第292話 美雪の問題(家庭裁判所調査官より)

―高柳視点―


 今日は授業が終わった後に、来客の予定があった。校長先生と共に応接室で対応に当たる。


「今日は、お時間を割いていただきありがとうございます。家庭裁判所調査官の森です」

 一人の真面目そうな眼鏡をかけた女性だ。優しそうだが芯の強さもうかがえる。

 今日は天田の事件について、学校側からも意見が欲しいとのことで面会となった。


「まずは、天田さんの普段の様子などをお聞かせていただいてもよろしいでしょうか」

 俺が中心となってそれに答える。普段は真面目な優等生で、青野英治という今回の事件の被害者とは10年単位の幼馴染であり恋人だったということ。そして、女性関係に問題があった近藤という3年生とも交際していたようだということ。


「ありがとうございます。我々としても、実は彼女の立場を理解することが難しいのです。彼女は今回の事件において、誹謗中傷や器物損壊や暴行、そして、別の生徒への傷害事件未遂などあらゆる事件の始まりのような存在だというのは調査によっても証言によっても判明しております。しかし、実際の犯罪行為への関りが見えてこない」

 森さんは冷静に我々に疑問を吐露してきた。そのまま続ける。


「しかし、彼女はほとんどの犯罪において、直接的な関与はしていないんです。器物損壊や暴行に関しても、他の生徒は天田美雪さんに酷いことをしたから、青野英治へ制裁した。それが嘘だとは知らなかったと言います。天田さんにそうするように頼まれたのかという問いに対しては、みんな首を横に振る。彼女がそう望んでいると思ったから……SNSでも青野が悪いって言っていたからというばかりで、彼女がそう頼んだという人間はいませんでした」

 そこに重苦しい沈黙が流れる。森さんはその重苦しさから逃げるように、自身の疑問を挙げていく。


「唯一、誹謗中傷の発端となった偽装されたあざについてですが、あれについては彼女から近藤が青野英治に自分たちの悪評を流された時の対策としてつけられた。自分の立場を守る浅はかな保身のために何も言わずに写真も撮られたと。気が付いた時には、噂が学校中に広まっていて、青野英治のいじめが起きて、ことが大きくなり過ぎて怖くなって逃げてしまったと。正直、すべて犯罪ギリギリのグレーゾーン行為ばかり。この事件の黒幕は、立花という女生徒でしてたが客観的な事実だけを取り出せば、天田美雪が黒幕としか思えないのです。彼女は巧妙に生徒たちの心理を操作したのではないかと疑い、我々も警察も検察も慎重に捜査を続けていたのです。しかし、ここで奇妙なことが起きました」

 教師である我々も残った事実だけを教えられたらそう疑うだろうと思う。


「このままいけば、民事の裁判をすれば責任や慰謝料は軽くなる可能性が高いにもかかわらず、天田美雪とその母親は、青野英治から請求された慰謝料を何の弁解もせずに支払うことを受諾し、面会を拒まれたため弁護士経由ではあるが、謝罪の意を伝えたと。裁判でもして青野英治の心の傷を深くするようなことはしたくないというのが、彼女たちの考えの様です。先生方は、これらのことにどう考えていらっしゃいますか」

 森さんは困ったように顔を曇らせた。校長先生と顔を見合わせて、自分から説明すると告げる。校長先生が答えようとしてくれたが、そこは担任の責任だと思った。


「ただ逃げ続けたことで事態を悪化させてしまったのだと思います。おそらく、天田が覚悟を持って真実を話せば、事態は解決していたはずなのに、自分の評判が下がるということを気にして、それができなかった。彼女にとっては青野が一番大切な存在だったはずなのに、自分で関係を破綻させてしまい守ろうともしなかった。浅はかなその場の刹那的な考えで身を滅ぼしてしまうような……危うさから生まれたものだと思います」

 事実だけを告げる。ここで彼女を擁護することは、彼女の今後のためにもならないから。


「そうですか。貴重なお話ありがとうございます。我々も先生のお考えを聞いて、彼女のことを少しは理解できたと思います。ここからは、公人としてではなく、個人の考えですが……天田美雪は今回の愚かな行動で、法的な意味の責任よりもひとりの人間として……倫理的に重い責任を背負うことになるのだと思いました。家庭裁判所の調査官という立場の私がこう言うのも、問題かもしれませんが……それは法律で裁かれるよりもずっと重くて残酷な罪になると思います。なぜなら、その重さには、刑期のような終わりはなく、誰にも許されることはないかもしれないのですから」

 たくさんの子供の人生を見てきただろう森さんの言葉はとても重かった。家庭裁判所調査官と言えば、離婚事件や子供の親権、非行などたくさんの不幸を間近に見ている存在だからか、とても悲しそうな顔をしていた。



 そして、その表情を見て、自分は教師としての限界を突きつけられたかのようにすら感じた。それでも、自分はその限界にあらがっていきたいと強く決心する。

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