VOL.214 APRIL 2026
THE APPEAL OF YOSHOKU: JAPANESE-STYLE WESTERN CUISINE (PART 2)
横須賀に受け継がれる「海軍カレー」
神奈川県横須賀市のご当地洋食「よこすか海軍カレー」の一例。
Photo: 横須賀市
日本にカレーライスが広まった背景の一つに、明治時代(1868年から1912年)の日本海軍における食事改革がある。栄養と調理効率を考えて工夫されたその味は、神奈川県横須賀市で歴史と共に再構成され、今も地域の取組の中で紹介されている。
日本では、明治時代以降、西洋から伝わった料理が様々な形で受け入れられてきた。カレーライス(参照:日本の味「カレーライス」の変遷 | August 2025 | HIGHLIGHTING Japan)もその一つで、洋食店や家庭、学校給食(参照:日本の学校給食制度の意義と歩み | December 2025 | HIGHLIGHTING Japan)と複数の場面を通じて広がっていった料理である。1880年代、創設間もない日本海軍では慢性的な栄養不足による脚気1が深刻な課題となり、海軍軍医の高木 兼寛により、兵食改革2が進められた。その中で導入されたのが、イギリス海軍の食事を参考に、肉や野菜を煮込み、とろみをつけて白米と合わせるカレーライスだった。
Photo: 東京慈恵会医科大学
「当時の水兵の食事は白米中心で、ビタミン不足に陥りやすい状況でした。肉や野菜を煮込んだカレーは、たんぱく質やビタミンをバランスよく摂取できる料理として注目されたと聞いています。適度にとろみがあり白米に合い、揺れる船の上でもこぼれにくい点も環境に合っていたのだと思います」と、カレーの街よこすか事業者部会の渡辺 大雄さんは話す。このように導入された海軍式のカレーは、栄養改善を目的に制度として整えられた食事であった点に特徴がある。やがて退役した兵士たちがその味を各地に持ち帰り、海軍由来のカレーライスが広まっていったと考えられている。
当時の海軍では、「五等厨夫教育規則3」や「海軍割烹術参考書4」などを通じて、調理法や献立が示されていた。これらは、食を制度として整えようとする試みでもあった。こうした資料は、横須賀市に残る海軍の記録とあわせて、当時の食文化を伝える手がかりとして参照されている。
Photo: 海上自衛隊第4術科学校 「海軍割烹術参考書」(海上自衛隊第4術科学校)を加工して作成
横須賀市は、明治時代以降、海軍の拠点として発展してきた港町で、現在も海上自衛隊の基地が置かれている。市の各所に残る歴史の記憶を地域資源として生かそうと、1999年に海軍に由来するカレーを紹介する取組を開始。日本海軍の記録や資料をもとに、当時のカレーを再現して紹介する活動が本格化した。
「街の歴史的な背景を大切にしながら、横須賀市、横須賀商工会議所、海上自衛隊などが連携し、海軍に由来するカレーを地域の取組として盛り上げていこうという動きが生まれました。歴史を一過性の話題にするのではなく、継続的に伝えていくことが大切だと考えて、発足以来25年以上にわたり活動を続けています」と、渡辺さんは話す。
「よこすか海軍カレー」を主軸とした地域活性化の一環として、「よこすかカレーフェスティバル」などのカレーを楽しめる多様なイベントが開催されている。
Photo: 横須賀市
「現在の「よこすか海軍カレー」は、こうした海軍食のレシピをもとに再構成されたもので、牛肉または鶏肉、玉ねぎ、にんじん、じゃがいもを使い、サラダと牛乳を添える形式が共通の基準とされています」と、渡辺さんは説明する。市内の認定店で提供され、街の歴史を体験的に知る入り口となっている。
海上自衛隊では、曜日感覚を保つため、航海中も毎週金曜日にカレーを提供する習慣があるとされる。こうした文化を背景に、横須賀市では、海上自衛隊で受け継がれてきたカレーをお店で味わえる取組「横須賀海自カレー」も実施している。現役の艦艇の味を再現するもので、各艦のレシピをもとにした味の再現に加え、店舗での提供方法や調理工程についても、海上自衛隊の協力のもとで確認が行われ、一定の基準が保たれている。
Photo: 横須賀市
海軍の食文化をもとにしたカレーの味は、横須賀の歴史と結びつきながら、現在ではレトルト商品(参照:日本の食文化の一つとして確立したレトルト食品の歩み | April 2026 | HIGHLIGHTING Japan)などの形でも展開され、地域の取組の一部として紹介されている。伝統を守りながら現代に合わせて工夫を重ねてきたこの歩みは、「ご当地洋食」という日本独自のあり方を示す一例といえる。横須賀市を訪れた際には、その歴史に思いを馳せながら、一皿のカレーライスを味わってみてほしい。
割烹術参考書に掲載されたカレーのレシピ〈要約〉
◇材料
牛肉(鶏肉)・にんじん・玉ねぎ・馬鈴薯(じゃがいも)・塩・カレー粉・小麦粉・米
◇作り方
- 肉・玉ねぎ・にんじん・馬鈴薯(じゃがいも)をサイコロのように細かく切り炒める。
- フライパンに牛脂を引き、小麦粉を炒めてカレー粉・スープ・肉・野菜を入れ弱火で煮込み塩で味を整える。
- ご飯にかけて漬物類(チャツネ)を添えて提供する。
- 1. ビタミンB₁の欠乏により末梢神経障害や心不全を引き起こす病気。
- 2. 軍隊の食事制度を、栄養管理や衛生の観点から見直し、標準化・制度化する取組。近代日本の軍では、健康維持と戦力確保を目的として実施された。
- 3. 1889年に制定された、日本海軍の下士兵向け調理教育のための規則。艦内での食事の標準化と栄養管理を目的としていた。
- 4. 1908年に刊行された、日本海軍の公式調理マニュアル。艦内で提供される料理の作り方や献立を示した資料で、カレーについての記載も含まれている。
By KUROSAWA Akane
Photo: JMSDF 4th Service School; The Jikei University School of Medicine; Yokosuka City