凍てついた記憶
800フォロワー感謝です🙏
スバルくんが曇るとスバルくんに救われた人たちも曇るので一石二鳥ですね
キャプションで曇らせ展開を語ってばかりですけど一応ハピエン厨です
幸せになる過程で苦労してる姿を見るのが好きなだけなので
オルバルト戦はさすがに心折れましたけど
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目を開けたとき、スバルが最初に感じたのは口の中になにやら埃っぽいものが入っている感覚だった。
口内に溜まった涎と一緒に無意識にそれの形を舌先で味わい――土臭さと砂利っぽさを感じ取った瞬間に思い切り吐き出す。
そして跳ねるように体を起こし、えずきながら体の埃を叩き、スバルは薄闇の中に目を凝らしながら首を巡らせる。
光源の途絶えたそこはひんやりと冷たい空気に満たされた空間――ここが、入るものを選別する墓所の中であることを思い出した。
『そうだ、『試練』を受けて……』
『大丈夫。忘れてない。二人に伝えたこと、俺は全部覚えてる』
『そうだ……!そもそも俺はここに、エミリアを!』
「─ぁ、」
エミリアが小さく吐息を吐き出す。
自分の醜態を見るのは、やはり嫌だった。
『見たくない過去……いや、決着つけなきゃいけないもんと向き合ってるってことなのか……?』
『この顔見て、そんな格好いいこと言える奴なら苦労しねぇよ』
大きく、硬直していたエミリアの手足が痙攣。
苦痛に引き歪んでいた表情が強張り、スバルは驚きに頬に当てていた手でとっさに彼女の頭を支える。
そのまま震え続けるエミリアの体を抱き寄せて胸の内に抱くと、
『エミリア!?おい、しっかり……エミリア!』
『ぇっと……あれ?私、どうして……』
『ゆっくりでいいよ、エミリアたん。小難しいことは後回しにして、今はとりあえず大きく深呼吸。それから手足が痺れてないか動かしてみて、立てるようなら立ってみよう』
「…スバル……」
不安を滲ませた声でエミリアは名前を呼ぶ。
都合のいい時ばかり頼り、申し訳ないと思うが。
『そ、だ……私、『試練』を受けて、それで……』
『ん、ああ、そうだよ。ここ、魔女の墓場の中。いや、参ったよ。エミリアたんが入ってちょっとしたら、急に墓所の灯りが消えてさ。それで慌てて俺も中に追いかけて入ってきたんだけど……』
『ぁ……ちが……違う、あの、私、そんな……そんなつもり、じゃ……』
『エミリア?』
『私……私じゃ、ないの……違うの……っ。そ、そんなこと……して、ないっ……してないのに……違うって、言ってるのに……っ』
『エミリア。ちょっと、エミリア?落ち着いて、なにを……』
『……やだ。そんな目で……わ、たしを……やだ、やだやだ……やだぁ、ちがうのぉ……私じゃ……なんで、私を一人に……しないでぇ……』
『大丈夫。大丈夫だ。俺がついてる。俺がいる。君を一人にしない。大丈夫だ』
『……けて、ぉ父さん。たす、けて……パック、パック……ぱっくぅ……』
「…エミリア」
「……うん、大丈夫よ。ベアトリス。この時の自分を見るのは、嫌だけど」
エミリアが眠りにつき、ラムとリューズ、スバル達での会議が行われる。
『それで、バルスは『試練』を受けたのね。間違いない?』
『あ、ああ。間違いない。中に入ったら強制的に巻き込まれてな。拒否するとかそういうレベルの押しつけじゃなかったんだよ』
『始まり方はどうあれいいわ。それより問題は……バルスが『試練』を突破してしまったということね』
『こう当家の雑用係は言っているけど、なにか変化は感じ取れた?本当に『試練』を終えたのなら、『聖域』の禁は解かれているはずだけど』
『……いや、特別ななにかを体に感じることはないようじゃ。実際に『聖域』の外に出ようとしてみれば、また話は別かもしれんがの』
『そう。それなら話は早いわ。ラムと一緒にきてちょうだい。『聖域』を抜けられるか試してみて、それで通れるようなら……』
『おいおいおい、話が早ぇよ。そして早とちりすんなって。俺の説明不足もあるけど、お前は即断即決がいき過ぎだ』
『無事に『試練』を終えたのなら、盟約通りに住人が解放されているか確かめるのは必要でしょう。バルスの言葉が事実なら、明日にでもアーラム村の村民は村に戻れるのだし、ロズワール様の療養も屋敷の方が……』
『本音が後半に表れてて必死な部分が見え見えだぜ。……それに、期待されてるとこ悪いけど『聖域』は抜けられねぇよ。まだ『試練』が終わってねぇからな』
『騙したのね、死になさい』
「…3つもあるなんて、本当にビックリしちゃった」
「……そう、ですね」
ラムの瞳には陰りが。
「……ッんだ、こりゃァ」
ガーフィールの瞳には、困惑が。
3つの試練があること、魔女の記憶の欠落。
そのふたつに惑わされるスバルの態度に、ラムは嘘をついていないと信用をしてくれたようだった。
『ちょっと脱線しましたが、改めて話を戻しましょう。『試練』の内容に踏み込んだ話はあとでするとしまして……エミリア様が取り乱した件に関しては、ナツキさんはなにか心当たりがあったりとかします?』
『第一の『試練』は過去と向き合うこと、だった。ぶっちゃけ、未練とか後悔とかそのあたりと顔合わせて、ケリつけてこいって内容だな』
『……いや、資格のことも考えると、『試練』の内容に性格の悪さが滲み出てる気がするな』
なにせ、スバルが特別に与えられた資格は本来、『ハーフ』でなければ得られないはずのものだ。
『試練』を用意したものの真意までは見えないが、物語において『ハーフ』という条件を付加された存在が受けるある種のお約束は決まっている。
それは同種族や異種族からの迫害、あるいは畏怖されることなど孤立を意味する。
とかくそうした状況に陥りやすい『ハーフ』を選んで『試練』を受けさせているのだとすれば、墓所に挑むのは当然のように過去に傷のあるものの可能性が高くなり、
『必然的に『試練』の突破が困難な奴ら揃いってわけだ。だいぶ腹が黒いな』
『現状、試験官の性格の悪さを罵ってても進展ありませんよ。それより……言いづらいことですけど、エミリア様が取り乱した経緯ってなると』
口ごもるオットー。
ちらちらとエミリアのいる寝室に目をやる彼の言いたいことがそれだけで伝わり、しかしそれを口にしない彼の思いやりにどこか救われる。
――エミリアの見た目。
かの『嫉妬の魔女』と類似する点の多い容姿、そしてハーフエルフであるという出自。それらの点から彼女が受けてきた、謂れもない蔑視や迫害の存在は感じ取ることができる。
もっとも、実際に彼女と同じ立場でないスバルたちに察せるのは、あくまでそうであろうという程度の上澄みの部分でしかない。
それ故に軽々しく話題にすることもしない。オットーの判断はひどく人間的であり、言い方を変えれば商人として致命的に向いていない性格といえる。
「…ふふ、オットーくんってすごーく優しいのね」
「……ええ、ありがとう、ございます」
オットーの瞳にも困惑が宿る。
だって、この会話は─
『その……ごめんなさい、迷惑をかけて』
『よかった、おはよう。エミリアたん、もう体調とか平気そう?』
『ぁ。うん、大丈夫。体の方は全然なんともないの。心配かけちゃってごめんね』
『そっか、それならいいんだ。ほら、最初に倒れてたときは俺も側にいられなかったからどっか打ってなかったかわかんなくて心配でさ。やっぱり、片時も離れないでいた方がお互いに安心できっかもね』
『――ぅん、そうよね』
「……あれ?」
エミリアの表情が固まる。
こんな会話をしたか、記憶を探る。
「……気のせいなら、いいんだけど」
『話の腰を折ったりしてごめんなさい。でも、ホントに体の調子がおかしかったりするところはないの。寝ぼけてた頭も今のでちゃんと起きたから、もうへっちゃら』
『エミリア様。お目覚めになられてすぐではありますが、『試練』のことについて』
『そう……えっと、『試練』の内容についてはみんなは』
『それはバルスから聞いています。もちろん、細かな内容までは踏み込んでいません。エミリア様にも、聞かれたくないことはあるでしょうから』
『そ、そうなんだ。スバルが……え?どうしてスバルが?だって、スバルはハーフじゃないから『試練』を受けたりなんて……』
『入る前に言ったろ。資格は貰ったんだよ。誰にって言われると微妙だが、どこでって言われたら……たぶん、昨日の夕方に墓所でだな』
『夕方っつーと、ぶっ倒れててめェをここに運び込んだっときかよ』
『ああ、それで間違いない。なんで貰えたかとかに関しちゃ確証がねぇけど……あれじゃねぇか。資格のない奴も、中に踏み込んであの洗礼だかなんだかを受けると入れるようになるみたいな。案外、ロズワールの奴も入れるかもしれねぇぜ?』
『いずれにせよ、バルスが中に踏み込んでエミリア様を連れ戻ったのは事実です。またその際、バルスもエミリア様と同じ種類の『試練』を受け、妄言でなければそれを乗り越えたと言っています』
『乗り越えた……スバルが、『試練』を?』
『本当に越えたの、スバル。あの……過去を?』
『俺とエミリアたんで見てたもんは違うだろうけどね。俺はまぁ……一人の力で乗り切れたわけじゃねぇしさ』
『たまたま試験結果が良かったぐらいでどうこう言う話じゃねぇさ。それより問題はエミリアたんだ。たぶん、様子からして今日の『試練』は駄目だったんだと思うけど……』
『う、うん。そう、なの……頑張ったんだけど、途中で急に途切れちゃったし』
『それは俺が起こしちゃったからだと思うのでごめんなさい。……っていうか、そもそも『試練』って再挑戦は可能なもんなんだよな。俺も第二の『試練』は受けてねぇんだし、帰ってきちゃったけど』
『あまり前例のあることではないが……挑むこと、それ自体は何度でも可能じゃろうな。儂は第一の『試練』を越えることもできんかったが、二度挑んでおる。それよりも気になるのは、むしろ資格を得たスー坊の方じゃ』
『急に資格が生えることなぞまずありはせん。少なくとも、墓所ができた当初からいる儂の知る限り……じゃがな。おおよそ、見当はついておるが』
「スバルは凄いわよね……私は躓いてばかりだったのに」
「……リューズ」
『ともあれ、再挑戦可能のお墨付きはもらった。あとの問題は、エミリアたん自身だ』
『わ、私……?』
『ああ、そうだよ。聞くけどさ――エミリアたん、もう一度、『試練』に挑む覚悟ってのは決められそうか?』
『仮に君が『試練』を受けられないなら、代わりに俺が『試練』を受ける』
『――!?でもスバル、それじゃ……っ』
『少なくとも俺は第一の『試練』はクリアしてる。残り二つの『試練』だって、突破不可能じゃないってことは示せてるはずだ。その上で、君が『試練』を受けることに二の足を踏むなら、堂々と俺がやってやるさ。俺はそのためにここにいる』
『そのためにって……わ、私のため……?』
『そうだよ』
『俺は君のために、君が恐れるんならそれをやる。ロズワールなんかは、『聖域』の解放はエミリアたんがやってのけて、エミリアたん自身の手柄にしなきゃとか言うかもしれないけど……俺の行動の結果、それが賞賛されることなら全部それは君に捧げる。俺の手元にはなにも残らなくて構わない』
『どうしてそこまで……してくれて……』
『言ってるじゃんか。俺が君を好きだから、超好きだからだよ』
『そんなわけで、俺は『試練』に挑もうと思う。エミリアたんはどうする?本当に辛いんなら、家で寝てていいけど?』
『――――スバルの、ばか』
『そんなこと言われて、私が部屋で閉じこもって待ってられるわけないじゃない。ホントに……すごーく、ひどい。すごーく、馬鹿。すごーく……ありがと』
「…やっぱり、この周回は……」
エミリアの瞳が陰る。
手は痛ましいほど強く握られて。
次の日、スバルは寝起きに森を散策していた。
『実際、参ったな。どーしたもんか……』
『――そっから先、入るんじゃねェよ』
『こんな朝っぱらっから散歩たァ、いい趣味なんだか暢気なんだか。『赤色と青色の木の実に迷うムジゲムジゲ』って気分だわな』
『あんっましおっどろいてねェなァ。脅かし甲斐がねェじゃァねェかよォ』
『全然想定しないで出くわしたらびっくり仰天するだろけど、このへんをうろついてればお前に会えそうな気はしてたしな。さすがに木の上からとは思ってなかったけど』
『俺様を探してたってのか?』
『早朝過ぎて望み薄かと思ってたけど、会えてよかったよ。……ちなみに、さっきの脅しはなんだったのか聞いても?』
『んな大した話じゃァねェよ。こっから先、森のこっち側は俺様の狩り場だ。うっかり迷いっ込んじまったら、噛みついて首の骨へし折るってだけだ』
『だけだじゃねぇよ!超大事じゃねぇかよ!』
「……やっぱりそういうッことなのかよ」
ガーフィールの声が酷く震えていたことに、フレデリカ以外は気づかなかった。
『で、その気分転換とやらの効果はちったァあったのかよ』
『っていうと?』
『とぼけんじゃねェよ。大聖堂の連中も、そろそろ限界が近ェってのは見え見えじゃねェか。いっつまでも、てめェやあの兄ちゃんで誤魔化せるもんでもねェ』
『痛いとこ突いてくる上に、お前って案外ちゃんと周り見てんのね』
『人質連中はそろっそろギリギリだろうがよ。――いつまで、悪足掻き続けんだ?』
『悪足掻き、ってのに心当たりがねぇけど……』
『ハッ。言ってくれやがるぜ。あれが、あの様が悪足掻きでなくてなんだっつーんだって話じゃねェか。――同じとこで、もう三日も足踏みしてやっがる様でよォ』
ガーフィールが短く息を吸う音が聞こえる。
「…ガーフィール、私は……」
エミリアはガーフィールに怒ってなどいない。
実際、スバルに背中を押されるまでのエミリアは目も当てられないものだった。
だからこそ、エミリアは─
「…そんな顔、しないで?」
慰めることしか、出来ないのだ。
『まず、はっきり言っておくけどな。俺はエミリアの味方だ。俺はあの子がやってくれると信じてるし、疑ってもいねぇ。だから、時間はかかっても『試練』を突破してくれるもんだと信じて疑わない』
『その時点で俺様からすりゃァ眉唾って話なんだけどよォ。あの箱入りお姫様が――もう三日連続で泣きじゃくって連れ出される弱虫が、本当にやれんのかってな』
『まさか、一個目が突破できない連れがいりゃァ、二個目の『試練』が始まらねェたァ思いもよらなかったわな。おかげでここ三日、『試練』に関しちゃ進歩なしだ』
『これならてめェ一人の方がマシだったんじゃねェか?それなら少なくとも、足手まといに引っ張られて、乗り越えたはずの石で躓く必要なんざなかったはずなんだからよォ』
『ケリつけなきゃならねぇ過去は人によって違う。のうのうと生きてきた俺と違って、あの子が色々と抱え込んでんのは当たり前だ。それで足手まといだなんて思っちゃいねぇよ』
『そうかい。惚れた相手となりゃお優しいこった。っけどな、誰も彼もがてめェとおんなじに見守ってやれるわけじゃァねェんだぜ?正直、俺様はこうしてる間もお姫様の評価をどんどんどんどん下げてくっしかねェ』
『それは……』
『いい加減に認めっちまえよ。お姫様がいなけりゃ、少なくともてめェは二つ目の『試練』に挑めるんだ。その方が、この場所の解放って条件を突破するのに現実的な目なんてェのは誰が見てもわかり切ってることだろがよ』
『時間をかければ、絶対に乗り切れる。急かして焦らせたってなんの意味もない。だってのに……』
『その時間がねェってのもお前あたりにゃァわかってんだろ?俺様筆頭に『聖域』の気の短い奴らは痺れを切らし始めてっし、人質連中も閉じ込められてる期間が長引いて我慢の限界。――膨らんだ不満が割れんのも時間の問題だぜ?』
「……うん、それは本当にそう。下を向いていじいじしてる時間はなかったもの」
「……俺ァ、なんッで……!」
ガーフィールが髪をぐしゃりと掴んでいる。
エミリアは少しでもガーフィールの心が傷つかないような言葉を選んでいるが、それも効果は薄そうだ。
「……ガーフィール……」
こんな時、スバルがいたなら。
それを考えてしまうのはあまりにも酷だが。
『――提案が、ある』
『聞かせてもらおうじゃァねェかよォ』
『お互いに、問題視しなきゃならない部分は時間だって合意はとれてるはずだ。俺はエミリアが『試練』を突破するって信じてるから、あの子に必要なのは時間だと思ってる。一方でお前らは、均衡が崩れるまでの時間制限のアップアップ。ここまでは問題ないよな?』
『間違っちゃァいねェだろうよ。一個だけ付け加えんなら、俺様は本当にあのお姫様が『試練』を達成できるか疑ってるってのも押さえとけや』
『……そこに関しちゃ俺とお前は平行線だと思うよ。ともあれ、時間がネックになってくる部分で合意が取れてるんなら、俺の提案を考慮する気にもなるはずだ』
『現状、軟禁されてる避難してきた人たちの状態は限界だ。そう遠くない内に決壊して、最悪は『聖域』の内側で集団が割れることになる』
『俺様は別にそうなったって構やァしねェんだぜ?そこいらの村の人間が百や二百束になったとこで、俺様にひっくり返されるだけの話なんだっからよ』
『四十二人だよ。……お前がどうあれって問題じゃねぇんだ。望まない衝突が起きることと、それで被るダメージの話だ。お前だって別に、いつも飯の支度までしてやってる人たち相手に暴力が振るいたいわけじゃないだろ?』
『まァ、そりゃァな』
『だからその衝突を避けるために、軟禁されてる人たちの解放を要求したい。現状、あの人たちに人質の価値はあってないようなもんだと思ってるが、どうだ?』
『オイオイ、待てよ。それとこれとは話が違うんじゃァねェか?あの連中に人質の価値がねェってのがまず、どういうこったよ』
『もともと、あの人たちを軟禁してたのは俺たち……というより、エミリアをここに誘き出すための手段だろ?その狙い通りに俺たちは『聖域』に入って、望まれた条件に従って『試練』も受けてる。人質の食料や世話、見張りだってどこからか際限なくわいてくるわけじゃない。実際、お前がこんな夜だか朝だか区別もできないような時間にまで狩りに励んでるのも無関係じゃないだろ』
『懐を圧迫するだけの人質連中なんて、もう抱え込んでおく必要はないはずだ。別に人質がいなくなっても、俺たちはもう『試練』を中途で抜けるなんてできねぇし』
『そうだろうよ。なにせ『聖域』に入った時点でハーフ……お姫様は土地の呪いに縛りつけられてんだ。お姫様がここから出ようとしたら、どの道、『試練』を突破しなきゃならねェって……あァ、そういうことか』
『人質連中を解放すれば、食い物にしろ内部分裂にしろ、避け難い破綻は避けられるってェ考え方なわっけだな。実際、人質連中が『聖域』を突破できない障害は俺様たち以外にゃァねェわけだしよォ』
『ここまでの状況がお前らの目論見通りなら、最後までそう運ばせるべきだろ?お前らの目的は自分たちを『聖域』から解放させることで、共倒れしたいわけじゃないはずなんだからさ』
「にゃんか、空気最悪だね」
「……無理もない、私も、今は少し動揺を隠せそうにない」
『そもそも、なんでその話を俺様に持ってきた?この場所の頭は俺様じゃなくてババアなんだぜ?納得させて話運びてェってんなら、ババアに持ってくのが確実だろが。自分で言うのもなんだが、俺様じゃ話をややっこしくするだけだったかもしれねェんだぜ?』
『その話をややっこしくさせないためにお前から、なんだよ。ちゃんとメリットデメリットを説明すれば、リューズさんなら説得できるって話してて思ってたしな。でもその場合、お前の出方がわかり難い』
『なんぼなんでも、お前の説得が骨だ。生憎、力ずくでこられたら手も足も出ないってのが俺の自己評価なんでな。懸案事項を先に片付けておいた方が、後々のことを心配しなくて済むだろうと』
「…ガーフ、そう暗い顔をするのをやめなさい。そんな顔をしても、過去は変わらないわ」
「……わかッてらァ」
『ハッ、朝っぱらからくだらねェ。いいぜ、好きにしろよ。ババアの説得さえできるってんなら、俺様の方が口出しする気はねェ。どっちにしろ邪魔な連中だ。連れ出すってんなら好きにしやがれ』
『そうか、じゃあお言葉に甘えて……』
『――ただし、条件があんなァ』
『……条件って、なんだよ』
『俺様……いや、『聖域』から出す条件は簡単だ。『試練』はてめェが受けろよ。その方がずっと、話が早ェ』
『――!待て、それは違うだろ。それやったら前提から……』
『勘違いしてるみたいだから教えてやっけどよォ……別に俺様やババアたちは、『聖域』から解放されるってんならそれをやるのが誰でも構やしねェんだよ』
『お姫様に乗り越えさせて、人質連中からもババアたちからも評価されたいってのはてめェらの事情。過去だかなんだか知んねェが、くよくよと引っかかってる過ぎたこととケリつけさせたいってのもてめェらの事情。全部が全部、てめェらの問題だ』
『――そもそも、本当に過去なんざ乗り越える必要があんのかよ』
『え?』
『三日だぜ、三日。俺様もてめェらと一緒に墓所で、あのお姫様が『試練』を受けてぐっだぐだになるのは見届けてきてんだ。正直、もう見てらんねェよ』
『見て、られないってのは……』
『気負い過ぎの傷付きすぎだろ?やらなきゃやらなきゃって前のめりになって、それであの様で帰ってきちゃァできなかったのをうじうじと謝ってやがる。それでどうして、てめェらはまだあのお姫様に『試練』なんざ続けさせたがんだよ』
『エミリアは、必ず『試練』を乗り越えてくれる。だから俺たちは……』
『その期待ってやつが重たすぎっから、お姫様はあんなに苦しんでんじゃねェのかよ。あんな様になるまで傷付く記憶と、無理やりに向き合わせんのがてめェらの望みで、お姫様のやりてェことだってのか?頭の悪ィ俺様にはわかんねェなァ』
『エミリアの……意思……』
『なにに衝撃を受けてやがんだか知らねェが、話がねェってんなら俺様はいくぜ、オイ。狩りの途中だ……さっきの提案については、俺様の条件を受ける気になったんなら好きにババアに通しやがれよ。俺様ァ、あとのこたァ知らねェ』
「期待が重い…僕も、そう思う時はあるから少しだけわかるよ」
「……ラインハルトも?」
「はい。誰にだって弱さはありますから」
それを剣聖が言うのも皮肉な話だ。
『俺が見てたものは。俺は『過去』と向き合って、ケリつけて、それでよかったって思ってる。けど、エミリアは……』
『――す、ばる?』
『あ、ごめ……ごめんね。も、もう時間?時間になった?は、早いのね……でも、やらなきゃ。頑張らなきゃ……し、『試練』の時間、だもんね?』
『エミリアたん』
『だ、大丈夫。今日こそは、今度こそ、きっと……うん、きっとうまくやるから。も、もうそろそろ『試練』でなにが起こるのか、わかってきたもの。ほら、ぱたーんだっけ。スバルが言ってた、うん、その、それが、ほら、わかって……うん、だから、私は、だ、大丈夫だから……』
『エミリアたん、大丈夫だ。まだ夜になってないどころか、昨日の夜が終わってない。これから朝だよ。時間なんて、まだまだ先だ』
『う、嘘言ってもわかるんだから。だって、ほら……お外、暗いじゃない。朝なら、明るくなきゃ……あ、でも、私、今日は微精霊の子たちとお話……』
『エミリア』
『あ……』
『わ、私……』
『今、ここには俺しかいない。だからどんなに弱音を吐いたって大丈夫だ。焦る必要もないし、気負うことだってない。俺は君の味方だ。どんなときでも』
『すばるぅ……』
差し伸べた手に縋りつき、エミリアはか細い声でスバルの名を呼びながら顔を俯かせる。そのまま腕ごと座る彼女に引き寄せられ、その隣に腰を下ろすスバル。
空いた手で彼女の銀髪をゆっくりと撫でると、次第に彼女の体から力が抜けていき、しばらくしたところで安堵したような寝息が届いてきた。
疲れ切っているのだ。
それでも夜を一人で越えることができず、スバルに頼りきりになってしまうくらい。
すぐ隣で小さな寝息を漏らすエミリアを横目に、スバルは愛おしい彼女の頬を掠めるように指で触れて、その涙のあとを確かめる。
――そして、もう限界だろうなと、そう決断した。
「…頼ってばっかり」
エミリアの自己嫌悪が少しだけ滲んだ声に、ベアトリスは酷く悲しい顔をした。