七十四話 魔法もメインフェイズだけとは限らない




「GI,GAぁ嗚呼ァああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」


 甲高い。

 硝子を引っ掻いたような悲鳴が上がって、景色が一変した。

 闇の領域がひび割れていく。

 それ自体はおかしくないけど、なんでこんなダメージが……


「そうか、特殊勝利!」


 あいつは生命力を溜め込んでいて、それで肩代わりしてきた。

 ダメージも痛みも奪った肉体に肩代わりさせてる。


 


「なら……!」


 いつの間にか握っていた右手のアルマーレガシーのカードを強く握りしめる。


「砕けろ!!」


 ひび割れた空間へと拳を叩きつけた。


 破砕音。


 音と共に景色が一変する。

 元の店内に戻った!


「戻った!」


「YォKUも゛」


 え。

 頭を抑えていたはずの”101人目”の手が、目の前に――「させぬわ!」


 真横から飛び込んできた一撃で、”101人目”が吹き飛んだ。


「大丈夫か、セト……いやアルマー!」


「カドさん!」


 それをなしたのは足先を突き出して着地したカドさんだった。

 それ以外、みんなも揃っている。

 ――フツオくんがいないけど。


「あのボクは……」


「話は後じゃ! ここからは吾が仕留める!!」


 カドさんがゴスロリのスカートをめくりあげて、太ももに着けていたケースを手に取った。

 ……相変わらずガーターベルト着けてるんだ。

 なんて安堵のありなんかズレたボクの思考と、転がっていた”101人目”が跳ね起きたのは同時だった。


「ファイ「コォオオオぉおル!!」!?」


 ”101人目”が叫び声を上げながら両手を叩く。


「――制圧シろ!!」


「みな構えよ!」


 カドさんがボクの前に立って、ボードを構えた。

 マリカちゃんも後ろに立っていて。

 ユウキちゃんはバニラちゃんを後ろに庇って――……


「?」


 


「? ナゼ? ニンギョウたちよ、来い!!」


 パンパンと手を叩く”101人目”。

 けれど何も起こらなくて。


「……どうやら計算が狂ったようじゃな」


ッ」


 その時だった。

 ”101人目”の全身が、キラリと光るなにかで硬直したのは。


「隙だらけ」


「ごぉ!?」


 天井から落ちてきた人影が”101人目”の背中に飛び乗る。


「サレンさん!?」


「観察してわかった。お前はもう人間じゃない、精霊に近い、ならこれで!」


 ぶっとい太ももで”101人目”テロップさんの首を挟み、サレンちゃんが振り上げた手に持っていたのは。

 ヴァイスファングのカード。


「剥ぎ取れ――<孤絶結界ヴァイスファング>!」


 それを脳天に叩きつけた。


「GAGGIGGIIGIGIぃいいいいいいいいい!!!!?」


 悲鳴を上げて、悶えてる。

 ぶんぶんと身体を振ってサレンちゃんを落とそうとしてるけど離れない。


 これなら。


≪まずい≫


 え?

 声に聞き返すまもなく、”101人目”の身体が震え出す。

 まるで電気でも流れてるみたいな痙攣、そしてその体が見る見る間に赤黒く変わって――


≪ちょっと返して貰うよ!≫


 え?

 その瞬間、身体の自由が聞かなくなった。

 自分がなんかどこかに落ちたかのような浮遊感。


 


「纏え!!」


 ボクじゃない僕の声が聞こえた。

 瞬間、いつの間にか握られていたカード――アルマーのカードから鎖が出現し、巻き付けられる。

 踏み出す。

 鎖を巻き付けらけた右手を握り締めて、真っ直ぐに、最短距離で”101人目”の懐に飛び込む。


「――ギャラクシーマグナム!!!」


「ゴボッ!!!?」


 それ、昔あの子が読んでた漫画のセリフ!!

 と共に遠慮なく”101人目”の鳩尾を殴り抜いた。

 くの字に曲がるテロップさんの体と共にマスクが剥がれた。


「おぼろろろおBOぉオ゛オ゛オ゛オ゛!!」


 その白目を剥いた顔の口から黒い吐瀉物が噴き出した。

 明らかに人間の体に収まっていていいほどじゃない量だった。


「おわ!?」


「わ、わわ!」


「照文!!」


 思わずボクの身体も飛び下がって、サレンちゃんも転がるように飛び降りていた。

 ゴボゴボと濁った音を立てて、ボクの店の床を汚く汚す赤黒い血……

 じゃない!


「うごいてるよぉ?!」


 それは蠢いて、


≪ろSUロスろろっろろろろろ≫


「きゃあ!!」


 それが目指したのは一直線にバニラちゃんだった。

 まずい! あの子はレガシーを持っていない。


『させるわけないでしょ!』


 それを食い止めたのは、ユウキちゃんの精霊だったアリーシャだった。

 アリーシャがバニラを掴んで跳んでいた。

 ナイス! 残りは全員自分の身は自分で守れる。

 誰も人質に獲られることはない。


『ロスSUSUSUS』


 それがわかったのだろう。

 濁った粘体の塊が泡立つように震えて、誰もいない方角へと噴き出した。


「ッ! 待て!!」


 破砕音。

 カドさんの制止する声を振り切って、濁流が窓を割って飛び出していった。

 止める暇もなかった。


 そして。


「……逃げ、た?」


 後に残されたのは散々に荒れてしまった店内と倒れ伏しているテロップさんだけだった。









 ◆



 動く。

 動く、動く、動く。

 蠢く。

 の中にあったのは怒りだった。

 焦燥ではない。

 囲まれ、打たれ、殴られ、それでも突破したのだから焦る気持ちなどなかった。

 あるのは純粋な怒り、或いは濁り切った憎しみ。

 ソレは自分を追い返したものへの怒りを抱きかかえる。

 ソレは自分の思う通りにならない現実に屈辱を抱く。

 ソレは執念深く、怒りの火を臓腑にて蓄えてグツグツと煮え滾らせていた。


 窓をぶち破り、物陰からマンホールの蓋を破って下水道へと流れ込む。

 そこにいた虫や、這い回る小動物を接触と同時に溶かし、取り込み、収奪し、加速する。

 逃げるためのルートは既に準備していた。

 そのあとにどこから出て、どの人間を使って、どんな風に離脱するかも用意していた。


 怒りがある。

 怒りと共に疾走している。

 身体を無くしたソレはより原始的で純粋な衝動として怒りにたぎらせ、性衝動めいた熱に轟々と身体を沸騰させている。

 さてどうするか。

 さてどうしてやろうか。

 どんな報復をしてやろうか。

 そんな事を考えながら、下水道の浄水処理機構を回避して、ルートを通って、排水管を通っていく。


 まずは身体が必要だ。

 なにをするか。

 街の郊外近くに、若い夫婦の家がある。

 まずそちらのどちらかを取り込もう。

 怒りがある。

 十年近くぶりに鬱憤晴らしが出来ると思ったらそれをむざむざと邪魔された。

 泡立つ脳髄液の衝動を晴らしたい。

 染めて、吐き出し、突き出し、たくさんたくさん吐いて吐いて、吐いて、頭を冷まさなければ。

 報復はそれからだ。


 赦さない、あの小娘共め。

 赦さぬぞ、あの白髪め。

 人の形になどこだわっているくせに、ソレよりも長生きなやつめ。

 苗床にしてやろうと我々が付け狙っているのに、一瞬たりとも隙がなかった。

 おかげであの一瞬まで、本当に一瞬まで指先1つ触れることが出来なかった。

 ああ、アルマー。

 嗚呼、アルマー。

 欲しかった。

 頑張って作ったのに、がんばってたくさん色んなやつを潰して、取り込んで、奪って集めたのに。

 なんてひどいことをするんだ。


 強く、強く、ソレが最強になるための踏み台にしてやったのに。

 散々染め上げてやったというのに、すぐに復帰しやがって、ゆるさねえ。

 身体さえ与えてやれば、産ませてやったのに。

 雌としての生物機能を堪能させてやったというのに。

 赦さない。

 ゆるせねえ。

 喜びを、祝福を、失うことなどなんて許されない。

 それは損失である。

 それは大いなる損耗だ。

 それは悲しみだ。

 まったくまったく。


 排水口を抜けて、服従者たちによって設定させた工事中の看板の建った道路を抜けて、進んでいく。

 形を変える。

 体液の形から軟体に。

 軟体から固体の形に。

 足を生やし、手を生やし、加速する

 外は既に赤く、心地よい夕暮れ。

 まったく服従者たちはなにをしているのか。

 造物者クリーチャーに改造してやった奴ら、距離をおいて気づかれないように闇の領域内の時間を遅行させたのに。

 十分な時間を与えて、いざとなれば店ごと放火と破壊させるために仕込んでいたのに。

 なんでこない。

 なんでこなかった。

 考えながら疾走、疾駆し、水音を立てながら、それは誰もいない道路を踏み出して。


 カチン。


 目も眩むような閃光と爆音に、たじろいだ。


『ル!?』


 無数に生やした瞳たちが一斉に白濁する。

 情報量、その音と震えに――スタングレネードだと経験から理解し。





「”闇を喰らえ”」




 

 まるでモノクロのような景色。

 ただ1つ、空に浮かび上がる圧倒的な夕暮れの色彩のみを残して――全ての色彩カラートーンが劣化する。


「ヤミの、りょうイキ……!」


 靴音。

 ソレが振り返る。


 そこには夕暮れの赤に染まった黒い格好をした男が立っていた。


「ここから先は一方通行だ」


 黒いコート、背に背負ったギターケース、顔を隠すサングラスの偉丈夫。

 その姿を、ソレは情報だけは知っていた。


「チッ」


 ”闇狩り”。

 

 負ける気はしないが、相手をするなんて面倒過ぎる。

 ファイトなどするまでもなく、自分の堕悪カードがあれば領域を塗り潰し、突破出来る。


 そのための距離を取ろうと背を向け、走り出そうとして――気づいた。


 緩やかな坂道になっている先の道。

 夕日を背中に、誰かが立っていた。


「よぉ」


 逆光の中の黒いシルエット。

 それは左の腕を振るって、金属音と形を変えた。

 それは何の変哲もない市販品のバトルボード。


「ここから先は通行止めだ」


 逆光の中でもわかる

 そこから取り出したデッキをセットし。


「ここを通りたければ」


 






「――必要だ」









――――――――――――――――――――――――――――――


 そこに足があるのが悪い。


              ――ブービートラップ


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