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「とりあえずAI」が仕事を増やす:Work Slopという現場のSOSと、文脈を紡ぐオフィスの力

「これどう思う?」かつて上司や同僚に向けられていた言葉が、AIに向けられる。資料作成からアイデア出しまで、今やAIが一番身近な同僚になりつつあります。多くの企業が「生産性向上」の旗印のもと、AIへの投資を加速させており、マッキンゼーの最新調査によれば、92%の企業が「今後3年間でAI投資を増加させる」と息巻いています。

しかし、私たちの仕事は本当に楽になったのでしょうか。コンサルティングファームEYの大規模調査によると、世界のワーカーの約64%が「過去12か月の間に仕事量が増えた」と回答し、かつてないほどの忙しさを感じています。さらにFortune誌によれば、企業は生成AIに数兆円規模の投資を行っているにもかかわらず、95%もの企業が「公式なAI投資によるROI(投資対効果)はほぼゼロ」と報告しています。
業務効率化の切り札であったはずのAIが、なぜこれほどまでに私たちの仕事時間を奪っているのでしょうか。現代の職場を蝕む「Work slop」と「Shadow AI」の実態から、AI時代に失われた「文脈」の重要性と、私たちが向き合うべき本当の課題を探ります。

現場を襲う無言のプレッシャーとWork Slopの蔓延

期待された効果が出ない背景には、現場のワーカーがこなすべきタスクの総量がかえって増加している実態があります。「AIを使えるのだから、短時間で終わるだろう」という暗黙のプレッシャーが職場に蔓延し、求められるスピードやタスク量の基準が無意識のうちに引き上げられているのです。
時間に追われたワーカーは思考プロセスを省き、「とりあえずAIに任せる」という行動に走ります。結果として、以下のような問題が現場で多発しています。

  • Work slop(ワークスロップ)の蔓延: 一見体裁は整っているものの、実質的な中身や文脈が欠如したAIによるアウトプットを指します。AIがどのようにタスクを遂行したか把握しないまま出力されるため、受け取った側が文脈を推測してやり直す必要が発生し、チーム全体の生産性を著しく低下させます。CNBCの調査では、米国ワーカーの約40%が過去1か月間にこのWork slopを受け取ったと指摘されています。

  • Hallucination(ハルシネーション)による深刻なトラブル: 業務理解が不十分なままAIに丸投げすることで、社外トラブルにも発展します。昨年11月、大手コンサルティングファームDeloitteのオーストラリア法人が作成した政府向けレポート(約44万ドル)で、架空の裁判事例や人物が参照されるハルシネーション*が発覚し、謝罪と返金に至る事態となりました。*生成AIが事実に基づかない情報をあたかも根拠があるかのように出力する現象

世界中の職場におけるこのような質の低い/誤った成果物のひろがりは、2025年下期以降、Work Slopという言葉とともに多くのメディアでも注目されてきました。こうした現象における最大の課題は、ワーカー自身が「AIが自分の業務を、どこからどこまで、どのようにやっているか」を把握できていない点にあります。

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組織の死角で増殖する「Shadow AI」というジレンマ

さらに、投資効果が表れないAIの導入、組織のガバナンスや人員体制にも深刻な影響を及ぼしています。最大の懸念は、従業員が非公式のAIツールを業務で利用する「Shadow AI(シャドウAI)」の蔓延です。これは、企業が公式に利用を承認しているAIツールとは異なる、従業員が独自で契約した非公式のAIを業務に用いることを指し、企業がコントロールできない領域にまで広がっています。
MIT調査によると、複雑な承認プロセスや機能制限を避けるため、従業員は自身の業務ニーズに合った非公式ツールを日常的に駆使しているといいます。皮肉なことに、ROIがゼロに近い公式AIよりも、従業員が個人的に利用するShadow AIの方が現場のニーズに合致し、高い成果を上げているのが実態です。
一方で、機密データの流出やサイバー攻撃の標的になるリスクは計り知れません。結果として、企業はセキュリティやコンプライアンスの強化、ルール策定など、さらなる対策に追われることになっているのです。

仕事の「境界線」が消えた職場に起きている3つの構造問題

これらの問題の本質は、「AIの精度がまだ低いこと」でも、「従業員の使い方が悪いこと」でもありません。AIが逆に仕事を膨らませている背景には、「企業もワーカーも、自分たちの仕事自体を定義できていない」という構造的な問題があります。職務もタスクも曖昧なまま、「とりあえずAIで効率化したい」という期待だけが先行した結果、もともと曖昧だった仕事の定義がさらにぼやけ、AIに委ねる範囲すら不明瞭となり、線引きが誰にも見えなくなっているのです。
この背景には、現代のビジネス特有の3つの構造が絡み合っています。そして、Work slopやShadow AIという現象は、その構造的な難しさを映し出しているように思います。

①流動的すぎる仕事の本質

まず、現代の知識労働は、きわめて「流動的で文脈依存的」です。例えば、稟議書や企画書を上申する際に、同じ役員向けであっても「誰向けか(=何を重視する人か)」によって、内容のトーンや伝え方が変わってきます。また、ミーティングも、オンラインか対面かに応じて進め方が変わったり、参加者の表情や反応を見ながら方向の微調整をしていきます。しかし、AIが得意とするのは、「定型的な処理」です。状況対応や関係に応じた微調整と、AIの均質で定型的な出力のギャップを埋めきれないままアウトプットを急ぐことで、中身のないWork slopが生み出されてしまうのです。

②成果物至上主義の罠

「アウトプットの量やスピード」で従業員が評価される風潮が企業に残っていることも、問題の一つに挙げられます。非公式なShadow AIを使って素早く資料を量産すれば、評価につながりやすいというインセンティブが働きます。その結果、「この業務を通じて何を実現したいのか(目的)」を思考する時間は軽んじられ、本来の目的より「成果物をいかにして出すか」が仕事の本質へとひそかに変容し、業務そのものが定義しきれないまま、Work slopを生み出す悪循環が生まれているのかもしれません。

③日本的な暗黙の分担

さらに、業務の定義を難しくしているのは、暗黙の了解の中で分担が行われるチーム文化です。特に日本においては、欧州のように個人に職務定義書が明確に紐づいておらず、「チームでなんとか」「空いてる人がカバーする」という曖昧な運用が、責任範囲をぼやけさせます。Shadow AIはこうした状況下におけるワーカーの「自発性・責任感」の表れでもあり、公式AIでは間に合わないときに自分でなんとかしようとする結果なのです。

Shadow AIを「ルール違反」ではなく「現場のSOS」として読み解く

こうしてみると、セキュリティやガバナンスの脅威にもなるShadow AIや、Work slopの蔓延は、単なるルール違反や怠慢ではありません。それは、曖昧な仕事の定義と最新のテクノロジーの間に挟まれた、現場の静かなSOSであり、こうした変化に適応しようとした必死の模索の結果とも捉えられます。
そして、企業は今、これらの現象を「取り締まるべき対象」としてのみ扱うのではなく、組織の仕事を再度定義するための材料としても活用できるのではないでしょうか。
例えば、Shadow AIが使われている現象を、「現場がどの工程を手放したがっているのか」「公式AIによる業務プロセスとの差異がどこに生じているのか」「なぜその非公式ツールを使っているのか」などと、丁寧にひも解いていき、そこに潜むニーズを拾い上げる。細かい粒度で仕事を定義していくことで、AIの適切な活用方針や、本来必要な「文脈に応じた微調整」を無理なく実現できるかもしれません。それこそが、AI投資の絶望的なROIから抜け出す鍵となるでしょう。

オフィスを「文脈をつなぐ装置」として再定義する

さらに、ここまで見てきたように、Work slopやShadow AIは、デジタルツールの問題であると同時に、「仕事の目的や文脈をすり合わせる対話」が減ってきていることの表れでもあります。冒頭で述べた通り、多くのワーカーにとって、一次相談先や頼れる相手が同僚ではなくAIになりつつあります。ブレストや資料作成、メール文面の相談までがAIに置き換わることで、「そもそもこの仕事で何を動かしたいのか」「誰にどう響かせたいのか」という目的やコンテクストを、人と人の間で言葉にする機会が失われているのです。

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この視点からは、Work slop やShadow AIというデジタルな問題を物理空間であるオフィスの力で打開することができる可能性が見えてきます。例えばオフィスを、「この仕事でどんな人の何の迷いを解消したいのか」等といった、業務フレームから少し外れた会話をする場所として再定義してみる。非公式な立ち話や短い打ち合わせを通じて、お互いの考える前提や業務の温度感を共有しながらコンテクストをすり合わせるハブとして機能させることで、仕事の輪郭はより手触りのある、はっきりとしたものになっていくのではないでしょうか。
こうした場があれば、たとえAIがWork Slopを生み出したとしても、そのアウトプットがどんな文脈を取りこぼしているのかをチームで共有しながら修正していくこともできます。個々人がバラバラにAIと向き合うのではなく、「AIの出力を前提に、どう文脈を補うか」をチームで話し合うことで、手の施しようがなかったWork Slopにも手を入れる余地が生まれるかもしれません。
Work SlopやShadow AIを正面から解決しようとすると、厳しい規制や高度なAIを導入するといった方向に偏りがちです。しかし、物理空間としてのオフィスに「文脈を共有し目的をすり合わせる場」という機能を意図的に持たせることで、デジタルと空間の組み合わせによる解決策も見えてくるのです。日々急速に進化するデジタルな働き方に、オフィスも連動させる。泥臭い人との関わり合いの中で生まれたコンテクストを、AIを活用しながら形にしていく。この往復こそが、我々が求める現代のワークスタイルなのかもしれません。


文=久田祐里 Yuri Hisada
2025年コクヨ株式会社に入社。前職では主にエネルギー業界で小売事業やDX推進に携わり、現在はワークスタイル研究所で「働き方」に関するリサーチを行う。

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