ひろゆきさんにもお知恵を借りたい、過疎・僻地・人口減少地域での戦い方について
こんにちは!株式会社narrativeです!
株式会社narrativeは、奈良県を中心に古民家や歴史的建造物といった、いわゆる「古い建物」を利活用したまちづくり事業を展開している会社です。
先日、ひろゆきさんが地方創生のお話をされていたので興味深く読みました。ひろゆきさんは東京都北区育ちで現在はパリに暮らしてらっしゃるのに、能登の復興支援のために色々なビジネスを手掛けられるなど、地方にも目を向けて頂いている印象があります。
私は地方創生にたずさわる仕事をしておりますので、その目線で気になった部分を引用します。
「人が居ない地域」では打てる手が限られる
【ひろゆき】
人がいなくなると、その土地は実質使えなくなるんです。
例えば工場を作っても、働く人も物流もインフラもないと成り立たない。
水道・電気・病院・道路って全部つながってないとダメなんですよ。
ひろゆきさんのこの言葉は正しいです。
地方創生って「工場を誘致しよう」とか「スタジアムを作ろう」とか、そういった「ハコモノ」の目線で考えるのはかなり危険です。
工場を誘致するとして、まず採用の問題があります。地域に住んでいる人が少なければそれだけ採用に苦労する事になります。
仮に働く人が集まったとしても、その人達が住む家が提供できるのかどうか、という問題もあります。手入れがされていない古民家だらけの地域では、労働者の住宅を確保することもままなりません。
そして家が提供出来たとしても、その人達が通う病院はどうか。スーパーやコンビニはあるのか。物流はどうか。娯楽はあるのか。
などなど、いわゆる「インフラが整っているか」はどうしても問われます。人がたくさん住んでさえいればそういったものはいずれ整えられていきますが(採算が合うので)、人口減少地域ではそうはいきません。
つまり、人口が少ないエリアでハコモノを作ってもたいてい上手く行きません。全国各地にそういう「身の丈に合わない」開発をして累積赤字がすごいことになっているプロジェクトはたくさんあります。
例えば麻布台ヒルズを奈良県の山間部に作ったら、いくら土地が安いとはいえとんでもない負債を抱えることになるでしょう。人口が多い地域と、人口が少ない地域では、そもそも打てる手の数が違うのです。
例えば2025年は大阪万博が大変盛り上がりましたが、あの規模の国家的事業を実行出来る地域は東京・名古屋・大阪の3都市しか無いのではないかと思っています(名古屋でギリギリ、くらい)。
札幌や福岡でもあの規模の事業をやり遂げるのは難しいのではないでしょうか。交通や物流、宿泊施設の問題も発生するからです。1日20万人の人流を輸送し・捌くことが出来るキャパシティを持った都市は限られています。
そして、悲しいかな今後は日本の国土の大部分が人口減少地域になります。
つまり、大規模なことが出来るエリアはどんどん小さくなっていきます。2060年ごろの万博では「もはやこの規模のイベントは東京でしか実行できない」という事態になっているかもしれません。人口減少地域において出来ることは、どんどん減りつつあります。
過疎地での戦い方
では、観光客も来ず、特産品も無い過疎地の集落を後世に遺すことはもう諦めるべきなのでしょうか。
私は、「過疎地には過疎地の戦い方がある」と思っています。
私が前職の際に関わった、「集落丸山」の話をさせてください。
集落丸山は兵庫県の丹波篠山にある小さな集落です。
「日本の原風景」とも言えるような光景が広がる、里山のある農村部ですが、全12戸のうち7戸が空き家になるなど、人口流出が続くまごうことなき限界集落でした。
しかし、集落の住民たちが「この集落を後世に遺そう」と考え、古民家2軒を宿に改装し、集落を「日本の暮らしが体験できる場所」と再定義。住人達の手で維持・管理・運営がなされ、ちゃんと収益も産みながら、国内外から観光客が来るようになり、空き家も埋まりました。
この「集落丸山」の面白いところは、先ほども言ったように「住人達の手で運営されている」という部分で、集落の住人のおじいちゃん・おばあちゃんが清掃や敷地内の草刈りをしたり、食事を提供したりしています。
丸山の宿に泊まると、朝おばあちゃんが集落でとれた野菜を持ってやってきて、朝食を作ってくれるんですね。そして「朝ごはんできましたよ~」ってお客さんを起こすんです。
そして朝食を食べ終えたお客さんたちが何をして過ごすかと言うと、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に薪を割ったり田植えをしたり山菜をとったり、里山の暮らしを体験します。
こういった体験を提供することで何が起きるかと言うと、リピーターがものすごく増えます。おじいちゃんやおばあちゃんと、体験を通じて仲良くなるからですね。おじいちゃん・おばあちゃんに会うために、人はまた集落にやってきます。
以前、とある人が「日本で一番人気のある旅行先は実家だ」と言っていて「なるほど」と思ったことがあります。東京に住んでいながら、年に2回くらいは実家に帰る、という人は多いでしょう。確かに旅行の行き先に選ばれる頻度としては実家が一番多そうです。
そして、「実家に行く」というのはつまり、「親に会いに行く」「地元の友達に会いに行く」ということですね。結局「どこかに行く」という目的として一番強いのは「誰かに会いに行く」ということなんです。
帰省して親や友達に会いに行くのはもちろんそうですし、ライブで遠征するのもお目当ての人に会いたいから人が移動するわけです。旅行でなくとも、「あそこのお店の大将が目当てでお店に通う」みたいな事は頻繁に起こりえます。誰かに会いたいから、人は移動するのです。
この、「人と人の結びつき」こそ、過疎地に人を呼び込むヒントになりえるのではないかと思っています。
属人化を抱く、ということ
この、「人と人との結びつきによって事業を成り立たせる」というビジネスモデルは属人化そのものなので、一般的なビジネスの観点からすると本来は「リスク」であり排除するべきものです。
私もこの「属人化」のリスクについては重々理解しています。運営している奈良県御所市の宝湯では、オープン以来店長としてムードメーカーの役割を担い、お客様にも大変愛されていた方が退職されたことで「どうしよう」と頭を抱えていたりします。
でも本来、人間の営みというのは人と人との繋がりにおいて成立するものであり、この「属人化」を捨ててしまっては、人間の営みの本質である、大事な部分まで失ってしまうのではないかと考えています。
都市部では属人化が嫌われるからこそ、逆に地方・過疎の地域ではこの属人化こそが武器になりえると考え、リスクを認識しながらも、属人化を抱いて事業を進めるしかないのです。
そんな風に過疎の村には属人化の問題もありますし、インフラの問題も大きいです。
しかし、インフラの問題は昨今の技術革新で蓄電池の性能があがり、太陽光で電気をまかなう事が出来るようになりました。
水は井戸水を利用、トイレはコンポスト式、インターネットもスターリンクを利用すれば、ある程度独立した生活圏を維持する事は可能です。オフグリッドで大規模な人口を維持する事は難しくても、小規模な集落であれば維持できるかもしれません。
仮に行政に見捨てられて「この地域はインフラの維持が出来ませんよ」ということになったとしても、こういった技術を利用することで人々の営みを後世に遺すことは可能なのではないかと考えていますし、逆に言えば「遺さなければいけない」と考えています。
もちろん簡単な事ではありません。集落丸山の例は住民が一丸となって前に進んだ結果ですし、日本中の集落で同じことが出来るとは思っていません。中には「もう集落じまいにしてしまおう」という選択をする地域だってあるでしょう。
しかし、「後世に遺そう」という強い意思さえあれば、諦めずにまだ戦うことは可能なのではないかと思っています。しかしながら我々のような人間に出来ることにはまだ限界があります。
そのためにも「もっと多くの人に知って欲しい」「もっと多くの人に体験して欲しい」と考えているのですが、そのためにもひろゆきさんのようにSNSに長けていて、影響力のある方々のお知恵も借りたいな、と思っている昨今です。「我こそは!」という方はぜひ、narrativeまでご連絡ください。
集落丸山公式HP
株式会社narrative
https://narratives.co.jp/
事業一覧
https://narratives.co.jp/project/


コメント