スーパースターを見る野球少年のようなまなざしだった。
昭和62年5月5日。ヤクルト-阪神(神宮)の試合前、当時33歳で、前年まで2年連続で三冠王に輝いていたバースは、4歳下のホーナーが打撃練習を終えるのを待って自ら歩み寄ると、直立不動であいさつした。
「俺は、ランディ・バースです。パドレスやレンジャーズでプレーしていました」
「そう、よろしく。あ、きょう、部屋(※東京都内のマンションが決まるまでヤクルトが用意していたニューオータニの1泊5万円のスイートルーム)で、レオン(当時のヤクルトの4番)と飲むんだけど、君たちも来るかい?」
ホーナーの方が完全に上から目線。それでもバースは、誘われたことに感激し「もちろんだ。いくよ、いくよ」。三塁側の阪神ベンチに戻るときも、同年入団したキーオとともに大はしゃぎしていた。
「きれいなスイングだったな。やっぱり、すごいな」
「あのホーナーが本当に日本に来たんだな」
2人がベンチに戻ると、抑えの切り札として活躍していた中西清起が、メジャー58勝のキーオに質問した。
「ホーナーはどこが苦手なんだ? 内角か?」
「いや、内角は危険だ。厳しいコースでも腕をたたんできれいに振り抜く。少しでも甘くなったら簡単にスタンドに持っていかれる」