愛に至るまでの道程
ここまでで一区切りって決めてたので端折ってる上に長いです。
最近手足口病になってて書きだめが出来てないのでもしかしたら更新が止まるかもしれません。
ごめんなさい。
1500人もフォロワーがいることに驚いてます。
リゼロパワーすげぇ……
こんな拙い文にコメントを頂けるだけでも嬉しいので、ぜひぜひお願いします!
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クリスタルの中で眠る少女を見た。
そのクリスタルに触れれば、全身を違和感が走った。
『突然、なんのつもりなんだ?』
『……?ついてこいって?』
『中じゃ、ないのか。外に出るのはいいんだが……』
『――なんじゃ、ずいぶんと難しい顔をしとるの、スー坊』
『……おいおい、このタイミングかよ』
『色々と話したいこともあると思うが、まずは場所を変えんといかんじゃろうな』
『ああ、そうしようぜ。ホント、積もる話が多すぎるよ』
「…難しくて、よくわからない」
「こればかりは、理解に時間がかかるのも仕方ないかしら」
『あの施設がなんなのか、という質問に答えるとすれば、あそこはこの『聖域』のある意味で中核。言ってしまえば、『聖域』の存在理由の一角じゃな』
『ここを作ったのはエキドナ、かの魔女じゃな。『聖域』はあの魔女にとって、必要なものであったから作られた。極端なことを言えば、それだけの場所』
『実験内容に関しては、その成功例をすでにスー坊は目の前にしとるじゃろ?』
『この場所の結果が、リューズさんや、この子だっていうのか』
『スー坊は優しい子じゃのぅ。もしくは、甘い子じゃ。――素直に、実験結果といってもいいんじゃぞ』
「実験……」
オットーの瞳が揺れる。
「……エキドナは、これを知られたくなかったのね」
エミリアの瞳が閉じられる。
『――クリスタルの中の女の子と、リューズさんはどういう関係だ?』
『スー坊の考えた通り、もともとの儂はそこの娘と同じで、器に何も満たされないまま生み出された。年月をかけて、空っぽの中身を注ぎ足しながら今日まで生きてきたというわけじゃな』
『あのクリスタルの中身が、本物の、最初のリューズ・メイエル。それ以外の、儂を含めた全てのリューズは、リューズ・メイエルの模造品ということになるの』
「ッ…本当に、この部屋は誰が作ったんだァ……!」
秘密を、最悪な形で明かすなど、冒涜ではないか。
「……きっと、それを知るのは全てが終わってからかしら。」
『顔色も変えずに、平気だって言える自信がねぇ。だから、変わらないとは言わない』
『さっきの言葉は訂正じゃ。スー坊は優しくも甘くもあるが……それ以上に、根っこが真っ正直すぎるようじゃな』
「…そう、それがバルスの欠点よ。少しくらい悪知恵が働かないと、直ぐに死ぬわ」
それを口に出して、後味の悪さに苦い顔をする。
『そんなでかいことをやる、モチベーションはどっからきた?動機はなんだ?エキドナはどうして、リューズ・メイエルの複製を作る必要があったんだ?』
『考えられる可能性は、パッと思いつくのがある』
『この手の話のお約束にして大本命。何かの理由で命を落とす羽目になったリューズ・メイエルの、複製という代替品を作ろうとした可能性だ』
『リューズさんが言ってたこととか、ピコの様子を見るに、『聖域』での試みも同じ理由で頓挫してる可能性が高そうだ。見た目そっくりに作れても、中身までは写し取ることができない、って感じで』
「……」
ロズワールが瞳を片方閉じる。
それは、オモチャを楽しむ子供のように。
『思った以上に、スー坊は頭が回りよるようじゃな』
『ただ、いくらか考えすぎのようじゃな。夢見がち、といってもよいの』
『夢見がちじゃよ。スー坊はつまり、こう思っておるんじゃろ?――こんな苦労をしてまで命をやり直させようとした。『強欲』の魔女にとって、リューズ・メイエルという少女はその価値がある、大切な存在だったんだろう。違うか?』
『リューズ・メイエルはただの村娘じゃ。特別、『強欲』の魔女と親しくしていたこともない。血縁であったり、姻戚関係にあったことも当然ない。リューズ・メイエルと魔女はどこまでも他人であり、交わした言葉も極々わずかあっただけじゃ』
「……じゃあ、どうして?」
「…母様」
『おかしいじゃねぇか。さっき、リューズさんは言ってたはずだ。ピコと同じで、自分も中身は空っぽなまま生み出されたって。そんなリューズさんがどうして、クリスタルに入ってるリューズ・メイエルのことを知ってる。筋が通らねぇ』
『リューズ・メイエルは魔女と親しくなかった。が、実験にその身を捧げた。魔女はリューズ・メイエルの肉体を使い、クリスタルに封じて永久の時を与えた。その上で術式を構築し、一定量のマナの蓄積が達成されるたびに、擬似のオドを生成してリューズ・メイエルの複製体を作り出す仕組みを残した』
『リューズ・メイエルの複製体は、言語や最低限の常識感といった知識を除けば赤子同然の状態で生れ落ちる。じゃが、それがすでにおかしいじゃろう。赤子同然ならば、泣き喚くばかりの無知で無垢であるのが正しい。それがどうして、最低限の指示に従える程度の知識は持ち得ている?』
「……まさか」
疎く鈍感なエミリアにもわかる。
それが意味する邪悪さを。
『知識を取捨選択し、魔女は生れ落ちる複製体に与える手段を構築しておったんじゃ。その上で最低限の知識だけを与えて、他のことは空っぽにして生み落している』
『リューズ・メイエルの肉体に、己の記憶と知識を焼き付け繰り返す。もしもそれが可能であるならばそれは』
『――ある種の、不老不死だ』
「……じゃあ、エキドナは自分の知識を残すために、ただそれだけのためにこんなこと?」
エミリアには許容できなかった。
それはエミリアという存在の純潔さと成長速度の遅さを物語っていた。
「…先生」
『案外、魔女も俗っぽいこと目的にするもんなんだな。不老不死なんてもんはもっとこう……自分のちっぽけな命に執着する小者が目指すイメージなんだが』
『命を惜しむことを小者と思うかどうかは個人の感覚じゃろうが、少なくとも『強欲』の魔女は己の命に関して、達観した見方をしていたわけではなかったようじゃな。当たり前のように死を恐れて、それを克服するために手段を講じた。……大抵の場合、それは力不足と能力不足で単なる夢物語で終わるはずじゃが』
「……趣味が悪いですわ。いくら死が怖くてもこんなやり方……わたくしは到底理解ができませんわ」
理解などできるわけもない、それが魔女なのだから。
「…嫌ですわね」
『こうして、複数の……リューズ・メイエルの体を作り出せるってことはさ、複数の体に同じ数だけ人格を放り込めるってことだ。つまり、自分を永続させるだけじゃなく、自分を複数体作り出すこともできるってことになる』
『どんな気分なんだろうな。自分を他にも準備できるなんて、そんな状態。自分が失敗しても、どうにかなる『保障』がある状態って。理解できるか、リューズさん』
『……そればかりは、儂にも永遠に理解できんじゃろうな。人格を抽出する技術は儂の知るところではない。儂という個は、この一個の体が失われたときに消失する。そういう意味では、儂もスー坊も、やり直しの利かん体という点は変わらんよ』
『そうか。そうだよな。……ああ、そうだろうさ』
『そういうことか。ああ、なるほど。お前がやけに馴れ馴れしかったのも、今ならなんとなくわかるよ』
『それなら、今の俺と、何がどれほど違うってんだ』
「…ダメね、バルス。あの魔女を理解者だと錯覚するなんて。たとえ天地がひっくり返っても、魔女が善人であることなどない。魔女は存在するだけで周囲を害する……関わること自体がいけないのよ」
ラムは隠れた瞳に嫌悪を乗せる。
「エキドナがバルスの理解者だなんてことは絶対にないわ」
そう思うように仕向けられているのかもしれないが。
『新しい手段を模索しても、魔女がそれを試すことはできんかった』
『な、なんでだよ。言っちゃなんだけど、試すための土壌は準備できてたじゃねぇか。現にリューズ・メイエルのコピーは何人も……』
『『聖域』での実験を続けるより前に、『嫉妬』の魔女が動き出したからじゃ』
『『嫉妬』の魔女は世界の半分を飲み尽くし、その過程で自分以外の六人の魔女、全てを食らい尽くしたという。『強欲』の魔女も例外ではない。不老不死で命を繋ぎ続ける魔女の目論見は、他でもない魔女の手で断たれることとなった』
「嫉妬……」
エミリアは首を触る。
エミリアは嫉妬の魔女に憑依されていた。
その事実が酷く恐ろしくてならないのだ。
「……気持ち悪い……」
そう、言うことしか叶わず。
『リューズさん、いきなりで悪いんだが……ちょっと協力してくれ』
『指揮権、これ俺の他に持ってる奴が最低でも一人いるよな』
『そいつに話を聞きたいのもあるんだけど、もう一個、気になることがあってよ』
『どうして、俺を扉渡りであの施設に送り込んだのか。そろそろ、その答えを聞きたい頃だぜ……』
「……べティーは」
ベアトリスがクリーム色の髪を弄る。
それは居心地の悪さを物語るかのように。
「…スバル、ごめんなさいかしら……」
『なに、考えてみれば、フレデリカが出ていってから、『聖域』の歯車が少しずつずれ始めていったような気がしてな』
『もともと、成り立ちが成り立ちじゃから、健全な状態だったといえるかは疑問なところじゃがな。それでも……うむ、住人たちもリューズ・メイエルの複製体も、ガー坊も今ほど揺れてはいなかったはずじゃ』
『スー坊や、期待しておるぞ』
『『聖域』は長らく、見失った役割を不細工に繋いで維持し続けることでかろうじて息を繋いできた。その無理が、今になってあちこちで綻びを生んでおる。じゃから、儂は期待しよう、スー坊』
『魔女の妄執を、『聖域』の存続理由を、リューズ・メイエルの願いを、スー坊が誰もが望む形に終わらせてくれることを、な』
「誰も彼も、ナツキさんに期待しすぎなんですよ。彼は──」
「オットーくん」
エミリアがオットーの声を遮る。
「苛立つのは私もわかる。多分、私がいちばんそうだから。──でも、スバルが悲しむから」
強く握られた手に滲む血を、エミリアは悲しそうに見つめる。
「……すみません」
「私こそ、ごめんね」
『てめェ……一体全体、何のつもりでどういう考えで何をやらかす気ィでいやがんだァ、あァ、オイ!』
『見下ろしてんじゃァねェよ、降りろ。目線の高さ合わせて話し合いだ。そっから始めろ。叩っき潰すぞ、この野郎……ッ』
『お前の邪魔が入るのは、なんとなく想像がついてたよ、ガーフィール』
『俺様ァてめェがこんなふざけた真似やらかすたァ欠片も思っちゃいなかったけどなァ!今さら、尻尾巻いてこっから逃げ出そうってかァ?ふざっけんじゃァねェぞ!てめェも!この『聖域』も!半魔もロズワールも!全部全員!一蓮托生だろうが!『試練』が終わるまで、こっからは絶対に出しゃしねェ……』
『ガーフィール、お前はそうやって俺たちをこの『聖域』の中に閉じ込めたままにして、『試練』をクリアさせたいみたいに振舞ってるけど……本音は、違うだろ?』
『そりゃァ、どういう意味だよ、オイ』
『どういう意味もクソもねぇよ。お前が本気で『聖域』の解放を願ってるってんなら、お前は俺の行動を見逃すべきなんだ。それをしない、できない時点で、面倒な思惑が絡んでる。違うか?』
『ハッ、馬鹿言ってんじゃァねェよォ。俺様ァただなァ、魔女の臭いを垂れ流してやがるてめェみてェな奴が、うろっちょろしてやがんのが気に食わねェだけで……』
『お前、本当に、俺から魔女の臭いを感じるのか?』
「……え」
エミリアの瞳が開かれる。
感情がぐるぐる変わって、迷子になってしまった気分だ。
心做しか顔の筋肉も痛い。
『はっきり引っかかったのは、昨日の夜に墓所から出たときだ。正直言って、あの瞬間ほどお前に殺されるかもしれないと思って身構えてた場面はなかったぜ』
『俺の言ってる言葉の意味がわからないから、俺はお前の鼻が利いてるって発言が嘘なんじゃねぇのかって疑ってんだよ』
『話をこじらせないために、あの場では気付かないふりをしたって線も考えちゃいたんだが……お前の直情径行っぷりからして、それはないなと判断した』
『ずいぶん、好き勝手言ってくれやがってよォ。俺様が、てめェから魔女の臭いを嗅げるのが嘘?ハッ、馬鹿馬ッ鹿しい!そんな嘘ついてなんの意味があるってんだァ、オイ。何の意味もありゃァ……』
『意味なら、あるさ。お前がそう言って自分に対する警戒心を引き上げさせれば……肝心の、『本当に鼻の利く』相手から注意をそらせるもんな』
「死に戻り直後で死因は嫉妬の魔女……うん、気づかないのは不自然かも」
「……こんな会話は……」
どうして、いつも手遅れなのだろう。
大切な人が危険な目にあった時、隣で助けられる人でありたかったと、盾は思った。
『てめェの言葉はもう聞かねェ。知っちゃァならねェことを知っちまったらしい。やりたかァなかったが、生かしちゃおけねェ』
『そう言うなよ、ガーフィール。もうちょっと、俺の話は聞いておいた方がいいぜ。そうじゃなきゃ、どっからお前の魂胆が漏れたのかとか、わからねぇだろ』
『この状況を見れば、俺が今、どういう立場かお前にはわかるよな?』
『悔恨と苦痛を生贄に、真実を召喚した。そしてまだ、俺のターンだ』
『指揮権は俺に移譲してる。お前に気付かれないように、一晩の間、ガーフィールの命令をこれまで通りにこなすことと、聞くように命令しておいたからな』
『その隠れ蓑もここまでだ。いいか、ガーフィール。俺はこれから『聖域』を出て屋敷に戻る。やるべきことがあるからだ。そのために、お前に邪魔されるわけにはいかねぇ』
「大将……ッ!」
きっと、スバルの仲間になるその時まで苦痛は続く。
自分が如何に向こう見ずな厄介者だったのかを思い知るばかりなのだから。
『追ってくるな、ガーフィール。お前にも聞きたいことは山ほどあるけど、それは今回は後回しだ。指揮権のことも含めて、聞かなきゃいけねぇことが多すぎる』
『ふざ……ふざけやがって。俺様が、こんなことで諦めてやるとでも……ッ』
『止まるさ。お前、根っこの部分で甘っちょろいもんな』
『――ガー坊』
「──は」
それが意味するのは、まさしく地獄であった。
スバルのみが歩いてきた、地獄。
それを、ガーフィールは追体験するのだ。
『これで、足止めの役目は十分じゃろ、スー坊』
『ああ、助かったよ。ガーフィールなら絶対に、この手は思いつかないだろうと思ったからな』
『肉親扱いのリューズさんを、他の複製体と同じようには扱えない。お前と俺との間で、指揮権の使い方に差が生まれたとしたらそれが理由だ』
『それでなくてもお前、自分の手でリューズ・メイエルの複製体を壊したりはできないだろ?大人しく、今回は俺を見逃せ。悪いようにはしない』
『これ以上、どう最悪の状況があるってんだ。ふざっけんな、ふざっけんなよォ!』
「……何でだ、大将ッ……」
スバルは優しい。
いつでも優しく朗らかに笑ってくれる。
だからこそ、ガーフィールには辛かったのだ。
スバルが追い詰められて、不必要な冷たさを余儀なくされたことが。
そうさせたのが、自分であることが。
『嫌な役目、やらせてごめんな』
『必要なことじゃと、判断したんじゃろ。嫌でも逆らえんのじゃ、儂に気遣いを向ける必要なんてありはせんわい』
『それでも、ごめん』
『待て!待てよォ!てめェ、冗談っじゃねェぞ、オイ!!』
『離せよ!あいつを、外に出すわけには……なんで、なんでなんだよォ!ババアは俺様より、あいつの味方だってのかよ。なァ、なんでなんだよォ……』
『婆ちゃん――ッ!!』
「……スバル…」
エミリアの顔が悲痛に歪む。
それは、エミリアにもよくわかる感情だった。
普段のスバルなら違う選択をしただろう。
ただ、追い詰められたせいで。
エミリアは役に立たず、脅威が積み重なりすぎたせいで。
彼は命のみを優先し、感情を置いていってしまうのだ。
『……ずいぶんと、お早いお帰りでしたのね』
『ちょっととんぼ返りせざるを得ない状況に陥ってな。二日……いや、三日ぶりか?早い再会で連絡もなしだったけど、受け入れてくれい』
『構いませんわ。いついかなるとき、どのような来客があろうとも万全のおもてなしができなくては、旦那様の従者として名折れです。地竜の方は厩舎へ戻しておきますので、スバル様はお屋敷の方へ。ペトラにお世話させます』
『そこまで気ぃ遣ってもらわなくても……ああ、いや、頼むわ』
『――今日は、山小屋に行く予定はないのか?』
『……?ありませんけれど、それがどうかしましたの?』
「やはり今回もエルザにやられてしまいますの……?」
フレデリカが痛々しく目を閉じる。
『ガーフィールは一度、『試練』を受けてる。そして、そこで『強欲』の魔女とも顔を合わせてるはずだ。それでようやく、色んな辻褄が合ってくる』
『悪い、色々と、な。聞かれたくないことも、聞いたと思うし』
『いいえ、必要なことですもの。旦那様からも命じられておりますから。こうして話したことが、エミリア様の……ひいては『聖域』を解放する助けになるのでしたら、私にとってもなんら問題はありません』
『『聖域』は、必ず解放するよ。それをしなきゃいけない理由があるから、どんな手を使ってでも解放する。ただ、そこにガーフィールの願望をどれほど反映させてやれるかは正直、二の次だ』
「……スバルきゅん、嫌な顔になったね」
「どういう事です?フェリス」
「死を前提とした、やり直しを繰り返そうとしてる。回数制限がないって知ったからかもしれませんけど」
『スバル様。どうされますか?』
『フレデリカが帰参してから、一回もベアトリスとは顔を合わせてない……だったよな?』
『はい。もともと、あまりお顔を見せていただけることはなかったのですけれど、今回に至ってはいまだに一度も。お恥ずかしい限りです』
「……フレデリカ」
「そんな顔をなさらないでください、ベアトリス様。わたくしは大丈夫ですわ」
ベアトリスもエミリアも、申し訳なさそうな顔をしてばかりだ。
『やっと、きたのかしら』
『よう、ベア子。久しぶりに顔見たってのに、相変わらずちっちゃいな』
『お前の軽口は一生聞かなくても十分なぐらい煩わしいのよ。本当に……どうしようもないぐらい』
『腑抜けた面がさらに見れなくなっていくかしら。傷付くのも惑うのもお前の自由だけど、ベティーの前でやるのは不愉快だから即刻やめるのよ』
『横柄なこった。悪いけど、俺がその頼みを聞いてやる理由がねぇよ。俺とお前の間にそれが成立するぐらい、ちゃんとしたものが成り立ってるか確認が取れねぇと』
「……」
ベアトリスが手を強く握る。
いつでもベアトリスに与えられるのは後悔ばかりだ。
長い時間を無為にすごした、その報いなのだろうか。
『長い長い長い、契約のときが終わる。――終わりの終わりを終わらせて、ベティーは今度こそ、停滞から解放されるのかしら』
『終わりの終わりを終わらせて……ね。ずいぶん、詩的な表現するじゃねぇか』
『そうやってわかったような顔してられるのも、その本のおかげってことなのか?』
『……お前の方こそ、どこまでこの本について知ってるのかしら』
『ロズワールが色々とポロポロこぼしてくれたんでな。概要ぐらいはわかってるつもりだぜ。……それが魔女教の持ってる福音書と似た性質で、上位版。世界に二冊しか残ってなくて、それをお前とロズワールで分けてるってこととか』
『ロズワールも、口の軽い男なのよ。あれの目的からしたら、嬉々として話したのが想像できるかしら』
「随分と手厳しい評価だね〜ぇ」
「べティーの記憶には無いけれど...たとえどの世界でもお前への評価は変わらないかしら。」
『ベアトリス……お前、誰と契約してる精霊なんだ?』
『前にパックに聞いたことがあるんだよ。精霊の契約の原理について。細かい部分の話ははしょるが、ようは契約者と精霊との間には対等の条件が成立してる。お前は禁書庫を守るよう、契約に縛られてるって言ってたことがあったな。誰との契約だ?』
『俺はこれまで勝手に、その契約はロズワールと結んだもんだとばっかり思ってた。この屋敷にいて、屋敷の中で書庫の管理してるんだから当然っちゃ当然の考え方だと思うけど……それが今、ちょいどうかなと思ってる』
『――お前は、エキドナと契約した精霊だな?』
ベアトリスの瞳が痛ましく開かれる。
「…過去を振り返るのは好きじゃないかしら。どうにもならないのだから」
「ベアトリス……」
「スバルは最善を選んだのよ。それでも、べティーの後悔は消えてなんてくれないかしら」
『もう、ずいぶんと……経つのよ』
『その福音書が、ベティーに何の未来も示さなくなって、もう、何年も……』
『ベティーに与えられた役割は、知識の書庫の維持。いずれ来る再会のときまで、この場所を守り続けること……かしら』
「精霊にとって契約は絶対。大精霊様となれば尚更...スバル。君はどうやってこの局面を突破する?」
「スバル様とベアトリス様が契約されたのは一年前...どうにかするのでしょうけど……」
どうにもなる気がしない。
それほどまでに、手詰まりだ。
『お前は……どうして、俺を助けたりしてくれたんだ?福音書に書かれてなかったんだろ? 俺のことなんて、放っておいたって』
『ベティーが、お前を……お前に……協力、したのは……』
『ああ。お前は俺に、色んな場面で手助けしてくれた。ジャガーノートの呪いのこともそうだし、死にかけの俺を治療してくれたのもそうだ。呪いであのまま死ぬはずだった俺に、本当のことを教えてくれたのも』
『――最後に、言っていたのよ』
『いずれ、ベティーの書庫を『その人』が訪れる。それまで書庫を守るようにって』
『言われたかしら。『その人』がくるまで、それまでがベティーに与えられた禁書庫を守るという役割。お前が、『その人』なのかどうか、ベティーにはわからないのよ』
『ベティーにはわからない。お前が『その人』なのかどうか……でも』
『お前が『その人』でも、そうじゃなくても……いいと、そう思うかしら』
『お前が『その人』じゃなくても、もう構わないのよ。だから』
『ベティーを殺して、この契約を終わらせてほしいかしら。終わりの終わりを終わらせて、ベティーを、楽にしてほしいのよ』
『お前が、『その人』になって――』
それは、酷く残酷な言葉であった。
「どうして...どうして!べティーはこんなことしか言えないのかしら!スバルに...死を重ねてみんなを助けてきたスバルに...こんな酷いことを……」
ベアトリスが泣き崩れる。
エミリアが慰めようと手を伸ばすが、その手に宿った震えが邪魔をした。
「……どうして、わたしは」
『意味がわからねぇ……お前は、死にたいって言うのかよ』
『死にたい、というのとは厳密には違うかしら。ベティーは契約を終わらせてもらいたい。ずっと、この身を縛り付ける永遠の契約から、ベティーを解放してほしいだけなのよ』
『その手段が命を奪うってことなら、それは死にたいってのと何が違うってんだ!!』
『死にたいだなんて、ふざけたことを抜かすな!死にたいだなんて……他の誰の前で言っても、俺の……俺の前で、俺に言うのだけは許さねぇ!』
『何が終わらせてほしい、だ!勝手なことを言うな!終わるのために……ただ死ぬためだけに行動するなんて、他の誰が許しても、俺が許してたまるかよ!』
「やめて……もう、べティーは……」
「…そうだね、死ぬなんて良くないよ。それは本当にそう。……でも、スバルきゅんにそれを言う資格はないよ。誰よりも命を粗末にしてきたんだから」
そのお陰でクルシュは生きているのだが。
『ベティーが知識の番人として、禁書庫を管理するようになってから四百年。四百年間……ベティーはただ、契約に従ってその時を待ち続けてきたかしら』
『魔女と契約し、立場を同じくするメイザース家に身を寄せて、最初の内は福音書の記述に従い、来る時をただただ粛々と待ち続ける日々だったのよ』
『でも、そうしてただ待つだけの間に、刻々と外の世界の時間は流れていったかしら。ベティーと同じ立場だった、メイザース家の当主が老衰で亡くなって、次代に引き継がれていくのよ。当主が交代するのを見知っていながら、ベティーの時間は何も変わらないまま流れ続けていったかしら』
『いずれ来る、約束のその日――具体的にいつなのか、ベティーの下に訪れる『その人』が誰なのか、何一つわからないままの日々だったのよ』
『不安は、なかったかしら。だって、ベティーの手の中には福音書があったから。未来の記される福音書を信じて、いずれ来るその日のことが白紙のページに加筆されるのを待っていればいい。待っていれば必ず、その時がきてくれる……そう、信じ続けていたのよ』
『毎日、何度も何度も、記述が変わっていないか……確かめる時間が苦痛だった』
『最後の記述の次のページに、新しく文字が書き加えられるのを何度も夢に見たかしら。幾度も幾度も、知りもしない『その人』がベティーの下に訪れて、与えられた役割を果たせるその日を思い描いてきたのよ』
『メイザース家だって、人出がまったくない家柄じゃないかしら。ベティーの禁書庫を訪れた人間だって、これまでにも何人もいた。何人もこの禁書庫の扉に手をかけて……そして、そのたびにベティーの心は裏切られてきたのよ』
『そうしている内に、気付いたのよ。……違う、気付いていたかしら』
『福音書が、次の記述をベティーに見せることが、ないってことになのよ』
「四百年……」
長すぎる歳月に、ラインハルトは言葉を失う。
それだけの間、ずっとひとりで膝を抱えて生きてきたのだろうか。
その人に手を引いて欲しくて、外に連れ出して欲しくて、ずっと。
「それは、なんと……」
悲しいことだろうか。
『一人で結論を出しちまうんだよ!!誰だって!不安を抱えたまま一人で悩んでたら、そうやって良くない方向に頭がいっちまうもんなんだ!もうこれしかないって、そう思い悩んで……目の前の最悪が真実なんだって、そう思っちまうんだよ!』
『苦しいって、どうにかしてほしいって、そう思ってたんなら!一言でいい。わかるように、誰かに声をかければよかったんだ。助けてほしいって、悲しんでるんだってそう言ってくれれば……俺だって!』
「ナツキさんがそれを言うんですか?」
オットーの声が怒りに満ちる。
「聖域での一件以来、僕に助けを求めてくれたことなんて、無かったでしょう。」
『俺が何度、お前に……だから今度は俺がお前に……!』
『……どうにか、してほしい』
『そうだ……そうやって、声をかけてくれ』
『助けてほしい……』
『そうだ!そうだ、そうだそうだそうだ!それで手を伸ばしてくれれば』
『悲しい、苦しい……ベティーを、この暗闇から救い出してほしい……』
『ああ、任せろ――』
『俺が必ず、お前を――』
『だから……お前に、ベティーを殺してほしいのよ』
「…スバル殿、四百年という歳月は、そう簡単には拭いきれない。未来を絶たれた絶望も、救いのない悲しみも──」
『四百年……ずっと、一人でいたかしら』
『くるはずの『その人』なんてきてくれなくて、ずっと一人で四百年過ごしてきたのよ』
『何度、投げ出そうと思ったかわからない。幾度、全て忘れてしまいたいと願ったかわからない。百度でも、千度でも、万、億を超えても、なおも足りない……』
『助けてほしい……?どうにかしてほしい……?』
『ベティーがいったい、何度、何十回、何百回……それを思っていたと思っているの?ベティーが一度もそのことを考えないで、ただ諦めたんだとそう思ったのかしら?』
『手を伸ばせば、この先の見えない暗闇から、お前がベティーを引っ張り出してくれるというの?終わることのない袋小路に、正解を教えてくれるっていうのかしら』
「……この、言葉は」
偶然であろうが、奇しくも王都でスバルがレムに吐いたセリフと同じであった。
『何も考えずに諦めたんじゃない』と、自己嫌悪とともにそう叫び散らかすのだ。
『お前が……そうしてくれるっていうなら……どうして……どう、して』
『――四百年も、ベティーを一人にしたの!?』
『一人だった!ずっと!ずっとずっとずっと、ベティーは一人で、この場所で無為の時間を過ごしてきた!寂しかった!恐かった!捨てられたんだって、与えられた役割も果たせなくて、約束も守ってもらえないで、このまま時間とともに朽ちることもできないで……永遠を一人で過ごすんだって、そう思わされたのよ!』
『助けてくれる!?救い出してくれる!?どうして、もっと早くきてくれなかったのかしら!?どうして、ベティーを放っておいたのよ!?今さら優しい言葉をかけるぐらいなら、なんで最初から抱きしめてくれなかったの!?どうして手を離したりしたの!?なんで!どうして!ベティーを一人にするの!?』
『助けてなんて言葉も……どうにかしてほしいなんて救いも……この四百年で、とっくに枯れ果てた願いかしら……』
「……なんて、身勝手なのかしら。四百年をスバルに背負わせようとするなんて……」
ベアトリスは地面を踏み鳴らす。
自分の無力さを呪うように。
「スバル...傷つかないで……」
『お前のように、ベティーを連れ出そうとしたニンゲンが一人もいなかったとでも?ベティーは高位の精霊かしら。その力を求めて、どうにかベティーを連れ出せないものかと努力したニンゲンも、少なからずいたのよ』
『ベティーをこの場に縛り付ける契約は、生半可な覚悟じゃ打ち消せないかしら。四百年、ベティーを役割に縛り続けた契約……易々と、ニンゲン風情には破れない』
『どう、すれば……』
『── ベティーを、一番にして。一番に考えて。一番に選んで。契約を上書きして。契約を上塗りして。契約を塗り潰して。連れ出して。引き寄せて。抱きしめて』
『そんなこと、お前には絶対にできないのよ』
『お前の中で、もうお前の一番はとっくに決まっているかしら。あの銀色の娘か、青髪のメイドか……どっちにしても、二人を押しのけてベティーを一番になんて、絶対にできない。できないことなのよ』
「…そんなこと、は」
エミリアが何かを口に出そうとする。が、その全てがベアトリスを傷つける気がして。
「スバル...」
あなたなら、どうしたでしょうか。
『契約は、絶対。絶対かしら。交わした契約を成就以外の方法で塗り替えるのならば、相応の対価がなくては不可能なのよ。もう、約束が果たされることなんて、ベティーは信じていないし、信じられないかしら。なら、解放されるには成就以外のもう一つの可能性しかないのよ……!』
『だから、ベティーの契約を破って……この、何の役にも立たないまま、無意味な時間を過ごし続けたこの体を、滅ぼしてほしいかしら……』
『ベティーはこの契約のために生まれて、この契約のために生きる。生まれて最初に命じられた役割で、生まれてから一度も、成就させたことのない契約……お前はそれを身勝手に破れと……そう、言うのかしら?』
『役目の一つも果たせてない!生まれた意味も、生きる理由も投げ捨てて、それでどうして生きられるの!?誰も責めない!?ベティーが責める!ベティーが絶対に許さないかしら!そんな姑息な生き方を、精霊ベアトリスは許さない!!』
「ベアトリス様……」
フレデリカが痛ましく目を開く。
契約は絶対──絶対なのだ。
スバルにはその重みが分からなくても、皆にはわかる。
契約を破るということは──約束を破るということは、この世界では裏切りに近しい意味合いなのだから。
大精霊ともなれば、それを意味することなど想像に難くない。
『精霊にとって、契約は絶対!契約者との契約は何よりも重い!にーちゃだってそう!にーちゃだって、だからこそあの銀色の娘を何よりも優先するかしら!一番大事にしてる!一番に愛してる!ベティーとあの子なら、絶対にあの子の方を取る!にーちゃも、ベティーを一番にはしてくれない!』
『お前が……約束の、『その人』じゃないことは、わかってるかしら……』
『でも、お前は『その人』になってくれる?それとも、『その人』じゃなくて、もっと別の何かになってベティーを救い出してくれるっていうのかしら?』
『どうにもならないことなんて、ベティーが一番よくわかっているのよ』
『だから、ベティーを殺して。お前の手で。自死も契約に反するから、精霊には絶対にできないことかしら。だから、死ぬのも一人じゃできないのよ』
「パックが...私を」
「エミリア、気にしなくていいのよ。べティーのこれは……戯言でしかないかしら」
嘲笑するように──自分を嘲るように、そう言った。
『お前の最後を、四百年の終わりを、どうして俺に預けようとするんだ……』
『どうして……かしら』
『――ああ、わかったのよ』
『ベティーが、お前に最期を預けるのはきっと……きっと』
『お話の途中、悪いのだけれど』
『――私が、あなたの『その人』になってあげてもいいのかしら?』
「エルザ……!」
フレデリカが臨戦態勢に入る。
エルザが来たということは──この屋敷は終焉を迎えるのだ。
『――あら、どこかで嗅いだ匂いだと思ったらあなたなの?その後、体の具合はいかがかしら。お腹の中身、可愛がってくれている?』
『――お前、誰の許可を得てここに入ってきているのかしら』
『鍵もかかっていないようだったし、ただ開けて入ってきただけのことよ?大事な話し合いの最中なら、次からは鍵掛けを忘れないようにした方がいいわ』
『そういう意味じゃないのよ。ここはベティーの禁書庫で、許可なく立ち入りは……そこの男以外、そうそうできないようになっているかしら。お前、どうやって』
『あなたの空間を隔てる魔法……扉を媒介にしているのでしょう?閉じた部屋と閉じた部屋を繋げる、扉越しの魔法』
『そうなのよ。ベティーが許可しない限り、屋敷の扉のどことでも繋がる禁書庫には辿り着けないはずかしら。それをどうやって……』
『だから、簡単な話よ。閉じた扉を媒介にするのだから……全ての扉を、開けっ放しにしてしまえば選択肢は勝手に消えていくでしょう?』
「…べティーの能力を教えたのはお前かしら?ロズワール」
「……あぁ」
「そう...べティーが殺されたなら、べティーにはお前を殴る権利が正当に生まれるかしら」
「私を殴るかい?」
「……いや、殴らないかしら。べティーがお前を殴るのは、スバルが傷つけられた時のみなのよ」
『お前、そのナイフ……誰の血で、濡れてんだよ?』
『誰の、だと思う?』
『ヒント。メイド服を着ていたわ』
『ヒントその二。髪の毛は、長くなかったわね』
『ヒントその三――スバル、スバルって、そう言いながら、泣いて死んだわ』
『エルザぁぁぁぁ――ッ!!』
『──あら?』
『誰が、てめぇみたいな化け物相手に真っ向からぶつかるか!』
『──シャマク!!』
「……ペトラ、ちゃん」
エミリアの拳が握られる。
「……だめ、がまん、しなきゃ」
そう、耐えなければならない。
エミリアの身を食い荒らす激情に。
「ロズワール、一つだけ聞かせて」
「……なんでしょう、エミリア様」
「どこまでがあなたの指示?」
「……さぁ、どこまでだと思いますか?」
──きっと、魔法が使えていたらラインハルト以外が死んでいた。
「エミリア様!」
オットーが叫び、エミリアは拳の軌道を変える。
エミリアは酷く凍てついた目でロズワールを見、深呼吸をしてから壁を殴った。
壁は破壊され、壊れたそばから治っていく。
「……嫌な気分」
エミリアの壊した壁の破片を、フレデリカは静かに見つめていた。
『ごめん……ごめん、ごめんな……ペトラ……』
『そのためにも、今回このまま終わるわけにいかねぇ……』
『今回……?』
『独り言だ。ペトラをこのままにしておきたくねぇけど……今はどうにもできねぇ。先にレムのところだ。レムを連れて、そのまま屋敷を出る。扉渡りは使えないのか?』
『禁書庫を経由する必要があるのよ。それにたぶん、今は扉が開けっ放しにされているかしら』
「……簡単な事かしら、身内に暴露されるのは予想外だったけれど」
「ええ、そうね。私も、そんな事考えもしなかった」
『……なんでだ』
『散々疑って……これなのかよ』
『――俺が、間違ってたのか』
『……レムは』
『――ようやく、見つけたわ』
『小さいのに、ずいぶんと過激な玩具で遊ぶのね』
『残念。的を穿つには、速度と狙いが甘いわ』
『考えが足りないのはお前の方なのよ、ニンゲン』
『ベティーの禁書庫を荒らした罰かしら。――八つ裂きになって、終わるがいいのよ』
自らの死体に、フレデリカは目を見張る。
「自分の死体を見るのは気分が悪いですが──それ以上に、スバル様に疑われたという事実に悲しみを覚えざるを得ませんわ」
フレデリカはそう軽く言うが、実際その心中は穏やかでは無い。
スバルに疑われたことに、少なからず悲しみはあるのだ。
『――づ、あ?』
『なんで……!?直撃したはずかしら!?』
『私が裸できていたなら、今ので死んでいたでしょうけれどね』
『魔法無効化の、コート!』
『あなたに見られるのは二度目だったはずね。そのわりに、その女の子に教えるのがずいぶんと遅れたようだけど』
『種が割れれば、そのぐらいのことで驚きはしないのよ』
『――いいわ。すごくいいわね。強くて、可憐で。ただ泣きじゃくる女の子のものと、違う温かさが楽しめそう』
「この、狂人が……!」
フレデリカが恨めしそうに叫ぶ。
ペトラを守れなかった。
たとえ消えた世界でも、それは──
『見せてやるのよ。――本物の、陰魔法というものを』
『──ウルシャマク』
「……これは」
ユリウスがスクリーンを目に焼きつける。
ベアトリスの魔法──不謹慎だが、その威力に興味は尽きなかった。
『……いい加減、目を覚ますかしら』
『エルザは、どうした?お前が悠長にこんな風にしてるってことは、撤退したのか?』
『胸に風穴を開けて、これだけ傷だらけにしてやってまだ生きてるなら……それはもう人間じゃなく、もっと別の何かなのよ』
『ほ、本当に死んでるのか……』
『だから、何度もそう言ってるかしら』
『こいつの地力を知ってる側としちゃ、そう簡単に頷けないとこだったんだよ。……まさか、本当に、やれるなんて……』
『パックとエミリアの二人がかりでも仕留め損なったんだぜ、こいつ』
『……にーちゃが本気でいたんなら、こんな奴、相手にならなかったはずなのよ。ベティーにとっても、万全の今、そうそうニンゲン如きに負けてやれないかしら』
「エルザが……」
フレデリカは眉を顰める。
「なら、大兎に……?」
『──レム』
『……疑って、本当に悪かった、フレデリカ』
『それで、これからどうするのかしら』
『レムを、このままここには置いておけない。フレデリカと、ペトラが……だから、アーラム村の人たちに預けて、面倒を見てもらうつもりだ』
『お前がそうしたらいいのよ。その娘も、その方が喜ぶかしら』
『俺だって、レムの世話だけしてやれる環境ならずっとそうしてやりたいさ。けど、そうもいかねぇよ。俺は……お前を『聖域』に連れていかなきゃいけねぇからな』
『勝手を言ってくれるもんなのよ。そもそも、さっきは邪魔が入ったから話を中断しただけで、問題は継続中かしら』
『んなこたぁ、わかってる。だから、それに対する俺の答えがそれだ。――俺はお前を殺したりなんか絶対にしないし、お前を屋敷から引っ張り出して『聖域』へ連れていく。決定事項だ』
『身勝手すぎるのよ。ベティーの言い分は無視して、自分の意見は通そうとする。――どの面下げて、何様のつもりで、そんな戯言が言えるのかしら』
「……身勝手なのは、べティーの方かしら」
もう、この世界は終わるのだろう。
恐らく、最もおぞましき方法で。
『お前は、どこまでそうやって人を馬鹿にするのかしら……!』
『馬鹿に?そんなつもりは……』
『気軽に人の踏み込んでほしくない場所に踏み入って、散々荒らして掻き乱していくくせに、どの口がそんなことほざくのよ。馬鹿にするのも、いい加減にするかしら。死んだ二人のことも、あっさりと置き去りにするくせに』
『──ぁ』
ベアトリスの体が、小さな輝きとなる。
「……ぇ」
エミリアの喉から情けない声が漏れる。
「……そういうことなのかしら」
『……これで、やっと』
『――あら、残念。精霊のお腹は初めて切り開いてみたのに、消えてしまうのね』
『なん、で……てめぇが生きてやがる。確かに、死んでるのを確かめたぞ……!』
『ええ、そうね。死んでいたわ。あのまま焼かれて灰にでもされていたら、こうはしていられなかったでしょうけれど』
『お前まさか……不死身だとか言うんじゃ、ねぇだろな……』
『それこそ、まさかよ。ちょっと人より、生き汚いだけのことだもの。それより、あの子もずいぶんと無茶をしてくれるわ。ここまで体を破壊されることなんて、私も数えるぐらいしかないのに』
『……奇遇だな。俺も、お前ぐらい痛めつけられて死んだ経験は数えるぐらいしかねぇよ』
『その女の子、聞いてないわね』
『……じゃあ、そのまま見なかったことにして見逃してくれねぇか』
『私にとっても予定外のことだから、それは構わないのだけれど……精霊の女の子と、大きなメイドさん。小さなメイドの子は、追加ね』
「化け物がァ……!」
ガーフィールが牙を鳴らす。
あれだけやられて、平然と生きていられるなど正気では無い。
よほど死神に嫌われていると見える。
『気に入らない目だわ』
『生ある最後の瞬間まであがく。それでなくて、どうして生きる意味があるの』
『……お前に死生観なんぞ、口出しされたくねぇよ』
『──ベアトリス』
「……っ、どうして……」
ベアトリスの口から意味もなく音が紡がれる。
スバルが理不尽に傷つけられることに、耐えられない。
『こ、れぁ……』
『まさか……死ね、なかったのか?』
『エルザ、は……』
『何の、ために……いや、それより……』
『──レム』
『なんで、俺もレムも殺さずに……出ていったんだ……』
『だったら……俺はどうして……?』
『とにかく、今は……』
『終わる世界だって割り切ってるなら、そんなこと意味ないのにな……』
「……ナツキさん、嫌な目をしてますね。僕の友達とは思えないほど、怖い目を」
「……仕方、ないのよ。これだけの事をされて優しい目ができる方が怖いかしら」
「……そう、ですね」
そこに悪意や敵意はなかった。
聖域に戻る。
その最中に、不穏なものをいくつか見たが。
『ガーフィール』
『よォ、どの面ァ下げて戻ってきたんだか。よくもまァ戻ってこれたもんだぜ。『嘘吐きビートゥーンのお辞儀は立派』たァ言ったもんだがなァ』
『あァ……?なんでてめェがラムと……いや、ラムじゃァねェな。あァ?どういうこった。その女ァ、誰だよ……』
『説明して、通じるか微妙だけどな。……レムだ。ラムの、正真正銘の妹の』
『ラムに妹がいるなんて話、聞いたこたァねェが……嘘だと決めつけるにゃァ、ちィっとばかし無理があんなァ、オイ』
「ラムとレムはそっくりだもの。これを直ぐに突っ撥ねるほど頭は悪くないようね」
「言い方が辛辣だなァオイ」
『わざわざお出迎えとは、気が利いてるな』
『てめェの戯言に付き合ってやるつもりァねェよ。今のこの状況を見りゃァ、笑って話し合える領分はとっくに過ぎてんのがわかんだろォが、あァ?』
『そう、だな。……じゃあ、単刀直入に聞くけど』
『――これは、エミリアがやってるのか?』
『それもわかりゃァしねェな。なにせ、墓所から出てっこねェからよォ』
『墓所から出てこない?』
『てめェが消えた日っから、半魔の様子がおかしくなりやがった。落ち着いてるかと思ったら、墓所に閉じこもってこれだ。気付きゃァ取り返しがつかねェぐらいに、『聖域』は氷に覆われちまった。――エリオール大森林と、おんなじになァ』
「……私が……」
エミリアは焦ったような顔をして画面を注視する。
「覚えてない...けど、こんなこと、本当に私が……?」
「……ロズワール」
ベアトリスが名を呼ぶことの意味に、エミリアは気付かない。
『墓所に入れ。――それで、中にいる半魔を引きずり出してこいや』
『ずいぶん……扱いが、雑だな』
『気ィ遣ってやるほどの頭ができてねェんだよ。てめェが雑に扱われってる分にゃァまだマシだろォが。それとも、こっちの女の方が雑に扱われてェかよ?』
「……クソ……」
エミリアを半魔と呼び、レムに爪を突き立てる。
仕方の無いこととはいえ、その行動が如何に愚かであるかを痛感した。
「ガーフィール……」
エミリアは眉を下げて、不安そうに。
ラムは少し瞳を動かして、ため息を。
「…スバル、どうか」
傷つくことなく、死ぬなら安らかに。