京大卒の人生を考えた「解」
24歳の自分に賭けていた。
平素より大変お世話になっております。本日は10年前の僕が、およそ10年後、2026年にどんな人間になっていて欲しいと願っており、その理想から乖離しているのか、どう軌道修正するのかお話していきます。
まず、2016年の僕は高校に入学し、人生で初めて「進学校」の空気に入門した年でした。中受を撤退し、地元の公立中に入り、このままでは人生が停滞すると悟った僕は、陸上部に入り、生徒会に入り、西宮北口の塾に入り、特進クラスに入り、灘を目指していたのでした。
公立中の3年間のセルフ監獄生活を経て、灘には落ちたものの晴れて滑り止まった自分は長い、長い、通学時間の果てに、進学校というものの空気感を人生で初めて味わいました。
高校のクラスメートはインターナショナルスクール出身者や、同じく灘勢、北野落ち勢の友人がおり、家が医者や自営業の息子や帰国子女が大量にいました。高卒家庭かつ海外旅行未経験家庭は自分の家ぐらいでした。
高校1年生の4月、通称0学期から受験勉強を開始した高校生の東大合格率は8割だと入学ガイダンスで教わって、灘落ちした僕は次の戦争では負けられないと「覚悟」しておりました。
2016年段階では、10年後の24歳の自分が東大法学部に受かって、弁護士としてどこかの事務所で修行しているんだと勝手に妄想していました。
入学時の勢いが5月を過ぎても維持できた科目は数学だけで、中3の春休みに2次関数や3次関数の予習していた自分は、1A2Bの青チャートノートを買い、2週間で一冊終わらせるというペースで、夏頃には文系数学の全範囲を履修しました。
それ以外の科目については、理科は灘受験の貯金で定期試験も校内順位1ケタでしたが、英語は帰国子女だけが模試ランキングの張り出しで校内順位の上位を占めており、純ジャパの自分は全統やプロシードで、数学3割程度のジアゲンたちが英語だけ176から180点取っているアホくささに萎え、やる気をなくしました。
高3まではどこかのタイミングで覚醒し、リスニングが得意になっていると淡い期待を抱いておりました。なおご存知の通り、現在もリスニングは苦手で、何を言っているのか全く分かりません。
話が逸れましたが、10年後の自分は東大法学部を卒業し、司法試験に受かっているはずでした。高3秋になり、東大冠は数学が上振れならB判、それ以外はC判あたりで、キムタツどころかNHK基礎英語すら聞き取れず、冠も6から8点、30点しか取れないレベルでした。
数学のように後天的な努力でなんとかなる科目と違い、文化資本が足りないから耳が死んでると発狂してました。
いずれにせよ、現在で、東大はよほど「運」が良くないと難しいと思い、東大を撤退して京大を受験し、無事合格しました。
「ヨシ、司法試験も受けるぞ」と思った矢先、人生初の才能の限界と計画の失敗に向き合います。そう、「法律適性」の欠如です。大学一年生の法学入門と民法を落単した自分は出鼻をくじかれ、法学部生として終焉しました。当時はコロナ初期で、友達もいなかったので、試験には六法を持ちこんで条文を参照しながら回答するという前提や、六法を毎年買い換えるという法学部の常識を知りませんでした。一回買ったら法律なんて日本政府は対応遅いから改正なんてしないだろって勝手に思ってました。
また、司法試験を受ける受けると言っていたにも関わらず、自分の中の司法試験のイメージは叔父から聞いていた旧司法試験であり、20年前に旧司法試験は廃止され予備試験と聞いたこともない試験がそこにいた。法学部に受かれば人生で3回だけ司法試験を受けられるという神話を原動力にここまでやってきた自分のモチベーションは法律適性のなさも相まって、完全に無気力になった。
親が弁護士の家庭は民法でも憲法でもなんでも質問できるのに、自分は高卒だから何も聞けないのかと発狂した。
以上をまとめると(1)東大法学部に合格して、(2)旧司法試験に合格しているはずという24歳時点の自分の目標は18歳段階で完膚なきまでに破壊されました。毎年予備試験短答を春頃に真っ先に出願しては受け続ける山田勝己化してるのもこういう理由です。余談ですが縁があって今では自分の友人は2020年以降にできたTwitter関係者で占められていますが四大などの企業法務で活躍しているものも多いです。
そのまま司法試験に当然ながら受かることも出来ずに、2年間をコロナと失恋、2年間を鬱に悩まされた挙句勉強方法もわからずブレインフォグで思考も回らず完璧主義が相まって勉強もできず最終的には多大なる支援と協力をしていただいたにも関わらずロースクールに全落ちし、金がなかったので留年も出来ず既卒NNTのニートとなり、奈良県で緑色の金魚を輸出するために配合する会社からプラチナスカウトを受けました。
当然ながら大学時代の思い出はTwitterか映像授業くらいしかなく、ノンサーでバイトも在宅で大学時代の友人は数えるほどもおりませんでした。
失うものも護るものもなく、奨学金と学歴だけを抱えて単身で上京、なんとか内定を確保して働いております。当然ながら10年前に予想してた自分ではない、こんなセーブデータは何かのバグだと思いたい。
「未来」が気づけば現在に
周囲に大卒がおらず、民間のサラリーマンもいない中高生時代の自分にとって、10年後になっていたはずの「弁護士」というイメージは抽象的だった。「四大というブランドだけで弁護士を目指すのはヤカラと変わらんぞ」と親戚に言われたこともあります。
「未来」とは現在という苦痛の先に与えられるはずのマシュマロでした。娯楽禁止という試練を経て臥薪嘗胆し、苦難を享受すればするだけ甘くて輝かしい未来が与えられると信じていました。東大と旧司法試験が自分の中から消えて、コロナも相まって報酬回路は完全にはかいされました。向いていると最初に脳が錯覚したこと以外「出来なく」なりました。
アサインする案件の変化が激しいコンサルは自分にとって天職だと言えるでしょう。
いずれにせよ思い描いていたはずの人生の「答え合わせ」が、時の経過という強制スクロールにより右上を折って目を背けていたにも関わらず無理矢理暴かれたのでした。
24歳の自分はもはや「未来」ではなくなってしまい、冷たくも残酷な「現在」になりました。
僅かな希望を持てるかもしれなかった不確定な未来が、確定的な絶望感に進化した瞬間でした。
そして数ヶ月後には25歳がやってくる。もはや「未来」は過去のものとなり想定すらしてない望んですらなかったエクストラモードに突入いたしました。ここに来て気づきましたが、マシュマロは食べなければ腐ります。インフレという熱でも溶けます。先延ばしに先延ばしにしていたはずの幸福は交換期限が過ぎてしまい、夢というマシュマロの消費期限もとっくに終わっていました。
「東大法学部に行き弁護士になる」という消費期限の切れた夢に脳内リソースを奪われ続ける僕は、自分の実力も適性も試験制度もロクにリサーチもせずに夢の運用を妄想で試みた結果破産しました。リスニングができていれば民法総則で落単しなければ、コロナがなければ、親が弁護士だったら、ここまでは「崩壊」せずにトゥルーエンドを迎えられたはず。
強迫観念にも似た妄想に縋り、正しい実情という「像」をイメージしてエネルギー化出来なかった僕にアメイズアメイズアメイズと転機が訪れます。
シラスウナギ理論
病んだ状態でサラリーマン生活を続け、上京し自分が経った頃、進撃の巨人のOPを聞きながら通勤しているうちに「そうだ、ここではないどこか、行こう。」と原点に立ち返った。
死にたいのではなく、『変わりたい』のだ。軽い躁鬱も入っていたのだろう。夢の続きと視るために、「ポワイは何を差し出せる?」と問いました。
今の自分が持っているのは大きく分けて2つで、キャリアとNISAである。1つ目はNNT時代から頑張って擬態して手に入れた安定だ。転職活動により、人生の壁を取り払うことを決意し、複数の戦略ファームを出願した。面接を通じ、「凝り固まった前提を破壊して軌道修正する」という思考の重要性に気づいた。
もう1つは大学時代からバイト代を注ぎ込んで溜め込んでいたNISAである。これらを売却し、半導体個別株と半導体ETFに構成を大幅に入れ替えた。
QQQやS &P500で多くを占めてどこか買った気になって満足していた自分は、壁の中の戯れに過ぎなかった。
波動を受信して自らの考えをもとに「実行」することの重要性と楽しみを取り戻した。一般に鉤括弧正解とされるインデックス投資をやめることで、ウォール街のランダムウォーカーにより洗脳された自分の脳を市場平均より高いと自信を持つこともできた。バカだと思いながら生きるにはこの人生は長すぎる。効率的市場仮説からの脱却である。公立的私情仮説で公立中のチンパンジーたちが動くという歴史認識を取り戻したのだ。
そして、インデックスとは違って個別株には毎日毎日大量のチャンスが埋もれていて、生まれてもいることに気づいた。もちろん時間的にも資産的にも全てのチャンスを手にすることはできないが、考え方によっては数え切れない背負い切れない「チャンス」が溢れているという考えも取り戻したのだ。
自分なりの波動を受信して仮説に基づいて、自分の考えをもとに素直に直感的に生きる。
そんな娯楽禁止家庭、幸福先延ばし家庭出身者的には絶対にあり得なかった「今」を生きることに全集中し、後先を考えることの脳内トークンポートフォリオの比重を下げるリハビリに成功したのだ。檻の中も檻の外も等しく地獄ならば、選択できる方の地獄で自我に従う、右脳と直観に従い過去に禁じられて失った全ての負債を返済する。
そして、「現在」の「質」を高めることで未来の価値を底上げできるということにも気づけた。変な話だが終わったはずの夢の続きを視るために、資産を手放した結果25歳以降の人生のシン目標と大義がアンロックされたのである。
今という瞬間の積分が人生で、人生の微分が走馬灯だ。ハイライトでエキシビジョンマッチができるように、得られるかも分からない未来というマシュマロのために今日飢えるよりも、瞬間単位で人生を乱獲した方がいいんじゃないかということに気づいた。自ら人生を抑圧して我慢しても自分以外の他人が快楽を享受するなら、借り尽くされる前にゼロサム人生ゲームを喰らい尽くせという反動こそがシラスウナギ理論である。
「いつかはクラウン」では遅い
サンクコストをキョハで「解除」することに成功し、前提という牢獄に囚われ続けることを嫌悪し、持つべきもの全てを破壊し、理想に至るまでの茨の道の軌道修正を行う。
この世にありふれていた抱え切れないほどのチャンスを乗り継いで、過去の負債を全て清算する。
幼き日に祖父がかつて乗っていた、トヨタのクラウンという車が好きだった。「お前が成人したらクラウンと日産のZを譲ってやる」と阪神高速を運転しながら孫に語ってくれた幼少期のドライブはまだ想い出に残っている。そう言った本人は、僕が幼稚園のときに若くして癌で亡くなった。そのクラウンは祖父の会社の懇意にしていた従業員のにいちゃんの手に渡り、その後はどうなったか分からない。当時の約束を覚えている人間はこの世界で僕だけになった、両親も祖母も知らなかった。
そんなクラウンに関して、「いつかはクラウン」という有名なフェーズがある。臥薪嘗胆をして家庭を持ち出世した男が最終的にクラウンを持つという昔存在したジャパニーズドリームである。
だが、そんないつかはクラウンはどこかマシュマロ的な幸せを先延ばしにしている感じがする。
ドライバーになるのは来るか分からない「いつか」を待ち望んだ雛鳥ではなく、「現在クラウン🤡」なのだ。
努力の成果は持っていき、努力の呪いは捨てていく。
四年前の自分(武蔵理論)曰く、
「本質ってのは何が正しいのか、何が正解なのかわからないまま暗闇の中で手を動かして悩み苦しんで、必死に模索した結果出てくる突貫工事の理論こそが本質なんだよ。」
獲るべきはずだった「未来」を、今から奪還し勝利するための第三幕をスタートする。今日が我々の独立記念日だ。
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