NEW
2026年05月28日

先進国で財政健全化が進まず、くすぶり続ける財政リスクの火種

経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

文字サイズ

コロナ禍後も緩和的な先進国の財政運営

まず主要国のコロナ前後での財政状況を概観し、その上で拡張的な財政運営が経済に及ぼす影響について考察していく。
(図表1)主要国の財政赤字と政府債務残高(対GDP比)
図表1は、主要国の財政赤字と政府債務残高(いずれも対GDP比、以下同)をコロナ禍前の2019年、コロナ禍中の20年、直近の25年で比較した実績データである。財政赤字(図表1の線グラフ)は、コロナ禍前からコロナ禍中にかけて大幅に拡大した後、直近では改善している。しかし、直近の財政赤字幅をコロナ禍前の水準を下回るまで改善させている国は、図表に示した主要国では日本とスペインのみである。

政府債務残高(図表1の棒グラフ)もおおむね同じ状況である。コロナ禍前からコロナ禍にかけて大幅に悪化した後、直近では改善している国が多いが、コロナ禍前と比較すると、主要国すべてで悪化している。

25年の世界経済は、米ドナルド・トランプ大統領の関税政策に翻弄された面はあるが、世界成長率は3.4%と堅調に推移した。これはコロナ禍前の成長率(19年の3.0%)よりも高く、財政健全化を目指せる環境であったが、主要国の財政運営は緩和的だったことになる。

三つの要因が絡み合って進まない財政の健全化

三つの要因が絡み合って進まない財政の健全化

次に財政健全化が進まない要因を分けて整理したい。具体的には、(1)危機対応、(2)高金利による政府の利払い負担、(3)政治的要素の三つだ。
(図表2)日米欧の長期金利推移
(1)の危機対応は、22年のロシアによるウクライナ侵攻を起因としたエネルギー高への対応が代表例といえる。当時は、ロシア産の天然ガス依存度が高かった欧州諸国を中心に、危機対応のために財政出動を余儀なくされた。

EUでは単一市場の安定のために、加盟国に財政規律を順守させる仕組み1を定めているが、エネルギー危機時は財政ルールを一時的に停止して財政赤字を許容した。足元の中東紛争激化によるエネルギー価格上昇も、危機対応のための財政拡張圧力になっている。

(2)の高金利による政府の利払いについては、コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻を契機に発生した高インフレに対応するため、欧米の中央銀行が政策金利を大幅に引き上げたことで負担が増した。その後、インフレ低下に合わせて政策金利は引き下げられたが、長期金利は高止まりしている(図表2)。この一因として、拡張財政による国債発行の増額観測や、信用リスクによる金利上昇圧力といったリスク・プレミアムの拡大が指摘できる。

また、長期金利に遅れるかたちで政府債務の実効金利も上昇する。利払い負担の増加は直接的に財政赤字を増やすほか、実効金利が名目成長率を上回る状況になれば、プライマリーバランスが均衡していても、政府債務残高の対GDP比が増加するようになる(ドーマー条件)。日本銀行も24年から利上げを始めており、政府の利払い負担の増加が予想される。

(3)の政治的要素については、さらに意図的に財政刺激を行うケースと、何らかの制約によって健全化が進まないケースに分けられる。例えば、中国やドイツは自国の需要不足を認識しており、財政支出を増やすことで意図的に成長を下支えすることを狙っている。

加えて、トランプ政権による安全保障政策の方針転換を背景に、欧州を中心に世界的に防衛費を拡大する動きが進んでいる。北大西洋条約機構(NATO)は、加盟国の防衛関連支出の目標を35年までにGDP比5%に引き上げた2

EUは加盟国の申請に基づき、防衛費を財政ルールの例外として扱い、防衛産業強化のための融資枠を設けて防衛力強化を後押ししている。財源確保や防衛費以外の支出削減の議論も一部で浮上するが、当面はおおむね支出拡大が先行する見込みである。これらは、意図的な財政拡大といえる。

制約によって健全化が進まないケースもある。例えば、フランスでは与党の財政悪化への問題意識はあるものの、議会の分裂のために財政健全化を目指す予算は成立しなかった。

米国は主要財源とみられたトランプ関税のうち、国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく関税が違憲と判断され、歳入の不透明感が増した。一方で、トランプ大統領が公約で掲げた大型減税を含む予算「OBBBA」(One Big Beautiful Bill Act)が成立しており、財政悪化が懸念される。なお、特定の国に限らず、先進国では高齢化や少子化に伴う社会保障支出が構造的に歳出を拡大させる要因となっており、財政健全化を困難にさせている。

日本の場合、政府債務残高が大きいものの、前述のとおり他国と比較してコロナ禍以降の財政赤字(対GDP比)は改善が進んでいる。こうしたなか、「責任ある積極財政」を掲げる高市早苗政権が25年10月に発足しており、今後の財政運営の在り方が注目される。
 
1 対GDP比で債務残高60%以内、財政赤字3%以内で知られる財政ルール。
2 従来の定義の防衛費を2.0%から3.5%に引き上げ、その他の防衛関連費用を1.5%に設定した。

金融システム不安を招いたトラスショック

金融システム不安を招いたトラスショック

拡張的な財政政策は、経済にどのような影響を及ぼすのだろうか。象徴的な事例は、22年に英国で発生した「トラスショック」だろう。これは当時のリズ・トラス政権下で発生した英国債価格下落とポンド急落、株価下落のトリプル安を指す。

引き金となったのは、トラス首相(当時)が同年9月に発表した大規模な減税策を柱とする財政刺激策だ。この財政刺激策が財政の持続可能性への懸念を強め、広範な英国売りにつながり、特に英10年国債利回りの上昇は急激だった(図表2)。スパイラル的に金利が上昇するメカニズムはおおむね次のとおりである。

財政赤字の拡大は、国債需給や信用リスクの観点からリスク・プレミアムを拡大させる。加えて、需要超過(供給不足)の経済下では、インフレ加速と中銀の金融引き締め観測が高まり、さらに金利に上昇圧力が生まれる。そして、金利上昇による将来の利払い負担の増加が、さらなる財政悪化の懸念を生み、金利上昇に拍車をかける。国債を多く保有する金融機関が、金利上昇に耐えられずに国債売却を迫られれば、売りが売りを呼ぶかたちで金利が上昇し、金融システム不安に発展し得る。

トラスショックは、年金基金が保有資産の時価下落に耐えられず、国債の投げ売りを余儀なくされた典型的な事例でもある。海外投資家への依存度が高い新興国では、政府の信認低下が資本流出を招き、金利上昇に加えて通貨安や株安も引き起こすことがあるが、トラスショック時の英国も、信認低下が幅広い資産価格の下落につながった点で共通する。通貨安に見舞われると、輸入物価を上昇させるため、インフレも助長されやすい。

23年3月に発生した米シリコンバレー銀行の破綻も、保有する国債価格の下落により含み損が生じ、銀行の経営悪化懸念がSNSで急速に拡散されたことで取り付け騒ぎが発生した事例である。これは財政悪化懸念による金利上昇ではなく、金融引き締めに伴う金利上昇が引き金になったケースだが、金利上昇に金融機関が耐えられなかった点は共通する。

トラスショック発生の背景には、高インフレ下(22年10月のインフレ率は前年比11.1%)での拡張財政策だったこと以外の要因も大きく関係している。財政健全性・透明性に関するルールに対する政府の軽視、レバレッジを活用して年金債務の金利リスクに対応する年金基金が直面した評価損や追加証拠金請求、インフレと国債価格の急変に脆弱な市場構造3といった要素が重なった結果だった。
 
3 脆弱な市場構造として、恒常的な経常収支赤字と物価連動国債・超長期国債の割合の高さなどが挙げられる。

さまざまな不安要素が影を落とす各国中銀

さまざまな不安要素が影を落とす各国中銀

これらのショックには特殊事情が重なっており、他国で同様の「ショック」が起きるとは一概にはいえない。しかし、ショックが発生しなくても、財政悪化による金利上昇やインフレ加速自体が経済を弱体化させる点は認識する必要がある。

財政悪化による金利上昇は、資金調達のハードルを高めて民間投資を抑制する。信用リスクの悪化でソブリン格付けが引き下げられると、民間企業の借入れの基準となる国債利回りが上昇することに加え、追加の上乗せ金利を要求されやすくなるなど、資金調達はさらに困難となる。経済が供給不足にある状況で政府部門が労働力や資本を使い過ぎると、民間部門が利用できる資源が制約される(クラウディング・アウト)。また、インフレ加速は、実質資産残高の下落や景況感の悪化を通じて消費を減速させる。

リーマンショック以降の低インフレ期には、先進国の中銀が量的緩和を通じて国債の主要な買い手として存在感を示し、安定消化に大きく寄与していた。しかし現在、先進国中銀はバランスシートを縮小させており、需給面から金利が上昇しやすい地合いとなっている。そのため、財政悪化への懸念が経済に及ぼす副作用にはより注意が必要だろう。

加えて、米国では短期債務での調達比率が上昇しており、金利上昇が利払い負担に波及しやすくなっている点や、トランプ大統領が中銀政策への関与を強めることで独立性を脅かしている点が、財政リスクを高める要因となっている。ドルが基軸通貨であるため米国債のリスク・プレミアムの拡大は抑制されやすいが、中銀の独立性への懸念はこうした優位性を低下させる可能性がある。

ユーロ圏では金融政策が欧州中央銀行(ECB)に一元化されている。中銀が各加盟国の財政リスクに機動的に対応する余地が限られる点に留意する必要がある。

積極財政策の推進には効果と副作用の点検を

積極財政策の推進には効果と副作用の点検を

財政刺激策は、短期では総需要を増加させ、GDPを押し上げる効果が期待できる。特に、需要不足下での財政支出には一定の合理性がある。一方で、供給力や財源の裏付けを超えた財政支出は金利上昇と高インフレという弊害を生みかねず、金融システムリスクを高める要因ともなり得る。

平時の拡張的な財政運営が続けば、危機時に機動的な財政対応を行うためのバッファーも低下する。市場の競争圧力に乏しい公的部門に依存した成長が長期化すると、生産性の悪化や新陳代謝の低下をもたらし、成長力が低下していく可能性もある。中国やドイツで実施されている需要不足下の財政刺激でも、需要不足が構造的な問題であり、短期の財政刺激で解消されなければ、解決には抜本的な構造改革を行う必要があるだろう。

なお、「高圧経済論」のように、意図的に需要超過の状況を継続させることで、供給力の改善を促すことができるとする理論もある。供給力が改善すれば成長率が高まるだけでなく、結果的にインフレも抑制されやすくなる。例えば、人手不足が継続することで省力化投資が活性化するといった事象は、その代表例と考えられる。

この立場からは、需要超過状態における財政刺激策も正当化され得る。ただし、供給のボトルネックをうまく解消できなければ、金利上昇と高インフレという副作用の影響が大きくなることは認識しておく必要がある。同じ財政刺激であってもその中身、例えば将来の供給力を高める投資なのか、あるいは恒久的な給付・減税なのか──などにより財政の持続可能性に与える影響が異なる点も注意すべきである。

日本の責任ある積極財政は、高圧経済論で論じられるようなメリットに配慮しつつ、財政の持続可能性を確保しながら市場の信認を維持し、副作用を抑えることを企図した政策といえる。現在、投資家は高市政権の政策がもたらすメリットとデメリットを見極めている段階にある。足元の市場のボラティリティーの高さは、政策評価が定まっていないことを反映しているとみられる。

世界的に財政健全化に向けた動きが進まないなか、財政リスクは金融システム不安のようなショックとして顕在化することもあれば、金利上昇や高インフレによる経済の弱体化として表れることもある。足元では、中東情勢の緊迫化で財政にさらなる拡張圧力が生じている。今後、経済への影響を見極めるためには、景気下支えのメリットと、金利・物価・金融システムを通じた副作用のデメリットの双方を慎重に点検する必要がある。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2026年05月28日「基礎研レター」)

関連レポート

2026年05月28日

中東紛争激化を受けたユーロ圏のインフレ率の現状

2月末以降、中東紛争が激化しホルムズ海峡が実質的に封鎖されたため、国際的なエネルギー価...

2023年05月19日

日米欧のコロナ禍後の資金循環

欧米の部門別資金過不足を見ると、コロナ禍直後に家計部門の資金余剰、政府部門の資金不足が...

2026年05月08日

交易条件再考

エネルギー価格高騰による経済への悪影響が懸念されているが、影響はエネルギーの産出国と輸...

2025年12月24日

トランプ関税でも世界経済が強い理由

トランプ関税による世界経済の減速が懸念されたが、世界経済は足もとまで底堅い状況が続いて...

2025年01月28日

世界経済の現状と注目点-米国の一人勝ちが続くのか-

世界経済は2020年以降、コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻(以下、戦争)といった、...

経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

トピックス

【先進国で財政健全化が進まず、くすぶり続ける財政リスクの火種】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

先進国で財政健全化が進まず、くすぶり続ける財政リスクの火種のレポート Topへ