える。

杜氏を務めるのは地元竹原市出身の藤原泰正氏。竹鶴酒造の蔵人のうち最も長く竹鶴の酒造りに携わっている。

長い歴史の間にはさまざまな社会環境の変化もあれば、流行や嗜好の移り変わりもある。これについても、竹鶴の根底にある酒造りの本質は守りつつ「さまざまな試みを通じて新しい技術を次の世代へと引き継いでいかなければいけない」と竹鶴氏は言葉に力を込める。変化の大きい今の時代に蔵の将来を明確に見通すことは難しいが、「かつて竹原の先達が新しい技術を学び研鑽を積んだ末に灘を上回る酒質を実現させたことは、竹原の誇るべき伝統だと思います。だからこそ、自分が受け継ぐべきものについてはしっかり学んでおかなければならないのです」と竹鶴氏。そう謙虚に話す彼の言葉からは、竹鶴ならではの歴史と風土に根差したブランドを次代につなぐ強い覚悟が伝わってきた。

【SPECIAL THANKS】撮影にご協力いただいた方々。

掲載日: 2026.06.02

掲載冊子: WEB版-限定掲載

竹鶴酒造株式会社

竹鶴酒造株式会社

代表取締役社長(十四代目蔵元)

竹鶴 敏夫

1973年生まれ。大阪大学卒業後、国税庁醸造研究所研修を経て竹鶴酒造に入社。2014年から代表取締役社長を務め、現在に至る。かつて製塩業で培った「本物を造る」という価値観を今に受け継ぎ「食をおいしくする」酒造りを追求。竹原の歴史と風土を反映したうま味豊かな酒を伝統的な手法で醸す一方で、新しい技術の探求にも取り組んでいる。

取材・文 市田 真紀

広島市出身、岡山市在住のライター。夏は圃場、冬は蔵が取材フィールド。講演・講師活動を通して「雄町」など岡山県産米の広報にも力を注ぐ。風土が醸す地酒の魅力を広く伝えることが目標。SSI認定きき酒師、同日本酒学講師、J.S.A. SAKE DIPLOMA認定。岡山県酒造好適米協議会広報アドバイザー。

写真 泉奉和