歴史認識をめぐる議論が“内輪もめ”へ
そもそも、学術的にはアイヌの先住民性を否定する主張は取り上げる価値もない裏付けのないものだ。
「縄文人の方が先住民で、アイヌは後から入ってきた別民族だという主張がSNSではよく見られます。これはかつてのアイヌが13世紀頃に移入してきた民族という学説を、どこかで聞いてきて用いているに過ぎません。13世紀頃の移入とする学説は、考古学的にも人類学的にも現在では否定されています。そうした学術成果を無視した先住民性の否定はあまりにも勉強不足ですし『ホロコーストはなかった』と主張するような歴史修正主義と同類の者です」(都内大学の歴史研究者)
こうした学術成果はさまざまな形で公表されており、誰でも見ることができる。それでも否定論がXを流れ続けるのは、もはや無知の問題ではなく、信じたいものだけを信じるという情報環境の問題だ。
さらにXではこれと並行して、別の火種が燃えていた。百田発言を「正論」と称えるポストと、「差別だ」とするポストが互いを引用し合って増幅する構図だ。
注目すべきはその内訳で、保守論壇の内部からも「言い方が乱暴すぎる」という声が出始め、支持層の一部が距離を置く動きも見られた。歴史認識をめぐる議論が、今度は内輪もめの様相を帯びはじめたのである。
「定義の不明確さ」を指摘も
しかし、百田氏は発言を撤回しなかった。むしろ「アイヌの人に差別や民族的な偏見を持つことは全くない」と述べた上で、「アイヌ」「先住民族」の定義の明確化と現在の該当人口の公表を政府や北海道の鈴木直道知事に求める姿勢を見せるなど、論点を「定義の不明確さ」へとずらして火消しを図ったのである。
この「定義論」にも専門家は冷ややかだ。
「定義がはっきりしていないというのは、あまりに勉強不足です。例えば日本人を明確に定義することはできません。日本人自体が縄文時代以降、大陸や朝鮮半島から移住してきた人々によって生まれたものだからです」(前同)。
定義を問うならば、アイヌだけでなく「日本人」という概念そのものも揺らぐ……百田氏の反論は、意図せず自らの足元を掘り崩しているとも読める。
さらに政治活動家の中には、こうした認識の者が「保守」を名乗っていること自体、非難する声もある。
「日本の歴史を遡ると、神武天皇は東征で畿内の長髄彦らの勢力を倒し即位されました。この時に、敵だった者を皆殺しにはせず、世界はみんな同じ家族だとした事跡が八紘一宇という言葉として伝わっているわけです。そう考えると、アイヌのみならず最近の在日外国人も含めて、みんな日本人として取りこむべきでしょう。その点で最近の保守を自称するネトウヨはみんな『反日』の類いだと思いますよ」(ある活動家)
アイヌが先住民族かどうか、答えはとっくに出ている。研究者も政府も国際社会も、同じ結論に達している。それでも「論争」が続くのは、正しい答えを知りたいのではなく、否定したい人がいるからだ。百田発言がひと月近く燃え続けたのは、歴史の話ではなかったのかもしれない。
文/昼間たかし 内外タイムス