「アニメはジャンクフード化」谷口悟朗監督講義 小原篤のアニマゲ丼
「いまアニメの現場で起きている問題は、演出家が優先順位や方向を決められないので各セクションがバラバラのことを勝手にやっていること。例えば、よく撮影監督がX(旧ツイッター)に『撮影(処理)前』と『撮影後』の画像を載せたりしているでしょう。あんな恥ずかしいものはない。本来なら演出家が最初から計算して撮影さんにこうしてと指示するべきなのに、それがなく、素材に不備があるから撮影監督さんが仕方なくやっているケースだって多いわけですよ。でもそれが演出的に正しいかは分からない。みんなバラバラにやって結果できあがるのはジャンクフードです。作ろうとしてそうなるのなら良いけれど、そうではなく結果論としてのジャンクフード。これは危険です」
「コードギアス」シリーズや、最近では映画「パリに咲くエトワール」の谷口悟朗監督が5月26日、慶応大の日吉キャンパスで講義をするというので取材してきました。アニメ製作会社アーチによる寄付講座「エンターテインメントビジネス論:日本アニメの次の10年を展望する」のゲスト講師として登壇、約90分間の熱弁は大変“実戦的”で刺激的でした。
講義は意外や「なまくら刀」から説き起こす日本アニメ史概論で始まり、1970~80年代あたりのお話は、私と同世代(谷口さんが一つ年上)ということもあって「同じ景色を見てきたな」という感じがひしひしと。最も興味をひかれたのはやはり、実戦体験から来る現状認識です。
「2005年あたりから1クールの作品、つまり11~13話からなる作品が増えてきます。それまでは2クールでした。それによって何が起きたかというとスタッフ間の徒弟制度が崩れます。1クールでは、1人のスタッフが関われるのは多くて3話分しかない。3話ではね、勉強にもなんにもなりゃしない。育成システムが壊れるんです。この問題は現在もうまく対処できていません。できている所があるとしたら子供向けのご長寿シリーズを作っている大手だけ。具体的には東映アニメーション、トムス・エンタテインメント、シンエイ動画といったあたりかな」
谷口監督の言う徒弟制度は、監督と各話の演出(担当者)のことが念頭にあると思われます。監督1人の下に演出4人がローテーションに入り、1話をだいたい4週間で作れば、その演出さんが1クール作品で携わるのは計3話ということに。そして監督も演出もそれぞれ次の作品で別の現場へ――ということになれば、確かに育成システムとして機能しないでしょう。演出力が育たないという問題は、今回の本欄冒頭で紹介した危機意識とつながっていると理解しました。
「ジャンクフード化」とは「刺激的だが個性やまとまりが乏しい」という意味でしょう。また谷口さんは「バラエティー番組化」の恐れも指摘しました。キャッチーなネタを並べてワイワイ騒いで右から左へ――というイメージかな。バラエティーが悪いと言ってるわけではなく、そういうものにばかり流れて表現の幅が狭まることへの危惧です。「監督になった時からいろんなジャンルのいろんな作品をやろうとしてきた。カテゴライズされない自由が欲しかったから」という信念が、そこに息づいています。
近年のトレンドというか、ともすれば掟(おきて)か鉄則に近いものと見なす向きもある「アニメはマンガ原作通りに」についてもズバッと切り込みます。
「原作通りにアニメにしろと言われるがそれは無理です。もし『やります』と言う人がいたらそれは営業トーク。そもそも、どこにどういった音楽をつけるか、このキャラクターには声優の誰を起用するか、原作のどこにも書いてない。そういうことを前提にしないと始まらない」
「原作者の発言力が増し、かなり細かい契約を原作者側と交わすようになってきていると思いますが、問題は、その内容をプロデューサーが制作現場に伝えないことで起こります。原作者と制作サイドがぶつかるようなことがあれば、それは99%プロデューサーの責任です。伝えるのがイヤだから、原作を渡したら“それっぽくやってくれる”人にしか仕事を出さないようになっていく。でも現場には表現者として意欲がある人たちっていっぱいいる。そういう人はプロデューサーにとって邪魔になる時がある。契約違反になりかねないことをするから。契約がこうだからそれはマズい、と言えばいいのに言わないから、結果として無意識なのか意識してなのかそういうプロデューサーは意欲のあるスタッフに仕事を出さなくなります」
谷口監督によるマンガのアニメ化で印象深いのは、宇宙で働く普通の人を描いた幸村誠さん原作の「プラネテス」。放送が始まる時、本欄の前身「アニマゲDON」(03年9月26日夕刊)でお二人のインタビューを書きましたが、谷口さんは「今回表現したいのは『本当っぽい宇宙』。コミュニケーションの断絶した世界である無音の宇宙、無重量状態の動き。加えて、月面での『重力6分の1』の動きにも挑戦する。その重力で跳んだり走ったりするとどうなるのか。変な絵になって大笑いされても構わないからやってみたい」と、まさに意欲に満ち満ちていました。それに対し幸村さんは「アニメには、新しい『プラネテス』を作ろうというスタッフの意気込みを感じました。ステーション内部のディテールや、宇宙服のデザインもそそりますね」。
硬直化も齟齬(そご)もない、幸福なアニメ化ですね。現代においても、そんな作品が続々出てくることを願いましょう。
学生からは、作品づくりにおいてアクションとドラマのバランスをどう取るか?という質問が出ました。
「構造的に、ドラマを進めるとアクションが止まる。アクションを進めるとドラマが止まります。ドラマは作り手にとって必要で、アクションは観客にとって必要、つまり両方とも必要ではある。ドラマを進めながら同時にアクションもできないものかと考えたのが富野由悠季監督で、モビルスーツに乗って戦いながら言葉をぶつけ合う描写になった。ただ、論理的な対話とは違う何かを言い合って、『言いたいことがよく分からん』といったものになってしまったと思う。それに対し、できる限りドラマを重要視してアクションを必要最低限にしようとしたのが押井守監督だと思う。ただ押井さんはドラマパートの“空気感”を出そうとするあまり、結果として、男がずっと表情を変えることなくぶつぶつ言っているようなところへ行き着いちゃったわけです」
ヒヤヒヤする物言いですが、よく分かります。谷口監督でアクション作品と言えば何と言っても「スクライド」じゃないかと思いますが、その時のお話もちょっと聞きたかったな。
講義終了後、谷口さんとちょっと雑談していると、声優志望で演劇サークルに入っているという女子学生がやって来ました。「じゃあ、声を出してみて」
声を張り上げて自己紹介した学生さんのために、その場ですぐアドバイスが始まりました。あなたの声質なら××、入るなら●●はダメで△△がいいから受けてみたら、と具体的な声優さんや声優事務所の名がぽんぽん出てきてちょっとここでは書きづらいのですが、私も大変勉強になりました。ズバッと切り込み実戦的。谷口流ですね。
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