2026-05-29

口だけ桃太郎

むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。

おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行く――予定でした。

今日は山じゅうの芝を刈りつくしてやるわい。わしの鎌さばきを見たら、山の神も腰を抜かすじゃろう」

おじいさんは朝からそう言って、腰に鎌をさしました。

しか山道に入って三歩目で、切り株に腰を下ろしました。

「まあ、戦略的休憩じゃな。いきなり刈るのは素人。まず山にこちらの本気を見せつける」

そのまま昼寝をしました。

一方、おばあさんは川へ向かいながら言いました。

今日は村じゅうの洗濯物を白雲のように洗い上げてみせますよ。川の水も、わたし手際に感動して逆流するかもしれませんねえ」

ところが川べりに着くと、洗濯板を出す前に腰を伸ばしました。

「あらまあ、川が流れている。これは洗濯物も自然にきれいになる予感がしますねえ」

そう言って、洗濯物を川に浮かべました。

洗濯物はすぐ流れていきました。

「……流れるような仕事ぶり、というやつですねえ」

おばあさんが自分に言い聞かせていると、川上から大きな桃が、どんぶらこ、どんぶらこ、と流れてきました。

「まあ、大きな桃。これは持ち帰って、村じゅうに自慢できますねえ。わたしほどになると、洗濯に来ただけで桃が寄ってくるんですよ」

おばあさんは桃をつかもうとしました。

一度目、すべりました。

二度目、腰をひねりました。

三度目、桃のほうから浅瀬に引っかかりました。

「ほほほ。見事な誘導作戦

おばあさんは胸を張って桃を持ち帰りました。

家では、おじいさんが先に戻っていました。手ぶらでした。

「山の芝はどうしました?」

今日はあえて刈らなんだ。山も命あるもの。わしほどの男になると、刈らずして勝つ」

「なるほど、では夕飯も食べずして満腹になってくださいな」

「それは話が別じゃ」

おばあさんが桃を見せると、おじいさんは目を丸くしました。

「こりゃ大きい。わしが割れば、中から金銀財宝でも出るじゃろう。なにせわしの包丁さばきは村一番」

おじいさんは包丁を握りました。

そして桃の前で、じっとしました。

「どうしました?」

「いや、こういう大物は切る角度が大事でな」

「早くしてくださいな」

「急かすでない。桃との対話中じゃ」

そのとき、桃がぱかりと勝手割れました。

から、元気な男の赤ん坊が飛び出しました。

「おぎゃあ!」

おじいさんは包丁を落とし、おばあさんは尻もちをつきました。

赤ん坊は泣きながら、すでにどこか偉そうでした。

「おぎゃあ! おぎゃあ! 将来、鬼を退治する! おぎゃあ!」

おじいさんとおばあさんは顔を見合わせました。

「生まれてすぐ大言壮語とは、将来有望じゃ」

「この子は桃からまれたから、桃太郎と名づけましょう」

こうして桃太郎は、すくすく育ちました。

ただし、口ばかりが。

桃太郎は小さいころから、何かにつけて大きなことを言いました。

「おじいさん、この薪割り、ぼくに任せてください。一振りで山を二つにしてみせます

そう言って斧を持ちましたが、重くて持ち上がらず、足の上に落としそうになりました。

今日は薪を油断させただけです」

「おばあさん、畑仕事はぼくがやります。一日で米も麦も瓜も大根も収穫して、ついでに村おこしまでしてみせます

しかし畑に出ると、土の上に座って言いました。

「まずは土と信頼関係を築くところからです」

昼には帰ってきました。

そんな桃太郎が十五になったころ、村に恐ろしい知らせが届きました。

鬼ヶ島の鬼たちが、村々を襲い、宝を奪い、乱暴を働いているというのです。

村人たちは震え上がりました。

すると桃太郎は、待ってましたとばかりに立ち上がりました。

「ついに来たか

おじいさんが言いました。

「何がじゃ?」

「ぼくの時代です」

桃太郎は腕を組み、家の柱にもたれました。

鬼ヶ島など、ぼくが行けば一瞬です。鬼どもはぼくの名前を聞いただけで泣いて謝るでしょう。いや、謝る前に反省文を書き始めるかもしれません」

おばあさんは心配しました。

「でも桃太郎や、本当に行けるのですか?」

「もちろんです。鬼退治とは、つまり気迫です。剣など飾り。大事なのは存在感です」

「では、刀はいらないのですね?」

「いえ、見た目のために必要です」

「鎧は?」

説得力のために必要です」

きびだんごは?」

士気のために必要です。多めに」

おばあさんはきびだんご作りました

桃太郎は腰に刀を差し、袋いっぱいのきびだんごを持ち、家の前で堂々と宣言しました。

「では行ってきます鬼ヶ島更地にして、明日の朝には帰ります

おじいさんが言いました。

「道はわかるのか?」

桃太郎は少し黙りました。

「……鬼の気配をたどります

地図を持っていきなさい」

地図も気配の一種ですからね」

桃太郎地図を受け取り、村を出ました。

しばらく行くと、犬が現れました。

桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけたきびだんごを一つくださいな。おともしまから

犬はそう言って胸を張りました。

「お前、戦えるのか?」

「もちろんです。鬼など、わんと吠えれば震え上がりますわたしの吠え声は山三つ向こうまで届き、鳥は落ち、魚は浮き、敵は履歴書を書き直します」

「よし、頼もしい」

桃太郎きびだんごを一つ渡しました。

犬は食べました。

「では、まず吠えてみろ」

「今は喉を温存します」

「なるほど、戦略的だ」

二人は進みました。

次に猿が現れました。

桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけたきびだんごを一つくださいな。おともしまから

桃太郎はたずねました。

「お前は何ができる?」

猿は尻尾をぴんと立てました。

「木登り、偵察、奇襲、変装心理戦、全部できます鬼ヶ島城壁など、わたしがひょいと登って、内側から門を開け、ついでに鬼の台所味噌汁の味も直してみせます

桃太郎は感心しました。

「すごいな。ではあの木に登ってみろ」

猿は木を見上げました。

今日風向きが悪い」

「風は吹いてないぞ」

「だからこそ悪い。無風は猿にとって逆風です」

「深いな」

桃太郎きびだんごを渡しました。

さらに進むと、雉が飛んできました。

桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけたきびだんごを一つくださいな。おともしまから

桃太郎は言いました。

「お前は空から攻められるのか?」

雉は翼を大きく広げました。

「もちろん。わたしがひとたび舞い上がれば、太陽は目を細め、雲は道をあけ、鬼どもは上を見るだけで首を痛めます空中戦なら任せなさい」

「では、少し飛んでみろ」

雉は地面をつつきました。

「今は腹ごしらえの時間です」

「食べたら飛べるのか?」

「満腹だと重いので飛びません」

「では空腹なら?」

「力が出ないので飛びません」

桃太郎はうなずきました。

「繊細な戦士だ」

こうして、桃太郎、犬、猿、雉の一行は鬼ヶ島へ向かいました。

道中、四人は作戦会議しました。

桃太郎が言いました。

「まずぼくが正面から名乗る。鬼たちは恐怖で動けなくなる」

犬が言いました。

「その瞬間、わたし伝説の咆哮を放つ」

猿が言いました。

わたしはその混乱に乗じて、華麗に城壁へ」

雉が言いました。

わたしは空から鬼の目をくらまます

四人は顔を見合わせ、満足しました。

「勝ったな」

「勝ちましたね」

「もう帰ってもいいのでは?」

「いや、宝を持って帰るまでが鬼退治です」

やがて海辺に着きました。

鬼ヶ島は、はるか沖に見えます

桃太郎は波打ち際に立ち、腕を組みました。

「ふむ。思ったより海だな」

犬が言いました。

わたし、泳ぎは得意です。川なら」

猿が言いました。

わたし、船を作れます材料と道具と職人がいれば」

雉が言いました。

わたし、飛べます気持ちの上では」

桃太郎地図を広げました。

鬼ヶ島へは船で渡る、と書いてある」

犬が胸を張りました。

「船など、わたしが吠えれば向こうからます

犬は海に向かって吠えました。

「わん」

波の音に消えました。

「今のは小手調べです」

桃太郎は近くの浜に古い小舟を見つけました。

「よし、これで行こう」

四人は小舟に乗りました。

桃太郎が櫂を持ちました。

「ぼくの一漕ぎで島まで一直線だ」

ざぶん。

小舟はその場でくるりと回りました。

犬が言いました。

「敵を惑わす回転航法ですね」

猿が言いました。

「さすがです」

雉が言いました。

「少し酔いました」

何度か回転したのち、偶然潮に乗り、小舟は鬼ヶ島へ流れていきました。

「見ろ、ぼくの航海術だ」

桃太郎は青い顔で言いました。

鬼ヶ島に着くと、そこには大きな門がありました。

門の向こうから、鬼たちの笑い声が聞こえます

桃太郎は刀を抜こうとしました。

抜けませんでした。

鞘に引っかかっていました。

「これは封印されし刃だ」

犬が前に出ました。

「ここはわたしの出番ですね」

犬は門の前で大きく息を吸いました。

「わ……」

門がぎいっと開きました。

赤鬼が顔を出しました。

「なんだ、お前ら」

犬は桃太郎の後ろに隠れました。

「今のは威圧のための沈黙です」

猿が叫びました。

「ならばわたし城壁へ!」

猿は近くの岩に飛び乗ろうとして、つるりと滑りました。

「地面が卑怯です」

雉が羽ばたきました。

「空から援護します!」

ぱたぱたぱた、と三十センチ浮きました。

すぐ降りました。

「高度を見せすぎると敵に研究されるので」

赤鬼首をかしげました。

「お前ら、何しに来た」

桃太郎は胸を張りました。

「鬼どもよ、聞け! ぼくは桃からまれ桃太郎! お前たちを退治し、宝を取り返し、村へ凱旋する者だ!」

鬼たちは門の中からぞろぞろ出てきました。

青鬼が言いました。

「で、どう退治するんだ?」

桃太郎は一歩前に出ました。

「まず、心を折る」

「どうやって?」

言葉で」

「やってみろ」

桃太郎は深く息を吸いました。

「お前たちは、悪い!」

鬼たちは黙りました。

赤鬼が言いました。

「それだけ?」

「まだある。人のものを取るのは、よくない!」

青鬼が腕を組みました。

「まあ、それはそうだな」

桃太郎は勢いづきました。

「つまり、返せ!」

鬼たちは顔を見合わせました。

「返せと言われてもなあ」

そこへ、ひときわ大きな鬼の親分が現れました。

「なんだなんだ。騒がしい」

桃太郎親分を指さしました。

「出たな親玉。ぼくの名を聞いて震え上がるがいい」

親分桃太郎をじっと見ました。

桃太郎?」

「そうだ」

「聞いたことないな」

桃太郎は少し傷つきました。

犬が小声で言いました。

情報戦で負けましたね」

猿が小声で言いました。

名前を売るところからですね」

雉が小声で言いました。

広報不足です」

桃太郎は咳払いしました。

「ならば今ここで覚えろ。ぼくは鬼を退治する男だ」

親分はにやりと笑いました。

「では勝負だ。力比べ、知恵比べ、早食い、なんでもいいぞ」

桃太郎は即答しました。

「話し合いで」

鬼たちは笑いました。

「退治しに来たのに?」

現代解決だ」

親分面白がって言いました。

「なら、お前らの強さを見せてみろ。犬、吠えろ」

犬は胸を張りました。

わたしの本気の咆哮は島を沈めかねないので控えます

「猿、登れ」

猿は腕を組みました。

「登るべき木が低すぎますわたしにふさわしい木ではありません」

「雉、飛べ」

雉は目を閉じました。

「心はもう飛んでいます

鬼たちは腹を抱えて笑いました。

桃太郎は顔を赤くしました。

「笑うな! 彼らは本気を出していないだけだ」

親分が言いました。

「じゃあ、お前が本気を出せ」

桃太郎は刀を握りました。

まだ抜けません。

「この刀は、抜かずに勝つための刀だ」

「便利だな」

「ぼくの本当の武器は、この口だ!」

桃太郎は高らかに宣言しました。

「鬼どもよ! 今すぐ改心しなければ、ぼくはたいへんなことをする!」

親分が言いました。

「たいへんなこととは?」

桃太郎は詰まりました。

「……たいへん、怒る」

鬼たちはまた笑いました。

その笑い声があまりに大きく、島の鳥たちが飛び立ちました。雉はそれを見て言いました。

「あれがわたしの空中援護です」

猿は笑われすぎて悔しくなり、門に体当たりしました。

門はびくともしませんでした。

「門のほうが反則です」

犬は勇気を出して鬼のすねに噛みつこうとしました。

しかし直前で止まりました。

「衛生面が気になります

桃太郎最後の手段として、きびだんごの袋を掲げました。

「これを見ろ! 日本一きびだんごだ!」

鬼たちの目が光りました。

「食わせろ」

「いや、これは仲間になる者にしかやらない」

親分は言いました。

「じゃあ仲間になる」

「えっ」

「俺たち全員、お前の仲間になる。だからきびだんごをくれ」

桃太郎は困りました。

鬼は百匹ほどいました。

きびだんごは残り三つでした。

「人数が多いな」

「鬼退治より簡単だろう?」

桃太郎は犬、猿、雉を見ました。

犬は言いました。

「分配の問題ですね」

猿は言いました。

「これは政治です」

雉は言いました。

わたしはもう一つ食べたいです」

鬼たちはじりじり近づきました。

桃太郎叫びました。

撤退!」

四人は走りました。

いや、走ろうとしました。

犬は最初だけ速く走り、すぐ息切れしました。

猿は岩につまずきました。

雉は低空でばたついて桃太郎の頭にぶつかりました。

桃太郎は袋を抱えたまま転び、きびだんごが浜辺にころころ転がりました。

鬼たちはそれを拾い、もぐもぐ食べました。

うまいな」

「悪くない」

「もう少し柔らかいといい」

桃太郎は砂だらけになって叫びました。

「覚えていろ! 今日は下見だ!」

親分が手を振りました。

「また来いよ。次は多めに持ってこい」

「次はない!」

「どっちだ」

四人は小舟に飛び乗りました。

桃太郎が櫂を漕ぎました。

またその場で回りました。

鬼たちは浜辺で大笑いしました。

「潮に乗れ! 潮に!」

やがて小舟は再び偶然潮に乗り、村へ戻っていきました。

帰り道、四人は黙っていました。

しばらくして犬が言いました。

「まあ、鬼の実力を測れましたね」

猿が言いました。

作戦上、今回は負けたふりです」

雉が言いました。

「空から見ると、勝ちに近い負けでした」

桃太郎はうなずきました。

「そうだ。これは敗北ではない。壮大な前振りだ」

村に戻ると、おじいさんとおばあさんが待っていました。

桃太郎や、鬼は退治できたのかい?」

桃太郎は胸を張りました。

鬼ヶ島を震え上がらせてきました」

犬が言いました。

「笑いで」

猿が言いました。

ある意味、島中を揺らしました」

雉が言いました。

「鳥も飛びました」

おじいさんは感心したように言いました。

「では宝は?」

桃太郎は空の袋を差ししました。

「宝より大事ものを持ち帰りました」

おばあさんが言いました。

「何ですか?」

経験です」

おじいさんはしばらく黙り、やがて言いました。

「わしも今日、山で同じものを得た」

おばあさんも言いました。

わたしも川で得ましたねえ」

その夜、桃太郎一行は囲炉裏を囲み、今後の計画を語り合いました。

桃太郎は言いました。

「次こそ鬼を退治する。そのために、まず剣術を学ぶ」

犬が言いました。

わたしは吠える練習します」

猿が言いました。

わたしは木に登る筋力をつけます」

雉が言いました。

わたしは飛ぶ方向で検討します」

おじいさんが言いました。

「わしは明日こそ芝を刈る」

おばあさんが言いました。

わたし明日こそ洗濯物を流さず洗う」

みんな大きくうなずきました。

翌朝。

おじいさんは山へ行く前に言いました。

今日は本当に刈るぞ」

おばあさんは川へ行く前に言いました。

今日は本当に洗いますよ」

桃太郎は刀を見て言いました。

今日は本当に抜く」

犬は小声で言いました。

今日は本当に吠える予定です」

猿は木の下で言いました。

今日は本当に登る気持ちがあります

雉は羽を広げて言いました。

今日は本当に飛ぶ可能性があります

そして全員、まず休憩しました。

村人たちはその様子を見て、ため息をつきました。

「あの家は、口だけは日本一だな」

こうして桃太郎は、鬼を退治することも、宝を持ち帰ることもありませんでした。

しかし彼の話は村じゅうに広まりました。

鬼ヶ島に行って、鬼を倒さず、きびだんごを取られ、笑われて帰ってきた男。

その名も、口だけ桃太郎

そして不思議なことに、それ以来、鬼たちは村を襲わなくなりました。

なぜなら、鬼の親分が言ったからです。

あいつら、また来たら面倒くさい。話が長いし、だんごは少ないし」

村は平和になりました。

桃太郎は胸を張りました。

「ほら見ろ。ぼくの作戦どおりだ」

犬も、猿も、雉も、おじいさんも、おばあさんも、全員うなずきました。

「さすがです」

計算どおりですね」

「やはり口の力は偉大です」

こうして、口だけ桃太郎末永く語り継がれました。

ただし、鬼退治の英雄としてではなく、

「やるやると言って、だいたいやらない人のたとえ」

として。

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