第二十話
マスコミ嫌悪の理由
取材=渡辺周、中川七海
ページデザイン=千金良航太郎
2025年11月18日、NHKのニュース「ほっと関西」で放映された1枚の絵を見て、労働組合「関西生コン支部」(関生支部)の委員長・湯川裕司は唖然とした。
「かなり悪意がある」
この日、大阪高裁で湯川ら関生支部の5人に対する判決があった。NHKのニュースが5人の法廷画を映し出した。
NHKで放映された5人の法廷画。一番左が湯川裕司委員長=2025年11月18日、NHKのニュース番組「ほっと関西」から
NHKで放映された5人の法廷画。一番左が湯川裕司委員長=2025年11月18日、NHKのニュース番組「ほっと関西」から
しかし、一審で懲役4年の実刑判決だった湯川への恐喝容疑は逆転無罪。威力業務妨害に関しては5人に執行猶予付きの有罪が出たが、湯川らは上告し最高裁で争う。大阪高裁が、工事現場での不備などを指摘する「コンプライアンス活動」を労組活動として認めなかったからだ。
「これが、私たちを見る目なんだな」
関生支部の湯川裕司委員長=大阪市で2025年10月15日、千金良航太郎撮影
関生支部の湯川裕司委員長=大阪市で2025年10月15日、千金良航太郎撮影
関生支部が白眼視されていることは知っていたが、NHKで放映された法廷画を見て、湯川は再認識した。この絵を、携帯の待ち受け画面やアイコンに使ってやろうと思った。
社会の誤解を醸成し、強化してきたのは新聞やテレビなど「マスコミ」だ。関生支部のことを「反社会的勢力」のように報じてきた。湯川は言う。
「マスコミには嫌悪感しかない」
前回はこちら
経営側から労働組合への2億8800万
裏切った労組が立ち上げた「メディア」の正体(19)
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無罪確定でもマスコミ報道で家族が離反
マスコミの報道により、悔しい思いをした人たちが関生支部には多くいる。
副委員長の武谷新吾もその一人だ。
武谷新吾さんのインタビュー映像
2019年7月23日、読売新聞は和歌山県警に「強要未遂」と「威力業務妨害」の容疑で逮捕された武谷ら3人を、実名で報じた。
記事は和歌山県警の発表に基づいてのみ書かれている。関生支部側には取材していない。容疑について書かれた部分を引用する。
「3人は2017年8月22日、海南市の『県広域生コンクリート協同組合』事務所を支部員ら数十人と訪れ、代表理事(60)らに対し、約4時間にわたってどなりつけて謝罪を要求したり、事務所前で協同組合を中傷する演説を行ったりした疑い。同月18日に大阪市の同支部事務所で、支部員と複数の人物が生コン業界に関する話し合いでトラブルになり、容疑者3人は、複数の人物を事務所に送り込んだのが協同組合だったと思い、謝罪を求めたという」
武谷らが謝罪を要求したのは、経営者側が元暴力団員らを関生事務所に差し向けたからだ。3日後には、その元暴力団員に右翼活動家らも加わって、武谷の自宅前で「利権暴力集団の武谷はこの地区から追い出さねばならない」と街宣活動を行った。ビラも撒いた。
元暴力団員らが逮捕されるなら理解できるが、関生支部の組合員たちが逮捕されるのは理不尽だ。実際、大阪高裁は武谷ら全員に無罪判決を出した。検察は上告せず、判決は確定している。
だが和歌山県警が武谷らを逮捕し、マスコミが警察発表に依拠して報道したことによって、元暴力団員や右翼活動家らの誹謗中傷に「お墨付き」を与えてしまった。
中学生の息子は学校でいじめられ、学校に行けなくなった。釈放された後、妻から電話がかかってきた。
「子どもの状態があるし、周りの目もあるから家に帰って来るのはやめてほしい」
「機密情報」?
小見薫さんのインタビュー
関生支部組合員の小見薫は2011年に大阪府警に2回逮捕され、産経新聞と読売新聞に実名で報じられた。
「社内情報窃盗容疑で関生支部組合員の女逮捕」(産経新聞・2月4日付)
「関生支部の組合員 社内情報窃盗容疑 大阪府警、2人逮捕」(産経新聞・4月13日付)
「盗んだ取引先一覧譲り受け街宣活動 容疑で2人逮捕」(読売新聞・4月13日付)
いずれの記事も、警察発表に基づいてのみ書かれている。
産経新聞は「賃上げなどをめぐる労使交渉を優位に進めるため勤務先の機密情報を持ち出した」、読売新聞は「勤務先から取引先一覧表をパソコンで印刷して盗み出し」などと報じている。
だが小見は言う。
「事務員としてその会社に勤め、関生支部の組合員としては経営側と団体交渉をしていました。給料が組合員と非組合員で違うのかを確かめたかったんですが、ある日、給料が分かる資料が、社内パソコン内の削除ボックスに捨ててあるのを見つけました。それを印刷し持ち帰ったところ、逮捕されたんです」
削除ボックスに捨てられた給料が分かる資料を、印刷して持ち帰って逮捕されることは、常識的には考えられない。「機密情報」だとか「盗んだ」とか産経と読売は報じているが、警察の「提灯持ち」になっているだけだ。関生支部を標的にした弾圧の一環で、小見が逮捕されたことが分かる。
小見には3人の息子がいる。離婚して母子家庭だったが、刑事や検事からの取り調べで「労働組合活動をしていたら、子どもたちが大変な思いをする」という趣旨のことを言われた。
小見は息子たちに「父親の籍に入ったら」と勧めた。自分が逮捕され、犯罪者のように報道されたことで子どもたちの将来に影響するのを危惧したからだ。だが長男は言った。
「お母さんがそういうふうに考えてくれてるっていうことが分かれば、もうそれでいい。僕たちは何も言わないから」
「何が何でも犯人に仕立て上げるのが怖い」
坂田冬樹さんのインタビュー映像
関生支部顧問の坂田冬樹は、2011年5月のことを苦々しく思い出す。
5月1日のメーデーに、読売テレビのインタビューを受けた。メーデーとは国際的な、労働者の権利を訴える日のことだ。坂田は大阪市内であったメーデーのイベントに参加していた。
2011年5月、坂田冬樹さんたち組合員の逮捕について、読売テレビが放送した番組の一部
2011年5月、坂田冬樹さんたち組合員の逮捕について、読売テレビが放送した番組の一部
坂田はインタビューで言った。
「人間らしく働いていける職場環境がないわけやから、それを作るために我々は一生懸命闘っている。そういうことを理由に権力弾圧というか、いろんないわれのない汚名を着せられ、逮捕されていくことに対しては徹底的に闘っていくしかないのかなと思っています」
その10日後、坂田の自宅に家宅捜索が入った。坂田ら関生支部の組合員は、生コン製造販売会社への抗議を行なっていただけだが、「威力業務妨害」の容疑がかけられた。関生支部の事務所にいた坂田が自宅に電話すると、娘が「テレビ局も来てるで」と言う。
駆けつけると、メーデーで坂田の取材をした記者がいる。家宅捜索の後、坂田は逮捕された。読売テレビは坂田が近く逮捕されると知っていて、事前にインタビューを収録したのだろう。
関生支部組合員の逮捕を伝える読売テレビのニュースでは、「坂田冬樹容疑者」という字幕と共に、坂田のメーデーでのインタビューが放映された。
坂田が当時を振り返って言う。
「権力と資本とマスコミが一体化してね、何が何でも犯人に仕立て上げようというのが怖い」
捜査情報のリークで待ち構えるマスコミ
関生支部についてのマスコミ報道の特徴は、警察との一体性にある。警察が関生支部の事務所や組合員の自宅に家宅捜索に入る時、すでにマスコミ各社が待ち構えている。警察から捜査情報をリークされているのだ。
2018年8月9日、警察が大阪市内の関西生コン支部を家宅捜索する際、現場で待ち構えていたマスコミの記者やカメラマン
2018年8月9日、警察が大阪市内の関西生コン支部を家宅捜索する際、現場で待ち構えていたマスコミの記者やカメラマン
産経新聞はその傾向が顕著だ。例えば以下のように、逮捕される前に警察への取材で「逮捕へ」と報じる。関生支部側の言い分は載せていない。一部抜粋する
関生支部幹部、再逮捕へ 滋賀県警 工事妨害疑い(2019年8月20日付)
生コン業界の労働者でつくる「全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部(関生支部)をめぐる一連の事件で、すでに逮捕・起訴されている同支部副執行委員長、湯川裕司被告(46)=恐喝未遂罪などで公判中=について、滋賀県警が威力業務妨害の疑いで、20日にも再逮捕する方針を固めたことが19日、捜査関係者への取材で分かった。
関生支部16人逮捕へ 恐喝未遂容疑 嫌がらせ「実行部隊」(2019年2月5日付)
準大手ゼネコンが滋賀県東近江市で進めていた倉庫建設工事をめぐり、全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部(関生支部)の幹部らが、提携する協同組合の加盟企業と供給契約を結ぶようゼネコン側を脅したとされる事件で、滋賀県警が、恐喝未遂容疑で同支部の組合員ら16人の逮捕状を請求したことが4日、捜査関係者への取材でわかった。16人は現場で嫌がらせ行為を行っていた「実行部隊」とみられる。
産経新聞は警察だけではなく、生コン会社の経営者でつくる「大阪広域生コンクリート協同組合」(大阪広域協)との関係も極めて近い。大阪広域協は関生支部と対立する中で、2018年から始まった弾圧を警察と共に仕掛けた。
Tansaが入手した大阪広域協の理事会議事録によると、2022年8月23日に開かれた理事会に、産経新聞の記者が出席している。
「冒頭、木村議長(大阪広域協の木村貴洋理事長)より、『大阪広域NEWS』新聞を発行する為、本日産経新聞社の記者が取材に訪れている旨説明があった。これは今月の理事会の内容と今後の広域協組の政策、方針を組合員の全従業員に示す為に発行させる」
大阪広域協が発行する『大阪広域NEWS』を、産経新聞の記者が執筆したということなのか。そうだとすれば産経新聞は大阪広域協から報酬を受け取っていたのか。
Tansaが産経新聞社広報部に質問状を送ったところ、以下の回答があった。
「当社の営業部門が広報物の制作を請け負ったものです」
編集部門の記者が執筆したわけではないにしても、産経新聞は大阪広域協から報酬を得ていたことになる。報酬を得ていた場合は、その金額も示すよう質問状に記載していたが回答はなかった。再度、金額について質問しているが今のところ回答はない。
産経新聞社からの回答メール
産経新聞社からの回答メール
大阪広域協が発行する広報紙の制作を請け負い、産経新聞上では大阪広域協と対立する関生支部のことを、警察のリーク情報をもとに叩く。
大阪広域協、産経新聞、警察による癒着そのものだ。
マスコミの構造的欠陥
産経新聞や読売新聞に比べれば、朝日新聞や毎日新聞などはまだ真っ当だ。関生支部への弾圧を批判する記者も、稀にはいる。
しかし、マスコミ全体としては警察や検察、裁判所に沿う報道が多い。関生支部への弾圧に加担している。権力を監視するのではなく、権力と一体化している。
理由は2つある。
一つは、マスコミ各社が警察と司法の記者クラブを拠点に取材しているということだ。捜査当局との距離を縮め、他社より早く報じることに血道をあげている。
そこに、権力を監視するという姿勢は全くない。ジャーナリズムの役割よりも、他社に先んじる「手柄」が優先される。上司は担当記者に「サツ官(警察官)に食い込め」と指示する。
もう一つは、マスコミの記者やディレクターが「産業別労働組合」の重要性を理解していないということだ。
産別労組は所属する会社に関係なく、その業界の労働者が社を越えて連帯し経営側と交渉する。ストライキも辞さない。業界が社会的使命を果たしているかにも目を光らせ、問題があれば改善に向けて行動する。関生支部は、日本では稀な産別労組だ。だからこそ経営者や政治権力の脅威となり、弾圧の対象となってきた。
だがマスコミの社員は、企業内組合に所属している。企業内組合は社の利益を最優先にし、経営側と馴れ合うのが常だ。組合の幹部が将来の経営者になることもよくある。本来の労働組合とは言えない。
こうした構造的な欠陥が壁として立ちはだかる限り、マスコミが関生支部への弾圧を本気で批判することはない。
だがそこへ、壁を突破しようと2つのテレビ局のディレクターたちが、関生支部を訪れる。
(敬称略)
公開日:2026年5月27日
シリーズ「悪党たち」を読む
第一話 大阪地検特捜部長 OBたちで結成 生コン経営者の弁護団
第二話 生コンの「ドン」の切り崩し工作 裏切った労組が始めた関生支部「偽装労組」キャンペーン
第三話 10億円の「関生対策費」と「2府4県の警察が捜査に着手」 労組を狙う経営者たちの謀議
第四話 ヒトラーを「120%肯定」するレイシストに頼った経営者たち 関生支部「中傷」はどのように始まったのか
第五話 強制捜査の「ショー」を待っていたマスコミ 関西生コン支部を「犯罪組織」に仕立て上げた滋賀県警
第六話 「警察庁の指示はない」 関西生コン事件を指揮した「組対」課長を直撃、40分間語った「自負」
第七話 警察庁、関西生コン事件で「長官賞」授与 滋賀・京都2府県警の「組織犯罪対策」部署 その後に無罪判決
第八話 暴力団関係者を使った経営側が被害者? 裁判長が「全否定」した関西生コン事件巡る京都府警のストーリー
第九話 5年後に来た京都府警 関西生コン支部の摘発に「不都合」だった経営者
第十話 「関生支部を守るなら逮捕する」 経営者を脅して刑事告訴させた京都府警、警察庁長官賞の内実
総集編 関西生コン支部弾圧って? 今からでも分かる連載「悪党たち」総集編
第十一話 「関生おるやろ。辞めさせろ」「嫌です」 労働組合員を守った、差別を許さない経営者
第十二話 大阪万博に2億円寄付 維新・吉村洋文も頭が上がらぬ大阪広域協
第十三話 住友大阪セメントの「兵糧攻め」 立ち向かった社長が重視した「関生支部と同じ闘い」
第十四話 「箱根の山は越えさせない」 財界が関西生コン支部を恐れる理由
第十五話 「供述全撤回」で関生支部を裏切った組合員、リーダー不在の間に
第十六話 「レンゴウコウツウロウレ」から振り込まれた55万円 大阪広域協が求めた謝罪ともう一つの「交換条件」
第十七話 「迂回振込」された弁護士費用と「偽りの陳述」の指示 大阪広域協が「偽装工作」で隠したかったもの
第十八話 「裏切らせ工作」が効かなかった労組 関生支部とストライキに臨んだ全港湾大阪支部
第十九話 経営側から労働組合への2億8800万 裏切った労組が立ち上げた「メディア」の正体
総集編 「悪党たち」終盤に向けての見どころは? 読者の声「闘う労組の応援は本当に大切」
第二十話 マスコミと警察が一体化した関生弾圧 産経新聞は経営者団体「大阪広域協」の広報紙を制作
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