家庭菜園、始めました。
私は少し前から家庭菜園を始めた。このNOTEをお読みの方ならおわかりだろうが、きっかけはホルムズ海峡封鎖から始まる一連の世界情勢で、いつスーパーの棚が空になっても不思議ではない時代に、何か自分の手で食べ物を作れる準備をしておきたいと思ったからである。最初に植えたのはサツマイモだった。ベランダのプランターに6鉢、そして庭にも数株。ベランダのほうは、はじめに付いていた古い葉が茶色や黒に変色してしなびる一方で、新しい葉やツルが伸び、茎も少しずつ太くなってきている。庭のほうも、土の表面が乾いていたので水をやりながら、ぼちぼち見守っている段階だ。
サツマイモを始めてみて、家庭菜園というものは思った以上に楽しい事がわかった。地下で何が起きているか分からないヤキモキも含めて、毎日の小さな発見が日常に潤いを与えてくれる。だから当初は欲を出して、庭で大豆も育ててみようかと考えていた。タンパク質源として大豆は優秀だし、味噌や醤油の自家製にも挑戦できる。家庭菜園の幅が一気に広がりそうで、わくわくする計画だった。
しかし、よく考えた結果、大豆栽培は断念することにした。理由は単純で、面積あたりの収穫量とカロリー効率の問題である。
限られた土地という現実
我が家の庭は、決して広くない。しかも木や植物がすでにあれこれ生えていて、新たに作物を育てられる土地は限られている。この狭い土地を最大限有効活用しようとしたとき、何を優先するかという問いに、私は明確な答えを出さなければならなかった。
考えてみれば当然のことだが、人間が生き延びるために最も重要なのはカロリーである。ビタミンやミネラルは少量で済み、しかも錠剤やサプリメントとして長期保存・補給が可能だ。タンパク質も、乾燥豆や缶詰、レトルト、プロテインパウダーといった形で備蓄できる。これらは購入して保存しておけるものであり、自分で育てる必要性は薄い。それにタンパク質は大豆のみに入っているわけではなく、ほかの作物でも多少は補給できるというのもある。
一方、カロリー源を備蓄するとなると、米にせよ小麦にせよ、大量・大重量になり、保存スペースを圧迫する。長期保存も限界があるし、何より「常に新鮮なカロリー」を確保し続けるのは、備蓄だけでは難しい。だからこそ、限られた土地は「備蓄しにくいもの」、つまりカロリー源の確保に振り向けるのが合理的という結論に至った。
なぜ芋類なのか
カロリー源として何を植えるかと言えば、答えは芋類しかない。サツマイモの単位面積あたりカロリー収量は、米や小麦の約2倍、大豆の3〜4倍と言われている。同じ面積で何カロリー取れるかを基準にすれば、芋類が圧勝なのである。
歴史を振り返っても、戦時中や食料難の時代に日本人を救ったのは芋類だった。江戸時代に青木昆陽(甘藷先生といわれていたのは割と有名である)が薩摩芋を全国に普及させたのも、ジャガイモがアイルランドや北欧の主食になったのも、寒冷地や痩せ地でも高カロリーが取れるからである。サツマイモは肥料がほぼ不要で、痩せ地でも育ち、害虫被害も比較的少なく、追熟させれば数か月保存も効く。危機備え用の作物としては、ほぼ最強クラスと言っていい。その上、素人でも比較的かんたんに栽培できるというおまけまで付いている。
それに加えて、サツマイモは葉やツルも食べられる。空芯菜と近縁種なので、若いツルや葉は炒め物や佃煮として食卓に上げられる。芋本体の収穫を待つ間も、副次的な収穫が得られるという、無駄のない作物である。更に言うならじゃがいものように毒(ソラニン)もない。
大豆を諦めた決定的理由
では、大豆はなぜダメだったのか。大豆そのものは素晴らしい作物だ。タンパク質源として優秀で、味噌・醤油・豆腐の原料にもなる。育てる楽しみも大きいだろう。
しかし、決定的な問題があった。大豆の生育時期がサツマイモと完全に被るのだ。5月〜10月という、家庭菜園で最も生産性の高い時期を、サツマイモと大豆で奪い合うことになる。ただでさえ狭い土地を、さらに分割しなければならない。これでは芋の収穫量も大豆の収穫量も双方中途半端になる。
それなら、その時期はイモ類に全振りして、大豆は市販の乾燥大豆をキロ単位で備蓄したほうが、トータルでの食料確保量は圧倒的に多くなる。乾燥大豆は長期保存が効き、価格も安く、面積あたりの「持ち運び効率」も高い。家庭菜園で大豆を自給するロマンより、現実的な備蓄量を取ることにした。
「家庭菜園哲学」の三原則
こうして辿り着いたのが、私なりの家庭菜園哲学である。大げさな言い方かもしれないが、限られた土地で食料安全保障を考えるなら、それなりに筋の通った戦略になっていると思う。
第一原則:主食(カロリー源)を最優先で作る。狭い土地は、最も備蓄しにくく、最もカロリー効率の高い芋類に集中投入する。春〜夏はサツマイモを主力に、状況によってはジャガイモやサトイモも組み合わせる。秋〜冬はダイコンやカブなど、保存性が高くそれなりにカロリーのあるものを植える。
第二原則:副菜は隙間と多年草で。芋が育てにくい細かな土地や木の根元には、ニラ、ミョウガ、シソ、ネギ、ミントといった多年草の薬味類を植えておく。これらは一度植えれば数年〜十数年にわたって勝手に生えてくれる、ほぼ放置で収穫できる優等生たちだ。「食いでがある」わけではないが、料理の幅を広げ、備蓄品を美味しく食べるための重要な脇役になる。スーパーが機能しなくなったとき、毎日の食事に薬味が一本あるかどうかで、精神的な満足度はまったく変わってくる(ただしシソやミントは一度生えると手がつけられなくなる可能性があるので、実行は自己責任で)。
第三原則:足りない栄養素は備蓄で補う。タンパク質は乾燥豆、缶詰、レトルト、プロテインパウダーで。ビタミン・ミネラルはマルチビタミンのサプリメントで。これらは省スペースで長期保存が効き、コストパフォーマンスも高い。家庭菜園で何でも自給しようとせず、「育てるべきもの」と「買って蓄えるべきもの」を冷静に分ける。
一年の栽培計画 ― 小さな庭やベランダで実践するなら
ここまで読んで「具体的にどう動けばいいのか」と思った方のために、私が考えている一年のおおまかな栽培計画や一部の野菜の栽培方法などを紹介しておく。完璧な計画ではないし、地域や環境によって調整が必要だが、たたき台としては使えるはずだ。前提は、関東程度の気候、庭の使える面積は数平米、それにベランダのプランターが数個、という条件である。
まずさつまいもについてだが、これは上で触れているので省略。
次にジャガイモは年に二回植えられるという点で、戦略上きわめて重要な作物だ。春植えは3月に植え付けて6月収穫、秋植え(夏植えとも呼ばれる)は8月下旬〜9月上旬に植え付けて12月収穫となる(多少さつまいもと時期がかぶるが、多少ことならなんとかなるとタカを括っている)。秋植えは春植えに比べて収量は若干落ちるものの、サツマイモの収穫後の土地を有効活用できるという大きなメリットがある。さらに、春植えと秋植えを組み合わせれば、年に二回の主食収穫が可能になり、サツマイモの一回きりの収穫に頼るリスクを分散できる。秋植え用の品種は「デジマ」「ニシユタカ」「アンデスレッド」などが定番で、春植えよりも休眠期間の短い専用品種を選ぶ必要がある点だけ注意したい。
そして忘れてはいけないのがネギである。ネギには大きく分けて「長ネギ(根深ネギ・白ネギ)」と「葉ネギ(青ネギ・万能ネギ・九条ネギなど)」があり、植え付け時期や育て方が異なる。個人的には鍋物や煮物に欠かせない長ネギのほうが好きなので、こちらを主軸に据えたい。
長ネギは種から育てる場合は3月に種まきして7月ごろに本植え、苗から育てる場合はホームセンターで売っている苗を6月下旬〜7月に植え付ける。収穫は11月〜翌年2月にかけて、寒くなってから順次行う。育てるのに半年以上かかる長期作物で、白い部分を長くするために土寄せ(生育中に株元に土を盛っていく作業)を数回行う必要があるため、それなりに手間がかかる。ただし長ネギは1株から1本しか取れないので、面積効率はあまりよくない。家族で鍋を楽しむために5〜10株ほど植えておく、というくらいの感覚がちょうどいいだろう。植え付けの際は、深さ20〜30cmの溝を掘り、底に苗を立てて、生育に応じて土を寄せていく、という独特の植え方をする。
一方、手軽さと面積効率を取るなら葉ネギ(青ネギ)も併用したい。葉ネギは春(3〜4月)か秋(9〜10月)にプランターに種または苗で植え付け、種まきから2〜3か月で収穫でき、根元を3〜4cm残して刈り取ればまた伸びてきて何度も収穫できる「再生栽培」が可能だ。さらに簡単な方法として、スーパーで買ってきた根付きの青ネギの根元を5cmほど残して土に挿すだけでも再生する。種も苗も不要で初期投資ほぼゼロ、しかも一度植えれば1〜2年は同じ株から収穫し続けられる。長ネギで鍋物の主役を、葉ネギで薬味の常備を、と役割分担すれば両方の長所を活かせる。
ニラについても触れておく。ニラは多年草の薬味類の中でも特に手間のかからない優等生で、一度植えれば3〜4年は同じ株から収穫し続けられる。植え付け時期は春(3〜4月)または秋(9〜10月)で、種から育てると収穫まで1年以上かかるので、ホームセンターで苗を買ってくるのが手っ取り早い。庭の片隅や木の根元など、半日陰でも育つ強健さがあり、植え付け1年目から少しずつ収穫できる。収穫は葉が30cm程度に伸びたら株元から3〜4cmを残して刈り取る方式で、年に数回(4〜10月)収穫できる。3〜4年経って株が混み合ってきたら、春か秋に株分けして植え直すと若返って収量が回復する。餃子・レバニラ炒め・卵とじなど、和洋中問わず使える万能薬味で、家庭菜園に一区画あるとQOLが大きく上がる作物である。
サツマイモを主軸に据えつつ、春と秋のジャガイモで端境期を埋め、ダイコンあるいはカブで冬を支え、長ネギ・葉ネギ・ニラなどの薬味類で年中の食卓を彩る――この組み合わせが、限られた土地で最も効率的にカロリーと栄養を確保する戦略だと、私は考えている。
ただダイコンやカブ、長ネギは芋と比べて手間がかかる部分があるので、面倒なら栄養価が高く、虫がつきにくく、手間いらずで、複数回収穫ができるニラだけでもいいかもしれない。しかしニラだけだと飽きる可能性があるので、そうなったときのために他の野菜の種(トマトなどの他の季節の物を含む)だけでも確保しておくと安心できるかもしれない。
なお庭に水仙などが咲いている人は注意。ニラと水仙は似ているので、間違えて食べてしまう事故がよく起こる。水仙は毒があるのだ。なので葉を折ってネギのような匂いがするかどうかを確認すべきである(ツーンとする匂いのするほうがニラ)。
また上に「(ニラの)苗を買ったほうが簡単」みたいなことを書いたが、その頃(秋)になると食糧問題が浮上しすでに苗がない可能性もあるので、一応種も購入しておくことをおすすめする。一袋数百円で高いものでもない。
さらに肥料などの問題だが、これははじめから使わないで作ったほうが良いかもしれない。はじめの一年目だけなら買っておいた肥料で賄うことも可能かもしれないが、危機が何年も続くようなら買い込んでおくにも限度があるかもしれないからだ。コンポストなどを使って自分で肥料を作る方法を今のうちから習っておいたほうが安心できそうである。
栽培計画まとめ(箇条書き版)
春(3月〜5月)
3月:春植えジャガイモを植え付け(6月収穫予定)
3月:長ネギを種から育てる場合は種まき(7月に本植え)
3〜4月:ニラの苗を庭の隅に植え付け(一度植えれば3〜4年収穫可能)
3〜4月:ミョウガ・シソ・ミントなど多年草の薬味類も植え付け
3〜4月:葉ネギ(青ネギ)を種または苗でプランターに植え付け(2〜3か月後から収穫、刈り取り後も再生)
5月:サツマイモの苗を庭の主力区画とベランダのプランターに植え付け
プランターは深さ30cm以上のものを選ぶ
初夏〜夏(6月〜8月)
6月:春植えジャガイモを収穫
6月下旬〜7月:長ネギの苗を植え付け(11月〜翌2月収穫)、深さ20〜30cmの溝を掘って植える
6〜7月:ジャガイモ跡地にサトイモを植えるか、土を休ませる
6〜8月:サツマイモのツルを摘心し、若いツル・葉は食用に
6〜8月:ベランダのプランターでミニトマト・ピーマンなど夏野菜
7〜10月:長ネギの土寄せを数回行う(白い部分を長くするため)
8月下旬〜9月上旬:秋植え(夏植え)ジャガイモを植え付け(12月収穫予定)
推奨品種:デジマ、ニシユタカ、アンデスレッド
通年:葉物野菜(小松菜・リーフレタス)を2か月サイクルで連作
秋(9月〜11月)
9〜10月:葉ネギ・ニラの追加植え付け(春に植えそびれた場合や株を増やす場合)
10〜11月:サツマイモを収穫(最大の収穫イベント)
収穫後:新聞紙に包んで段ボールで2週間追熟、その後は冷暗所で保管
収穫跡地:ダイコン・カブ・ホウレンソウなど秋冬野菜を植え付け
11月〜:長ネギの収穫開始
冬(12月〜2月)
12月:秋植えジャガイモを収穫
12〜2月:ダイコン・カブ・長ネギを順次収穫しながら食卓へ
通年:コンポストに生ゴミを投入、春に向けた土作り
計画立案期:種苗カタログを眺め、来年の品種選びと反省
庭とプランターの役割分担
庭:主力カロリー源(サツマイモ・ジャガイモ・サトイモ・ダイコン)と長ネギに集中
プランター:補助的な葉物野菜・葉ネギ・ミニトマトなど短期回転の小物
木の根元や隙間:多年草の薬味類(ニラ・ミョウガ・シソ・ミント)
作付け面積の目安
サツマイモ:1平米に4株、小ぶりの芋が10〜15本収穫可能
ジャガイモ:1平米に4〜5株、合計2〜3kgの収穫が見込める
長ネギ:1平米に20〜30株、鍋物用なら5〜10株で家族分十分
ニラ:1株で1束分、5〜6株あれば家庭で十分
数平米の庭でも、家族数日分〜1週間分の主食は確保可能
輪作のコツ
同じ場所に同じ作物を続けて植えると連作障害で収量低下
庭を2〜3区画に分けて毎年ローテーション
サツマイモは連作に比較的強いが、それでも2〜3年で別作物と入れ替えが理想
ジャガイモは連作障害が出やすいので、ナス科以外との輪作を心がける
長ネギ・ニラなどネギ類は連作にやや強いが、3〜4年で植え替えると元気が回復
ネギの裏ワザ
スーパーで買った根付きの青ネギは、根元5cmを残して土に挿すだけで再生する
種も苗も不要、初期投資ほぼゼロで薬味を常備可能
一度植えれば1〜2年は同じ株から収穫し続けられる
完全自給という幻想を捨てる
ここまで考えて気づいたのは、家庭菜園で「全カロリー自給」を目指すのは、専業農家でも難しい話だということである。1人が1年生きるのに必要なカロリーを芋で賄うには、おおよそ100〜200平米(30〜60坪)の畑が必要とされる。一般的な家庭の庭では、まず不可能だ。
だから、家庭菜園で目指すべきは「主食の100%自給」ではなく、「危機時に飢えを少しでも遅らせる補助食料」「食料供給が止まったときの心理的支え」「自分で食料を作れるというスキルと自信」、この三つに置くのが現実的だと思う。
完全自給を目指して挫折するより、限られた土地で確実に収穫できる範囲を見極め、それ以外は備蓄で補う。この「ハイブリッド型食料安全保障」こそが、現代の都市・郊外の家庭が取り得る最善の戦略ではないだろうか。
結論:庭は「飢えを遅らせる装置」である
我が家の庭は、食料自給の場ではない。飢えが訪れたとき、その瞬間を少しでも先延ばしにするための装置である。スーパーが空になり、備蓄が尽きかけた頃に、庭から掘り出した芋が一週間、二週間と命をつなぐ。その間に、状況が好転するかもしれないし、次の手を考える時間が稼げる。
完璧な自給自足は無理でも、「時間を稼ぐ装置」としての家庭菜園には、十分な意味がある。そして、その装置の効率を最大化するには、何を植え、何を植えないかという冷徹な選択が必要だ。ロマンチックな全方位栽培ではなく、カロリー優先の選択と集中。これが、私の辿り着いた答えである。
ベランダのサツマイモは、今日も新しい葉を広げている。秋に小さな芋が出てきたら、それで十分な収穫だと思う。そして来年は、庭の主役もサツマイモにして、今年得た経験を活かして収量を増やしていこうと考えている。世界がどう転んでも、この鉢と、この庭だけは、私の管理下にある。その小さな確信を積み重ねることが、不安な時代を生き抜くための、地味だが確かな備えなのだと思う。


コメント