六十三話 付与魔法は、メインフェイズでしかプレイできない


 櫛を通す。

 ゆっくりとしっかり櫛を通す。


「んー、こんなもんかな」


 髪を結わえる。

 くるくると結い上げて、シンプルなポニーテールを一つ。


「うむん。あれがこんな小さい時はこんなおしゃれはさせられなかったが夢がちょっと叶ったわい」


「着替えとかどうするの?」


「あとで届けさせるわい。まだセーフハウスも用意出来とらんし、構わんじゃろ?」


「あの……量は加減してくださいね? ボク覚えてますよ、星座入りの祝いってあの引っ越し用みたいなトラックで運ばれてきたの」


「なぁにちゃんと支払いはしておくから安心せい。それぐらいの金はある」


「そういう問題じゃないんですけど? ボクの部屋埋まって倉庫使う羽目になったんですけど? 覚えてます??」


「下着とかどうしよ……その辺のお店で買ってきたほうがいいかな」


「好みもわからないし、まずは間に合わせのでいいから揃えておくべきかなぁー」



「わらわ、なにされてるの?」


「オモチャにされてる」

 


 入院着から慌てて上着を着せられた少女。

 メガバベルの日本支部の社長……だった子供は、あれこれと周りを取り囲む女性陣に困惑していた。

 僕?

 男がこんなところで口出し出来るわけないだろ、死ぬぞ。僕が。

 しかし本当に女の人っておしゃれとか興味あるんだなぁ、わいわい楽しそうにいじくり回してる。


「んー髪型はこれでいいと思うけどちょっと汗臭い。お風呂いれる?」「昏睡明けにしていいのかな、まずはドライシャンプーで髪洗うだけで着替えぐらいで」「お腹空いてない? なにか食べる?」「固形物はまだ危ないと思う、レトルトのおかゆパックがあったはず」「マニュアルにぃ起きた場合の載ってないかなー、ぁ、連絡先載ってるぅもしもーし」


 うん、これ任せたほうがいいな。

 とりあえずボクは関わらないようにテーブルでも掃除してよう。


「カドさん。”縛り手”ってなんですか?」


 そう思ってたらなんか話題が来たな。


「うむ? なんじゃセト、お前知らんかったか?」


「どっかで聞いたことがあるような気はするんですけど……」


「ふむん。主は最速で星に上がったからのぉ、祈り手ウィッシャーの仕事は教えられてなかったか。まったく基礎からが大事じゃろうに」


 なんかでっかいため息を吐き出して、こっちを見た。

 真っ赤な色をした瞳。

 現実離れした整った顔に、色素の抜けた白い髪に、子供にしか見えないもの。


 うーん、ミカドくんたちとかカラフルな髪をしたユウキちゃんたちを見慣れてなかったら本当に現実感がないなぁ。



「”縛り手”とは文字通り手を縛られたもの。すなわち



『えっ』


 いやそれは知ってるけど。


「闇のカード、あるいは邪悪な精霊による仕業によって起こされる忌まわしい呪いじゃ。お主、これまで苦労したじゃろうに」


 ん?

 いやなんか同情というか心配そうな顔をしてくれてるけど。


「呪われてるって、フツオくんが?!」


「そんないつの間に!?」


「そっか、変なデッキしか作れない呪いにかかってたんだぁ納得ぅ」


 まて。

 まるで僕が変人みたいな言い方じゃないか、心外な。

 まだこの店ではオリジナルデッキは2つぐらいだし、再現デッキも”エニグマ”と”ラビリンス”と”グレイランブル”に”ガンブルシュート”ぐらいしか組んでないし。

 あと大体組んでるのがテーマ2つ3つ混ぜたハーフミックス式のビルドデッキとかだよ?

 オリデッキ組み上げるビルド能力はあんまり高くないんだよなぁ。

 だからなんかコンセプトとかやりたいなってのを見つけて組んだあと、調整しながら完成度高めていくしかないし。

 あの”女狐”や”浪漫宙”みたいにさくっと一から十まで組めるセンスがあればなぁ。

 いやさすがにあの性癖の証明スクラップブックみてえなデッキは組みたくねえな、うん。


「――共鳴率がないということは文字通り両手がないに等しい」


 うん?


「生死を縛られ、得られるはずの自由も可能性も奪われ、それを解くためになんでもする。


「手先って……」


「少年」


 ジロリと見上げる赤い目線は、鋭い刃物のようだった。

 さりげなく髪の長い少女を背に庇って言った。


「君は何者に呪われてここにいる?」


「いや、それならもうボコしたんで」


「…………は?」


 目を白黒させてるが、事実です。


「それのカードの使い手と精霊両方ぶっ殺したんだけど、もしかしてまだ呪われてたのか」


「……呪われてたことに自覚はなかったのか?」


「いや、大差なかったんで」


 気づかなかった。

 普通に共鳴とかしてたら嫌だなーって思って手袋普通に使ってたから気づかなかったし。


「大差ないってお主、あ、Lifeはやらなんのか? それならまあ」


「モブさんなら普通にばりばりファイトするよ?」


「そうそう。うちでも評判のファイト馬鹿だし」


「ふぁいとばーか」


「てめえサレン、そこで悪口言っていい流れじゃねえぞ」


「うん? んん?? セト、それは本当か?」


「はい。フツオくんならうちの店でもとても強いファイターですよ、うちの店員ですからね」


 店長がドヤってしてるが、MeeKingの従業員は三人しかいないぞ。

 そんな他愛もない事を考えて気がついた。


「……いや、でもそうなるとあのクソ悪霊まだ生きてんのか?」


 呪われてるってことは普通なんか倒したら解けるよな?


「そうとは限らん。精霊が退去したあとにも残り、縛り続ける呪いもありえる。自分を殺しても開放されんと脅すためにな」


「うへ。性質悪い」


「だからこそ自らの共鳴の開放、カードに再び触れるためになんでもするのだが……なんじゃお主は」


 なんじゃといわれても。


「モブさん、共鳴率ないって困らなかったんです?」


「いや、困ったことないんだよなぁ。カードはちゃんと引けるし」


「引けるって……共鳴出来てないはずじゃぞ?」


 ロリっ子市長が唖然ステンとした顔をしているが、事実だ。

 共鳴率を失って困ったことはない。

 だって。



 カードゲームも、人生の大体も振ってくる出来事を選べることは出来ない。

 だけど、それに対する対応だけは自分で決められる。

 僕はかつてTCGを楽しむ時に教わった言葉だ。


「文句を言うよりどうやれば、強く使えるか考えるほうが建設的だよ」


 だろ?


「……なんじゃこいつ」


 なんか唖然とされてる。

 いやそんな変なこと言ってない……よな?


「でも引くカードってある程度選べるよね」


「必要なのは大体揃ってる」


「普通は引けねえんだよ、例外共」


 これだから推定主人公ユウキちゃんとサレンはさぁ。

 いやマリカも引き強いし、店長も元プロだからもしかしてこの中で普通なのは僕だけか?


「あの、カドさん……その縛り手の呪いって解けないんですか?」


「うーむ。今日はそれ用の道具を持ってきておらん、少し調べてみなければはっきり言えんが……」


「あ。別にいいです」


 えっ。と顔を見合わせてる店長とロリ市長に申し出に、手を左右に振る。


「今のところ特に不便してないっていうか便利なんで」


「べんり?」


「困ってたんですよね、前は無作為化出来なくて」


 引けるの偏ってたんだよなぁ。

 中学の頃組んだア・ナイトも夜疾猟団ナイト・レイダーばかりになるから無理やりルーター多めにして、それでも引けるのが夜疾猟団ばかりでブチギレたことあるし。

 デッキ内の比率を20%以下にしてるのに全部手札に入ってくるのは嫌がらせだろ。

 嫌がらせだったわ、あのクソ悪霊がよ。


「無作為化って、なに?」


「ランダムっていう意味かな。どこにどう配置したりとか、そういうのに目隠ししたりしてわからないように置くやつ、みたいな? とにかく意図的にやらずに散らすこと」


 キョトンと首をかしげるユウキちゃんとなんか真似っ子してる黒髪の幼女に手振りを交えて説明する。


「なんでそんなの必要なの?」


「んー、そうじゃないとデッキが回らないんだよな。好きなカードばかり引けるのはあれだしね」


「好きなカードを手に取れるのはだめなの?」


「駄目ではないよ」


 けれど、ドローには、祈りを託すことはあっても、そうだな。



 うん。

 そうだ、《俺たちは》。



「自分の意思が関与しないカードで、戦うのが楽しいんだ」



 カードゲームにおいて手にするカードの多くはランダムだ。

 武器であり、盾であるものの全てが毎度違って始まる。

 将棋や囲碁のように全てが同じもので、オープンされたものじゃないから不平等だと言われることもある。

 運ゲーだの、言われることもある。

 その大半が、実際のところ事実だ。

 引くカードが毎度違う? ランダムだから当然。

 与えられる手札、言うなれば駒や石の性能が違う? その通りだ。

 運が全てを支配する? それは違う。


 与えられた手札をどう使うこそがプレイヤーの自由だ。


 手札が隠されていてクローズドだからこその駆け引きがある。ブラフも、それを暴くためのカードも、推察も、敗北が見えないと目を瞑って飛び込むことも、ブタのような手札で強気に乗り越える事もできる。

 ランダム性があるからこそカードゲームは楽しい。

 人生のように与えられるものは選べないからこそ、その不利や有利、不幸と幸福を乗り越えるための努力を

 勝利は素晴らしい、痺れるほどの快楽だ。

 だけど、不条理を、苦難を乗り越えた達成感はそれを勝る快感だ。

 運という自分では選べないエッセンスがあるからこそ一喜一憂出来るし、それを克服するためのデッキビルドとケアするプレイングに脳が沸騰する。

 Lifeは、トレーディングカードゲームは、この世でもっとも複雑なアルゴリズムで構築されたゲームだ。

 スーパーコンピューターで計算してもなお確実な勝利戦略が計算出来ない。

 勝つための最善が未だに模索され続けている可能性がある。

 だからこそ浪漫がある。

 夢がある。


 ……え? 次引くカードに欲しいのがあるからサーチカード使う? うんうん、それもカードゲームだよね。

 引くためのカードを引いてるからオッケーです。勝てればいいんだよ!


「また変態がおる……! なんじゃ! 今どき流行ってるのか、こういう変態が!?」


 なんかロリ市長が頭抱えちゃった。

 いやでもわりと普通だろ、みんな口にしてないだけで。


「そうかなぁ」


「自分で引いたカードに文句は言えないよね」


「か、カードの使い方には自分の意志があるべきだよね、うん」


 ユウキちゃん、マリカ、店長の反応である。

 おい。


「こわ」


 おい、サレン。

 おい。

 傷つくんだけど。


「おにいさんはへんたいなの?」


 一番凹むなぁ、この幼女はさぁ!!

 カードゲーマーなんて大小なりともおかしいやつは多いけど、そうじゃないやつもいます! 俺がそれだよ!


「まあモブがおかしいのはいまさらだし」


「モブさんはおかしいし」


「まあフツにぃだし」


「うぅ、フォロー出来ない力不足でごめんよぉ」


 いやトドメさしてんだよ、店長。


「んーいつまでも入院着もあれじゃな。セトよ、なんか着替えないか?」


「なにかあったかなぁ、ちょっと家から取ってきますね」


「目と鼻の距離にあるというのは便利じゃなぁ」


「我がつれてくねー」


「ユウキ。店長の店にお泊りセットとか置いてないの?」


「そこまで私、セト店長と仲良しじゃないよ!?」


「ちなみに私は置いてる、いぇーい」


「あ、フツオくん。店番おねがいー」


 ぞろぞろと出ていく女性陣。

 残される自分。


 悲しいなぁ。








「とまあこんなもんじゃろ!」


「わらわなにされてるの?」


「オモチャかな」


 テイクツー。

 可愛らしいワンピースを着せられて、髪は可愛らしいツインテールに。

 しっかりとドライシャンプーされてタオルとかで拭われた髪はさらさらと綺麗な黒髪で。

 うん。

 女性陣って本当におしゃれが好きなんだなぁ。

 ……この感想二回目か?


「うむうむ、よいな! 元がよいだけあってよしよしじゃ」


「わらわ、つかれた」


「おつかれー。なんか色々とかあるけど食べる?」


「なにこれー?」


「デザートだよー」


「うむうむ。御飯を食べて寝れば疲れも取れる! 明日はもっといいところに連れてやってやるぞ、こうきゅーレストランを貸し切りじゃ!」


「カドさん、明日もくるつもりなんです?」


 市長だし、忙しいんじゃ。


「んなもん、寝ずに仕事片付ければ時間ぐらい開けられるわ! 今日で二日目じゃからなあ、三日目ぐらい誤差じゃ誤差」


「なんかテンション高いと思ったら寝てなかった! 寝て!」


 ご、ゴリ押しだ。やばいって。


「ふっはっは、このあとってば、教会の連中との会議だの、ネームドのカスを探すために指揮したりとかちょーいそがしいんじゃよなぁ。はっはっは」


「本当に寝てください」


「全部終わったら八時間ぐらいは寝るわい」


 足りない。

 足りなくない??


「まあそれはおいといてじゃな」


 ゴホンゴホンと改めて咳払い。

 カド市長が、店長を見上げた。


「セトよ。この度はご苦労じゃったな。改めて礼を伝えておく」


「いえ、十二聖座として当然の務めですから」


「元じゃろ? 、今のお主には義務はない」


 えっ。


「除名って……」


「セト、破門されたの?」


「ししょーがいってたあの命衣流姿がエッチすぎて破戒系魔少女とかって言われてた奴が原因とかぁ?」


「違うよ! 破門ってそこまで……まって? 破戒系魔少女ってなに?? ボクそんなこといわれてたの?!」


「む? 話しておらんかったか……悪いことを言ったかの」


「いえ、昔のことですから」


 バツ悪そうな顔を浮かべるカド市長に、店長がふるふると首を横に振る。


「なにがあったの?」


「今のボクは教会から無関係な立場だよ」




「――




「は゛?」


 声が出た。

 自分でもびっくりするような声だった。


「なんですか店長。それって放り出されたってことです? いつですか」


「うん、まあね。それだけボクがやらかした罪が重かったっていうか、まあ昔のことだし」


「昔って店長まだ二十歳ちょっとぐらいじゃないですか。なんです? 十代の女の子を世間に放り出したんですか、なんだよそれ」


「ああ、大丈夫大丈夫。ボクって資産とかは普通の人よりあったし、カドさんと師範が色々手続きしてくれたから」


 だから。 

 だからいいって?

 ふざけんなよ。


「金を持ってるからって、子供を見捨てていいわけがねえだろ」


 お金があったからって、何が出来るんだ。

 家を買う手続きが出来るのか。

 水道料金の支払いが出来るのか。

 通う学校とかの入学の手続きとか、毎日食べる御飯を作れるのか。

 家に帰った時、出かける時、寝る時、起きた時、声をかけて返してもらえる人がいるのか。

 子供は愛されて、守られて、導かれるべきだ。

 自分がされた分の愛情を、経験を、次の誰かに返すべきだ。

 そうじゃないと悲しいだろ。

 人それぞれのペースがあるのは重々承知だけど、僕は、俺は、そう願ってる。


 今の僕は一人暮らしだけど、これは中身の俺が大人だから構わないだけだ。

 それでも今生の両親にはメールでやりとりしてるし、なにかあれば電話もしてる。彼女とか作れたか? なんてのには、モテないから難しいです(><)みたいな返事をしてる。

 それだけでもありがたいし、支えになってる。

 なのに、それすらもない子供が、放り出されてるなんて許せるかよ。


「ちょっと当時の責任者誰ですか? ちょっとファイトを腹いせで申し込んできていいですか?」


「落ち着いて、落ち着いて、フツオくん。ボク、こうして元気にしてるわけだし。立派な大人になったし」


「いや、かなりポンコツになった責任は取らせるべきですよ!」


「ひどくない?!」


「うぅむ。確かに御歳暮と年始の挨拶ぐらいしかろくに返してこない駄目な子に育ってしまった責任は吾にあるか」


「ごめんね、てんちょー。うちのしっしょー、子育てとかかーさんたちに丸投げしてる甲斐性なしで」


「なんか藪蛇になってる! 気にしないで、きにしないでー! ボクが一番凹みそうだからやーめーてー!」




「なにこれー!」



 うん?

 突然の悲鳴みたいな声に振り返る。

 そこで、見たのは。


「ちゅべたい! なんかすごい!」


「アイスだよぉ。もしかして食べたことなかった?」


「しらない! わらわしらない!」


「……平和だなぁ」


 そんな様子を見ていた僕らはなんとなく力が抜けてしまった。


「それ、セトの家で早めに出してあるコタツとセット用なんだよね」


「こたつ?」


「試してみる? トブよ」


 おいまてサレン。

 やめろ。

 やめたまえ。

 子供の頃にエアコン・ヒーターガンガンに、コタツでアイスカップを食べる楽しみを覚えたらまずい。

 主に電気代が危険だ。


「そういえば、あの子……名前とかないんだよね」


「え」


 名前がない?


「メガバベルの日本支部社長なんですよね。それなら普通戸籍があるはずじゃ」


「――登録されておらん」


「は?」


「吾からも国連のルートで問い合わせはしたんじゃがな。どうやら戸籍自体登録されておらんかったようじゃ」


「どういうこと? 普通社長っていう立場なら他に面会とか、色々顔合わせをしてるんじゃ」


「どうやらあれの秘書とされておった奴が表向き日本支部の社長として登録されておったようじゃ」


 ユウキちゃんからの聴取とかには目を通してたんだろう。

 最後の崩落辺りで自分は見てられなかったが、確かあのファイトの場所にはユウキちゃんたちとあの少女以外にもう一人いたはずだ。

 それがデータ上だと日本支部の社長として扱われていた、だからそこにいるのは誰でもない存在ってことか。


「記憶がないのは怪我の後遺症とか?」


「それなんじゃがな。あれの手術の時、こんなものが出たらしい」


 そういってカド市長がポケットから出したのはビニール袋に入った小さなチップ。

 ……おいまて嘘だろ。


「このマイクロチップがあれの身体から見つかった」


「マイクロチップ?」


「エレウシスなどで使われておる個人証明用のチップと同系統のものじゃ。普通は手の甲じゃが、こいつの場合あれの脊髄に入っておった」


「脊髄ってことは……まさか人格操作でもしてたんですか?」


「ん? ……鋭いの。その通りじゃ」


 カド市長から探るような視線が一瞬。けれどもすぐに消えて、裾で口元を覆いながら彼女は言った。


「記憶がないのは、その人格の欠落によるものじゃろう。それに伴う記憶を思い出せなくなるのは珍しくない」


「……珍しくないって」


「たまにあるのじゃよ。精霊などに肉体を奪われた”肉箱”とかで見かけるものじゃ」


「肉箱……」


 決まった呼び方があるぐらい珍しくないのかよ。


「それに、あの喋り方には吾には見覚えがあってな」


「……”トコハ”でしたっけ。カドさん、あの子のこと知り合いだったんですか?」


 店長の言葉に、カド市長は少し天井を見上げて。


「いや……」


 それから、アイスを食べてる少女を見た。


「似た奴を知っておるだけじゃ。忘れてくれ」


 眩しいものを見る目つきだった。


「はい」


 なにか複雑な事情がありそうだ。

 口を挟むべきじゃないだろう。


「それはそうとあれの戸籍は吾が用意するとして、名前はどうするかのぉ」


「名前?」


「うむ。あとで改名は出来るとしても名前ぐらいはないと色々不便じゃろ。あれだの、これだの、それだの、仕草指示は正直疲れるしのぉ」


 名前か。

 子供に付ける名前。


「名前かぁ」


「名前」


「花子ちゃん?」


「学校のトイレじゃないんだから」


 あーこの世界にもあるのか、あの学校の怪談。

 歴史とかちょこちょこ違うのにこの手のはおんなじなんだよなぁ。


「クロちゃんとか」


 黒髪だし。


「犬じゃないんだから」


「子供の名付け任せられないタイプ」


「ありえなーい」


 ひどくない?

 いやなんだったら姓名判断の本とか買ってきてやろうか。



「んーバニラちゃんとか?」



「ばに?」


 ユウキちゃんが指さしたアイスカップをもったまま、少女が首を傾げる。


「バニラアイス好きみたいだし、どうだろう」


「ばにら……うん! わらわ、バニラすきぃ」


「いいのかな」


「まあ仮の名前じゃからいいじゃろ。気に入ってるようだし」


「それじゃあバニラちゃんってことで」


「きまりだねぇー」


「採用されちゃった!?」


「名付け親だねぇー、ゴットファーザーだねぇ、すごいねぇ」


「なにそれ?!」


 わいわいと賑やかに騒ぐユウキちゃんたち。


「バニラ、か」


 それを見ながら小さく僕はぼやいた。

 記憶がない子に、効果のないカードという意味バニラって名前。


 ――アイスクリームのバニラ。つまるところ、


 この世界だと効果のないクリーチャーのことバニラとは呼ばないから、ただの偶然に過ぎない。

 だから気にしなくてもいいんだけど。


「でもまぁ」


 もう一度だけバニラという名前を口の中で転がして、語感の良さを確認して。


「これからどんなあり方フレーバーも出来るからね」


 僕はそう納得して、胸の中に仕舞い込んだ。










 そんな騒がしいやり取りをして。


「……と、思い出した思い出した」


 不意にカド市長が言い出した。


「なんです? 歳のせいで忘れてたんですか」


「うっさいわ。睡眠不足で思い出すのに時間かかっただけじゃわい」


 もっとだめじゃねえかな。


「セトよ。今回、吾が来たのはお主に伝えないといけないことがあったからじゃ」


「ボクに? バニラちゃんのことじゃなくて」


「バニラが目を覚ましたのは偶然じゃ。それ以外もう一つ本題があるんじゃ」


 ゴホンと大仰に咳払いをして、カド市長はこう告げた。




「お主のレガシーカードを修復出来る者を見つけたんじゃ」




 と。










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 砕け、砕け、砕け

 より濃密に、より繊細に、より色濃く鮮やかに

 ああ、ああ、なぜ出ない、出ない、出ない、頭の中にある色が出ない


 そうだ、それなら……


                ――頭を砕いた絵師の手記(<顔料抽出>より)

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