千田教授の「女」の境界線を引きなおすを読む

 先日、千田教授が「現代思想 3月臨時増刊号 総集編 フェミニズムの存在」にて寄稿した論文が差別的ではないかということで話題になっている。
 既にいろいろな考察がネット上で上がっている物であり、トランス女性擁護側と千田教授に味方する側との間で様々な見解が出されている。私が最初読んだときには、なんだかよくわかりにくい文章で、言いたいことが所々わかりにくかったのだが、他者の批判点などを一つ一つ考えていくことで、少しずつ隠している部分や本当にしたいことはなんなのだろうか?というのが見えてきた。

 結論から申し上げれば、トランス関係における無理解も含まれるが、従来の男女平等論における言論感覚から抜け出せていない面がある故に、ああいった論文を出すことになったのだろうと推察される。本稿ではなぜそのようなことが考えられたのか?ということを、私が考察した部分を交えて紹介したい。

1  不自然なまでの女性の性に対する恐れへの強調

 千田教授の論文の中には、女性が受ける性的な視線やといった危険性についていくつか主張がされている。それ自体は別にいいのだが、明らかに不自然といえるような部分が散見される。その一部分を紹介しよう。


「つい数年前に刑法改正が行われるまで「強姦罪」は、女性器に男性器を挿入することによって成立し、それ以外は「強姦」という「犯罪」として認められなかったからだ。」(250頁)

「明治以降、女性には「貞操」を守る義務が課され、ときにそれは女性の命よりも重かった。」(250頁)

「貞操―処女性をはかるメルクマールが、男性器の女性器への挿入と考えられている社会で、女性が男性器を恐れるのは故なきことではない。」(250頁)

いきなり処女性なる貞操観念が出てくること自体違和感がある。フェミニズム本来であれば、処女性なるものは女性の性的自由を強調する立場からは反対するものであることは言うまでもないだろう。近年性嫌悪的な価値観が前面に出てきているフェミニズムがあるとはいえ、明治時代のような貞操観念が、現代においてもなお通用するかのようなことは、書いた本人ですらあるわけないだろうと確信しているだろう。あとで、多様性を持ち出す部分も紹介するが、古い時代の男女二元的な性的関係性をここで持ち出す理由は、トランス女性の前で何の意味があるのだろうか?

 また、別の部分においては都合のいい事実設定が見られる。

「日本では女性の排泄に対して、性的な興味をむける視線があり、プライバシーを守るためのトイレの構造が、その性格上、暴力の温床となり得る。」(253-254頁)

「日本のように排泄に対する性的な視線がもしなければ、かえって安全かもしれないとすらも思わされた。」(254頁)

 普通に考えれば、海外においても男性と女性でトイレが分かれていることくらいは理解できそうなものなのだが、なにやら日本だけは特別にそのようなことがあるような印象操作をしている。性的な羞恥心や視線といったものがなければ、海外でも分離といった手段はとらないだろう。(論文にも出てくるユニセックストイレというものであるが、一部の国を除いてそれほど普及しているわけではない。)
 また、トランス女性の話題でありながら、男性から女性に対する性暴力や性的視線の話をするので、彼女たちもそうなのではないかとする主張にも見えるため、このあたりも不快に思った方もいるのではないかとも思われる。基本的にトランス女性であり、なおかつ手術済みの方であるのなら、女性に対してそのような目線を送ることや危険性はほぼないはずだ。

 これらのミスリードは甚だしいのであるのだが、なぜこのようなことをやったのだろうか?


2 本当は避けたいリスクについて


 千田教授自体も、手術を終えていないペニス付きのトランス女性がいきなり出てくるような前提はおかしいとする主張は論文内でも出てきている話なのに、男性から女性に対する性的な暴力や視線を強調して、女性の安全性を保護しようとするにはいったい何があるのだろうか?

 考えられるのはおそらくはトランス女性に成り済ました人間や、トランス女性でありながらも男性という「肉体」に対する恐怖心を与えることがある故の「排除」ではないかと考えられる。
 
 先にも書いたが、性自認が女性であるトランス女性で、なおかつ手術を終えた人たちがシス女性を侵害することは考えにくいし、別に統計があるわけでもない。また、ペニスがついている人が来る前提がおかしいとは教授自身も思っていても、なお性被害や性的視線を感じるのは侵害する者がいないとどこかおかしい話である。
 では、侵害する者とはだれなのかとなったときに、考えられるのはまずは偽装した人物だろう。

 トランス女性に扮している男性という想定は、TERFに限らず主張されてきたことではあるが、男性かどうかわからない人が混じることによる性犯罪の危険性はかねてから指摘されてきた。裸であるお風呂ならまだしも、トイレの場合だと服を着ているような状況であるのなら、より見た目ではより傍からはわかりにくい。そこに悪意のあるものがいたとなれば、女性が危険にさらされる可能性があるといえよう。
(また、男性らしい見た目をしている人というだけでも嫌悪感がでることを避けるようなこともあるだろうが、ここでは多く言及はしない。)

 上記は論文に直接記述はないのだが、各記述を検討するに千田教授も「男性(の肉体)」が女性の空間に入り込んでくるという恐怖を念頭に置いているのではないだろうか。


3 分離をすることと差別性

 では、分離論を主張したいのだろうが、正面からは認めるわけにはいかないだろう。

 トランス女性を女性の空間に入れないということ自体、女性として認めないのかという話が必ず出てくるし、犯罪者がいる可能性があるという理由でトランス女性を避けたいという理由も筋が悪い。
 統計的差別や、特定の属性の一部が悪意を持っているからといって属性全部を分けるのは差別であるという基本的な部分は、リベラル側なら避けて通れないからである。(過去にも何度もこの点は指摘してきた。)
 
 では、分離などせずにある程度のリスクを許容すべきでは?と思うわけでもあるが、それも嫌なのだ。それを書いたのが下の記事になる。


 男性の場合には、たとえ一部の者のことであっても、隔離をすることを学者クラスのものなどたちからも認めてしまっている。男性から女性へは認めた以上、トランス女性の場合にも性犯罪に出くわす場面なら、認められてもいい。と思いたいのだが、マイノリティーであることや、前述のリベラル的にまずい部分を考えると正面からは言い難かったのだろう。

 この場面でトランス女性を認めることは、自分たちが今まで認められてきた権利を侵害されることを認める可能性がある。そして、下手に融合を認めると、今度は自分たちが差別的であることが認識されてしまうかもしれない。だからこそ、差別性を避ける必要があるのだ。

 男性から女性に向けられた性的な視線や危険性を強調したのも、性的被害というもっともらしい理由による差別でないことだと言いやすいから、トランス女性の話であるにもかかわらず用いられたのである。更に、下記のように差別性はないことや仕方がないという面を強調し、暗に女性の空間に入ることを避けさせようとしつつも、差別的でないことを主張していきたいのだと考えられる。(差別意識を持っていたらトランス排除という問題に関心がないというような話といった論拠がよくわからないような強引な理屈を用いてでも。である。)

「また男性の身体の定義をあげろといわれたら、多くのひとが「ペニスがあること」を挙げる社会で、「男性器はついているけれども女性だというジェンダー・アイデンティティがあるから女性」という存在に混乱を覚えるのは、必ずしも「差別意識」からではない。」(249頁)

「トランスに対して差別意識を持っていたら、そもそもトランスの排除という問題自体に関心がなく、この問題を避ける可能性のほうが高い。」(255頁)

「なんとかトランス女性を排除しないで自分たちの「安心」の場を得られるか、試行錯誤しているひとの主張を、「差別意識」だけに還元することは弊害の方が多い。」(255頁)


4 多様性の利用を誤った末の分離論

 また、自身の主張を正当化するために、もう一つ正しさを付与するための概念を持ってきている。それが多様性という概念だ。


「そもそも多様なセルフ・アイデンティティをみとめるとすれば、「トランス女性が女性トイレを使う権利」と「女性が安全にトイレを使う権利」が対立させられるかのように問題化されること自体が、そもそも奇妙ではないか。」(254頁)


「そもそも「女性」というカテゴリーが構築的に作られるのであるとしたら、なぜ旧態依然とした狭い二分法に依拠したカテゴリーである「女性」に、「トランス女性」を包摂するかどうかが問われなければならないのか。」(254頁)


 一見すると、新しい概念を取り入れるのであれば、それに合わせたものを考えるべきであり、古い考えのままで考えるのはおかしいのではないだろうか。と、もっともらしいような言葉を並べている。いろいろな人が住むためにも、住み分けたほうが良いということなのだろう。
 だが、この言葉こそトランス女性との対立がわかっていない証左であり、なおかつ多様性を誤って利用しているものと考えられる。

 トランス女性の人たちは、性自認が女性であるからこそ「女性と同じように扱われる」ことを望んでいるのだから、むしろ女性に包括することこそが悲願である。多くの批判の中にもあったが、自分の肉体と性自認が合わなかったことに関することについて、自由に選んだわけではなく、どうしても性自認が合わなかったのだから女性でありたいことを考えていないという批判にも真っ向から対立する。
 包括が本当にできるかどうか悩ましいところもあるのは重々承知の上ではあるが、女性というカテゴリーから分離しようとすることは、彼女たちの願いを遠ざけ、アイデンティティーを傷つけるだけではないだろうか?というのは当然予測できたはずだ。そう考えるのなら、多様性という概念をここで出す必要はなかったといえる。
 また、敢えて多様性を主張するのなら、「同じ場所に、できる限りいろいろな属性がうまく交われるような場所を作ること」が従来の目的であり、シス女性とトランス女性を「分離」するような言説は、多様性の考えに反するとも考えられる。

 多様性すらも己の立場のために利用しようとしたといえる。


5 保身と無理解の結果の炎上

 千田教授の論文に関しては、女性を守りたいが先になっているのが主眼であり、権益を侵害されたくないのではあるが、なるべくトランス女性への差別性を出したくないがために、色々な言葉を駆使したりしなかったりしたのだろう。それ故、必要な内容や根拠が書いていなかったり、内容が曖昧だったりするので非常にわかりにくく、理解がしにくいものであった。
 どうすれば攻撃されたくないところから攻撃されにくいか、どのようなことなら書いても良さそうか、これを書けば同情を得られやすいのではないだろうか、一応こういうことを書いておけば問題ないだろう。といった、保身的で狡猾な言葉選びと主張がありありと伝わってきたのだが、トランス女性への無理解も露呈してしまったからか、炎上してしまったようだ。

 これなら、変に気を遣わずにトランス女性とシス女性との間で、無理なところはできないとはっきりと認め、それでいて折り合いをつける方法を前面に出していたただいたほうが、まだ相手にも納得や理解が得られたのではないだろうか。

 総評としては以上であるが、結局は特定の属性を排斥するにしてもしないにしても、筋を通すことができなかったことから脱却できていないというのがよくわかる内容である。
 愚鈍の萌芽は順調に育っているようだ。

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