「〜のふり」は やっぱダメなんだ(身口意の本当の意味)
仏教用語で「身口意(しんくい)」という言葉があります。
3つの要素の意味
身(しん):身体による実際の行動や振る舞い。
口(く):発する言葉や発言。
意(い):心の中で思うことや意識、思考
仏教において人間の行いを構成する3つの要素である「身体の行動(身)」「発する言葉(口)」「心で思うこと(意)」を指す言葉です。これら3つを一致させることが、人生を好転させる上で重要とされています
私は、「まずは心」って思ってて、心を調えることを大事にしてきましたが、でも実は順番はなくて、行動したり言葉を変えることで自然と心も変わってくる、、ということもありますよね
身口意は一直線の矢印ではなく、「意 ⇄ 口 ⇄ 身」と循環する円のような関係。どこから動かしても、最終的に3つが同じ方向を向けば問題ないってことです
スタエフでもお話ししています
でも、今朝さとうみつろうさんのブログを読んでハッとしました。なるほど!そういうことか!
本当は、しんどい、嫌だ、辞めたいって思ってるのに「好きなふり」をして継続してると、強制終了が起こるってことです。
急に声が出なくなったり、足が動かなくなったり、病気になったりして継続が不可能になることってあるじゃないですか。
あれは、
身口意の不一致
によるものだったのですね
私はスタエフやnoteでも散々この辺の話はしてきましたが、すごくわかりやすい!
目に見えないエネルギーの話をしても「あなただから感じるのでしょ?」と言われたら終わりです。
でもすでにある用語で説明すると超わかりやすい!
さとうみつろうさんも書いていますが、宮崎駿さんが「めんどくさい、めんどくさい」って言いながら原稿書いてる姿が結構印象的だったんです。ネガティブな感情を出してるのに全然不快じゃなかったんです!(多分、本心を隠してポジティブなふりをしてる方が見てる方も本人もしんどいん)
ここでテレビに映ってるからって「やりたいフリ」をしてにっこり笑って見せることは 身口意の不一致で現実はうまくいかないのです。駿さんが、行き詰まったら散歩に出かけるところも個人的には好きです。
以前、「イヤイヤ仕事してる人は好かん!」って同級生に言われて傷ついたことがあったんですが、いやでも苦手でもコツコツ真面目にやってきた結果、天職みたいなことになることなんて山ほどあって、そのプロセスを否定されるのは正直辛いです。
その人の裏側や心情や見せない努力なんて分かるわけないのに、自分のモノサシを当ててジャッジすることの失礼さって、、、
心が「本当に変わる」例外パターン
というのがあって、それは
「行動を変えると心も変わる」が、ポジティブに働くのは、元々「嫌いではない(どっちでもいい)」という時だけなのではないかな
例えば、文句ばっか愚痴ばっか言ってて現実がうまくいってなかったひすいこたろうさんが、「ありがとう25000回」言うことにチャレンジした(愚痴ったらまた最初から)ら、本当に心が変わって感謝の涙が内側から溢れてくるようになって現実も変わった、、というお話があります。
これって、「変わりたい」って気持ちと、最初は口先だけだったかもしれないけど、日常的に習慣になって 自然と「感謝」に意識が向いたからですよね
多分「本当に嫌(生理的・価値観的に無理)」なレベルの場合、行動で心を好きに変えることは不可能だと思います。
なので「どっちでもいい」は、曖昧で はっきりしなくて モヤモヤするけど よく言えば「中庸」でニュートラルでとってもいい状態 なのかもしれませんね。
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