「忙しい?」への正解。仕事ができる人ほど「暇です」と言えない深い理由
どうも、小中不登校から教師になり、地域の居場所を運営しているJUNです。
本日の授業は、「忙しい?」と聞かれた時の正解について、というお話をしたいと思います。「正解について」なんていう大層な題名を付けてしまいましたが、実はこれ、自分の中でずっと疑問があって、まだ完全な答えが出ていないテーマなんです。
ですので、もし「私はこう答えているよ」「これが明確な答えじゃないか」という考えをお持ちの方がいれば、ぜひ教えてほしいなと思いながらお話ししていきます。
皆様は、同僚や友人に「最近、忙しい?」と聞かれた時、何て答えていますか? これ、意外と返答に困る質問ですよね。今日お話ししたい主題は、この問いに対して、どう答えるのが自分にとっても相手にとっても最善なのか、という僕個人の切実な悩みについてです。
僕が「忙しくない」という道を選んだ、意外な性格特性
まず、今の僕の状態を正直に告白しますと、僕は基本的に「忙しくない」んです。なぜ忙しくないのか。それは、僕が意図的に「忙しくしない」という道を選んだからです。自分の性格上、なるべく抱えている仕事がない、身軽な状態でいたいという欲求が人一倍強いんですね。
これまでの教員生活や今の活動の中でもそうですが、僕は降って湧いたような仕事でも、可能な限りその場、あるいはその日のうちに終わらせるようにしてきました。事務的な作業や細々としたタスクに関しては、絶対に後手後手に回らないようにするのが僕のスタイルです。
世の中には、締め切りから逆算して計画的にこなしていくタイプの人もいれば、夏休みの宿題のように、終わりが見えてきてからエンジンがかかる「追い込み型」の人もいますよね。僕はそういうタイプの人のお話を聞くと、失礼ながら「信じられないな」と思ってしまう方でした。
僕は小学生の頃から、夏休みの宿題は「初日」にほとんど終わらせてしまう子供でした。漢字練習や計算ドリル、いわゆる「休み帳」のようなものは、一気に片付けて残りの休みを完全に自由にしたいタイプだったんです。
これは、決して僕が勤勉だからではありません。もっと泥臭い言葉で言えば、「自分に自信がないことの表れ」なんです。
仕事を後回しにして、あとで間に合わなくなったらどうしよう。不測の事態が起きてプレッシャーがかかった時、自分はそのハードルを乗り越えられる実力があるだろうか。そんな「自分への恐れ」の裏返しとして、先に終わらせるという選択をしているに過ぎません。プレッシャーに弱い自分を守るための、防衛本能のようなものですね。
「心の余白」が生み出す、圧倒的な安心感
面倒なことほど先に手をつけておくと、精神的な余裕が生まれます。一つずつ抱えているものを減らしていくことで、新しく仕事が舞い込んできた時も、「まあ、あっちは終わっているから大丈夫」と冷静に対処できるわけです。
もし、やりかけの仕事が積み重なった状態で新しい仕事が来たら、僕の頭の中はすぐにこんがらがってしまいます。僕は優先順位を決めるのがすごく苦手なんです。締め切りが1ヶ月先だろうが、目の前にあると全部同じ比重で「重荷」に感じてしまう。だから、全部早く終わらせて「ゼロ」にしたいんです。
もちろん「先延ばし」のメリットを説く研究もあります。創造性が必要な課題に関しては、あえて少し先延ばしにすることで、無意識のうちにアイデアが醸成されるというデータもあります。
ただ、僕の場合は、あえて先延ばしにするメリットよりも、早く終わらせて「心の余白」を確保するメリットの方が大きいと感じています。20年近くこの仕事を続けていれば、日々の業務を効率化するスキルは嫌でも身につきます。そのおかげで、今の僕は割と時間が空くようになりました。
「暇」を作ることは、若手の成長に繋がる
実は去年、僕は今の倍以上の仕事を抱えていました。それでもどんどんこなしていたのですが、ある時管理職から言われたんです。「JUN、そろそろ君の持っている仕事を若手に引き継いでいく時期だぞ」と。
いつまでも僕が先頭に立って全ての仕事を回していたら、後輩たちが経験を積む機会を奪ってしまうことになります。だから今は、あえて自分は手を出さず、任せるという立場を意識しています。気づいたことがあってもあえて口出しせずに相手のペースに任せ、困った時だけ手を貸す。
そんな「ちょっと偉そうな立場(笑)」になったことで、物理的にも精神的にも、さらに大きな「余白」が生まれました。僕は常々、「人生にも仕事にも余白を持つことが大切だ」と発信していますから、今の状態にはすごく満足しています。
でも、ここで大きな問題にぶつかるんです。 「人間って、暇ですってストレートに言いにくくないですか?」
周りが忙しそうに働いている中で「暇だな」なんて呟こうものなら、「遊んでいるのか!」と思われてしまうのではないか。そんな恐怖心が拭えません。僕自身は、「暇な人」を「時間をコントロールできているすごい人」だと解釈しますが、世の中の全ての人がそう思うとは限りません。「不謹慎だ」と感じる人もいるでしょう。だからこそ、なかなか「暇だ」と口に出せないんです。
仕事を頼むなら「暇な人」が正解な理由
僕個人の意見としては、何か仕事をお願いするなら、絶対に「暇そうにしている人」にお願いするのが正解だと思っています。
なぜなら、その人はみんなと同じ、あるいはそれ以上の業務量をこなしながらも、時間を生み出せているということだから。仕事が早い、あるいは仕組み化が上手い証拠です。その人に任せた方が、返ってくるスピードも質も高いはずなんです。
でも、それを自分に置き換えると、また別の悩みが出てきます。 「暇だよ」と正直に答えてしまうと、やりたくもない面倒な雑用を押し付けられるリスクがあるんじゃないか、という懸念です。
一方で、その誘いの中には、僕が心からやりたいと思えるような「面白い仕事」が転がっている可能性もあります。「暇だよ」と答えた先に待っているのは、エキサイティングなチャンスか、あるいはただの仕事の押し付けか。どっちなんだい!と(笑)。
「暇ならやれよ」という無言の圧力に負けてしまいそうだからこそ、「暇?」と聞かれた時、僕はいつも「あ、ええ、まあ……」といった、非常に歯切れの悪いリアクションをしてしまうんです。
「忙しい?」への最適解と、新しい誘い方の提案
返答する側に正解を見つけるのは難しいかもしれません。でも、一つ提案したいのは「仕事を振る側の聞き方」です。
もし皆さんが、周りの仕事ができる人に何かをお願いしたい時は、ぜひ「今、暇?」ではなく、こう聞いてみてください。
「ちょっと面白い仕事があるんだけど、JUNさん一緒にやらない?」
これです。これなら、言われた側もワクワクしますし、「暇だからやる」のではなく「面白そうだから引き受ける」というポジティブな選択ができます。ストレートに「暇」と言うことへの罪悪感を、聞き方が消してくれるんです。
僕たちが「暇」であることに罪悪感を抱くのは、もしかしたら「忙しく働いている人こそが美徳だ」という古い価値観が刷り込まれているからかもしれません。でも、これからの時代、本当に価値を生み出すのは、余裕を持って全体を俯瞰し、創造的なことにリソースを割ける人だと思うんです。
ぜひぜひ、心の余白を保つことで、新たなチャレンジを取り入れ、自分の可能性を磨いていきましょう。
【お知らせ】
さて、本日の授業はここまでですが、最後にお知らせを2つさせてください。
1つ目は、PC Booksより出版されている「『孤独という才能』」についてです。この本は300円で、忙しい隙間時間でもすっきり読み切れるボリュームになっています。今日お話しした「余白」の価値や、自分自身と向き合う時間の重要性について、より深く掘り下げています。ぜひ手に取ってみてください。
2つ目は、僕が無償で運営している「地域の居場所」についてです。なぜ無償で運営できているかというと、この活動に賛同してくださる企業さんからの広告費や、noteのメンバーシップの費用を充てているからです。この「居場所」を維持し、子供たちがいつでも安心して集まれる場所を守るために、ぜひメンバーシップの一員になって応援していただけると嬉しいです。
皆様の応援が、僕の活動の大きな支えになっています。 それでは、また次の授業でお会いしましょう。
じゃあね!
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