観相師 大熊光山 神業エピソード 駅で降りる人が分かる。やっと見つけて折角なので独立した記事にした。
前の投稿の最後の部分に書いたこと。
21:21から追記!あった!あったー!
「 大熊 光山 」神業エピソード!(でも…という一抹疑問も呈してるような🤔)
https://gohukurinmon.jugem.jp/?eid=6582
【人相の達人がいたら?】(季刊「五術」平成18年9月号掲載文から抜粋)
2016.09.25 Sunday
【人相の達人がいたら?】
(季刊「五術」平成18年9月号掲載文から抜粋)
佐藤六龍著
『五術』誌上で「株による金銭取得は財と言いません」と書いたところ、では次の場合はどうだ、というお手紙をいただきました。
「ある人物が自己の知識と判断によって株式の銘柄を選び、市場の動向と時期を見極め、自己の意志による株式売買の行為・行動で利益を収めた場合」の金銭はどうなるのだ! これは財ではないのか? という意です。
私には、これだけハッキリと「自己」の知識・判断・行動の結果による利の金銭 ― と言われると、「自己の行為によって稼ぎ出した財ではない」と、断言できなくなってしまいました。
たしかに昔と、株の上下売買は相当に違ってきて、財的要素(?)を備えてきてはいますが…。
このことで私は、大熊光山師が今、存命していてくれたら ― と考えるのです。光山師でなくてもよいのです。人相の達人がいてくれたらと思うのです。それは、こういうことです。
四十年前のことです。光山師が言われたことがあります。
病院・葬儀場へ行くと、そこにいる人は必ず、病相・死相やそれらに関連した人の画相が出ている人がたくさんいた、と言うのです。
また、新聞で火事の記事を見たとき、すぐその現場へ行くと、火難の相をした人(おそらく家族)がたくさんいたというのです。面白いのはその火事場で、ハッピを着て火事見舞いの受付や、火事場を取り仕切っている、請負師(町内のトビの頭)の顔には、まったく、火事の相が出ていない、ということです。
日暮里の寺町を歩くと、年忌の相の出た人にたくさん会うというのです。私も光山師と高田馬場から国鉄に乗ったことがありました。
池袋駅に着くと、そこから、乗った夫婦連れを光山師は「佐藤さん、あの二人は、日暮里で降りるよ。見ててごらん」と言ったのです。いくら画相の名人でも、行き先や下車駅がわかるはずがない、と考えて、「どうしてですか」と問うたのですが、「日暮里駅まで行ってごらん」と言ったきり、あとは何も説明してくれませんでした。日暮里駅に着くと、その夫婦連れは下車していきました。
「佐藤さん、あの夫婦には年忌の相が出ていたから、日暮里の寺へ行くとみたのだよ。いくら私だって、赤の他人の行き先はわからないよ…」と教えてくれました。
ところが、光山師の説です。兜町へ行っても証券会社へ行って、まったくそこにいるお客の人相には、散財の相も、得財の相も出ていないのだそうです。一人のお客にも、そうした相は出ていなかったというのです。株の町ですから、もうかった人、損した人はいたはずです。一人としていないのだそうです。
競馬場へ行ったときも同じだったそうです。馬券が当たって、予想屋にご祝儀を出している人の相を観ても、金の入る相は全く出ていなかったというのです。そうして大金をすってしまい、はずれ馬券で花吹雪を散らしている人の相にも、散財の相は全く出ていなかった、というのです。
つまり、火事場、火葬場には火難の相の人が、病院には、病相・死相の人が ― いるということです。
ところが、大金が乱れ飛ぶ(つまり入金・散財)株屋街、競馬場には、まったく財に関する相の出ている人はいないということです。
ただし、これは、四十年前の話です。競馬は同じでしょう。宝くじも同じでしょう。しかし株は、四十年前とでは前述のように少し違ってきています。
そこです。いま、光山師が生きていて、あるいは光山師ぐらい人相の観られる人がいて、証券会社に行ってそこの人々の顔を見たら、どうなるだろう?と考えたのです。案外、財富の人相、散財の人相の人々が出る時代になっているかもしれないからです。
私の頭では、株は財なのか、財ではないのか?は、今のところわかりません。光山師がいたら?という、はなはだ他力本願の願いです。
でも、 #大熊光山 さんという方は、何でも思った事をはっきり言い過ぎ
人の死期もクライアントである顧客の気持ちを考えず、○にます。○にます!というもんだから、折角のお金持ちスポンサーなのに上手くやれない😅
だったら、もっと庶民に役立つような「観相術」「人相占い」をやればいいでは無いか?と思っても、そこは時代もあるだろうし…性格的なものもありそういう事はやらなかったようで、晩年はちょっと寂しかったりもしたかもという声もある。
でも、佐藤六龍先生には、慕われ続けてらっしゃるようで、そんな事も無かったのかもしれない。
そういうエピソードを、また見つけたら書く。
22:02入力


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