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多様性を受け入れる好奇心

ベトナムのハノイでの生活はわずか三か月。「海外に住む」という初めての経験を計画してみたのだが、実際に3か月は「住んだ」というにはあまりに短かった。そんな中でさまざまな人に出会ったが、一番印象的だったのが南アフリカ人のナダ・オフナー(Nada Offner)さんという人だった。

ナダさんは、僕が通うことになった英語学校の先生である。もっと正確に言うと、通った学校は「Nスクエア」(N Square)という名前のコミュニティスペースであり、ここの存在がまずユニークだ。

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Nスクエアは4階建ての大きな一軒家である。一階は駐車場とプール、2階は受付とキッチン、そして50人くらい集えそうな巨大なラウンジ、3階と4階はさまざまなクラスが開催される教室やスタジオとなっている。ここにやってくる人は主にハノイ在住の外国人である。クラスは、英語、ベトナム語、写真、絵画や、アクア・エアロビクス、ズンバ、ピラティスなどのフィットネス系もあれば、変わり種では、ボリウッド・ダンスなどもある。子ども向けも充実していて、英語、算数、科学、絵画、バレエ、料理など実に多様だ。

このNスクエアの創設者の一人でもあるナダさんだが、英語の授業を通して彼女が日本のことを実によく知っていることにいつも驚かされた。

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それは政治・経済の話しから、文化や習慣に至るまでだ。かつて品質の高さで世界を席捲した日本企業が今日デジタル化への対応に苦労していること、高齢化・少子化社会を迎えて新たな展望を模索していることなど、よく理解している。また日本人は、自己主張するのが苦手だとか、礼儀正しいことなどその特性もすでに知っている。

ある日の授業で、ナダさんは「フミオ、日本に住むベトナム人が23万人って聞いたけど、本当?」と聞いてきた。僕はその場でネットで検索してみたら、ナダさんが言う通りの数字だった。彼女がこんな情報を知っていたのも不思議だっがが、何よりそれを僕に確認して、正確な情報として自分のなかに取り込もうとしている姿勢に驚いた。なんで、彼女は日本にいるベトナム人の数まで把握しようとしているのか。

実はナダさんは、日本のことだけでなく、世界のあらゆる国のことをよく知っている。Nスクエアに来る人は国籍がバラバラだ。3か月通っただけの僕でさえ、ここで、フランス人、スペイン人、韓国人、アルゼンチン人など14か国の人と知り合うことができた。そんな多国籍の人が集まる授業で、それぞれの人が自分の国のことを話すのだが、どんな話しにもナダさんはフォローする。ボリビアの治安について、韓国では学歴社会について、イタリアの失業率の高さについてなどなど。そればかりかデジタル化で進む世界経済のグローバル化や経済格差の拡大、新興国による新たな環境問題などについて、自分の意見と見識をもって語る。

ちょうど僕がいる間に米朝の首脳会談が開かれたが、この話題に関心を示していたのは、韓国人と日本人を除くとナダさんだけ。そして「昨日の会談の成果をどう見た?」とこちらの意見を聞こうとする。まさに知識人なのだ。

知識量ばかりでなく、ナダさんが授業で発揮するリーダーシップはいつも目を見張るものがあった。生徒は各国の人が集まるので、授業に脱線はつきもの。ある日は母国に帰った子どもと会えなくて寂しいと話すフランス人に対し、共感を示しながら話しを聞いた後に、母国の家族と「みんなはどんなコミュニケーションしてる?」と全体の話題に変えていく。スペイン語と英語の違いから、韓国語の特徴につなげたり、それぞれの抱えるテーマをみんなが関心をもてるテーマに広げていく手腕は実に見応えがあった。

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ナダさんの活動は、Nスクエアだけに留まらない。ハノイの西湖を中心とした「Tay Ho Times」というフリーペーパーも発行している。また、アジア・ウイメンズ&フレンズ・イン・ハノイという団体の代表も務めていて、ベトナムに住むアジア人女性のコミュニティ活動として、会合やイベントを毎月開催している。さらに、ボランティア活動やチャリティ活動も熱心だ。僕が滞在していた際「靴を1000足集めよう」というキャンペーンが実施され、街のいたるところにポスターが張られていたが、これもナダさんが中心となって企画したものだ。履かなくなった子供用の靴を1000足集め、それをベトナムの貧しい村に寄贈したのだ。

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ナダさんと知り合って彼女のこと、南アフリカのことに俄然興味が湧いてきた。

ロンドン生まれのナダさんは、アパルトヘイト下の南アフリカでさまざまな人種差別を経験した。通う学校も、通る道も別々だったという。南アフリカは黒人、白人、アジア系などで構成される多民族国家であり、今でも11の公用語を持つ多様性を代表するような国である。逆にアパルトヘイト廃止後は黒人優遇策により、白人が雇用面などで逆差別を受ける現実も経験した。

ナダさんがベトナムに来たのは7年前の2011年。それまで南アフリカで、オーガニック野菜の会社や施設のデザインや施工をする会社など延べ7つの会社を経営して来た。ところが、世界的な金融恐慌の影響で会社を畳まざるを得なくなった。最大で45人を雇用していた自分の会社を清算した後、海外で生活しようと思い立ったのは、ナダさんが54歳の時である。最初の計画では、1年毎に住む場所を変えて、10年で10か国に住んでみようかと考えていたという。しかし、最初に訪れたベトナムで新しい出会いや活動が本格化した。

ハノイでは最初は自宅で英語を教えていたのが、インド人のニティカさんと知り合い、このNスクエアを作った(「N Square」とはナダさんとニティカさんの頭文字「N」の二乗を意味する)。これまで、Nスクエアで出会った人の国籍の数は35を超えるという。

Nスクエアは、いまはカルチャー・スクール以上の存在で、この地に駐在する外国人のコミュニティがつくられる場になっている。ナダさんも何かを参考にしてのではなく、自然とこうなったと言う。ただし、「人はだれでも何かに属している感覚が大事」とナダさんは強く信じている。

仕事だけでなく、コミュニティ活動やチャリティ活動にも熱心に取り組むナダさんの原動力は何のか。チャリティ活動は彼女のお祖母ちゃんが南アフリカで貧しい黒人の子どもにキャンディを配っていたこともあり、彼女にとって自然な行動のようだ。「自分の人生を楽しくするのが目的」と言い、楽しいと思うことをやる。彼女自身、仕事やコミュニティ活動やチャリティ活動などの境目がないと言う。「英語を教えるのも仕事だと思ったことがないし、ハノイに住んで7年半経つけど、朝起きて仕事いかなきゃと思ったことがない」と。

元々「南アフリカにいたときから、仕事が楽しかった。7つの別々の事業をしていたけど、違ったことに挑戦するのが楽しかった」というナダさん。その好奇心は、ハノイに来てさまざまな国の人と知り合うことで、年齢とともに増大しているという。

だれをも受け入れ、あらゆることに好奇心をもつナダさんを見ていると、多様性について考えざるを得ない。そもそも南アフリカという国自身、僕ら日本に比べて相当多様な国である。そんな中で育ち、新しいことに取組むことを楽しみ、いまはハノイで日々、多様な国の人と接している。彼女を見ていると、多様性を受け入れる源泉は好奇心ではないかと思えてくる。

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