コラム・寄稿

デモの放送差し替え NHK会長「伝聞の情報にコメントできない」

編集委員・田玉恵美

記者コラム「多事奏論」 編集委員・田玉恵美

 NHKが4月8日夜、憲法改正や戦争に反対する国会前デモの放送を直前に差し替えた話を前回ここで書いた。NHKはこれまでに肯定も否定もしていない。

 報道局内に取材を続けると、変更のアナウンスがあったのは放送開始の約10分前だったことがわかった。代わりに流れたのは、夕方6時の全国ニュースで放送ずみの別の話題だった。新しいニュースが入ってきたわけでもなく、別の話題を優先させるべき事情があったわけでもないのに、こうした土壇場で差し替えるのは異例のことだという。

 デモの取材を担当した社会部からは抗議の声が上がっているそうだ。誰のどんな思惑だったのかも判然としない。局長より上の人物の意向だった、との不確定な情報も局内に流れているという。

 局長より上は、ともに政治部出身の井上樹彦会長と原聖樹専務理事になる。デモを放送しなかった理由を聞いた4月15日の定例会見で、2人は関与を否定していた。

 放送を直前にとりやめたことがその後になって判明した以上、改めて経緯を確かめる必要がある。当日の判断に関与していないか、5月20日の定例会見で再び尋ねた。

「我々も確認できない」

 原専務理事は前回と同じように「私は全く関わっておりません」と答えた。

 井上会長はこう語った。

 「ニュースの判断とか放送の判断というのは、放送局のもっとも重要な大事なところなんですね。そういったことについて、こんな話があった、こんなことを聞いてる、これはどうかというふうなですね、そのこと自体が事実かどうかも我々は確認できませんし、一つ一つ答えるということもできない。これは普通に考えていただいたらわかると思うんですけれども」

 4月の会見では「(個別のニュースに)一つ一つ関与しているわけではありません」と述べていたが、5月になったら「答えることができない」に変わっている。

 報道機関が編集過程の詳細をむやみに明かせないのは私もわかる。時に権力からの介入を招くおそれもあるからだ。だがそうだとしても、「我々は確認できない」という言葉は引っかかる。何を確認できないのかと尋ねた。

 「田玉さんがなんかNHKの中のほうから聞かれたんでしょうか。途中で差し替わったとか、局長以上の判断じゃなかったのかとかね。そういうことは事実かどうか分からないじゃないですか。我々も確認できないし、そういうことについて、我々が言及することもできないということです」

 「あなたのおっしゃる情報がいかなるものかがわからない。だって、その場に田玉さんがいらっしゃったわけじゃないわけだから、そういったいわば伝聞の情報について我々がコメントできないということを言ってるわけです」

 差し替えがあったのか、誰の判断なのか。会長なら5分で確認できそうなものだが。ならば、デモを放送しなかったことを2人はいつ知ったのか、と質問を変えた。

 「私自身は……」と答え始めた原専務理事を井上会長が遮った。

 「いや、そういったこともここでお答えできないんですよ。だってそれ編集の話だから。我々が出したものがすべてなんです。ニュースも番組も。その中身がどういう背景があった、どういう経過があったかというのは、どこも言わないです。普通のメディアとしては情報源の秘匿と同様に、途中の編集判断というのは言わないです。それはもう普通のことですから」

報道機関の生命線

 この春、NHKの新人記者46人が会長と語り合う場があった。記者出身の井上会長が、取材を受ける立場になって考えたことをふまえ、次のように助言したと職員専用のウェブサイトが伝えている。

 「記者が聞くことは、世の中が思っていることですよね。つまりは、記者は『社会の代弁者』なのです。世間の声を聞く感覚で、取材してくる記者の話を聞く。そして、その質問で世の中の風を感じることができるのです。厳しい質問であっても、取材される側にとってはありがたいこともあります。そのときに、『何てことを聞くんだ!』というような反応の人には、あまり取材しない方がいいかもしれないですね」。

 井上会長にはあまり取材しない方がいいのだろうか。

 それにしても「伝聞の情報にコメントできない」という言葉には驚いた。

 井上会長は今年1月の就任にあたり「政治的圧力に屈したり、忖度(そんたく)したりすることは、報道機関の生命線を切り捨てること」だと述べている。まさにそこにかかわる重大な疑惑について、事実を知りうる立場の人だから聞いたのに、正面から答えない。

 それは政治家が使うまやかしの話法だろう。公共放送のトップが平然と便乗するのを見て、暗く空しい気分になっている。

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