『ToR - Promise Horizon -』Part.2(第三稿)

第2章:神と泥の戦場

「歯を食いしばれ。舌を噛み切るよ」

水原の冷たい警告と同時だった。

視界が強烈なフラッシュで白飛びし、
内臓がすべて喉元から引きずり出されるような、
絶対的な嘔吐感が大地を襲った。

全身の血管という血管に
沸騰した鉛を流し込まれたような激痛。

「ガァァァッ……!!」

大地の絶叫は、
時空のトンネルを通り抜ける
超高周波のノイズに掻き消された。

——ドサッ。

重力から解放され、湿った土の上に転がり落ちる。

大地は四つん這いになり、
胃の中のものを吐き出そうと咽び泣いたが、
酸っぱい胃液が数滴垂れただけだった。

細胞の一つ一つがバラバラに分解され、
無理やり接着剤で繋ぎ合わされたような
ひどい悪寒と疲労感。

タイムトラベルとは、
映画のように光のトンネルを優雅に滑空するものではなかった。

ただの物理的な暴力だ。

「……ハァ、ハァ……ここは」

「紀元前1万年。
メソポタミアのティグリス川流域だ」

水原は平然と立ち上がり、コートの砂埃を払っていた。

彼女は慣れているのか、息ひとつ乱していない。

大地が顔を上げると、
そこには見渡す限りの青々とした草原と、
うねるように流れる巨大な大河があった。

生い茂る原生林からは、
聞いたこともない鳥や獣の
甲高い鳴き声が響いている。

2136年のコンクリートとスモッグの地獄とは正反対の、
生命力に満ち溢れた原初の地球。

「あいつらは、どこにいる」

大地は震える足に無理やり力を込め、立ち上がった。

水原から渡された、マットブラックの
電磁加速式ハンドガンを握りしめる。

「この時代は、
人類が狩猟採集から『農耕』へと移行し、
文明の礎を築く最重要の特異点だ」

水原が腕のホログラム端末を確認しながら、
前方の深い森を指差した。

「レプティリアンの狙いは、その芽を摘むこと。

奴らはこの地に
『時空震爆弾(クロノ・デトネーター)』を仕掛け、
人為的な大津波を起こして
初期人類の集落を丸ごと海へ沈めるつもりだ」

「……歴史の、根っこから消し飛ばす気か」

大地は奥歯を噛み締めた。

そんな巨大な矛盾が生じれば、
またあかりの脳に途方もないエラーログが流れ込み、
彼女の意識をさらに深く沈めてしまう。

「行くぞ。奴らが起爆シークエンスに入る前に叩き潰す」

原生林を抜け、
大河の支流に面した開けた場所に出た大地の目に、
異様な光景が飛び込んできた。

苔むした巨大な岩盤の上に、
場違いな漆黒の機械装置が突き刺さっている。

高さは5メートルほど。

表面には赤いパルス信号が脈打ち、
周囲の空間から微弱な電離音が
「ジィィィ……」と鳴り続けていた。

そして、その装置のコンソールを操作している巨大な影。

身長は2メートルを優に超え、
全身がオリーブドラブの
分厚い特殊装甲に覆われている。

しかし、ヘルメットのバイザーの奥には、
紛れもない黄金の縦長瞳孔が光り、
装甲の隙間からは硬質な爬虫類の鱗が覗いていた。

レプティリアンの工作員だ。

『……時空アンカーの固定を確認。

これより、地殻パルスへの干渉を開始する』

爬虫類特有の、擦れるような不快な低音が通信機越しに響く。

水原がハンドガンの安全装置を外し、大地に目で合図を送った。

右から水原が牽制し、左から大地が装置のコアを破壊する作戦。

「やらせるかよ……!」

大地は岩陰から飛び出し、
レプティリアンに向けて引き金を引いた。

——ピシュゥゥン!
青白い電磁弾が空気を切り裂き、
工作員の胸部装甲に直撃する。

しかし、火花が散っただけで、
分厚い装甲は焦げ跡すらつかなかった。

『……旧式の電磁銃か。愚かな猿どもが』

工作員がゆっくりと振り返る。

その手には、大地の胴体ほどもある
巨大なプラズマ・キャノンが握られていた。

「伏せろ!」

水原の鋭い声。

直後、大地の頭上が白く発光し、
背後の原生林が数本まとめて消し飛んだ。

高熱の爆風に煽られ、大地は地面を転がった。

強すぎる。

未来の兵器と強靭な肉体を持った化け物に、
正面から勝てるわけがない。

工作員が重い足音を立てて、
倒れた大地へと近づいてくる。

『貴様らの歴史は、我々がいただく。
泥の中で永遠に眠れ』

巨大な銃口が、大地の顔面に向けられた。

死を覚悟し、大地が目を強く閉じた、
その瞬間だった。

——ゴォォォォォォォン……。

突如として、空の空気が震えた。

プラズマの爆音ではない。

もっと巨大で、
圧倒的な質量が空間そのものを押し潰すような、
腹の底に響く重低音。

レプティリアンの工作員が、動きを止め、
忌々しそうに空を見上げた。

「なんだ……あれは」

大地もまた、空を見上げて息を呑んだ。

青空が、ガラスのように「割れ」ていた。

空間の裂け目から、
黄金に輝く巨大な幾何学構造の船が、
音もなく降下してくる。

それは物理法則を完全に無視し、
重力に逆らうようにピタリと空中で静止した。

船の下部から、まばゆい光の柱が地上へと照射される。

光の中から姿を現したのは、人間だった。

いや、人間によく似た「何か」だ。

身長は3メートル近くあり、
大理石のように白く透き通る肌、
完璧な左右対称の顔立ち、
そして背中には光の粒子で編み込まれた
円環(ヘイロー)のような装置を背負っている。

『——我々の庭で、
下等なトカゲと猿が不快なノイズを撒き散らしているな』

声を発したわけではない。

しかし、その声は直接、大地の脳髄に
圧倒的な威圧感を持って響き渡った。

「アヌンナキ……!」

瓦礫の陰から、水原が憎々しげに呻いた。

『我々はこの星の導き手たる神。
歴史の脚本は、我々が描く』

アヌンナキと呼ばれたその完璧な存在は、
虫でも払うかのように軽く右手を振った。

瞬間、レプティリアンの工作員の巨体が、
見えない巨大な力で空中に持ち上げられた。

『ガァァァッ!?』

工作員がもがくが、
見えない万力に
全身を締め付けられているように装甲がひしゃげ、
メキメキと嫌な音を立てる。

『歴史に泥を塗るイレギュラーは、ここで消去する』

アヌンナキが指を握り込もうとしたその時だ。

「……ふざけ、んな」

大地は、膝を震わせながら立ち上がっていた。

「神だか何だか知らねえが……
勝手に歴史の脚本を書いてんじゃねえ。

妹の脳みそを、お前らのゴミ箱にするな!!」

大地は、自身の胸の奥
——プロローグの事故で浴びたクロニウムのエネルギー
——を強制的に活性化させた。

彼の身体が青白く発光し、
アヌンナキが展開していた重力場(サイオニック・フィールド)に
強烈な干渉ノイズを叩き込む。

『……なんだ? この猿、特異点か?』

アヌンナキの完璧な顔に、
初めてわずかな「驚き」が浮かんだ。

重力場が乱れ、
レプティリアンの工作員が
ドサリと地面に落下する。

「水原! 爆弾を!」 「了解!」

大地の作った一瞬の隙を突き、
水原が時空震爆弾のコンソールに
フェーズ・ロックのデバイスを叩き込んだ。

パルス信号が強制停止し、
爆弾のコアが機能不全を起こして
黒い煙を吹き上げる。

『愚かな。』

アヌンナキの瞳が危険な光を帯び、
光の柱が再び大地たちを包み込もうとする。

だが、大地の目的は戦闘での勝利ではない。

彼は時空震爆弾のコンソールから弾き出された、
レプティリアンの「エネルギーコア」を素早く掴み取ると、
水原の腕を強く引いた。

「ミッション・コンプリートだ。ズラかるぞ!」

水原が転送デバイスを起動する。

アヌンナキの放った裁きの光線が地表を焼き尽くす寸前、
二人の体は青白い光に包まれ、
再び時空のトンネルへと吸い込まれていった。

——2136年、時間管理局地下施設。

「ハァッ、ハァッ……、クソッ……死ぬかと思った……」

金属の床に転がり、
大地は大の字になって天井を仰いだ。

心臓が早鐘のように打ち、
手足は疲労で鉛のように重い。

「見事だ。だが、ヒヤヒヤしたよ」

藤堂局長が、マグカップを片手にゆっくりと歩み寄ってくる。

「レプティリアンの時空震爆弾を無力化し、
おまけに奴らの無限動力のコアまで
かすめ取ってくるとはね」

大地は息を整えながら、
拳の中に握りしめた熱を帯びたコアを見つめた。

ただ歴史を直すだけじゃない。

奴らの技術を奪い、
それを妹を治すための力に変えてやる。

「あかりの……妹の数値はどうなった?」

大地が体を起こして問うと、
水原が端末を操作し、静かに頷いた。

「過去の大規模な矛盾(パラドックス)が一つ消滅したことで、
彼女の脳にかかっていた過負荷がわずかに減少した。

まだ意識は戻らないが……脳波は安定し始めている」

その言葉を聞いて、大地は深く、長く息を吐き出した。

無駄じゃなかった。

自分のやった泥臭い戦いは、
確かにあかりの命を繋ぎ止めている。

「しかし、喜んでばかりもいられない」

藤堂が、ホログラムのモニターを空中に展開した。

そこには、赤、青、緑と、
複数の異なるエネルギー波形が
地球の歴史の至る所に突き刺さっている図が示されていた。

「君も今日見たはずだ。アヌンナキ……
自らを神と定義する者たち。

他にも、歴史を完璧に計算し尽くそうとする『グレイ』など、
異なる未来から来た勢力が、
この地球の歴史というキャンバスを奪い合っている」

藤堂は、大地の目を真っ直ぐに見下ろした。

「君の戦いは始まったばかりだ、久我山大地。

妹を救い、この狂った介入戦争を終わらせる覚悟は、
まだ残っているか?」

大地は立ち上がり、
奪い取ったレプティリアンのコアを
上着のポケットにねじ込んだ。

「覚悟なんて、最初から決まってる」

大地の瞳には、
110年前の病室で無力だった青年の面影はもうなかった。

「神だろうが、未来人だろうが関係ない。
俺が全部、ぶっ潰してやる」

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コメント

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小ぶりなプログラムを試しに作っているんですが、 ここではその説明書きをしていこうと思います。 こういう機能をつけてみてほしいだとか要望、 コメント欄か、Xのリプライ欄に書いてみて下さい。 ひまをみて対応します。 (未管理著作物裁定制度に定められた問い合わせも受付中。)
『ToR - Promise Horizon -』Part.2(第三稿)|古井和雄
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