【前編】東大院生、64日間健康を犠牲にして2万字の修士論文を書き上げる|はっぴーの家滞在研究記①
「はっぴーの家を題材に、修士論文を書きたいです!」
聞くと、東京大学の大学院に通う女の子が「コミュニティでの暮らし」について調査をしたいらしい。
いやいや、うちなんの参考にもならへんで!
そう思ったけど、おもろいからOKすることにした。
「変なやつやな!」
「別にええよ!」
そう二つ返事でOKしたら、ほんまに後日やってきた。
まぁ、せいぜい数日くらい泊まり込んでサクッとデータ取って帰るんやろな〜。東大生やしスマートに終わらせるんやろな〜。
と思ってたら、大間違い。
数日どころか数ヶ月、いや数年単位でずーーーっとおる。
加減を知れ、加減を(笑)。
彼女はマジで時間と手間をかけて修士論文を完成させてしまった。
執念がすごすぎる。
そんな彼女が「お世話になった街のみなさんにも研究成果を見てほしい!」と言い出した。
というわけで急遽開催された、修士論文発表会。
その日の様子をレポートします!
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今さらの自己紹介
こんにちは!
私は普段、東京でシェアハウスに住んだり、立ち上げたりしながら、大学院に通っています。
私の住むシェアハウスの日常は、なかなかカオスです。離島から出てきた女子高生が宿題をやらないから、住人みんなで集まってダンスして無理やり宿題をやらせたり、うつ病の住人が、働きすぎているサラリーマンの子供の面倒を見ていたり。
そんな私が、神戸市にある「はっぴーの家(以下、はっぴー)」に初めて来たのは2021年の11月のこと。
それからほぼ毎月通わせてもらい、数えてみたら合計64日間、約2ヶ月間も宿泊していました。
皆さん、いつも遊んでいただいて本当にありがとうございました!
今回は、私がここで健康を犠牲にしながら(笑)書き上げた、修士論文をベースにしたお話をさせてください。
一言で言うと、テーマはこれです。
「社会、大変なこと多すぎ!!」
1. あらゆる世代が直面している「限界社会」のデータ
どの世代も、どんな家族も、あるいは家族がいない人も、今の日本はみんなめっちゃ大変な状況にあります。ちょっといくつかのデータを見てください。
子供たちのリアル
・1クラスに2人が「ヤングケアラー」(家族の世話を日常的に行っている子ども)と呼ばれる状況にある。
・児童虐待の対応数が年々増えており、2023年には22万5,509件に達している。
若者・現役世代の孤独と「ダブルケア」
・厚生労働白書によると、20〜30代、50代の女性、単身の50代男性の孤独感が特に高い。未婚だと孤独度が高いのに、一人暮らしの人は増え続けている。
・介護離職者が年間約10万人。
・親の介護と子どもの育児を同時に行う「ダブルケア」に直面している(または数年以内に直面する見込み)の30〜59歳は、なんと4分の1にのぼる。
高齢者の限界
・要介護者の77.1%以上が「老老介護」(高齢者が高齢者を介護する状態)。
・孤独死している人の76.4%(5万84人以上)が65歳以上。
データだけ見ても、もう「限界社会」って感じですよね。
でも、これらすべての問題をよく考えてみると、根本にあるのは「暮らしの中での共同性(人とのつながり)がなくなっていること」じゃないかと思うんです。
これが私がこの修士論文を書くにあたって、前提の問題意識なんです。
2. 「みんなで暮らせばええやん」の理想と、極端すぎる現実
家族の形が崩れて問題が起きているなら、解決策はシンプル。
「だったら、他人も含めてみんなで暮らせばええやん!」
そう、これが最近シェアハウスが注目されている理由です。
……なんですけど、じゃあそれで本当にすべて解決するのでしょうか?
「みんなで暮らす」ことには、もちろん良いところがたくさんあります。
助け合えるし、楽しいし、頼れる人がいっぱいいる。困っていても自分から言えなければ、誰かが気づいてくれるかもしれない。
でも逆に、難しいところもめっちゃあります。
嫌な人がいるかもしれないし、他人は思い通りにならないから一緒にいたら苦しい。なんか治安が不安……。
じゃあ、実際のシェアハウスはどうやってその「難しさ」を解決しているのか? 先行研究(文化人類学や社会学など)を見ていくと、世の中のシェアハウスは極端な2つのタイプに分かれていることが分かりました。
タイプ①:『ルールあり選ばれし者たちのエリートシェアハウス』
学術名:選別規範設定型
難しいところをうまくやるために、ルールや規範をガチガチに設定して、最初から入居する人を「選別」しちゃうタイプ。
身体・精神・経済・コミュニケーション能力などの基準をクリアした人だけを入れます。
「話し合いで解決しようね」「家賃は絶対毎月納めてね」「家の仕事は絶対手伝ってね」というルールで安全を担保する形です。
タイプ②:『危険地帯』
学術名:受容無規範型
①の真逆。
誰でも受け入れるけれど、ルールが一切ない共同居住。
ここで居場所を感じられる場を続けようとすると何が起こるか。
毎晩、共用部の食材が何十個の単位で盗まれます(しかも解決できない)。ひどい人になると、故意に誰かの車のタイヤをパンクさせたり、届くものがどんどん盗まれたり、毎日食器がなくなったり……。
まさに危険地帯です。
学界の盲点:「どっちも頑張る中間」がない!
ちょっと考えてみてください。
これって極端すぎませんか?
「ルール+安全第一(エリート限定)」
vs
「何でもOKだけど治安皆無(危険地帯)」
世の中の研究を見てみたら、このどっちかに偏らずに「どっちもなんとか頑張ろうよ」としている場所の研究が全然なかったんです。
でも、本当は、【人を選別したりはしない(いろんな人が関われる)けれど、そこそこ安全な場所、「ギリギリ平和な場所」】が世の中にはあるはずだし、それこそがこれからの社会のメジャーになるべきなんじゃないか。
そう思ったとき、頭に浮かんだのが「はっぴーの家」という“カオス”でした。
3. なぜ、はっぴーでは「ギリギリ平和」が成り立つのか?
はっぴーは、社会学的に見ても、人が生きていく場の可能性に溢れたすごい場所です。
じゃあ、そんなすごい場所から私が知りたかった研究の目的は何か。
「他の場所では一緒にいるのが難しそうな人同士でも、ここではなぜか関わり合っていられるみたいだぞ。それは一体なんで??」
だって普通、怒鳴ったり殴ったりしてくるおじいちゃんがいたら、一緒にいるのきついじゃないですか(笑)。
能力やお金での選別もせず、厳しいルールも置かずに、どうしたらそれでもギリギリ平和な生活共同体が成り立つのか?
これを解き明かすために、私は調査を行いました。
命がけ(?)の64日間泊まり込み調査
共用部にめっちゃ泊まり込んで、みんなにめっちゃ遊んでもらって、観察記録(フィールドノート)をつけました。
…これがマジでキツかったんです!
夜の2時とかまでみんなと飲んだ後に、4階の共用部に行ってパソコンを開いて2〜3時間メモを取るんです。
で、朝の4時とか5時くらいにようやく寝ようとしたら、もうおばあちゃんが起きてきて、テレビに向かって1人でブツブツ文句を言っている(笑)。
「あ、全然寝れへんやん……」みたいな感じで、まさに健康を犠牲にしながらの泊まり込みでした。
10名以上の関係者インタビュー
さらに裏では、代表の首藤さんをはじめとする運営者の方、職員の方、入居者、訪問者、地域の自治組織の関係者、行政の関係者など、10名以上の立場の方々にディープなインタビューをさせていただきました。
大量のデータと私の寝不足の結晶から見えてきた、はっぴーが「カオスなのに平和」であり続けられる驚きの仕組みとは?
今から発表させていただきます!!!
(後編に続く)
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