「暇なとき何してるの?」遊牧民の少年は風を聞いていた 。
モンゴルの草原で、僕は人生で初めて「暇」というものに敗北したことがある。
もうね、草原って聞くと、みなさんちょっと爽やかなイメージあるじゃないですか。
青い空、白い雲、馬、羊、地平線。
でも実際に行って、まず思うのは、
「広っ」
それだけ。
感想、語彙力ゼロ。
地球を見に行ってるのに、こっちのコメントがワンルーム内見した人みたいになる。
「広っ。収納多っ」
で、ほんとに何もない。
コンビニない。信号ない。駅ない。ネットない。
誰も「本日限定クーポンです」とか言ってこない。
「ちょっとカフェ行こか」なんて言ったら、馬が二度見するレベル。
右を見ても草原。
左を見ても草原。
前を見ても草原。
後ろを見たら草原の続き。
あまりにも何もなさすぎて、途中から自分の存在まで草原に数えられてる気がしてくる。
「草、草、草、俺、草、草、以上。」
いや俺は草ちゃうぞ、と。
でもあの場所にいると、こっちの主張なんか通らない。草原のほうが圧倒的に強いから。
でも空を見たら、雲は流れてる。
羊は草を食べてる。
馬は遠くで立ってる。
風はずっと吹いてる。
で、思った。
「みんな何してんの?」
その答えを求め、遊牧民の家族に泊めてもらうことにした。
ゲルという丸いテントのような家に入ると、お茶と一緒に、干した乳製品のようなものを出してくれた。
これがまた、見た目は完全に「白い石」。
「これは食べ物ですか? 建材ですか?」
そんな顔してたら、おばあちゃんがニコニコしながら「食べて」って差し出してくる。
食べたら、酸っぱい。硬い。強い。
味の主張がすごい。
日本で食べるものって、こっちに気を使ってくれるじゃないですか。
「どうも、甘味です」
「少し酸味もあります」
「よかったら香りもどうぞ」
でも草原では違う。
「俺は酸味だ。文句あるか?」
こっちが客なのに、食べ物のほうが面接官。
「君、草原でやっていけるの?」って聞かれてる気がした。
ひと息ついて外に出ると、遊牧民の少年が、近くの草原の真ん中に座って、ずーっと遠くを見てる。
最初は「かっこいいな」と思った。
映画みたいで。
でも10分、20分、30分たっても動かない。
だんだん不安になってきて。
「あれ、充電切れたんかな?」って。
人間に対して初めて思いました。
この子、スリープモード入ってない?って。
それで、話しかけてみることにした。
近づくと、その少年がすごく穏やかな子で。
年はまだ10歳位なのに、目がやたら落ち着いている。
こっちは旅人として多少いろんな国を見てきた気になってるんですけど、その少年の前では、こっちの人生経験が全部浅漬けに見えてくる。
僕は聞いた。
「暇なときって、何してるの?」
そしたら少年が、何でもない顔でこう言いました。
「風の音を聞いてる」
もう、かっこよすぎるでしょ。
十歳でその答え出る?
こっちなんか十歳の時は、消しゴムをどこまで遠くに飛ばせるか研究してましたよ。
研究対象の差がすごい。
で、僕も一応、大人として聞き返した。
「飽きないの?」
そしたら少年が笑って、
「風は毎日ちがうからね」
もう、その瞬間、僕の中の都会人がざわついた。
風の音?
いや、風の音って、聞くもんじゃなくて、洗濯物が飛ばされたときに気づくもんやろ?と。
人生観の腕相撲をしたら、一瞬で机ごと持っていかれました。
ああ、この子は世界をちゃんと見てるんだなと。
僕は同じものを見て「何もない」と思っていたけど、この子は同じ草原の中に、毎日ちがう風を聞いている。
同じ場所にいても、退屈な人間と豊かな人間がいる。
その違いは、場所じゃなくて、受け取る耳なんだなと。
なるほど。風の音を聞く。これが豊かさか。
そう思った直後、
「いやいや、風ってそんな毎日ちがう?」
って思ってしまった。
台無し。
せっかくの名言に対して、感性がホームセンターの扇風機コーナー。
だから僕も、少年の横に座って、風の音を聞いてみることにした。
目を閉じる。
最初はね、たしかに聞こえる。
草が揺れる音。
遠くで馬が動く音。
布がはためく音。
「あ、これがモンゴルか」と思いました。
ただ、3分くらいしたら、
ヒュウウウウウ……
なるほど。これが今日の風か。
しばらく聞く。
ヒュウウウウウ……
全部一緒やないかい。
僕の頭に最初に浮かんだのが、
「この風だと洗濯物めっちゃ乾きそうやな」
終わってますよね。
少年は風を聞いてる。
僕は部屋干しの可能性を聞いてる。
僕にはまだ早かった。
少年にとっては「今日は少し西の匂いがする風」なのかもしれない。
でも僕には全部、
「寒い」
でしかない。
こっちは人生で風の違いなんて、向かい風か追い風か、あと前髪が終わる風か、くらいしか分類してない。
風の解像度が低すぎる。
たとえるなら、ソムリエがワイン飲んで
「これは南仏の土の香りがしますね」
って言ってる横で、僕だけ
「ぶどう汁ですね」
って言ってる感じです。
でもしばらくしたら、ちょっとだけ分かってきた気がした。
強い風、やわらかい風、遠くから来る風、草をなでる風。
さっきまで「ヒュウウウ」だったのが、
「あ、今ちょっと低い」
「あ、今、草の上を滑ってる」
「あ、遠くの馬の匂い連れてきたな」
そんなふうに感じた。
いや、最後はたぶん気のせいです。
馬の匂いは普通に馬です。
風の詩情に乗せてごまかしましたけど、ただの獣臭です。
でも、本当に不思議で。
何もないと思ってた草原が、急にいろんなもので満ちて見えた。
僕らは、毎日すごい数の音に囲まれてる。
車の音。電車の音。店のBGM。工事の音。誰かの電話。
あと、なぜか朝から元気すぎる隣人の掃除機。
「その吸引力、人生にも向けてくれ」って思うくらい。
でも、その全部が鳴ってるのに、何も聞いてない。
音は多いのに、聞いてるものがない。
少年は逆で、音は少ないのに、ちゃんと聞いてる。
毎日違う動画を見てるのに、心は全然変わってない。
少年は毎日同じ草原にいて、風の違いに気づいてる。
どっちが退屈な世界に住んでるんや、という話。
退屈だと思っていたのは、草原じゃなくて、自分の感性のほうだった。
そしてその日の夜、僕はゲルの外に出て、満天の星空の下でもう一度風の音を聞こうとしました。
静かに座って、目を閉じて。
風が草を揺らす音に耳を澄ませて。
「ああ、これが自然か」
「ああ、これが本当の豊かさか」
「都会で失っていたものは、こういう時間だったのか」
そんなふうに思った、次の瞬間。
寝てました。
しかも、めちゃくちゃよだれ垂らして。
その日から僕は、少しだけ静かな時間を大事にしようと思った。
帰国してからも、たまに窓を開けて風の音を聞くようになりました。
ただ、都会の風って、なかなか難しい。
ビルの間を抜けて、車の音と混ざって、どこかの室外機の音もして、たまに誰かの「すみません、通ります」まで混ざってくる。
でも僕は、モンゴルの少年を思い出して、目を閉じて聞く。
今日はどんな風だろう。
寂しい風か。
雨が来る風か。
馬が遠くにいる風か。
すると、その風が僕にこう言ってる気がしました。
「お前、洗濯物ベランダに干したままやぞ」
結局、僕が聞き取れる風の声は、生活感だけでした。
でもまあ、それも毎日ちがう風です。
モンゴルの少年は風から世界を読んでいた。
僕は風から、洗濯物の乾き具合を読んでいた。
同じ風を聞いてるはずなのに、
向こうは遊牧民。
こっちは部屋干し民。
それでも今でも、風の音を聞くたびに思い出す。
「風は毎日ちがうからね」
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