埼玉県生まれ(らしい。蕨市)、父が九州工業大学を卒業後、許嫁だった母と結婚し、東京大学大学院に進学する。父がM2の時に私が生まれる。生まれる直前に都内から埼玉県蕨市に引っ越したとのこと。お陰で「東京生まれ」になり損ねる^^
大学院を修了した父は九州工業大学に専任講師として赴任。物心ついたときには、既に北九州にいた。北九州の「ハレルヤ幼稚園」での日常が私の覚えている最古の記録。
父の仕事の都合で、一家でイギリスのリーズ市に移動。小学校の1年、2年をイギリスで過ごす。日本に戻ってきたのは小3。小学校教育を4年しか受けていない。「日本は住みづらいな。なんであんな窮屈なことをみんな楽しそうにできるんだ」という「日本の自明」に対する強い違和感。これが後にSI[1]の研究につながった(かどうかわからない)。
大学では最初は日本民俗学[2]を専攻した(1989年度、1990年度)。しかし、「あまりに面白くない」し、「研究室の雰囲気が陰湿すぎる」し、「研究室のメンバーの一人が新興宗教“原理研”の信者で、このメンバーからつきまとわれる毎日」。で、民俗学研究室を1990年度に離脱(コース変更[3])、社会学研究室のメンバーとなる(1991年度、1992年度[4])。
最初は医療社会学に関心を持つ。グレイザー&ストラウスの『死のアウェアネス理論と看護』がバイブル。どういうわけか、卒業論文は、脳死・臓器移植の問題で書いたが[5][6]、グレイザー&ストラウスを本格的に学びたい、という欲求が強まった。ストラウスが「シンボリック相互作用論」という流派の一翼を担っていることを親しい先輩 方[7]から教わる。京都大学大学院人間環境学研究科の受験に失敗後[8]、恩師の田口先生から船津衛という社会学者の存在を教わる。東北大学大学院に進学。
SIの元祖、ハーバート・ブルーマーで修士論文を書こうと試みる。しかし、当時、東北大学文学部社会学研究室は佐藤勉一派の支配下にあった。<佐藤門下にあらざるものは人間にあらず[9]>。これが当時の社会学研究室の「常識」「自明性(を帯びた考え方)」。この自明性をどう突き崩したら良いか? そんなとき、草柳千早の「クレイムとリアリティ[a]」[10][11]という論文と出会う。私と「社会問題の構築主義」①との出会いである。
なんやかんやあって[12][13]、『社会過程の社会学』②を書く。これを起点にして、その後の研究・教育が展開する。
③ 合意論:「考慮の考慮」の展開[14]。30_4.pdf → 「社会的コミュニケーション論」、油田氏の修士論文
④「準拠集団」論:シンボリック相互作用論の第2前提の補足[b][c][d] →院生指導
⑤ 社会問題の構築主義:シンボリック相互作用論の第2前提の展開 →ゼミ活動[15]
⑥ シンボリック相互作用論、そのルーツに関する翻訳:https://archive.is/Iokb1#selection-697.0-783.6
⑦ 日本のシンボリック相互作用論の歴史に関する研究:[e][f]https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-25K05540/
⑧ AIに凝っている:いろいろなこと[g][h][i][j][k][l][m]をさせている。[16]
[1] Symbolic Interactionism=シンボリック相互作用論(相互行為論)
[2] 文学部地域科学科民俗学コース
[4] 文学部地域科学科社会学コース
[6] シンボリック相互作用論の三つの前提のうち、その第1前提が強く関係する。このことは、後に、京都大学大学院人間環境学研究科の試験日前夜に読んでいた『社会学のあゆみ』で知ることになる。
[9] 「船津はダメ! 船津を否定しろ! だからシンボリック相互作用論もダメ!」
[10] 船津衛・宝月誠編、1995年『シンボリック相互作用論の世界』恒星社厚生閣、第16章。
[11] シンボリック相互作用論の三つの前提のうち、第2前提(と第3前提)の応用型。
[14] シンボリック相互作用論の三つの前提のうち、第3前提の展開版。
[a]草柳千早は、夫婦別姓をめぐるクレイム申し立てを例に、社会問題が成立するためには、少なくとも三重の定義が競合すると論じている。第一に、ある状態を「問題」と定義すること。第二に、その問題経験の語りが「クレイム申し立て」として認識されること。第三に、その定義が「適切なもの」として承認されること、である。
[b]同じものが見る人間によって異なって見える。それは単なる主観ではない。その物事に対してアプローチする客観的な位置取りが違うから。リンゴの目の前にしたとき、右から見るのと、左から見るのとでは、物理的にその見え方が異なる。しかも、左側に虫食いの跡があれば、当然ながら右からはそれは見えない。だからといって,右側にいる人が悪いわけではない。見えなくて当然なのである。そういうことを左側にいる人間は当然ながら「想像」しようとしなければいけない。徳川直人の言う、ミード研究における「対象の奥行き」は、この意味での遠近関係(=ミードの言うパースペクティブ)によって異なる。ミードにとってパースペクティブとは、人間が対象との関係において客観的に取っている「立場取り」(遠近関係)のこと。その遠近関係が心理的に内在化されたものが、通常、シンボリック相互作用論で言われるところの「視点」とか「ものの見方」=SIの言うPerspective。人間のPerspectiveを単なる主観で片付けると、相互理解への可能性が完全に絶たれてしまう。
[c]「同じもの」は、活動でも法律でも人物でも学説でも概念でも何でもよい。
[d]米価 for 消費者vs生産者
[e]With 山口健一、鎌田大資、日髙優介ほか
[f]「シンボリック相互行為論研究会」https://symbolic-interactionism-jp.blogspot.com/2025/03/9si.html
[g]・GoffmanのThe presentation of self in everyday life(エディンバラ版/ベルン条約10年留保)の内容をかみ砕いて説明し、桑原の博士論文を分析枠組みに使って分析しなさい。毎日、日本時間朝6時半に。
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いずれ、グリーンバイブルや『道徳感情論』も視野に入れる。
[h]・英会話フレーズを毎日一つ提供。そのフランス語バージョンも提供しなさい。
[i]・桑原司、2000年「シンボリック相互作用論序説(1)(2)」『経済学論集』52-53号、を毎日1段落ずつ英訳して提供しなさい。ユーザーによる添削を踏まえて、より高度な英訳を志しなさい。
[j]・日本史、世界史を高校レベルで学びたい。毎日5分で学びたい。日本時間の18:00に毎日資料を提供しなさい。
[k]・「ユーザーとChatgptとの懇親会」。毎日不定期でお互いの意思疎通を図る。
[l]・絵を描く。
フランスの絶対王政の時代の国王、聖職者・貴族、平民の関係を絵にして。それぞれの人物は動物を擬人化して。アニメチックに。
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聖職者や貴族は、一方で国王に対して様々な不満を抱いている、他方で平民の搾取している。そうした貴族たちに対して、平民は不満を募らせていく。フランス革命前夜みたいに加工して。
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https://prompt.quel.jp/ai-prompt-brush-up.php
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前の画像をもとに、フランス革命前夜のような緊張感のある構図に加工して。
聖職者・貴族は、国王を支えている一方で、国王に対して「もっと特権を守れ」「税や政策への不満がある」と感じている様子にする。
同時に、聖職者・貴族は平民から税・地代・労働・食料を取り立てており、平民を搾取しているように描く。
平民たちは疲れ、困窮し、怒りを募らせ、聖職者・貴族に対して不満を高めている様子にする。
上には「国王」、中段には「聖職者・貴族」、下には「平民」を配置し、矢印や吹き出しで、
「国王への不満」
「税・地代・特権による搾取」
「平民の不満の高まり」
が分かるようにする。
動物を擬人化したアニメチックな絵柄は維持しつつ、前回よりも少し暗く、緊張感のある雰囲気にして。
タイトルは「フランス革命前夜:不満が積み重なる社会」にする。
[m]↓
ただし、暴力的すぎる表現にはせず、大学1年生にも分かりやすい社会科資料風のイラストにする。