あの日の答え
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コメントは最近返せてませんが、ちゃんと読んで参考にしてます!
疑問形のはちゃんと返してますが、感想にはなかなか返せず……!
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『一度、あいつに頭の中にまで入られたことのある俺が言っても説得力がねぇな。……本気でなんにもねぇだろうな、おっかねぇ』
『殺し合い……ね。日常生活送ってたら一生言わねぇ台詞だな』
『ペテルギウス倒してしんみりとか、すると思わなかったぜ。……気持ち切り替えろよ、俺。落ち着いて、振り仰いで、考えてみりゃぁやること満載だぜ』
『傷付いたり死んだりしない分、そっちの方がずっと気楽だ。平穏な日々の大切さはそれを失って初めて気付くってやつだな。俺は最初から変わらない日常ラブフォーエバーだったけど』
『――福音書』
『逆にいえば、手掛かりになりそうなのはこれぐらい……か。とりあえず預かっておいて、クルシュさんとかロズっちに相談してみっか』
『ようやく決着がついたと言いたいところではあるが、すぐに村に戻ろう、スバル』
『フェリスの尋問で、魔女教徒が気になることを言ったらしい。避難させた方々が危険にさらされるかもしれない』
「スバル…」
「たとえ相手が誰であれ、人を殺すという経験は心に傷を産むものかしら。仕方ないことなのよ」
「……あァ、そうだッなァ。…人を殺すのは、後悔とかじゃねェが、嫌な記憶になるもんだァ」
『おっかえり~。無事に大罪司教はぶっ殺せたみたいでよかったじゃにゃい』
『全員、戻ってきてくれてるんだよな?』
『トラトラトララ~って合図したじゃにゃい。ちゃんと本命以外の指先も潰しておいたってば。何人か捕虜も取れて、そのおかげでわかったこともあるし、ネ』
『捕まえた人から聞き出せた話にゃんだけど、どうも別働隊があるみたいにゃの。ここいら一帯に潜ませるんじゃにゃくて、街道を監視する的な立場の?』
『おいおい!まさか、ペテルギウスの指先って話じゃねぇだろうな!?森と崖と行商人一行で十ヶ所!指なら十本で終いだろ!?まさか足まで含めるとか子どもみたいなこと言い出すんじゃねぇだろうな』
『本人のいたところは指じゃなくて本体だから、指なら九ヶ所しか潰せてにゃいんじゃにゃーい?』
『すごいネ、その諦めの悪い目』
『――あ?』
『今、フェリちゃんはスバルきゅんに天地がひっくり返るような情報を伝えたつもりにゃんだけど……諦めるどころか、すぐにどうにかしようとしたよネ。うんうん、その態度はいいと思うヨ』
『まさかお前、俺をからかったんじゃねぇだろうな!?』
『それはにゃいよ。そこまでは期待しすぎ。今の話がフェリちゃんの悪ふざけだけだって言うにゃら、それでもう心配しなくて済むだろうから縋りたくなっちゃうのもわからにゃくにゃいけどネ。そこの部分は良くにゃいと思うヨ』
「ナツキさんは諦めが悪い方ですからね」
「まったく、スバルは仕方の無い契約者かしら」
「わぁ、自分が一番の理解者だって言いたげな子がたくさんでフェリちゃんびっくり〜」
『とにかく、さっきの話は事実なんだよな?』
『ホントだよ。あ、でも指先がどうって話とは違うけどネ。『怠惰』の魔女教徒は打ち止めみたい。――街道を張ってるのは、『怠惰』の関係者じゃにゃい』
『『暴食』の魔女教徒――!』
『白鯨が『暴食』だっていうにゃら、単独でいたのはおかしいって話ににゃるよネ』
『リーファウス街道のどっかに、隠れてる魔女教徒がいる?』
『そ。どーする?』
『その事態はある程度、想定してたはずだ。そのための保険、だろうが』
『わぁるい顔で笑うんだから。弱々だったかわゆいスバルきゅんはどこへ行ったのやらー』
『なんのために『怠惰』攻略難易度が上がるってわかってて、こっちの最大戦力をエミリアたんたちに振ったんだよ。こういう場合のためにリソースを割いたんだぜ』
『街道に潜んでる魔女教徒ってのが、どれぐらいの数がいるのかはわかってるのか?『怠惰』の関係者だけで、このあたりにゃ百人近い数がいたんだ。いくらヴィルヘルムさんでも多勢に無勢……』
『見張り、って言ったでしょ?人数は大したことにゃいみたい。二、三十人ならヴィル爺と側近さんあたりでどうとでもなる人数だし問題にゃいと思うの』
「…暴食」
「…嫌な感じかしら」
ベアトリスが顔を顰めて頭を抑える。
他者から自分の大切な部分に干渉されて捏ねくり回されているような。
『――そのぐらいの話で事が済むのであれば、こうも戻るのを急がせたりはしなかったろう。フェリス、あまり回りくどいことをするべきじゃない』
『ヴィル爺の実力は信じてるし、少人数の魔女教徒の襲撃にゃんて心配するほどのことでもにゃいよ。いざとなればエミリア様だって戦えるんだし、戦力的な意味で不安はなし。ただ、ちょこーっと気ににゃることが、ネ』
『なんだよ、気になることって』
『そこから先は、肝心な部分に気付いた本人に聞かせてもらっちゃおう。というわけで、貴重な意見を出してくれたオットーくんでーす』
『驚かせたようですみません。まずは、無事に戻られてなによりでした。皆さんが負けてしまわれると、僕としても自分の安全が保障できなくなりますから』
『自分に正直でけっこうなこったが……お前がなにに気付いたって?ぶっちゃけ、出だしからしてあんまりいい予感がしねぇんだが』
『さっき、そこで顔見知りの商人の方が――エルグリードさんが捕虜になってることに気付きまして、魔女教徒……だったんですよね』
『名前超かっこいいな、あのオッサン。……で、まぁその質問はその通りだ。知ってる人間がそうだって言うなら、ケティって人もそうだったぞ』
『ケティさんが魔女教徒だったことには驚いていますし、残念でもありますが問題は別です。――ケティさんの竜車は、避難に利用されていますよね?』
『――?ああ、使ってる。持ち主はともかく、持ち物に問題はないだろしな。竜車の数もギリギリっちゃギリギリだから、遊ばせておくわけにもいかなくて』
『そして、行商人の皆さんが竜車に乗せていた積み荷は村に下ろして、代わりに住人の方を乗せて避難……これで間違いないですか?』
『竜車から下ろしたはずの荷物の中に、あるべきものの姿がありません』
『僕、みんなを出し抜こうとしてここまで飛ばしてきたって言ったじゃないですか。つまり、メイザース領での儲け話を聞いたのはみんなと同じ場所でなんですよ。当然、ケティさんとも一昨日の時点で接触してました。そのとき、ケティさんが竜車に積んでいたはずのものが積み荷の中に見当たりません』
『――大量の火の魔鉱石。竜車の七、八台ぐらい、跡形もなく吹っ飛ばせるようなそれが行方不明になっています』
「…!」
エミリアは思い出す。
あの日、スバルが助けに来てくれた瞬間のことを。
「魔鉱石…!随分と厄介な忘れ物を置いていってくれたものなのよ!」
『魔鉱石を積んでたってのは事実なのか?途中で下ろした可能性も……』
『いざというとき、避難する予定の村民やエミリア様に奇襲をかけるはずの教徒がそんなことをするだろうか。スバル、楽観と希望的観測は違うものだ』
『てめぇはこのタイミングで正論を……いや、わかってる。俺が悪い』
『倉庫の中に魔鉱石は見当たらない。俺も検めたし、それは間違いない。オットーはここにくる前に、竜車の中の現物は見たのか?』
『残念ながらはっきりと。大きさは拳大ほどまでいかない安物ですが、数が麻袋いっぱいにありました。一斉に砕けば、目的を果たすには十分な量だと思います』
『術式が仕込まれていないのは確認していたが……純粋に竜車自体に魔鉱石を仕掛けるといった手段は考慮の外だ。私の失態だ、すまない』
『お前が悪いわけじゃねぇ。俺が気付かなきゃいけなかった』
『魔女教徒の襲撃はヴィルヘルムさんがいれば問題ない。武力的な意味で、あの人を突破できる存在なんてそういるはずがねぇ。でも、ブービートラップは話が別だ。こればっかりは、気付かなきゃどうしようもねぇ』
『無論、無駄骨の可能性もあります。疑うだけ疑って、実際には魔鉱石はそれぞれ教徒に分配。竜車への仕込みはありません……という可能性も』
『捕虜にした人と、死体が確認できた奴のボディチェックはしてある。魔鉱石どころか、福音とやらも見当たらねぇ。……魔鉱石は、竜車に仕掛けてあるんだ』
『似たような仕掛けを教徒に、竜車に仕掛けてておかしくない……!フェリス!今から竜車を飛ばして、王都の方に向かった避難組に追いつけるか!?』
『けっこう厳しいヨ?王都組の出発がだいたい一時間と半分くらい前だし……見つからないで避難するのが目的だから、そう飛ばしちゃいにゃいだろうけど』
『またか……またなのかよ。これだけやって、俺はまた……!』
「…こんなッの、想像出来ッかよォ!」
「スバルは細心の注意を払って作戦を組んだはずかしら。こんなの、想定できないのよ」
『ひとつ、いいですか、ナツキさん』
『なにか、今の俺と取引きできるものを持ってるってのか、オットー』
『察しのいい方、嫌いじゃないですよ。――ナツキさん、僕は現状かなりの崖っぷちなんです。乗っけてた積み荷は時期を逃して二束三文で売り払えるかどうか。一発逆転にかけて今回の儲け話に乗ってみれば、欲を掻いたせいで肝心な場面に乗り遅れる大惨事。命あるだけ儲けものとは言いますが、それを笑える立場じゃないんです』
『取引きをしましょう。それに応じてくださるのであれば、僕は僕の全霊を尽くしてあなたを目的の場所へ――先にいった竜車に追いつくとお約束します』
『追いつける……ってのか?今から出発して、どうやって!』
『それをお話する前に確約していただきたいんです。取引きに応じてくださると。僕が差し出せるのは、僕自身にとってもかなり大きな意味を持つものですから。簡単には協力できません。仮に脅されたとしても、です』
『武力行使なんて乱暴な真似しねぇよ。方法があるなら教えてくれ。お前が出す条件ってやつも、俺ができるならなんだってやってやる』
『メイザース辺境伯の関係者であるナツキさんに、僕にメイザース卿とお目通りの叶う機会を設けてもらいたいんです。できるなら今回の功績に、積み荷の油を買い取っていただければ幸いです。……言い値で、いかがでしょう』
『またそんなことでいいのか、お前は!よし、なんでも買ってやるし、あの変態に会いたいってんならいくらでも会わせてやる。交渉は成立だ!』
『えっ、なにそれこわい』
「…なんですかベアトリスちゃん」
ベアトリスがオットーを見つめている。
「お前は本当に強かなやつかしら」
「お褒めに預かり光栄ですよ」
「べティーが褒めたのはスバルの人を見る目なのよ、お前を褒めたわけじゃないかしら」
ベアトリスが顔を赤くして顔を背ける。
「照れ隠しがわかりやすいな……」
『イアを君に同行させる。もしも竜車に魔鉱石が仕掛けてあるのが事実であったとすれば、イアならばそれに気付けるはずだ。活用してくれ』
『いいのかよ、俺に精霊預けるなんてことして』
『心得のない君を行かせて、後悔はしたくない。本来なら同行したいところだが……』
『こんにゃに傷だらけで無茶言わにゃい。やせ我慢しててもわかるんだから。それにマナもほとんどからっけつ。大技、使いすぎたでしょ?』
『蕾たちの補助があった。私自身の魔力はほとんど使っていない。もっとも、それでこの有様なのだからつくづく私には才能がないと実感するところだがね』
『友人に可愛い我が子を貸し出すんだ。君も、それなりに配慮してもらいたいが』
『友達とか素面で正面からいうのやめてもらえます?さっきは状況が状況だったから聞き流したけど、そのあたりについては後々にちゃんとお話がしたい』
「スバルって、ユリウスに友達って言われるのすごーく嫌がるのね?」
「あれは男の矜恃というやつかしら、下らんのよ」
『では、参りましょうか、ナツキさん』
『ああ、道案内とその他もろもろ頼むぜ、オットー』
『『風除けの加護』が地竜には働きますから、体格差のある二体が並んでも問題ありませんよ。どちらも雌ですから、『聞いた』ところだと折り合いは悪くなさそうです』
『どうしました?』
『いや、やっぱりこの世界の加護ってのはすげぇなと思って。才能みたいなもんだと思っていいんだろうけど、俺の常識だと測れねぇことが多すぎる』
『この世界の加護って、ずいぶんと他人事みたいに言いますね、ナツキさん。それに加護持ちは加護持ちで苦労もあるんですよ。特に僕の『言霊』の加護は小さい頃は制御ができませんでしたから』
『地竜含めて動物と会話することまで可能、と。メイザース領まで最短距離を突っ走ってこれたのも』
『僕の地竜……フルフーにもだいぶ無理をさせましたよ。鳥やら虫やらに抜け道悪路なんでも聞いて、本気出しましたからね』
『先行してるエミリアたんたちに追いつくのも、難しくない』
『いや、難しくはありますよ?ただ可能性は十分にあるという話でして、そもそも協力することがさっきの取引きの条件ですから結果に結びつくかどうかとか、第一に仕掛けられてるかもな魔鉱石が爆発するかどうかも不明で……』
『先行してるエミリアたんたちに追いつくのも、難しくない――!』
『そんないい顔して言い切られても困るんですってば!』
『頼むぜ、オットー。お前が頼りだ』
『……本当に、殺し文句ですねえ、チクショウ』
『ああもう、やってやりますよ!やってやってその恩を着せて、骨までしゃぶってやりますからね――!』
「ほんとに、ナツキさんは困った人ですよ」
「全くだ、人の欲しい言葉をなんでもないみたいに言えてしまう」
「スバルはすごーく優しいから、人の気持ちがわかるのよ」
『左の林を抜けましょう!その方が王都へ最短で行けます!』
『林っていうか、獣道すらなさそうだぞ!?本当に大丈夫か!?』
『なんで無言なんだよ、お前!?』
『――ナツキさん!!』
『どうした、なにがあった?』
『木々が騒がしいというか……鳥や虫が大騒ぎして、消えました。それにフルフーも怯え出して……なにか、なにかがきます!』
『横へ走って、林からすぐに出ます。ナツキさんは後方の警戒を――』
『……いや、その必要はなくなったぜ』
『飛ばせ、オットー。――絶対に、捕まるなよ!!』
『ナツキさん!?』
『てめぇ――どんだけしつこいんだよ、クソ野郎!!』
叫ぶスバルの視線の先で、膨大な漆黒の影が蠢いている。
屍から黒の魔手を垂れ流すように伸ばし、もはや人の形を失った妄念の塊――ペテルギウスの残骸が、スバルを追って背後に迫っていた。
「しつこいのよ……!」
「大将ッ!逃げきれェ!」
「スバル、頑張って!」
『――体ァをォ、ワタシィの、肉のォ体をぉぉぉぉぉ!!』
『俺の中に入ってひどい目にあったって覚えてねぇのか……!』
『時間切れを待つのは厳しい、よな……クソ!』
『これが精霊……どこが、精霊……?もっと神聖なもんなんじゃないの?』
『パックやら準精霊がどれだけ人に優しい見た目してるか、よーくわかったよ』
『――ナツキさん!後ろになにがきてるんですか!?』
『ちょっとでかくて黒いケダモノが追っかけてきてるだけだ。お前の知らないとこでたぶん尻尾踏んづけたんだろう。すごい鳴き声で顔も恐いから見ない方が吉』
『本当に見せない気あります!?露骨に気になることばっかり言ってるくせに!?』
『いいから飛ばせ!俺が噛まれたら今度はお前だぞ!!』
「どこがちょっとでかくて黒いですか!めちゃくちゃ気持ち悪いんですけど!」
「精霊でもいちばん可愛いのはべティーかしら」
「ベアトリスちゃんはどこで張り合ってるんですか!?」
『お前の足止めが、俺の役目ってわけだ。最終局面で見せ場炸裂……何回、最終局面やらせんだよ!お前のどこが『怠惰』だ、この無用な働き者がぁ!!』
『魔ァ女ォ……サテラぁ……!ワタ、ワタシを、愛、愛、愛し、愛して、愛を、愛が、愛で、愛され、愛す、愛、愛愛愛愛愛愛愛愛アイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイイイイイイイィィィ!!』
『俺もお前も愛されてなんかいねぇよ!好きな相手の心臓潰そうとするラブコメがあってたまるか!俺は願い下げだ!』
「これは愛ではなく、もっとおぞましいものなのよ。執着や妄執に近い……」
「きっと愛って、もっと綺麗なものよね。私は、それを覚えてるもの」
『必殺技も超魔法もねぇ。でも、お前の相手は俺だ。俺より前に行かせねぇし、俺の先にいる子と会わせるわけにも絶対にいかねぇ……!』
『ナツキさん、そんなに僕のことを……!』
『ちょっと黙っててくれる!?今、かっこつけてるところだから!』
「お前…本気で言っているのかしら?」
「どっちだと思います?」
「質問に質問で返すんじゃないのよ!そういうところはスバルとそっくりかしら!」
『俺の体が乗っ取れないとわかれば、それで道連れ作戦確実だろうしな』
『ナツキさん、林抜けます――!』
『林は抜けた。――加減はしねぇぞ!』
『愛ニ!愛シ!愛だけガ、全テなのデス――!!』
『――焼け落ちろ、ペテルギウス』
真っ直ぐに腕を伸ばして、人差し指を銃の形に突きつける。
その指先に赤い輝き――ユリウスから借り受けた、『赤』の準精霊が宿る。
『力借りるぜ、ユリウス・ユークリウス』
『――ぁぁぁぁああ!!』
「ああ、存分に貸そう」
「もう終わりにしてしまうかしら」
「頑張りなよ、スバルきゅん」
『寄越ォせ、渡ァせ、差しィ出ァせェ……』
『ひでぇ有様だぜ、てめぇ。……俺も人のこと言えた筋合いじゃねぇけど』
『肉ゥ、体ァ、消えなぃ……消えるわけに、いかなぃのォデス……』
『だから!俺の体に入っても痛い目にあうだけだっつってんだろ!魔女がなんだってんだ。俺もお前も、振り回されてるだけじゃねぇか!』
『――魔女、サテラ』
『アナタは、危険……デス。きけ、危険、きき、ききき、けん、きけんきけんきけんきけっ、キケンきけんキケン――デス!』
『あぁ――!?』
『寵愛を、受けて、受け、受けてい、いながらっ。愛を否定ぃぃ、そしてワタシを、ワタシをワタシをワタシをぉ、ここまで、ここまで追い込み、死を死を死死死死死死死死死死死死ひぃ――』
『魔女に、魔女、サテラに、サテラぁ、愛し、愛を、愛がぁ!愛してマス!愛されているのデス!サテラ、アナタが、アナタがワタシを、ワタシにした!片時も忘れていな、いないのデス……アナタが忘れても、ワタシは、忘れて、いない!』
「…あなたが忘れても…」
「…嫌なのよ、それは、傲慢かしら」
『アナタは危険デス!いずれ、魔女教を脅かす存在デス!その前に!アナタが、サテラにその手を届かせる前に!ここで!今ここで!ワタシの手で!ワタシの勤勉さをもって!『怠惰』なワタシと決別し、愛を誠にするために……死ぬの、デス!!』
『お前が化け物のままだったら、俺の負けだったろうぜ』
懐から手を抜いたスバル、その手に握られたものを見てペテルギウスが目を見開く。
その反応にスバルは心が痛むのを感じた。
だが、刹那に過ったその感傷を直視しないように目を背け、大きく腕を振り上げる。
真上へ振られた手の先から、黒い装丁の本が――福音書が投げられた。
『ぁ……サテラ』
『――ヴィルヘルムさんに教わったことが、二つあった』
『俺は、剣の才能がこれっぽっちもないってことと』
『――殴られたとき、目ぇつぶらない度胸だ!!』
叫び、頭を下げてダッキング。
首の後ろを剥ぐ掌の痛みに、しかし歯を噛みしめる。
正面、驚愕に目を見開くペテルギウス。
もはや人の形をしていない体の中で、その骨と筋繊維を露出した顔面にだけはまだ人の名残があるような気がして。
「ぉぉおおおおっ!大将ッ!」
「スバル、油断しちゃいけないのよ!」
「…スバル、待ってるから」
『終わ、終わり、終わら、終わらない、終わって、ない、デス、デス、デス!?』
『――いや、もう終わりだ』
『福音書、それを、それは……ワタシに未来を、ワタシの行いを肯定し、ワタシに愛に報いる術を、ワタシの愛は……ぁ!』
『これの通り、動いてたってのか。――それなら』
『ここでお前は、『おわり』だ――!』
でかでかと、見開きの白紙に赤い『イ文字』で『終わり』の言葉が刻まれる。
それを見て、目を見開いて唇をわななかせるペテルギウス。
その瞳に広がる感情の波は複雑すぎて、もうスバルにもなにも読み取れない。
そして、その激情が言葉になる前に、終わりが訪れる。
竜車が弾み、荷台に引っかかっていたペテルギウスの法衣の裾が外れる。
それはそのまま落下したペテルギウスの体を地に落とす結果を生み、さらに破けて伸びた法衣は大地に落ちる前に――回転する竜車の荷車の車輪に絡んだ。
巻き込まれる法衣に引きずられ、血と四肢を失った軽いペテルギウスの肉体が車輪へ向かって距離を詰めていく。
終端が見える。
法衣の破ける音に血の散る音がまじり、最後の瞬間にペテルギウスはスバルを見上げ、叫んだ。
『――ナツキ・スバルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!』
『今度こそ、もうずっと、眠ってろ……ペテルギウス』
終わったと、それを確信してスバルは荷台にへたり込む。
途端、それまで無視できていた痛みが蘇り、スバルは痛みに半泣き――否、涙を流して転がり出す。
『痛ぇ、ヤバい、死ぬ、死ぬってこれ、痛ぇ、ヤバい、ヤバい……ッ!』
『誰もお前のことなんか、理解してやるもんかよ。死んで当然だ。くたばって当たり前だ。誰も、誰にも、お前は許されない。――だから、同情するぜ、それだけは』
「スバル、大丈夫!?」
「無理しちゃだめかしら!」
「大将、下がれ!」
「ナツキさん、止血して!」
『ナツキさん、半端じゃないぐらい傷だらけですけど大丈夫ですか?』
『大丈夫なわけねぇだろ、超泣きまくったっつんだよ。虫歯削ってる最中に麻酔切れたとき以来の大泣きだったよ。今も傷の全部が痛い痛いって大合唱中だ』
『異世界の薬がどんぐらい俺の体に合うかわかんねぇけどな。この塗り薬、お肌の荒れとか大丈夫かな。俺、肌とかけっこうデリケートなんだよね』
『体内のマナ活性化して傷口の癒着を早める薬ですよ。それだけ傷だらけですと見てる側の僕もけっこう痛いので、早めに処置してください。とっとと』
『わかったよぉ。んだよ、ちょっとしたお茶目に……痛ッ!え、なにこれ、え、ヤバい!痛い!沁みる!おい、沁み、死ぬぅぅぅ!』
『良く効く薬は超絶沁みるものでしょう。じきに痛みも消えますよ。――それまで、地獄の苦しみを味わうことになりますが』
『それで、どれぐらい遅れた?』
『遅れは出てませんよ。むしろ、常識外れの窮地を前に地竜が二頭とも頑張ってくれたおかげで好調なぐらいです。……本当に、なにが追ってきてたんです?』
『怠け者だよ、知らない?木の枝とかに逆さまにぶら下がってる、手とか長い動物なんだけど』
スバルのとぼけた答えにオットーは小さく吐息をこぼし、それ以上の追及は諦めた様子で前を睨みつける。
その視線に従ってスバルも前を、リーファウス街道の草原をジッと見た。
地平線の彼方まで見通せる街道、いまだそこに求めた影は見えないが
『絶対に追いつく。今度こそ俺は、君を助ける』
『間に合うと、思いますか?』
『間に合わせる!』
『いい加減、レムが吉報を待ちくたびれる頃だ。期待に応えなきゃ男じゃねぇだろ』
『惚れた女の名前ですか?』
『俺に惚れてくれてる女の子の名前だよ!』
『ああ、それは、かっこつけないわけにいきませんね!』
「もう、スバルったら……ベアトリス?どうかした?」
「…なんでも、ないのよ。」
ベアトリスはもうもはや確信していたが、それからは目を背けることにした。
じくじくと頭を侵食する違和感には。
『ナツキさん、あれ!!』
『あそこだ!オットー!全力で頼む!』
『言われなくとも、全力ですよ!』
『――ヴィルヘルムさん!!』
『スバル殿!?』
『エミリアは!?』
『この先へ!真っ直ぐに!大樹の方角です!!』
竜車の唐突な出現に魔女教徒は足を止め、数名がその後ろを追おうと地を蹴る構えを見せた。
――だが、
『貴様らの相手はこの私だ』
『恩人に恩を返す絶好の機会。そしてそれを言葉にせずとも、頼み込んだ本人もわかってくれている幸い。――なんと、光栄なことだろうか』
『男が女に会いに行くのを、誰に邪魔されてたまるものか。貴様らも私も、再会の場面に居合わせるには血生臭すぎる。――全員、屍をさらして終わるがいい』
「おじい、さま……」
友人を、確執だらけの祖父が救って。
ラインハルトには、越えられなかった壁を、いつだって彼は。
「…スバル、僕は……」
『ナツキさん、見えました!避難の竜車、あれでしょう!』
『ああ――間違いない!』
『止まれ!俺だ!敵じゃない!止まって、止まってくれ――!!』
『スバル様――!?』
『止まってくれ!緊急事態だ!中を調べさせてもらいたい!』
『イア、出てこい!オットー、パトラッシュを外しておいてくれ!』
『――スバル』
その名前を、銀鈴の声が呼んでくれたと気付いたとき、スバルは今にもその場に崩れ落ちてしまいそうなほどの衝撃に見舞われた。
溢れ出す感情が胸を叩き、スバルは堪え切れない激情が口と目の端からこぼれ出しそうになるのを懸命に堪えた。
頭を振り、それらの迷いを一瞬で切り捨てて、
『イア!わかるか!?』
『パック!周りを傷付けないようにここだけ剥がせるか!?』
『唐突に現れて急になにを……ああ、そういうことか』
『――見つ、けたぁ!』
『パック、これの爆発を止めるのは……』
『止めるのは無理かなぁ。守り切ることなら、できなくないけど』
『それじゃ、ダメだ!』
『――そう、か』
『待って……!』
『スバル……どうして……!』
『どうして……?』
『――好きだよ、エミリア』
――それがスバルがこうして傷だらけになって生きる、たったひとつの意味だった。
「…スバル…」
「大将……」
感嘆の息を漏らすことしか出来なかった。
彼の全ての苦しみは、この瞬間のために、収束して。
ひと息に言って、幌を破るようにくぐって竜車から飛び出す。
手を伸ばし、パトラッシュの背中に飛ぶようによじ登る。
熱を持つ麻袋を自分の胸とパトラッシュの背中で挟むように抱え、手綱を握って引き絞る。
地竜の嘶き、一拍を置いてパトラッシュが走り出した。
背後、スバルの行動に驚きを浮かべるオットーがいた。
御者をしていた角刈りの青年が呆然としている。
そして、幌を抜けて子どもたちが、エミリアが飛び出す。
声が聞こえる。
自分の名前を呼ぶ声が。
振り向かない、振り向いていられない。
魔鉱石が放つ熱、麻袋の向こうで発熱する鉱石が赤く染まり始め、抱きかかえるスバルの腹とパトラッシュの背を高熱が焦がす。
苦痛が迫る中、スバルは涙の浮かぶ目の中にそれを見た。
――それは、根元からへし折られて横たわる長い長い年月を過ごしてきた伝説の残る大樹であり、その根元に倒れ伏すのは頭部を失った巨大な魔獣の屍だった。
残った巨躯は腐敗を防ぐために凄まじい密度で氷漬けにされており、至近に寄るだけで息が白くなるほどの冷気があたりに漂っていた。
その巨大な肉塊の傍へパトラッシュを走らせ、スバルは横たわる白鯨の亡骸の中心へ――パトラッシュの体から飛び下り、スバルは抱え込んだ麻袋を傷口へ押し込む。
凍りついた体ながら隙間は大きく、麻袋を覆い尽くすには十分だった。
即座に切り返し、スバルは駆け寄るパトラッシュの手綱を掴んですぐに転回。
ぐるりと死骸を回り込み、倒れた大樹の向こう側へ飛び込む。
――次の瞬間、激しい衝撃と爆風、耳が聞こえなくなるほどの炸裂音が街道に轟き渡り、熱波が死骸と大樹を飛び越えてスバルとパトラッシュの肌も焼き焦がしていく。
閉じた瞼を通り越して、赤い輝きが奥に潜む眼球を貫こうと迫る中、スバルは圧し掛かる重みをしっかり掴んだまま、歯を食い縛って苦痛に耐えた。
感じるなにもかもが失われたことに気付いて、スバルは呆然と顔を上げた。
確かめるように声を出したはずが、耳鳴りが凄まじすぎてなにも聞こえない。
開いたはずの瞼にもなにも映り込まず、どうやら視神経までひどいダメージを被ったらしい。
伸ばした手が傍らの地竜の肌に触れて、その体が確かに動いたことだけ掌に伝わり、どうにか安堵に肩の力が抜ける。
意識がゆっくりと遠ざかっていくのがわかり、迫る闇に身を任せてしまう。
視界は晴れない。
体は動かない。
耳も、相変わらずなにも聞こえない。
かすかな大気の振動だけが肌を撫で、なんとなく動いた首がそちらを向く。
なにも聞こえない。
聞こえないはずなのに、なぜかひどくいい気分だった。
なにも聞こえない。
今は、なにも――。
『――スバル!!』
ああ、なんだ。
――聞こえたじゃ、ないか。
その安堵の吐息を最後に、スバルの意識は深い深い眠りの中へ落ち込んでいった。
「スバル!」
「早く治癒しないと……!」
「…スバル!」
エミリアの叫びが、スクリーンとリンクする。