『ToR - Promise Horizon -』(第4稿)Part.3

「空間転移プロセス、最終段階。
……行き先は、約6500万年前。」

巨大な艦橋に、水原の凛とした声が響き渡る。

大地が立っているのは、
時間管理局の転送チャンバーではない。

全長数百メートルに及ぶ、
移動式のタイムマシン 「NOA」のメインブリッジだ。

「まさか、韮山のおっさんが残した理論の完成形が、
こんなバカでかい船だとはな」

大地は、窓の外で時空が歪み、
光のトンネルが形成されていく様を見つめながら呟いた。

「韮山の遺したタイムスリップの基礎技術は、
当時の素材や演算能力では絶対に形にできなかった。」

コンソールを操作しながら、水原が答える。

「そして今、私たちはこの船で、
レプティリアンという種族が誕生した
『根本の因果』へと向かう」

激しい重力震。

光のトンネルが弾け、
NOAが実数空間へと実体化する。

——ドォォォォォォン……ッ!!

次元の壁を抜けた瞬間、
艦全体が激しい衝撃に揺れた。

メインスクリーンに映し出された外の景色を見て、
大地は息を呑んだ。

青空はどこにもない。

大気との摩擦で燃え盛る、
直径十数キロにも及ぶ超巨大な隕石が、
まさに地平線の彼方へと激突しようとしていた。

眼下の海は異常な引き潮を起こし、
やがて来る数百メートル級の
「絶望的な津波」の予兆を示している。

地球の生態系が一度完全にリセットされる、
恐竜絶滅の日だった。

「水原! 奴らはどこだ! 」

大地が叫ぶが、
水原はスキャナーの計器を見て怪訝な顔をした。

「この先の渓谷に、微弱な生命反応がある」

箱舟を低空へ進め、
二人はハッチから荒野へと降り立った。

熱風が吹き荒れる中、大地が発見したのは、
身の毛のよだつようなバケモノでも、
プラズマ砲を構える秘密結社の戦士でもなかった。

「……嘘だろ」

岩陰のくぼみ。

そこに身を寄せ合って震えていたのは、
まだ卵の殻を背中につけたような、
小さな爬虫類——恐竜の赤ちゃんたちだった。

親はすでに逃げ遅れて死んだのか、
彼らだけが取り残されている。

天空が赤く燃え上がり、 大地が揺れるたびに、
彼らはピーピーと甲高い悲鳴を上げて身をすくませていた。

「これが……レプティリアンの、祖先……?」

大地の声が震えた。

未来社会で人類を奴隷として支配していた
あの冷酷な化け物たちの正体は、
この絶滅の時代を生き延び、
気の遠くなるような時間をかけて「人型」へと進化した、
恐竜の子孫だったのだ。

『警報。巨大津波の到達まで、あと120秒』

NOAのAIが、無機質に死のカウントダウンを告げる。

「どうするの大地。

こいつらを見捨てれば、
レプティリアンは歴史から完全に消滅する。

未来のディストピアも、中世の乗っ取りも、
最初から無かったことになるわ」

水原が、ハンドガンを下ろしながら言った。

「歴史を正すなら、これが一番簡単な方法よ」

大地は、岩陰で震える小さな命を見つめた。

空を見上げ、怯え、
ただ理不尽な死が降ってくるのを待つしかない無力な存在。

『やだ! 嫌だ、
なんで私だけこんな目に遭わなきゃいけないの!』

大地の脳裏に、2026年の病室の記憶がフラッシュバックした。

細胞崩壊という理不尽な死に直面し、
ベッドの柵を握りしめて泣き叫んでいた妹の姿が、
目の前の小さな爬虫類たちと完全に重なった。

(こいつらは、悪魔なんかじゃない。
ただ「死にたくない」って泣いてるだけだ……!)

「——ふざけるな。
こんなところで、見殺しにできるかよ」

大地は岩陰に飛び込み、
恐竜の赤ちゃんたちを両腕に抱え込んだ。

「本気なの!?
彼らを助ければ、
また未来でああのトカゲどもと戦うことになるのよ!」

「関係ねえ! どんな未来になるにせよ、
今ここで震えてる命を見捨てる理由にはならない!!」

大地の泥臭い絶叫に、水原は一瞬だけ目を丸くし
——やがて、諦めたようにフッと笑った。

水原の援護を受け、大地は赤ちゃんたちを
NOAの下部コンテナセクションへと運び込んだ。

「ハッチ閉鎖! すぐに浮上するわ!」

水原がコンソールを叩き、NOAが咆哮を上げる。

だが、その瞬間だった。

天空で砕け散った隕石の巨大な破片が、
炎の尾を引いてNOAの船体を直撃したのだ。

——ズガァァァァンッ!!

「きゃああっ!?」

「くそっ、何が起きた!」

艦内に激しい警報が鳴り響き、赤色灯が点滅する。

『警告。コンテナセクション大破。
メインエンジンへの動力伝達に異常。
このままでは墜落します』

NOAのAIが無機質に告げる。
船体は高度を失い、
地割れが走る荒野へと真っ逆さまに落ちていく。

眼下には、すべてを飲み込む
数百メートル級の黒い大津波が迫っていた。

「ダメだ、持ち直せない!
コンテナを切り離さないと、船ごと潰れるわ!」

水原が叫ぶ。

「待て! コンテナにはあいつらが乗ってるんだぞ!」

大地は血相を変えた。

「でも、このままじゃ全滅よ!」

大地はモニターに映る大地の亀裂を見た。

先ほどの隕石の衝撃で、
地殻の奥深くへと続く巨大な縦穴が開いている。

「……水原!
あの地割れの真上に船を持っていけ!
コンテナごと、あの穴の底へ落とすんだ!」

「本気!?
コンテナにはNOAの機関部の一部も積んであるのよ!」
「やるしかない!」

水原は歯を食いしばり、
操縦桿を限界まで引き絞った。

NOAが地割れの真上を通過した瞬間、
大地は強制パージのレバーを叩き落とした。

ガコンッ、という重い音と共に、
恐竜の赤ちゃんたちを乗せたコンテナセクションが切り離され、
暗い地底の奥深くへと落ちていく。

大地はすかさず、NOAの特殊樹脂射出システムを起動し、
地割れの入り口を完全に密閉した。

身軽になったNOAは推力を取り戻し、
間一髪、大津波に飲み込まれる直前で
時空のトンネルへと急浮上した。

眼下では、地球の地表が完全に濁流に飲み込まれ、
生態系のすべてが一度リセットされていく。

光の奔流の中。
大地は、泥だらけになった自分の手のひらを見つめながら、
ハッと息を呑んだ。

「……待てよ。
俺が彼らを、あの完全に密閉されたコンテナごと
地下空洞に逃がした……?」

中世ヨーロッパの修道院で、
地上の空気を吸って苦しみのたうち回っていた
レプティリアンたちの姿が蘇る。

彼らは、あの閉ざされた地下空間で
気の遠くなるような時間をかけて進化し、
文明を発展させた。

しかし、隕石の粉塵や地上のウイルスから
完全に隔離された「巨大な無菌室」で育ったがゆえに
……彼らは免疫力を完全に失ってしまったのだ。

「それに……」

水原が、信じられないものを見るように計器を見つめた。

「コンテナに残されたNOAの技術……。
あいつら、長い時間をかけてあれを解析し、
独自のタイムスリップ技術を編み出したのよ。

そしてそれが、巡り巡って
韮山の研究のベースになった……」

「俺が、彼らを無菌の地下へ助け、
未来の技術を与えたから…… 彼らは進化し、
韮山の技術が生まれ、
俺たちがここに来ることができたのか……!」

敵の最大の弱点を作り出したのも、
そしてこの物語を動かす技術を与えたのも、
他でもない「過去の自分自身」の行動だった。

もしあそこで彼らを見捨てていれば、
韮山の技術も生まれなかった。

すべてが円環のように美しく、
そして残酷に繋がっている。

タイムパラドックスの途方もないスケールと、
因果律の皮肉さに、大地は思わず身震いをした。

「歴史ってやつは、とんでもなくよく出来てるな」

箱舟の窓の外を流れる時空の光を見つめ、
大地は静かに呟いた。

これで、レプティリアンの因果のループは閉じた。

彼らは地下で密かに文明を築き、
やがて中世で暗躍し、 そして大地に敗れる。

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