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来し方の欠片/Novel by ぐらたろ

来し方の欠片

9,058 character(s)18 mins

できてない2人がお祭りにいってます。 以前のアンケート結果で予想外につきあう前のもだもだ~に票がはいっておりましたのでそういうのも書いていいんだーととりかかってみました。お盆にアップする予定がもう秋…夏は終わった(遠い目)ステキ企画のみなさまの作品を読みふけりながら萌えをチャージさせていただきました。ああ幸せです。ロム専生活万歳。■誤字修正しました。見苦しくてすみません。提出してから書類のまちがいに気付くセオリーはなぜなんでしょうか。見直ししてるのに。節穴なんですね、私の眼は…(涙)評価ブクマコメ本当にありがとうございます。はげみになります。■ネタばれ、真名ばれ、ご都合時空、未来捏造ありますのでご注意ください。なんでもお許しくださる方のみどうぞ。

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人通りの絶えた住宅地の坂道。ようやく迎えた遅い日没に道路わきに並ぶ街灯が灯りはじめると、その光の届かない場所には暗闇が訪れる。人の住処の隙間にできた闇にまぎれるようにして、サーヴァントが一体、青い髪をなびかせて人目につかないように気遣いながら人間にはありえない速度で一息に坂道を駆け上がる。坂の終わりに石塀に囲まれたあの家がみえるとランサーは走ってきたその勢いのまま地面をけり軽々と石塀を飛び越え、玄関の前に着地した。引き戸をがらりと勢いよくひき、家の中に滑り込む。
「わりい、おそくな――」
「遅い!」
ランサーがすべて言い終わる前に怒声があびせかけられた。腕組みをして仁王のように上がり框に待ち構えていたのは仏頂面の弓兵だった。
「 皆もう出発してしまったぞ。後は貴様だけだ!」
「あー…、祭りのせいで店が混み合っててさ、遅番の奴もなかなかこねぇし、抜けるわけにいかねぇだろ?んでヘルプしてたら」
開口一番怒鳴りつけられたことに一瞬鼻白んだものの、一段高所から睨み下ろすその威圧感にランサーは気おされ、けっきょくは無断外泊した子供のように気まずそうに言い訳をぼそぼそと紡ぐ。黒ずくめの男は顰めつらしい顔をくずさないまま、さも失望したというように大きくため息をついて腕組みをといた。
「言い訳はいい。まったく……。貴様が今日の祭りを楽しみにしているようだったから、皆今夜のために時間を都合して一緒にでかけることにしてくれていたのだ。それなのに遅れてくるとは。いつからそんな不義理な男になったのかね…皆ギリギリまで待っていたぞ」
ぎろり、と睨みつけられる。
ああ、すっかり説教モードだ。めんどくさいことになった。ランサーは途方にくれた。せめて誰か一人でも家内に残っていてくれれば味方にひきこむのだが、と気配をさぐるが弓兵の言葉通りみなすでに祭りのほうに出払ってしまったようで、人の気配は感じられなかった。
「凛や桜も何度もメールや電話していたというのに、貴様は……」
「だからバイト中は携帯でらんねぇんだよ」
「それはわかっている。だが、ならばせめて仕事が終わったらすぐ、店を出る前にいまからいくと一言くらい知らせるべきではないのかね」
そのメールをうつ間をおしんで英霊の能力を発揮して走ったんだが、逆効果だったようだ。こっちの誠意は空回りしてしまったらしい。口答えすれば説教が倍々ゲームなのはもう経験上わかっているし、有事でもないのに英霊の力を使ったと知られればさらに小言は増えるだろう。言い合いするのも面倒でランサーは素直に頭を垂れて詫びた。
「はい、スイマセンでした」
「……」
ふっと頭上のプレッシャーが緩む。
「まぁ、バイトとはいえ任された仕事をやり遂げるのは尊ぶべきことだ。私事のために職務を疎かにするのは良識にかけるといわざるをえないからな」
幾分和らいだ声にちらりと視線を上げて伺い見ると、アーチャーはぷい、と顔をそむけて
「あとで皆に謝罪しておくようにな」
ともう一度厳しい口調でいうと、くるりと背を向け廊下を戻り始めた。
これはどうしたもんか、あがってもいいのかとランサーが逡巡していると、
「なにをしている、はやくあがりたまえ。さっさと着付けをしてしまおう」
再びこっちを向いたアーチャーはいつもの雰囲気だった。思いのほかはやくお怒りモードがとけた。説教タイムは終了したようだ。
「和室に準備してあるから付いて来い」といわれランサーもそそくさと靴を抜いておじゃましますと後に続いた。

和室には浴衣と帯が一人分だけつるされて袖を通されるのを待っていた。壁際には女性陣が使用したのか、空になった紙の包みのようなものが何組も隅によせて重ねられていた。机の上に並んだからっぽの小箱類が華やかに着飾ったであろう女性たちの名残を匂わせている。その情景を見逃したことを残念に思いつつも、手早く服を脱ぎ捨てる。
「なぁ、お前わざわざオレをまってたのか?」
一着分だけ残っていた浴衣一式を丁寧に広げながら不機嫌そうに振り返るアーチャーの全身から「何をわかりきったことを」という雰囲気が伝わってくる。
「浴衣をきてみたいと言ったのは君だろう。それとも、一人で着れるのかね。ケルトの大英雄がはるか東の島国の装束の着方まで習得しているとは知らなかったよ、いや、さすがだな、大したものだ」
「すいません、ムリです。手伝ってください」
やはり見目麗しく着飾った女性たちと出かける機会をのがしてまで、わざわざ着付けの為に待っていてくれたらしい。以前、「祭りがあるなら浴衣を着てみたい」とさして期待もせずに言った一言を聞き拾ってくれ、浴衣がないからあきらめろと切り捨ててもいいところを、こうしてわざわざ用意してくれた。その心遣いがうれしいはずなのに、半眼で嫌味を言ってくるこいつに素直に礼がいえない。
結局黙ったままおとなしく袖をとおして言われるままに腕を上げ下げし着付けられる。「食べこぼしをするな」だの「くれぐれも暴れるな」だの雨のように降りかかる注意事項にへぇへぇと生返事を返しながら、こいつもこの小言癖さえなければもう少し付き合いやすいやつなのに、とこっそり溜息をついた。
が、後ろで帯を締め終えたアーチャーが前にまわって膝を付いた姿勢で袷を整える段になって、ついぞ自分には向けられたことがないような優しげな表情をしていることに気がついた。いつになく穏やかな雰囲気で行うその流れるような仕草と、そんな表情の弓兵に柄にも無くどぎまぎしてしまい、間近に見下ろすのがなんだか落ち着かなくなったランサーは口を開いた。
「なぁ、お前は着ねぇの?もしかしてコレお前の分だったんじゃねぇの?」
「ああ、私は辞退したよ。いつもの服のほうが気楽だし、祭りだからといって浴衣を着たいと思うほどの思い入れもない。着たがっているものが着たほうが着物も貸し手も喜ぶというものさ」
「せっかくだから着たほうが盛り上がるだろ? 洒落っ気のかけらもねぇかっこしやがって…」
「アロハが普段着の貴様に洒落うんぬんいわれる筋合いはない」
つい条件反射で言い合いながらも、思いいれがないという割になぜか苦いものでも呑んだような顔で返したその内容がひっかかった。着物に嫌な思い出でもあるのだろうか?にしてはずいぶん慣れているし、楽しげに着付けてくれていたし。それなら貸し手、というのが問題なのか。
「それに、君をはじめ他の面々は充分に盛り上がっているようだからな。私はこれくらいでバランスがとれるだろう。…ほら、できた」
ぽん、と胸元を叩いてアーチャーが顔をあげた。ランサーの姿をまじまじと見て、出来栄えに満足そうに微笑む。その表情あまりに柔らかで。そんな表情、自分にむけられたことがなくて。
「どうよ、似合ってんのか?」
跳ね上がった動悸と、落ち着かない心中を誤魔化そうと無理やり笑ってそんなことを聞けば、どこか寂しげに眉尻をさげて、微かに笑った。
「少し、君には丈が足りないようだ。が、借り物だから我慢してくれ」
だが、その瞳がランサーを見ているようでその実ここではないはるかに過ぎ去った時の向うを見ていることに気が付く。この屋敷にいるときに、そんな遠くを見るような視線にたまに遭遇することがあった。縁側でタバコをすっているのをとがめられる時や、蔵掃除を手伝っているとき。仏壇のある和室でごろごろと寝ているのを叱り飛ばされた時。
そして思い至った。
「なあ、もしかしてこの浴衣って……」
「ああ、この家の主だった人の遺品だ」
ああやっぱり。と得心がいった。衛宮切嗣とかいったか。これはあの坊主の養父がかつて着ていたものだったか。それならば納得がいく。わざわざのこって着付けしてくれたのも、うるさいほどに汚すなと注意されたのも、優しい手で着付けてくれていたのも。さっきの苦い表情のわけも。
この浴衣は弓兵にとっても、あの少年にとっても大切なものだったろうに。
「――大事に着てくれ」
もう一度鋼色の瞳がじっと見つめてくる。今度は視線があって、穏やかな中に揺るぎない意思をたたえた真っ直ぐな視線に落ち着かない気分にさせられる。
「お、おう……」
なんと返していいか思いつかず、もごもごと返事をしたランサーを見てアーチャーが微笑んだ。笑っているのに、泣きそうだ、と思った。思わずその頬に手を伸ばしたが、弓兵はランサーが脱ぎ散らかしたシャツとズボンを拾い上げるためにかがみこんでしまい、もう表情を追うことはできなかった。再び立ち上がった弓兵が衣服をハンガーに形をととのえてひっかけているその姿はもういつも通りだった。


カラコロと夜道に下駄の音を響かせて、急ぎ足で大川へと向かう。ランサーは浴衣も下駄も初めてという割には巧く着こなしており体捌きも鮮やかなものだった。濃紺の浴衣も、本来の持ち主が来たときにはどこかぼやっとした隠居老人のようなイメージだったが、ランサーが着ると白い肌に布地が映えてぴりっと引き締まった印象を与える。さすが普段はぐだぐだしていても光の御子なのだな、と感心する。口には決してださないが。
川沿いへと向かう道筋には、本業の香具師ほかにも商店街の店もいくつか屋台を出しており、焼鳥屋や焼きそばやらのいい香りがそこかしこから漂ってくる。花火の開始時刻がせまっているからいそげよ、と言ったばかりだというのに、鼻をひくつかせてランサーが立ち止まった。
「おい、ストップ! 幾つか買ってこうぜ」
足を止めてしまったランサーにおもわず苦りきった顔で振り返る。
アーチャーは出掛かった怒声を屋台店の営業の手前おさえ、声を潜めてボヤく。
「…うちで作ればもっと安上がりかつ大量に美味しくできるというのに…我慢できんのか」
しかしその声はすっかり屋台の食物に注意のむいてしまったランサーには届かなかった。恨みがましい視線もまったく解さず、さっさと屋台に歩み寄り、帯に挟んだ財布を取り出すと焼きそばのほかにも唐揚げやらとうもろこしやら買い込み始める。すぐに両手に持ちきれないくらいになると、背後に立つアーチャーに使い捨てパックの入ったビニール袋を幾つか押し付けてきた。
「あ? なんか言ったか? ほらほら手伝えよ、弓兵」
「そんなに食べるのか…」
文句を言う気力もうせてうんざりと呟けば、当然と満面の笑みが返される。
「昼からメシのヒマもなくてよ、腹へってんだ。それにこのほうが祭りの雰囲気でるだろ」
うれしそうにさっそく手の串焼きにかじりついている。
「あー、ビールも欲しいな…」
ぺろりと串を平らげると、視線が「生あります」の張り紙に釘付けになっている。これではきりがない。
「あとにしろ!…とにかく急ぐぞ」
ほおって置けばいつまでも買い食いを続けそうな腹ペコ狗を、なかばひきずるようにして商店街を抜けて川沿いに出る。土手の遊歩道を大橋のほうに向かって流れて行く人の波にのって、凛たち一向が一足先に向かったはずの橋のたもとを目指していく。が、歩く道中もランサーは手にした袋のなかから焼き鳥のパックを取り出し、2、3口で平らげると、すぐに新たに食を買い足すために土手にポツポツと設置された屋台の前で立ち止まってしまう。
「おい、何度も道草するな、もうすぐ始まって――」
連れ戻そうと呼びかけたとき、闇夜にパンパンと空花火が打ち上がった。大会の開始合図に雑踏から拍手が上がる。
「間に合わなかったか…」
肩を落としてため息をつくアーチャーが見上げる夜空に、今年一発目の花火があがり、周囲の人々から歓声があがる。
「はじまったみてぇだな!」
また新たな屋台モノを買い込んだランサーが嬉々として駆け寄ってくると夜空を見上げて口笛をふいた。
「まったく…貴様が余計な買い物をするから開始時間になってしまったではないか」
あとから合流する、と言ったのに約束をたがえる事になってしまった。先に出かけていった凛や桜の、全員がそろって出かけられないことに残念そうに苦笑する顔が思い出されて、咎めるような視線を元凶である男に送るが、それをあっさり受け止め、ランサーはへらりと笑った。
「まあまあ、嬢ちゃんらに追いつけなかったからってそうむくれんなよ。こういう雰囲気で食べる食いモンは捨てがたいだろ?ほら。これやるから機嫌直せよ」
引き結んだアーチャーの口元に大ぶりなりんご飴が差し出される。
「…なぜよりによってこれなんだ」
「あ?赤いから。なんかお前っぽいし」
「……色しかあってない…」
大きく溜息をついて、しぶしぶ受け取る。
また一つ花火が上がる。首を巡らせ、夜空を見上げた。そのまぶしい火花の輝きに目を細めながら、 人ごみのまだまださきにみえる大橋を見やる。あの何処かで凛やセイバー達は花火を見ているにちがいない。
「早くいかねば花火が終わる。合流できるかわからんが、とりあえずあそこまで…」
とにかく先に進もうと踏み出したアーチャーの腕を背後からランサーがつかんだ。振り返ると足元に広がる土手を指差して笑っている。
「まてよ。ここでみようぜ。今からあの人混みに行ったってどうせ合流できねぇよ。あそこで押し合いへし合いしながらみるより、ちょっと遠くてもここのが座ってゆっくりできんだろ?」
花火の見物客は住宅地だけでなく橋の向こうの新都側からも流れこんでさらに増える一方だ。居場所がわかっているといっても、たしかにあの人ごみの中ではもう合流するのは不可能に近いだろう。
「まあ、両手に食べ物を持って人混みを抜けるのはたしかにほかの見物客の迷惑だな」
言外に買い込みすぎだ、改めろという意味合いをこめていったのだが、ランサーにはまったく通じなかったようで、決まりだ降りようぜ、と笑うと跳ねるようにかろやかに歩道から川べりへと降りていく。
後を追って土手に降り、斜面を覆う芝生の適当な箇所に腰掛けた。この辺りはさすがに見物客もまばらで、大の男が二人足を投げ出して座ってもはばかられることはない。
出遅れた見物客達が土手の上を大橋に向かってゆっくりと行き過ぎていくざわめきが聞こえるほかは静かなものだった。花火の合間合間に、川のせせらぎが涼しげに耳に響く。ランサーは川面をわたる風に心地よさそうに深呼吸すると、芝生の上に買い込んだ食糧をひろげ、空を見上げながらつぎつぎと口に運んでいく。こぼすな、ともう一度注意して、アーチャーも夜空を見上げた。
ドン、ドンと響く重低音。その度に歓声があたりから上がり、空に火花が舞っては消えていく。道ゆく人はもちろん、屋台の店主達さえ時折夜空を見上げて笑顔を浮かべている。平和な日常の、とりわけ優しい風景がそこにはあった。
打ち上がる花火の鮮やかな光の群れの乱舞。それに一拍遅れて破裂音が響く。
「おー、キレイだな!」
隣の男が子供のように衒いなく瞳を輝かせて喜ぶその横顔に複雑な想いでアーチャーは小さくため息をついた。
夏祭り…花火が初めてだと何日も前から楽しみにしていたセイバーやランサーのためにと、夜店をスムーズに回るタイムスケジュールを組み、花火がもっともよく見える場所をリサーチしておいたのに計画をいかせなった。概要は凛に伝えてあるから事前準備がまるきり無駄というわけではなかったろうが、それでもベストを尽くせなかったことがひっかかって素直に花火を楽しめない。だというのにこんなめちゃくちゃな段取りでも祭りを満喫している隣の男が腹立たしい。もとはといえばこいつが時間通りにこないせいだ。
「遅刻しておいて呑気なものだな。そんなに花火が気に入ったかね」
凛達が満喫してくれていることを願いながら、やりきれない気分で小さくボヤく。
「おう、すげぇすげぇ。炎の色だけじゃねぇんだな、緑やらピンクもあんの。すげぇ」
嫌味をぶつけたのに、返ってきたのは純粋にむけられた感嘆の感情。
「ああ、そうかよかったな。…だが、真下で見ればもっと見ごたえがある。あの橋までいけば絶好の鑑賞ポイントだったのに。…炸裂音もこの距離では一拍遅れで興醒めだろう」
「いや、充分スゲえ。見れてよかった、お前や坊主が教えてくんなかったら、今日も知らずにバイトいれるとこだったぜ、ありがとよ!」
まっすぐな感謝の気持ちになぜかいたたまれないような気分が沸いてくる。
「それにこの浴衣も着心地いいぜ」
両手を広げるようにして喜んでみせるランサーの白い手に串から垂れたのかソースのようなものが付着している。
「借り物だ。食べこぼしだけはするなよ」
わかってるって、とまったく頓着した様子もなく食べ続けるランサーへの苛立ちを紛らわすために、ガリと手に持ったリンゴ飴を大きく一口囓りとる。細かく砕けた飴の破片が唇に数片くっついた。べたついた感触を舌で舐めとりがりがりと噛み砕く。安っぽいがどこか郷愁を誘う味に不意にほろ苦い思い出が胸中を滑り落ちた。


じいさん、りんご飴だけでいいのかよ。
ああ、ぼくはこれで。士郎こそもっと買ってもいいんだよ。やきそば、たこやき、あんず飴、どれでも買ってあげるよ。
いいんだ、それより花火!近くでみたいし!早く行こうよ。
はは、あんな人ごみにいったら、士郎つぶされちゃうよ。――ここでみようよ。そのほうがよくみえるから

あれは何度目の夏だったか。痩せて小さくなった養父の身体は浴衣に着られているようで。袖口からのぞく骨ばった腕や、襟の合わせから覗く薄い皮膚の下にすける胸骨が目に焼きついて。もっと近くで花火をみたかったのに、人ごみにひっぱっていくことができなかった。思えば祭りにでかけることさえやっとだったのだろう、あのころの切嗣の体は、日に日に弱っていっていた。
きれいだねぇ、士郎
花火をみながらりんご飴を齧るものだから、ぼろぼろと破片を食べこぼす養父に、どっちがコドモだか解らない、と呆れながら浴衣におちた破片を叩き落とした幼かったあの日。
懐かしい思い出に胸の奥がしめつけられた。生前の記憶なんてとっくにひとかけらも残らず無くなっていたと思っていたのに。祭りの夜のせいか。それとも、あの浴衣を引っ張り出してしまったせいか。
つん、と鼻の奥に痛みがはしる。湧き上がったほろ苦い郷愁に似た感情を飲み込もうと、手にしたりんご飴をがり、とまた噛み砕いた。

「ついてっぞ」
不意に、耳元で響いた笑いを含んだ声とともに、横から伸びてきた指が口の端をなぞる。
「――っ!?」
隣を振り返るとランサーがくつくつと笑っている。
「お前もガキみてぇなとこあるな」
サッと頬が熱くなる。ごしごしと手の甲で口周りを何度も擦り取って憮然といいかえす。
「放っとけ。貴様、花火をみないでなにを見ている」
「いや、お前がぼーっと見惚れてる姿。花火より珍しいもんなぁ?」
「フン、錯覚だろう」
「いーや、証拠品もある」
ランサーは鬼の首でもとったように得意げに指先を掲げてニヤニヤ笑っている。掲げた指先につままれている紅い破片はたしかにりんご飴の欠片で。
「たわけが、そんなもの」
その手首をつかみあげ、指先の破片にばくりと食いついた。小さな飴の欠片は舌先ですくい上げるとたやすく口の中にころがりこみ、融け崩れだす。
「ほら、証拠など、どこにある?」
じゃり、と最後の欠片を噛み砕いてからしてやったりと手首の主を見上げれば、なぜか呆けたような顔でぽかんと口を開けるランサーの顔が目の前にあった。
「なんだ?その間抜け面は」
半眼で問えば、ランサーは口の中で、「いや、なんつーか」ともごもご彼らしくも無く口ごもって。
「おまえ、エロい」
がりがりと頭をかいてなぜかふてくされたように半分そっぽをむいて返された。
「ふつー舐めねぇだろ、指は。そういうの、女にもやってんのか?このタラシが」
「――なっ!?」
そういえば普通は舐めない、人の指は。ようやくその考えが浮かんできて、自分がしてしまったことにいまさらながら狼狽する。
「なに、素なのか?無自覚とは余計タチがわりぃなぁ」
そんな姿が小気味良さげにまたランサーはにやにやと笑った。
「うん、お前のこと、少し解ったわ」
「〜〜…! 花火を見ろ、花火を!」
意地悪く笑うその口の端をつまみ上げてこれでもかと引っ張り上げる。
「いで、いででで」
大げさに痛がる口に芝生に広げられた屋台ものの包みからてきとうに串を手にとって突っ込んだ。
「だまって食べろ」
「あぶねぇ、喉に刺さる!……ったく、いてぇだろう」
「フン、そのくらいで堪えるようなヤワなつくりでもあるまい」
言い返してくるかと思いきや、ランサーは口に突っ込まれた串モノを手に持ち直すと、座りなおして膝に頬杖をついてじっとアーチャーを見つめた。
「ま、せっかく拾ったんだ。今度はなくすなよ」
「――!?」
なんのことだ、と言いかけて、静かに眼を細めてこっちを見つめている紅い瞳と行き会う。
浴衣の襟を軽く引っ張りながら優しく笑う顔が、言葉にせずとも想い出したんだろう?と言っているようで。
子供のように食べ物にがっついてみたり、花火に両手を広げてよろこんだり、単純で素直なままに感情をはしらせているかとおもえば、時々賢者のように思慮ぶかく人を見透かすような顔をする。 
「君はわからん…」
「おう、付き合い甲斐があるだろ?」
さらりと言ってのけたかと思えば、また夜空を指差し、みろみろ!変な形の花火!顔みてぇ!と無邪気にはしゃぎだす。
夜空を見上げる顔は満面の笑みで、お気楽そうなその顔はもう何も考えていないようで。さっき一瞬でも彼を思慮深いなどと思った自分が腹立たしくて。アーチャーは胸中でつぶやく。

――本当に、君はわからんよ。

そして同じように夜空に咲く花々を見上げた。

Comments

  • orangeshade
    July 10, 2024
  • そー
    January 3, 2018
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