月8000円以内から3万6900円に? 低所得の高齢者を追い詰める医療費改悪
70歳以上の医療費は自己負担が原則1~2割に抑えられている。だが、それを現役世代と同様、3割に引き上げ、なおかつ外来特例も見直すべし――との声が上がっている。打撃を受けるのは所得の少ない高齢者だ。増大する医療費にメスを入れるのは喫緊の課題としても、結果的に公費の負担を増やす恐れがある。
高血圧と膝の治療でも月に8000円まで
島崎亮也さん(55歳・仮名)は、このところ高齢の母・節子さん(83歳・仮名)の医療費のことが気がかりだ。
左官業を営んでいた父の武史さん(仮名)が5年前に他界してから、実家では節子さんが1人で暮らしている。今のところ料理や洗濯などの身の回りのことは自分でできるので、日常生活に問題はない。だが、高血圧症や膝関節症の持病があり、病院通いは欠かせない。
武史さんが自営業だったため、現在、節子さんがもらっているのは国民年金(老齢基礎年金)だけだ。後期高齢者医療制度や介護保険の保険料が天引きされた節子さんの手取りは月額5万円ほど。年金だけでは生活費が足りないため、武史さんが残した貯蓄を取り崩しながら細々と暮らしている。
「今は何とかなっていますが、父の貯蓄もあと数年で底を突きそうです。そうなった時は長男である自分が援助をするのが筋だとは思うのですが、自分の生活もギリギリなので母の面倒まで見られるかどうか……」
それだけに、テレビで目にした高齢者医療費の窓口負担見直しに関するニュースは島崎さんの不安をさらに増幅させた。
収入が老齢基礎年金だけの節子さんの場合、現在の医療費の窓口負担割合は1割だ。高額療養費の所得区分は「低所得者1」で、1カ月の通院費用は最大で8000円と低く抑えられている。だが、国は70歳以上の高齢者の医療費負担を見直して、年齢や所得に関係なく窓口負担割合を3割に統一する方針を打ち出している。また、通院費用に上限を設けている「外来特例」の廃止を求める声も上がっているのだ。
70歳以上の医療費無償化で財政を圧迫
太平洋戦争後、急成長する経済とともに発展した日本の社会保障制度は、「給付は高齢世代中心、負担は現役世代中心」という構造でスタートした。経済成長が続き、生産年齢人口が多かった間は問題なかったが、少子高齢化が進み、雇用環境が変化してくる中で、現役世代だけに負担を求める制度では対応できなくなってきている。そのため、国は給付・負担の両面で世代間・世代内の公平が担保された「全世代型の社会保障」への転換を進めてきた。そして今、これまで優遇されていた高齢者医療費の見直しに強い姿勢を示しているのだ。
高齢者の医療費負担が大幅に軽減されたのは、福祉元年と言われた1973年1月。老人医療費支給制度が創設され、70歳以上の人の医療費の自己負担分が無償化された。この政策は高齢者の医療アクセスを改善した半面、医療費が爆発的に増加し、国や自治体の財政を圧迫することになった。そのため、無償化は10年で廃止され、代わって導入された老人保健制度では定額負担が導入された。ただし、急激な負担増は反発を招くため、当初の自己負担額は通院月額400円、入院1日300円と少額だった。
その後、定額負担の金額はジワジワと引き上げられ、2001年1月に上限付きの定率1割負担へと切り替えらえた。完全に定率1割負担に移行したのは翌02年10月で、この時に70歳以上の人の制度に上位所得者(現役並み所得者)という所得区分が設けられ、高所得層には2割負担を求めることになった(現役並み所得者の自己負担割合は06年10月に3割に引き上げ)。
さらに、14年4月には70~74歳の人の自己負担割合は原則1割から2割となり、22年10月には75歳以上の後期高齢者で一定以上の所得のある人も2割負担となった。今年5月現在、70歳以上の人の医療費の自己負担割合は、次の表のようになっている。
高齢者の医療費負担は徐々に引き上げられてはきたが、現在も一部の高所得層を除いて、70歳以上の人の医療費の自己負担割合は原則的に1~2割だ。さらに70歳以上の高齢者の医療制度には、前述した外来特例という仕組みも設けられている。
外来特例は、高齢者の窓口負担が定額制から定率制に切り替えられた02年10月に、急激な負担増を避けるために導入されたものだ。現役世代の高額療養費の限度額は通院も入院も同額だが、70歳以上の人の制度には通院のみの医療費にも限度額が設けられている。例えば年金収入が250万円の一般所得者の場合、入院もした場合の高額療養費の限度額は月額5万7600円だが、通院のみなら月額1万8000円でよい(今年5月現在)。
外来特例も廃止の危機
外来特例は当初、制度改正の経過措置という位置付けだったが、その後の政治の迷走や経済環境の悪化によって継続されてきた。18年8月に現役並み所得者の外来特例は廃止されたが、所得区分が「一般」と「低所得」の人には現在も残されている。今年度の予算案で審議された高額療養費の見直しでも、限度額の引き上げはあったものの廃止には至っていない。
このように83年2月の無償化廃止以降、高齢者の窓口負担は徐々に増えてきたが、現役世代に比べると負担割合は低く、外来特例の存在によって高額療養費でも優遇されている。そのため、世代間・世代内の公平が確保された制度にするために、自己負担割合を70歳以上の人も原則的に3割にして、外来特例も廃止するというのが国の考えだ。今年4月28日に開催された財務省の財政制度等審議会では、今年度中に高齢者の医療費の自己負担割合を原則3割に引き上げるための改革工程表を策定するという意見が出されている。
低所得者ほど受診控えに
米カリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)の津川友介准教授らによる研究では、皆保険制度を維持しながら医療費を適正化する有効な手段の一つとして、70歳以上の人の自己負担割合を3割に引き上げることを提案している。このリポートでは、<自己負担割合の増加で影響を受けるのは主に軽症患者>なので、<自己負担割合を3割程度まで引き上げたとしても、健康への悪影響はない(あっても小さい)>と結論づけている。だが、これには<高額療養費制度が適切に機能していれば>というただし書きがついている。
節子さんの場合、現在は外来特例があるので、通院の医療費が高額になっても自己負担額は最大でも月8000円だ。だが、外来特例が廃止されると、…
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はやかわ・ゆきこ 1992年明治大文学部卒。編集プロダクション勤務をへて独立。主に医療費に関する記事を手掛けており、現在はダイヤモンドオンライン、医療専門誌「医薬経済」などに寄稿している。