今春、埼玉県でインド料理店を営むクマールさんはすべてを失った。彼は日本に30年間暮らし、18年間カレー店を経営してきた。地域の人々を雇い、税金も納めていた。
しかし、入国管理のルール変更によって、これまで認められていたビザの更新が不許可となったのだ。店は閉店に追い込まれ、家族の未来は突如として不透明になった。彼に落ち度があったわけではない。ただ、自分の知らないところでルールが変わってしまっただけなのだ。
この件は、オンライン署名サイト「Change.org.Japan」における署名キャンペーンで注目を集めている。しかし彼のケースは決して特異な例ではない。むしろ、一つのパターンになりつつある。
日本全国には、10年、20年、あるいは30年も暮らしている外国人住民が多くいる。彼らは家を買い、日本の学校で子供を育て、高齢の親を介護し、地域社会と深い絆を築いている。それにもかかわらず、その大半は法的にはいまだ「一時滞在者」のままだ。数年ごとに更新が必要で、しかも予告なしに変更されうる要件に縛られたビザに依存している。
この状態を表すのにふさわしい言葉がある。「永続的な一時性(Permanent Temporariness)」だ。日本で何十年もかけて生活の基盤を築き上げてきた人が、明日もその生活を続けることを許される保証がどこにもない、という現実がそこにはある。
■「生涯ゲスト」として扱うシステムの限界
これは、ある意味で構造的な問題だ。日本の入国管理制度は、長期的な定住ではなく、短期的な労働力の流動性を管理するために設計された。多くのビザのカテゴリーは、そもそも永住権への道筋として想定されていなかったのである。
人口減少、労働者不足、高齢化といった国内のニーズの変化に伴い、システムは部分的にアップデートされてきた。しかし、その本質は変わっていない。「外国人住民は生涯、観光客でありゲストに過ぎず、社会の構成員(ステークホルダー)ではない」という思想だ。
外国人労働者が文字通り一時的な存在だった過去の時代なら、その前提も理にかなっていたかもしれない。しかし、多くのビザ保持者が人生の成人期のほとんどを他国ではなく日本で過ごしている今日において、その前提はもはや通用しない。
永住権への道は依然として険しい。多くの申請者は、10年以上の継続的な在留、安定した収入、そしてクリーンな素行記録を求められる。だが、これらの基準を満たしたところで保証はない。
審査プロセスは不透明で、入管のオフィスによって基準が異なり、一度の転職期間の空白や軽微な手続き上のミスだけで、申請は容赦なく振り出しに戻される。
多くの長期在留者にとって永住権が手の届かない場所にあるのは、彼らが社会に適応できなかったからではない。そもそもシステムが、彼らの定住を成功させるために設計されていないからだ。
■日本社会が支払う「見えないコスト」
長期在留者が将来を見通せないとき、彼らは長期的な投資や決断を躊躇するようになる。経営者は事業拡大を先送りし、労働者はキャリアのリスクを避ける。
家族は日本への定住ではなく、いずれ国へ帰ることを前提としたライフプランを立てる。この不確実性は社会全体の生産性を低下させる。経験豊富な労働者や、定住を望む家族を必要としている日本自身が、そのツケを払っているのだ。
社会的コストも同様に深刻である。長期在留者の子供たちの多くは日本で生まれ育ち、日本語を第一言語とし、日本以外の国で暮らしたことがない。もし親のビザが突然更新されなくなれば、これらの家族は残酷な選択を迫られる。親は、子供たちが育ち、全人生を築いてきた国から、我が子を引き離して出国せねばならないかもしれない。
さらに、滅多に注目されないもう一つの側面がある。
強制的な出国の可能性が浮上した際、「長期在留者は単に母国へ帰ればいい」と簡単に片付けられることがある。だが多くの人にとって、それは現実的な選択肢ではない。
25歳で生まれ故郷を離れ、日本で20年、25年と暮らしてきた人は、他の場所に生活の基盤を残してはいない。彼らのキャリアも、人間関係も、すべてここ(日本)にある。子供たちは親の母国語を話せないかもしれない。彼らが去った後の母国は大きく変わり、彼ら自身もまた異なる道のりを歩んできた。
彼らにとっての帰国は「帰郷」ではない。かつての日本と同じくらい見知らぬ場所で、ゼロから人生をやり直すことを意味する。多くの長期在留者にとって、日本は「第二の故郷」などではない。ただの「我が家」なのだ。「出国すれば済む」という安易な発想は、彼らが何十年もかけてこの地に築いてきた人生への想像力を著しく欠いている。
■明日は我が身という「眠れぬ夜」
これは私自身の当事者としての言葉でもある。私は日本にマイホームを持ち、税金を払い、長年ここで生活を築いてきた。それでも私は、いまだ永住権を持っていない。
パスポートの上ではアメリカ人かもしれないが、アメリカはもはや私の家ではない。日本こそが私の我が家なのだ……少なくとも、次の法改正があるまでは。その先はどうなるかわからない。その不安から、私は何度も眠れぬ夜を過ごしてきた。
入国管理政策をアップデートすること自体は、日本に限った話ではない。どの国もやっていることだ。問題は改定そのものではなく、「予測可能性のなさ」にある。長期在留者に必要なのは、安定し、明確に提示された基準だ。「ルールに従っていれば、足元の梯子を外されることはない」という確信なのだ。
他国は、こうした明確さ(透明性)を提供することの価値をすでに認識している。
カナダのポイント制永住権制度は、明確に定義された基準のもと、申請者に透明性の高いプロセスを提供している。
ドイツは最近、高度外国人材が長期的なステータスを確立できるよう、特別に設計された構造的なルートを新たに導入した。
■日本に貢献してきた人には見返りを
これらのシステムも完璧ではないが、一つの共通した原則がある。それは、「その国にコミットしてくれた人々には、明確で信頼できる未来への道筋を提示するべきだ」という原則だ。日本もこの原則を取り入れることで、大きな恩恵を受けるはずである。
埼玉のケースは、この原則が欠如したときに何が起きるかを鮮明に物語っている。この国に何年もの人生を捧げ、貢献してきた一人の人間が、ルールの変更によって生計の手段を失った。
日本はこの現実に応えることができるはずだ。もし日本が、これからも優秀な労働者や起業家、そして家族に選ばれ、留まってもらいたいと願うのであれば、見返りとして差し出すべきものがある。それは単なるチャンス(機会)だけでなく、それを原資として人生を積み上げていける「確かな安全保障(安心)」である。
(バイエ・マクニール:作家)